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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
132/300

132.自分が自分じゃない感覚、それが徐々に強くなっている気がする。

自分が自分じゃない感覚、それが徐々に強くなっている気がする。

不安に思って、鏡を見て、自分の顔が、ちゃんと"さっきまでの記憶"と一緒か確かめた。

沙絵の車のサンバイザーに付いている鏡に映る自分の姿、一致していたその姿に、私はホッと溜息をつく。


「結局、昨日は何もありませんでしたね」


路肩に停まった車の中で、沙絵はボソッと呟いた。

車の外、8日の朝の空は快晴で、最近の中では一番の暑さ。

空調の効いた車の中に居なければ、普通の人であれば、すぐに汗ばみそうな暑さだ。


「良い事なんじゃないの?」


徐々に空調が効いてきた車の中で、私は少しだけ体を震わせる。

元々、そんなに暑がりでも無い上に、今の私は妖みたいなもの。

ここまで冷えてしまえば、丁度いいを通り越して、寒気を感じる。


「沙絵、寒くないの?」

「私は、人由来の妖では無いので。暑がりなんですよ」

「そんなもの?窓、開けて良い?」

「どうぞ」


沙絵の答えを聞く前に、助手席の窓を閉めて外に手を出す。

今の私は、誰にも見えないから、人通りの激しい中でも人目を気にせず手を出せる。


今いる場所は、軍艦が停泊している埠頭の近く。

マリーナベイ・オタルナイの近くでもある。

ここまで天気が良いと、車通りの他にも、人通りもそこそこ多く見受けられた。


「本当に出て来るのかな」

「どうでしょうね。情報源は本家ですから」

「出てきたとしてさ、この車、目立つんじゃない?」

「目だってナンボでしょう。中途半端にここまで来てしまえば、帰らせませんよ」


停車するにも中途半端な場所。

普段はまずやらないようなことをやっているのには、ちゃんと理由があった。


「本家もさ、エゲつない事考えるよね」

「相手に怯まない所を見ると、最近流行りの国際化からは大きく遅れを取ってそうですが」


車内で雑談に興じる私達。

私達がやろうとしているのは、"77号の排除"。

京都から来た本家の人間は、昨日1日で八波木よりも数倍上の働きを見せてくれた。


「最初の分断次第ですね」

「成功したとして、どっちを追いかける?」

「私は、断然、根暗な眼鏡ちゃんの方で」

「同じ考えだった」


程よい緊張感。

私達の近くには、入舸の妖が、私達と同じように車の中で待機していた。


作戦開始の合図は1本の電話。

77号を"引きこもっている軍艦の外に出せる"と言い切った本家のお手並み拝見だ。

もし、彼らが船を降りて、"別々の"車に乗ったのならば、陽動成功。

あとは、私達、入舸の腕次第。


「電話です」


ナビの前、スマホホルダーに引っ掛けていたスマホの画面がパッと付く。

電話のベルが車内に鳴り響くと、沙絵はすぐに電話に出た。


「もしもし?」

「出たぞ。成功。そっちには女2人だ。黒いBM、分かるだろ?」


電話越しに聞こえるのは、本家の防人の、低く艶やかな声。

私と沙絵は顔を見合わせると、口元を二ヤリと吊り上げた。


「どうも、あとは任せて」


短い通話。

電話を切った沙絵は、窓の向こうに目を向ける。

すると、丁度、前の角から黒いセダンがゆっくりと姿を現した。


「あの車ですね」


ゆっくりと車が動き出す。

夏休み真っただ中、平日と言えど、車通りはいつもより多い。

後ろにピタリと付けてしまえば、滅多なことでは逃れられないだろう。

ちょっと走ると、赤信号に止められた。


「付いた」

「気づくかな?」

「さぁ。見えませんしねぇ」


車内で様子を見守る私達。

信号で一旦止まっていたが、青になるとともに、ゆっくりと車が動き出す。

速度はそこまで速くない。

ノロノロと、運河の前の通りを流れていく。

この様子では、背後の車が、私達であるとは分かっていない様だ。


「何処まで行くか、ドライブになりそうです」


距離を開けた沙絵は、そう言ってオーディオの音量を上げる。

スピーカーから流れてくるのは、いつものようなラジオではなく、CD音源。

昔、私が子供だった頃に良く聴いた、昔の曲が流れてきた。


「懐かしい。今聴く曲じゃないけど」

「張り詰めていても、肝心な時に硬くなるものですから」


運河の前を通り過ぎ、トンネルの中に入って行く。

このまま曲がらず行けば、小樽を過ぎて、余市の方に向かう道。

私は助手席の窓を閉めると、懐かしい曲に耳を傾けつつ、少しだけ、椅子に浅く座った。


「何かあるまで、寝てます?」

「急に起きて動けないさよ。じっと、遅い車を眺めてる」


2車線道路の左側。

前を行く車の速度は、他の車よりもちょっと遅い。

運転しているのがどちらかは知らないが、随分と慎重なものだ。


「優良ドライバーですね」

「私達にも、友好的であって欲しかった」


その後ろで、遅い様子を眺めながら皮肉を言い合う。

そうこう言っている間に、周囲の光景は、段々と田舎らしさを増していく。


2車線あった道が、1車線になる頃。

沙絵の奥の窓越しに海が望めた光景が、トンネルの暗さに上書きされる頃。

私達の後ろには、そこそこ長い車列が出来ていた。


「77号。本来は、この世界の技術に興味を持って何か仕掛けてくる連中なんですが…」

「そうらしいね」

「車は、その中に入っていないのでしょうか」

「扱い方には長けてないんじゃない?それか、渠波根が運転してて、ペーパーか」

「どちらなんでしょうね」

「さぁ…沙絵はどっちにかける?」

「んー…カフカの方でしょうかね」

「理由は?」

「渠波根が運転しているとして、カフカがこちらに気づかないわけが無いでしょう?」

「逆は無し?」

「ええ。あの娘、私達の妖力すら感じ取る力は無さそうですから」


遅い車の後ろでぶつぶつ言葉を交わし、トンネルを過ぎていく。

それから、もう1つトンネルを過ぎた時、不意に沙絵のスマホが鳴り響いた。


「!…メノウ?」


着信の相手はメノウ。

私達は、予定外の着信に驚きつつ、私の操作で電話に出る。


「もしもし?メノウ?」

「沙月嬢!漁酒会から伝言じゃ!コガネ岬に"扉"が開いたそうじゃ!奴等、逃げる気じゃぞ!」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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