135.想像すると、耐え難い光景が思い浮かぶものだ。
想像すると、耐え難い光景が思い浮かぶものだ。
カフカと離れ離れになった渠波根の行く先、それは何処へ行っても変わらない。
人のいない世界に飛ばされて、カフカの術もかからず、ただ死体に戻って朽ち果てていくだけなのだから。
「エグイ未来予想図が浮かんだんだけど」
沙絵が、カフカを失って生気を失った渠波根を”隠した”直後。
私は、そう言って苦い表情を浮かべた。
「別に、このまま焼き場に行っても良かったのですがね。表向きには、彼女は”失踪者”ですから。誤魔化さないといけない相手が多すぎます」
「確かにそうだけどさ、隠す前にはもう、死んでたよね、アレ」
「ええ。風雷カフカの術で修繕、強化されていた様ですが。死後硬直も、腐敗も始まっていましたね」
「なら、カフカの横に居ても長持ちしなかったんじゃないの?」
「どうでしょうね。捕まえた当初は体温がありましたから、それが、カフカを失って急激に”死んでいった”ので」
出現していた異境への扉も、私達の手で”閉じられて”、元通りになった展望台。
所々にオレンジ色の血が付着している以外は、普段の光景に戻っていた。
「腕が1本。そう言えば、外にもう1本飛んできましたっけ」
「そういえば。ごめん、片付け面倒だった」
「まぁ、見つからないなら、それでいいんじゃないですか?こんな、ホラ」
展望台の上に転がっていたカフカの左腕を掴みあげた沙絵は、私にその腕を見せつける。
切り口から止めどなく溢れ出て来るオレンジ色の血、青白い肌も相まって、パッと見では人の腕のように見えるものの、よく見れば見る程、ジョークグッズにしか見えなくなってきた。
「まぁ、いっか。人気ないし、この辺」
そう答えると同時に、沙絵はヒョイと展望台の向こう側に腕を放り投げる。
腕が消えた方、目の前に小島を望める景色をジッと眺めると、私達はどちらともなく階段の方へと足を踏み出した。
「完了報告しないと」
「そうですね。あとは、この辺の"掃除"も、お願いしておきましょう」
登って来た道を降りていく。
2人が並んで歩けるかどうかの狭い獣道。
降りていく間に、沙絵は何人かに電話で結果を報告する。
近くで、沙絵と相手の会話を聞いている限り、もう一方の方も上手くいったみたいだ。
「残るは鬼沙だけか」
通話を切って、少し間を置いた後で、ボソッと一言。
沙絵は何も答えずに、肩を竦めて見せた。
「どうするんでしょうね」
「本家が居るなら、素直に真正面から会いに行きそうだけどね」
「後は鬼沙1人だけ…なんて知れたら、人前でも容赦無く暴れそう。今の、状態ならね」
獣道を歩く私達の足取りは、最初は軽やかだったのに、段々と重くなってくる。
厄介事が、殆ど一気に片付いたはずなのに、残った1つが大きすぎた。
「そうだ、沙月様」
「何?」
「小樽には戻らなくていいそうですよ」
重くなった空気を変えようと、沙絵は少し作った様な声で話題を変える。
「え?」
「本家も来て、77号は消えて、他の妖も掃討中。人手は足りますから」
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コガネ岬を後にして、車に乗って帰路に付く。
向かう先は、小樽ではなく、その反対。
この間も1日だけ寝泊まりした、昔の家だ。
「後の事は、一旦考えない様にしましょうか」
海の見えない、緑に囲まれた道を駆け抜けて行く。
窓を開けてみれば、暑いながらも、ちょっと涼しく感じる風を感じられた。
「目も腕も無いままなんだけど」
「それは、おいおい考えましょう。最悪、"新しく"出来ますから」
「前にも聞いたけどさ、どうやって?」
「"黄紙の呪符"で治癒させれば可能です。人には使いたくないのですが…」
「"黄紙の呪符"?あぁ…」
「その中に入ってます。私や八沙の様な妖の"とっておき"なんです」
言われた通りに目の前の小物入れを開けると、あまり見たことが無い呪符が数枚、無造作に収められている。
この間、異境で初めて見た呪符…"黄紙の呪符"を手にしてみると、私が使う中でも一番効果が強い、"赤紙の呪符"以上の力を感じ取れた。
「それは、妖にしか扱えません。今の沙月様でも、恐らく無理です」
「そう。でも、これを使ってどうやって治すのさ。今の私は、こんなんでも人でしょ?」
「その辺は変わりないですよ。傷の手当と同じです。患部に当てて、呪符越しに念を流すだけ。そうすれば、1日かそこらで生えてきますし、目も見えるようになるでしょう」
サラリととんでもない事を言っているような気がする。
私は少しだけ、口をポカンと開けると、そっと呪符を元の場所に戻した。
「ちゃんと元に戻るの?それ」
「ええ、戻りますよ。沙千様が、過去に経験しています。空襲を受けた時…」
「生々しい話になりそう」
沙絵の言葉に割り込んで止める。
そして、ふと、サイドミラーの方に目を向ければ、丁度後ろから、凄い勢いで1台の車が近づいていた。
「凄いの来るよ」
暗い色の車。
沙絵も、バックミラーの方に目を向ければ、私と似たような顔を浮かべる。
「もうじき入舸ですし、急いでも意味が無いのですがね。楽しいんでしょう、きっと」
そう言いながら、沙絵はウィンカーを上げて進路を譲った。
車の速度が落ちていく。
そろそろ家が見えてくる頃合い。
ミラーに映った車、一気にその姿が大きくなっていく。
「え?」
影が間近に迫った刹那。
背中に、突き抜けるような衝撃。
体が軋む音、鉄が軋む音…ガラスが砕け散る音が、同時に耳を突き抜けていった。
「くっ!」
エアバックは開かない。
一気に滑りだした私達の車、目の前には緩やかな左カーブが迫りくる。
対向車がいれば、一巻の終わり。
前を見据えて剥かれた目。
周囲を流れる景色が遅く感じた。
背筋を凍らせる様な速さで横に流れる車。
そこに再び、背後からの衝撃が1つ。
対向車線にはみ出す車。
幸いにも、そこにも、その先にも、他車はいない。
カーブを越えて、直線に入るが、私達の車の鼻先は、道路の外を向いている。
この状況で、無事に切り抜けられる未来を、描ける訳が無かった。
「お願い、止まって!」
「クソッ…!ブレーキ…利かない!」
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