160.疲れ切った体で、更に頭を動かせというのは無理な注文だ。
疲れ切った体で、更に頭を動かせというのは無理な注文だ。
午後の間中もずっと、正臣と共に悪霊退治に歩き回り、夕方になる頃には若干のふら付きを感じられる程度にはクタクタになっていた。
「大丈夫?」
小樽駅の隅にポツリと置かれたベンチに座り込んだ私の左横に、水を買ってきてくれた正臣が腰かける。
彼から渡された水のペットボトルを掴んで、キャップを開けてグイっと飲み始めると、フラフラしていた体と、全く動かなかった頭が微かに動き始めた。
「ありがとう…久しぶりにここまで歩いたから、疲れちゃった」
ふーっと溜息をついてから、正臣にお礼を一つ。
正臣も、流石に疲れた様子は隠しきれず、私の言葉に苦笑いを浮かべると、ベンチの背もたれに背中を預けて、楽な姿勢をとった。
今は夕方6時前…
正臣と2人で歩き回り、悪霊を祓いに祓った結果、今日だけで238匹の悪霊がこの世から姿を消した。
ここまでやってもまだ少し、街の中に悪霊が残ってしまっているが…残りは明日の午前中には終わる量だろう。
「どれだけ歩いたんだろ」
「さぁ…万歩計とか持ってる?」
「まさか」
正臣はそう言うと、ペットボトルを持ったまま動けないでいる私の方に顔を向ける。
「沙月は平気な印象あったんだけどね。そんなに疲れてる所、初めて見た気がする」
「素なら、この程度さ。…というか、素じゃなくても、1日中歩き詰めは疲れるって」
「それもそっか。普段は呪符か何かで誤魔化してるんだっけ?」
「まぁ…誤魔化してるというか、うん、そんな感じ」
「どういう仕組みなのさ、あれ」
「あれ、護身用なのさ。是枝蛇先生の時、お腹打ち抜かれたって言ったっしょ?それを食らっても平気な程度に呪符を服の内側に仕込んでるの」
「おぉ…あの無尽蔵な体力もその副産物って訳だ」
「まぁ、人が7で妖が3位には変わってるからね」
周囲に誰もいない中、ベンチに座った私達は、歩きたくないと訴える足を休めながら雑談を続けた。
「それにお面付ければ見えなくなるよね」
「そう。妖が6で人が4位。ピアス付けて妖が8で人が2」
「へぇ…じゃ、この間のアレは?何で俺らが見えたんだ?」
「さぁ…それが分からないのさ。私もモトも見えないはずの格好だったんだけどね。案外、見た目と中身は別勘定なのかな」
私は以前の姿を思い起こしてそう言うと、再びペットボトルの水に口を付ける。
何気ない会話の流れで出てきたせいで思い起こしてしまったが、確かに、あそこまで妖みたいな格好をした私が正臣達に見えていたというのは、ちょっと不思議だった。
あの後、本家の人間の前で1度だけ変身したが…その時も普通の人間に見えていたっけ…
妖は人には基本的に不可視である…その前提を覆された結果に、皆で頭を悩ませて、結局分からぬまま今に至っている。
「もしさ…またあの姿の私を見たら。その時はちゃんと逃げてよ?」
「どしたのさ、急に」
「いや、話の流れ的に?…前はボロボロだったし雁字搦めだったから、何も無かっただけでね?本調子なら、熊より厄介さ」
おかしな方向に伸びた会話。
こんな時に言うべきことじゃない事も、ポロリと口走ってしまう。
正臣は眉を吊り上げて、何とも言えない表情を浮かべてから、口元に引きつった笑みを浮かべて頷いた。
「多分、逃げないよ」
ポツリと言った正臣。
私は何も言い返せず、目を見開いて彼の方に顔を向ける。
見えたのは薄笑いの正臣の顔…そして、向こう側に、珍しく通りすがりの一般人。
正臣もそれに気付いているらしく、人差し指を口元に当てていた。
「……」
「……」
黙り込んだ私達、その周囲の喧騒だけが聞こえてくる。
私はペットボトルに残った水を全て飲み干すと、クシャ!と潰してキャップを閉めて、肩から下げていた鞄の中に押し込んだ。
「ようやく着いたっすね!」
向こう側からやって来る一般人…どうやら小樽にやって来たばかりの観光客らしい。
彼らから私達がどう見えるかなんて知らないが、私達は何も言わず、座ったまま、彼らをやり過ごす事にした。
「夜は海鮮にでもしましょっか?」
「いひひ、ひひひ…長かった。でも、まだ、経ってない。食べ物?カフカ、拘らない」
「あれま。あたしもなんすよね。ホラ、死んでるし、あたし」
聞こえてきた会話…聞き覚えのある声…それは、以前、"隠した"はずの声。
全身の毛が逆立つ様な感覚が全身を駆け巡り、ジロジロ見るのも失礼かと俯いていた顔が徐々に上がっていく。
「そう言えば。ダメじゃん。渠波根ちゃん、食べらんない。食べなくても、良いじゃん」
「そうでした。カフカも、別に、食べなくていい」
体中の血液が沸騰する感じ…
目の前を通り過ぎて行った"妖"と"死体"は、姿を変えた私に気付く事無く、大きなスーツケースを引っ張って通り過ぎていく。
「なぁ…」
大きく目を剥いて、通り過ぎて行った2人組を眺める私。
その異様さに気付いたのか、左隣に座っていた正臣が私に声をかけてくれる。
「……」
だが、私は2人の女の後ろ姿を凝視し続け、彼の声かけに言葉を返さない。
ただ、手で制して彼を黙らせて、射抜くような視線を2人に向け続ける…
どうするべきか?どうしてくれようか?呪符は持ち合わせていない…
生憎、今はあの2人を負かす道具を持っていない…
ここは天下の往来…騒ぎを起こす訳にいかない。
だが、私は、自然とベンチから立ち上がって、通り過ぎた2人組の方へと体を向けていた。
「おい!」
正臣の声、少し大きめの声だったせいで、通り過ぎて行った2人がピタリと足を止める。
「さつ…」
「止めて」
名前を呼ばれそうになった所で、正臣の声を遮った。
だが、2人にはその声色だけで十分だったらしい。
「ん?その声は…まさか…」
「いひひ…ひひひ…まさかね、強い妖気、あると思ったけど、お出迎えとはね?」
ピクっと肩を震わせてこちらを振り向くと、その顔は趣味の悪い、下衆な笑みに染まっていた。
「「絵描きさん(ちゃん)」」
不気味なほどに揃った声。
隣に座っていた正臣の顔が僅かに青褪めた。
こちらを見据えている2人の女…
相変わらず煽情的な、大胆な服に身を包んだ根暗眼鏡の地味女と、その付属品…防人家系の3女で、その辺に居そうな若い女は、私と正臣をジッと見比べると、パッと顔を明るく染め上げた。
「彼氏持ちとは思わなかったっすね。でも、好都合…少し、"お話"しないっすか?」
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