137.まさかそうなるだなんて、思ってもみなかった。
まさかそうなるだなんて、思ってもみなかった。
ベッドの上、体を起こした私の足元に、ヒラヒラと落ちてきたのは、1枚の羽。
それを手に取った時、部屋の空気が一気に凍り付いた。
「どうしたのさ、距離取っちゃって」
羽をベッドの脇に捨てた私は、私から離れて構えたモトを見て苦笑いを浮かべた。
窓から差し込む光は、夕方特有のオレンジ色を宿していて、その光がモトと私の間を遮っている。
左手で頭を弄ってみると、後頭部…襟足よりちょっと上の方に、柔らかくも、感触がコリっとした何かを感じられた。
「よく、枕で寝られたな。こんな頭でさ」
未だに構えを解かないモトを他所に、私は口元を吊り上げながら、その感触を確かめた。
その感触は、右と左に計2つ。
ハッキリと分かる、コリコリした感触から周囲を探ってみれば、フワフワとした羽毛の様な手触りが感じられる。
「沙絵も、冗談で言ってたはずなんだけどね」
その感触、手に感じた"羽"の感触をつまみ上げて、プチっと抜いてみる。
その手を顔の前に持って来ると、髪色と同じ…白菫色の羽が見えた。
「沙月、大丈夫なのか?」
ようやく、恐る恐るといった感じでモトがベッドの脇に戻ってくる。
私は手にした羽を彼の方に飛ばすと、肩を竦めて頷いた。
「この通り。私は私のままだけど」
「そうか。良かった」
「なにさ、あぁ、この間戻ってから暴れた話、知ってたからか」
「あぁ。急に見境無くなるって聞いてたから、ちょっとね」
「ごめん。そうだった。でも、今は大丈夫。鏡とか無い?その辺にあったと思うんだけど」
また、さっきまでと同じ位置で会話を交わす私達。
私の問いに、モトは周囲を見回すと、机の上に置かれていた手鏡を取って私に寄越した。
「ありがと」
それを手にして、鏡で自分の頭を見て回る。
片目しかないから、そこまで広範囲には見えないが、後頭部に生えた"翼"は、小さいながらも、正面から見て"ある"ことが分かる程度には自己主張している様だ。
「これじゃ、空も飛べなさそう」
「飛べたらいよいよだぜ。しっかし、凄いな、その頭。重くないのか?」
「全然、寧ろ、少し軽く感じる?」
「まさか」
「本当本当、脳みそでも少なくなったのかな」
そう言って笑うと、ようやくモトの引きつった表情が苦笑いに変わる。
「元々小さい方だったんじゃないの?」
「失礼な。これでも、ちゃんとそれなりの高校に受かってるんだぞ」
「はいはい。とりあえず、ちゃんと沙月のままで居てくれて良かったよ」
苦笑いを浮かべたままのモトをジトっとした目で見つめると、彼はスマホを取り出して何かを確認していた。
「諸々の面倒ごとは下に居る妖達がやってくれたし、あとは家の人達に任せればいい。その体じゃ暫くは動けないだろ?」
「それが、無理なんだ」
「は?どうして?」
「沙絵が鬼沙に攫われた。8月10日の21時に、藤美弥神社の裏で会おうだって」
驚きを徐々に深めていくモトに、私は淡々と、さっきの出来事を話していく。
さっきの出来事は、さっき鬼沙に突っ込まれて事故に遭った時の話。
モトは何も言わずに、相槌だけを打ってくれていたが、その顔は段々と青褪めていた。
「知ってるか分からないけど、鬼沙、本家の人間がどうこうできる相手じゃないでしょ」
「それは、そうだろうけどさ。沙月、無茶だろ。呪符で治療してその体なんだぞ?」
モトに言われて、私は自分の体に視線を移す。
さっきまで着ていた和服とは、違う意匠の和服を着せられている体。
不思議と、痛みは感じない。
そこから伸びる手足には、もれなく赤いシミが付いた包帯が巻かれていた。
「動けないだろ?酷い状態だったんだぜ」
「確かに。痛みは無いけど、動かそうと思ったら、ちょっと鈍いや」
手をヒラヒラ振りながら苦笑いを1つ。
鬼沙のいう、10日の21時は明後日だ。
こんな体じゃ、ただ行ってやられるのがオチというもの。
「兎に角、時間も場所も分かってるのなら、本家の人間に…」
「待って。沙絵が居るの。無理でしょう」
「…なら、聞くが。沙月、出向く気じゃないよな?」
「出向く以外無いでしょ?」
「正気か?歩くのも覚束ないはずだぞ?足が両方とも折れてるかもって…」
「打つ手は、ちゃんとあるから」
押し問答。
客観的に見れば、頭がおかしいのは私の方だろうか。
「さっき私が着てたやつ、何処にある?」
「何処にって。捨てたんじゃないかな。血だらけだから、どっかの袋に分けてると思うけど」
「そう。取ってこれる?」
「何を考えてるか先に言ってくれ」
モトの目をジッと見据える私。
彼も、真面目な目をこちらに向けていた。
「あの和服に隠した呪符が欲しいの」
「呪符?でも、血だらけだぞ、きっと」
「良いの。隠した呪符は、沙絵のとっておきだから」
「とっておき…赤紙とかじゃなくて?」
「そう。時間が無いの。お願い」
そう言って、モトに向ける顔を更に険しくする。
彼は、私から目を逸らして、少しの間考える素振りを見せると、諦めたように手を上げた。
「待ってて」
一言、そう言って、小走りで部屋から出ていく。
昔の家らしく、モトの足音が遠くに行っても、ここまで良く聞こえた。
「後悔するのは、後で良いから」
その間に、私はもう一度、手鏡で自分の顔を映し出す。
鏡に映った私の顔、今朝の私は、見慣れない眼帯を着けて、鬼のような角を生やし、ヒョコヒョコと動く狐の耳が頭に乗った姿だった。
それが、今はどうだろう?覚えている姿に加えて、後頭部から生えた、なんの鳥ともに似つかない小さな翼が増えている。
白菫色の羽毛、よく見れば、羽の先端部分には、黒い模様が付いていた。
「次は、何処が変わるかな」
そう言いながら、手元に目を向ける。
まだ、手足は人間のままだが、頭がこうなってしまった以上、首から下が変化しない保障は何処にも無い。
「沙月、持って来たぞ」
ジッと鏡を見ていると、和服だけが入ったゴミ袋を手にしたモトが戻ってくる。
「ありがと。それにしてもさ、妖力も、体も、強くなったんじゃない?」
袋を私の傍に置きに来た彼にそう言うと、モトは少し嬉しそうな顔を浮かべて頷いた。
そのまま、間近に来た彼の襟首に手を伸ばし、掴んでギュッと顔を近づける。
「ねぇ、モト。またさ、私の相棒になって欲しいんだけど。良いよね?」
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