132.自分が自分じゃない感覚、それが徐々に強くなっている気がする。
自分が自分じゃない感覚、それが徐々に強くなっている気がする。
不安に思って、鏡を見て、自分の顔が、ちゃんと"さっきまでの記憶"と一緒か確かめた。
沙絵の車のサンバイザーに付いている鏡に映る自分の姿、一致していたその姿に、私はホッと溜息をつく。
「結局、昨日は何もありませんでしたね」
路肩に停まった車の中で、沙絵はボソッと呟いた。
車の外、8日の朝の空は快晴で、最近の中では一番の暑さ。
空調の効いた車の中に居なければ、普通の人であれば、すぐに汗ばみそうな暑さだ。
「良い事なんじゃないの?」
徐々に空調が効いてきた車の中で、私は少しだけ体を震わせる。
元々、そんなに暑がりでも無い上に、今の私は妖みたいなもの。
ここまで冷えてしまえば、丁度いいを通り越して、寒気を感じる。
「沙絵、寒くないの?」
「私は、人由来の妖では無いので。暑がりなんですよ」
「そんなもの?窓、開けて良い?」
「どうぞ」
沙絵の答えを聞く前に、助手席の窓を閉めて外に手を出す。
今の私は、誰にも見えないから、人通りの激しい中でも人目を気にせず手を出せる。
今いる場所は、軍艦が停泊している埠頭の近く。
マリーナベイ・オタルナイの近くでもある。
ここまで天気が良いと、車通りの他にも、人通りもそこそこ多く見受けられた。
「本当に出て来るのかな」
「どうでしょうね。情報源は本家ですから」
「出てきたとしてさ、この車、目立つんじゃない?」
「目だってナンボでしょう。中途半端にここまで来てしまえば、帰らせませんよ」
停車するにも中途半端な場所。
普段はまずやらないようなことをやっているのには、ちゃんと理由があった。
「本家もさ、エゲつない事考えるよね」
「相手に怯まない所を見ると、最近流行りの国際化からは大きく遅れを取ってそうですが」
車内で雑談に興じる私達。
私達がやろうとしているのは、"77号の排除"。
京都から来た本家の人間は、昨日1日で八波木よりも数倍上の働きを見せてくれた。
「最初の分断次第ですね」
「成功したとして、どっちを追いかける?」
「私は、断然、根暗な眼鏡ちゃんの方で」
「同じ考えだった」
程よい緊張感。
私達の近くには、入舸の妖が、私達と同じように車の中で待機していた。
作戦開始の合図は1本の電話。
77号を"引きこもっている軍艦の外に出せる"と言い切った本家のお手並み拝見だ。
もし、彼らが船を降りて、"別々の"車に乗ったのならば、陽動成功。
あとは、私達、入舸の腕次第。
「電話です」
ナビの前、スマホホルダーに引っ掛けていたスマホの画面がパッと付く。
電話のベルが車内に鳴り響くと、沙絵はすぐに電話に出た。
「もしもし?」
「出たぞ。成功。そっちには女2人だ。黒いBM、分かるだろ?」
電話越しに聞こえるのは、本家の防人の、低く艶やかな声。
私と沙絵は顔を見合わせると、口元を二ヤリと吊り上げた。
「どうも、あとは任せて」
短い通話。
電話を切った沙絵は、窓の向こうに目を向ける。
すると、丁度、前の角から黒いセダンがゆっくりと姿を現した。
「あの車ですね」
ゆっくりと車が動き出す。
夏休み真っただ中、平日と言えど、車通りはいつもより多い。
後ろにピタリと付けてしまえば、滅多なことでは逃れられないだろう。
ちょっと走ると、赤信号に止められた。
「付いた」
「気づくかな?」
「さぁ。見えませんしねぇ」
車内で様子を見守る私達。
信号で一旦止まっていたが、青になるとともに、ゆっくりと車が動き出す。
速度はそこまで速くない。
ノロノロと、運河の前の通りを流れていく。
この様子では、背後の車が、私達であるとは分かっていない様だ。
「何処まで行くか、ドライブになりそうです」
距離を開けた沙絵は、そう言ってオーディオの音量を上げる。
スピーカーから流れてくるのは、いつものようなラジオではなく、CD音源。
昔、私が子供だった頃に良く聴いた、昔の曲が流れてきた。
「懐かしい。今聴く曲じゃないけど」
「張り詰めていても、肝心な時に硬くなるものですから」
運河の前を通り過ぎ、トンネルの中に入って行く。
このまま曲がらず行けば、小樽を過ぎて、余市の方に向かう道。
私は助手席の窓を閉めると、懐かしい曲に耳を傾けつつ、少しだけ、椅子に浅く座った。
「何かあるまで、寝てます?」
「急に起きて動けないさよ。じっと、遅い車を眺めてる」
2車線道路の左側。
前を行く車の速度は、他の車よりもちょっと遅い。
運転しているのがどちらかは知らないが、随分と慎重なものだ。
「優良ドライバーですね」
「私達にも、友好的であって欲しかった」
その後ろで、遅い様子を眺めながら皮肉を言い合う。
そうこう言っている間に、周囲の光景は、段々と田舎らしさを増していく。
2車線あった道が、1車線になる頃。
沙絵の奥の窓越しに海が望めた光景が、トンネルの暗さに上書きされる頃。
私達の後ろには、そこそこ長い車列が出来ていた。
「77号。本来は、この世界の技術に興味を持って何か仕掛けてくる連中なんですが…」
「そうらしいね」
「車は、その中に入っていないのでしょうか」
「扱い方には長けてないんじゃない?それか、渠波根が運転してて、ペーパーか」
「どちらなんでしょうね」
「さぁ…沙絵はどっちにかける?」
「んー…カフカの方でしょうかね」
「理由は?」
「渠波根が運転しているとして、カフカがこちらに気づかないわけが無いでしょう?」
「逆は無し?」
「ええ。あの娘、私達の妖力すら感じ取る力は無さそうですから」
遅い車の後ろでぶつぶつ言葉を交わし、トンネルを過ぎていく。
それから、もう1つトンネルを過ぎた時、不意に沙絵のスマホが鳴り響いた。
「!…メノウ?」
着信の相手はメノウ。
私達は、予定外の着信に驚きつつ、私の操作で電話に出る。
「もしもし?メノウ?」
「沙月嬢!漁酒会から伝言じゃ!コガネ岬に"扉"が開いたそうじゃ!奴等、逃げる気じゃぞ!」
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