133.引き際が潔いのは、結構なことだ。
引き際が潔いのは、結構なことだ。
深追いせず、戻れくなる前に、諦める。
ああ、大事な事だろう…だけど、その判断は、もう少しだけ、遅かった様だが。
「まだ、逃げると決まったわけじゃないでしょう?メノウ」
カフカと渠波根の乗る車を追いかけている時に鳴った電話。
その相手、メノウの言葉に、私達は少しだけ混乱していた。
内容は、美国にあるコガネ岬に、"異境"と繋がる扉が出来たというもの。
今向かっている方角とピッタリ合致するといえど、彼女達が"逃げる"とは思えなかった。
「いや、逃げるじゃろうて。出来てから、未だに開かぬのじゃ」
「出来てからって。出来てすぐでしょ?」
「違う。確かに見つけたのはついさっきじゃ。天狗から連絡があった。調べてみれば、出来てから優に1日は過ぎてるそうじゃぞ?」
「「1日?」」
メノウの言葉に、再び驚く私達。
今度は私だけでなく、運転していた沙絵も声を上げた。
「誰も気づかなかったの?」
「そうらしいの。不思議じゃな」
「何か仕掛けがあるとか?」
「分からぬ。見ないことには」
「そう。まぁ、今の状況が全てなら、いいや。分かった。ありがとう」
「で、どうするんじゃ?」
混乱の中、私と沙絵は少しの間目を合わせる。
前を向けば、トロトロ運転の黒いセダン。
裏から回って、飛ばせば、コガネ岬には早く着けるだろうが…
彼女達の行先が、本当にコガネ岬なのかが分からない。
「メノウ、扉の周囲の人払いの連絡と、前の車の見張りをお願いしたいって言ったら、出来るかしら?」
迷ってる間に、沙絵が電話に話しかける。
「出来るぞ。車は、前の黒いのじゃろ?見えておる。ナンバーは…あぁ、31-129じゃろ?」
「正解。コガネ岬の方まで来なかったら、電話して」
「分かった。任せろ!」
そこで通話が切れる。
沙絵に変わって、スマホを操作して画面を真っ暗にし、オーディオの音量を上げると、車内には再び懐かしい曲が聞こえ始めた。
「どっかで折れますか」
「この先のさ、短いトンネル過ぎた先から曲がれば?」
「そうしましょうか」
方針も決めて、後は実行に移すだけ。
ノロノロ運転の車の後ろに居るのは、もう少し。
海が望める道に現れた、短く狭いトンネルを越えると、再び運転席越しに海が見える。
「ここだ」
快晴の空の下、穏やかな海岸線の景色に目を細めている暇は無い。
真っ直ぐ行けば良いだけの道から、態々左に折れて、海から離れていく。
「遠回りですからね。ちょっと飛ばし気味で行きますよ」
静かだったエンジン音が、甲高い唸り声を上げた。
真っ直ぐ、周囲を緑に囲まれた田舎の景色の中を突き進む。
そこから、レモン街道に合流して、本来の方角に向けて、沙絵は更に車を加速させる。
「ネズミ捕りしてたらどうしよう?」
「無視で」
「あとで母様にドヤされるなぁ。それ」
片側1車線だけど、思わず飛ばしてしまいそうな道。
沙絵にとっては、幾度となく通った道。
ジェットコースターよりも速く駆け抜けて行く。
「そう言えば来年でしたっけ?余市まで高速伸びるの」
「さぁ、そうだっけ?知らないや」
信号が殆どない裏道。
距離は長いが、まぁ、あのノロさなら問題は無いはず。
出来かけの高速道路の出入り口の前を越えて、線路を過ぎて、道の駅すら越えれば、さっき走っていた道に戻ってくる。
「どうでしょうか」
「遅れてたら、メノウがなんか言ってくるでしょ」
「確かに」
「それで、扉、どうする?」
「逃がすつもりは無いです。ただ、どうしましょうか。揺らいでます。隠しても良いのですが、1日も"バレず"に扉を出せる相手ですし、"話が通じる"相手でもありますから」
「勿体ないって?」
元の道に戻った私達は、この先の話を始めた。
まだ、コガネ岬が"目的地"だと決まった訳では無いが、十中八九間違いないと見て良いはずだ。
「両方生け捕りにしてみる?」
「道具がありませんね。あと、人手も」
「捕えても、本家引き渡しだろうしね」
「そうでしたね。八波木の分の罪滅ぼしと言わんばかりに5名も送ってきましたっけ」
「でも、ウチ的には、まだ黒に近いグレーでしょ?」
「確かに。それに、捕まえるなら、家栗と八波木のペアの方が美味しいです」
「こっちには私と沙絵しかいないのに、向こうには何人か付いてたしね」
「はい」
美国までは1本道。
私達は、互いに1つ溜息を付くと、どちらともなく顔を見合わせた。
「隠しましょうか。向こうは幹部2人。こっちは雑魚2人です」
「でもさ、連中の目的、私なんじゃなかったっけ?」
「鬼沙がホテルに引きこもってるのであれば、もう厄介な相手は居ないとでも思っているのでしょうね」
沙絵はそう言うと、再び溜息を一つ。
その後で、私の方をチラリと見やった彼女の瞳は、何時もよりも弱々しい。
「現実を思い出してしまいましたね。申し訳ありませんが、実を言うと、私、少し自信を失いかけています」
「急に。止めてよ。大丈夫さ」
「そう言っていただけると助かりますが、あの日、八沙と逆の立ち位置だったのならと思うと…」
「弱音は後!まだ、怪我で済んでるんだから。ネガティブにさせないでよ」
話し合う内に直視してしまう現実。
私達は互いに口を閉じると、暫くの間黙り込む。
今から相手にする妖達は、ただの雑魚だ。
対処法さえわかってしまえば、後は造作もない相手。
なのに、なのに、何故か、恐ろしいという感情が消えなかった。
そうこうしているうちに、周囲の景色から、街らしさが消えていく。
建物が疎らに見える様になり、長いトンネルと、海が交互にやってくる。
車の数は、そこまで多くない。
沙絵は、普段よりも少し速めの速度で車を走らせていた。
「あの岩、小さくなってってますよね。昔より」
長い沈黙を破ったのは沙絵だった。
私は沙絵の向こう側に見えるローソク岩を眺めて、クスッと笑う。
「何時だったか、八沙ともそんな話してたな」
そう言っている間に、再び車はトンネルの中へ。
目的地が迫る中、私はゆっくりと"準備"を始めた。
「隠すにしても、大騒ぎにならない様にしないとね。すぐ、終わらせてあげないと」
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