139.その姿は、昔のまま変わらなかった。
その姿は、昔のまま変わらなかった。
その内面は、昔と大きく違っている。
言葉を聞くまでは、そう思っていたんだ。
「一発目が打ちあがる迄にはぁ、まだ、ちょっち、時間、あるよな?」
雲一つない夜空が広がる広場。
藤美弥神社の裏手側、妖しか広場に現れた鬼沙は、そう言って、その場に立ち止まった。
「は?」
身構えた私とモトは、勢いを削がれて立ち止まる。
座っていた社から降りて、臨戦態勢に入っていた私達。
社を背にして、呪符を手にしたまま、その場で佇むしかなかった。
「花火だよ。そっちは…あぁ、洛波羅んとこのガキんちょか」
この間までのような、殺気立った姿ではない鬼沙の姿。
彼は拳を握りしめていたが、その場から動く気配が無い。
暗い夜空を見上げると、口元に小さな笑みを浮かべた。
「どういう風の吹き回し?」
「なんだ。特等席で花火見せてやるって言ったの、覚えてねぇのか」
「随分と昔の話を、何さ今更。皆を何処さやったの?こんな場所で、何をする気さ!」
話す度に、段々と語気を強めていく。
手にしていた"赤紙の呪符"は、真っ黒な靄を纏いだす。
鬼沙はそんな私をじっと見据えていたが、表情を険しくしなかった。
「なぁに。ただの余興だ、余興。そっちの男は想定外だったがな」
「余興?」
「最後の賭けとも言えるな。俺の、ツマンネー賭けさ」
憑き物が落ちたような態度。
その姿は、記憶のままの姿とピッタリ重なり合う。
「ふざけんな!それがずっと姿消してた裏切りモンのいう事か!!」
沸騰する血。
手にした呪符を、鬼沙の方に突きつけた。
刹那。
鬼沙の周囲に、激しい爆発。
その爆風の中心地、鬼沙は涼しい顔をして佇んでいた。
「早まんなよ。沙月ぃ。花火まで、時間はまだまだあるんだ。種明かし位、させてくれや」
咄嗟に放ったとはいえ、今までで一番の"威力"を持たせた爆発。
それを煤一つ付けずに受け流した鬼沙は、ほんの少しだけ表情を曇らせる。
私の横で、モトが息を呑む音が、ハッキリと聞こえた。
静まり返った広場、私は鬼沙の僅かな動作も見逃すまいと、彼をジッと睨みつける。
「沙月、俺の目的はな、お前だけだったんだ」
「知ってる」
「知らないだろ?沙月と言ってもな、今のお前じゃない。"妖"に成り果てた沙月さ」
鬼沙の言葉に、私の視線が僅かに揺らぐ。
「理由は単純。お前を、防人の長に据えたかった」
「意味が分からないんだけど」
「だろうよ。防人の長は、今でも元だろ?」
「ええ。見た事ないけどね」
「ああ、そうだろうなぁ。防人元、奴ァ、俺と同じ鬼なんだぜ」
それを聞いて、モトと顔を見合わせた。
互いに困惑しきった表情、信じられる訳が無いだろう。
「そんな顔にならぁな。嘘だと思うんなら、本家に行って元の離れに行ってみろよ。お前等なら、警備の連中、押し切れるかもしれねぇぜ?」
「嘘だ。適当な事言わないで」
「んなもん、その目で見てから言えや」
「じゃぁ、どうして私が関係あるのさ」
「俺じゃ、もう遅いからよ」
「はぁ?」
鬼沙の言葉に、微かに残っていた思慕の感情はもう出てこない。
呪符を手に足を踏み出した私の袖を、モトが掴んで止めてきた。
「落ち着け沙月」
「丁度いい足止め役が居るもんだ」
モトに、鬼沙は優しげな笑みを向けると、すぐに表情を消す。
「…最初はな、元と俺が立ち上げた組織だった。防人ってのはな」
再び鬼沙が話し始める。
信じられない話ばかりが、暫くの間続いた。
「今みたいに、妖をどうこうする組織じゃねぇ。人から妖になっちまった奴らを助ける組織だったんだ。なぁ、分かるよな?妖になっちまう理由ってやつ」
「強い怒りや絶望…でしたっけ。その感情に支配されただけで死んでしまう程の負の感情が無いとダメとか」
鬼沙の問いに答えたのはモトだ。
鬼沙は満足げに頷くと、私の方を指さした。
「それを使って、沙月を妖に変えようってな」
「どうしてです?」
「簡単さ、元は立場上、俺よりも早く"戸籍"を持った。人に戻ったんだ。そして、徐々に防人の組織自体を変えていった」
「今みたいな感じに?」
「ああ。最初は保護してた妖を、徐々に害獣と見なして、力を使って異境へ隠し始めた」
鬼沙の表情は、徐々に鬼気迫る物になっていく。
「保護なんてのは建前。ヤツにとって防人は、"人"に戻る為の組織だったんだろう。奴ァ、表向きには人間で、"不老不死"を手にした様なもんだ。もう、誰にも手が出せない」
「でも、代替わりしてますよね?」
「んなもん、誰が確認してんだ?」
「……確かに」
「俺はな、何も出来なかったんだ。出来るわけがねぇ。奴の狙いに気づいた時には、俺にも戸籍が与えられ、入舸と名乗る家を宛がわれた。そこから先は、酷いもんさ」
静かな怒り。
喜怒哀楽がハッキリと出る鬼沙にしては、抑えた声色。
なのに、その声色の奥にある感情が、ハッキリと私達に突き刺さっていた。
「何処までが奴の計算か分からねぇ。何がしたいのかもな。入舸に入った俺は、いや、北海道に流された"元の側近連中"は全員冷や飯食らいさ。扱いが分かるだろ?特に洛外の君は」
「まぁ…でも、なんで沙月が必要なんです?妖にさせてまで…」
「俺じゃ、もう遅いからよ。ハッキリ言って、俺が暴れても構わねぇ。だがな、俺の考えが通じる世の中じゃねぇのは、もう重々承知なのさ」
「だから、私を?」
「ああ、お前を長に据えて、未来の事をお前に託す。ヤツを気取った屋敷から引きずり出す事だけを考えて動いてた。死すらも誤魔化してな。骨の偽装、大変だったんだぜ?」
そう言ってこちらに壊れた笑みを浮かべる鬼沙。
ピリ付く空気、ただのお喋りで済むはずが無い。
そっと刀に手を当てると、鬼沙は一歩こちらに近づいてきた。
「77号の連中に手を貸したのは、ただ、死体を操る術が欲しかったからさ」
笑みは消えたが、その表情は、知ってる鬼沙のそれと違う。
また一歩、こちらに足を進めてきた。
「最悪、殺してまで操るつもりだった。でも、出来なかったのさ。度胸が無かった」
そう言うと、鬼沙はこちらに右手を突きつけた。
「後戻りなんて、今更、出来るわけねぇよなぁ。もう、火を着けちまったからなぁ」
ボンヤリと真っ黒な靄を繕う右手、鬼沙は私達を見据えてニヤリと笑う。
「周りの宝石は、沙月の家族の"成り代わり"だ。戻してほしけりゃ、俺を止めてみな!」
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