131.何度体験しても、病院のベッドの上は苦手だ。
何度体験しても、病院のベッドの上は苦手だ。
目を開けると、そこに見えたのは白い天井、カーテンレールに、分厚いカーテン。
太陽の光が隙間から差し込んでいて、それが私の左目に丁度あたるものだから、私は思わず目を瞑った。
「ん…!」
急な光を目に受けると、結構痛いものだ。
残った左目付近を、残った左手で覆うと、カーテンの向こう側から誰かの声がした。
「沙月様!目が覚めましたか」
パッとカーテンを開けて現れたのは沙絵だった。
昨日と服装は違えど、目の下に隈が出来ていて、ちょっとグロッキー。
私は薄く開けた目で彼女を見止めると、首を傾げた。
「え?なんで、病院にいるの?」
沙絵を見て、自分の体に目を落とす。
着ているのは、私服ではなく患者服。
感覚が鮮明になってきて、左腕から管が伸びている事にようやく気づいた。
その管は、私の手首付近から伸びて…ベッド横の機器に繋がっている。
そこから周囲に目を向ければ、ここは、いつぞや妖と化した私が運び込まれた個室だ。
「倒れたのですよ。夜中の間に」
「倒れた?あぁ、今は?何時?」
「7日の13時過ぎです」
「そう。寝て起きた様なものじゃない。凄いことになってるけど」
左腕から伸びた点滴を見ながら苦笑い。
普段より早口になった沙絵は、そんな私の様子を見て小さくため息をついた。
「具合が悪かったりはしませんか?」
「うん、寝起きも良いし。…というか、ここに居て良いんだ」
「まぁ、入舸の息がかかってますからね。今の沙月様は、まだ人には見えませんよ」
「え、じゃ、点滴はどうやって?」
「私です。こう見えても、注射が日本に入って来た当初から触ってきているので」
そう言って、少し得意気な顔を見せる沙絵。
そのまま、私が寝かされているベッドの隅に腰かけて、私の首筋に手を当ててきた。
「倒れた時は風邪みたいな症状だったのですが。熱も引いてますね」
「そうなんだ。何も覚えてないさ。夜中?」
「沙千様と話していた事も覚えてませんか?」
「あー、おばあちゃんと?何となく、覚えてるような…」
「そうですか。まぁ、半分眠ってた様なものでしたからね」
沙絵はそう言いつつ、私の左腕を掴みあげる。
そこで、私は何度目かの違和感を脇腹辺りに感じて、ほんの少しだけ目を細めた。
沙絵のもう片方の手が、違和感を感じた辺りをそっと撫でる。
「いっ!」
「痛みます?」
「いや!くすぐったい…」
「そうですか」
感じたのは、何かガーゼの様な物がある感覚。
ちょっとだけヒリヒリする感覚があったが、それよりもくすぐったさが勝った。
「コーヒーで火傷したんですよ。それはまぁ、倒れた時に持ってたせいでもあるのですが」
「火傷」
「軽いやけどです。呪符でも治せますが…今の沙月様に、呪符は使いたくないので」
「確かに。で、どうして倒れたんだろうね?」
「ストレス…でしょうか。倒れた時、一気に熱が上がって、体中強張ってましたから」
手を離した沙絵は、そう言いながらベッド横の冷蔵庫を開ける。
入っていたのは、スポーツドリンクのペットボトル。
それのキャップを開けて私に寄越してきた。
「人間は、妖よりストレス耐性があるのですが。沙月様の場合、妖になりかけてしまっている様ですから…体が慣れず、一気にキてしまったのでしょう」
「そう。今の私って、外面に結構出てる?疲れとか」
「ええ。"がおってる"感じです。耳と角は、昨日見ましたよね」
沙絵の言葉を聞いて、私は小さく頷いた。
渡されたペットボトルに口を付けて喉を潤すと、それを沙絵に返して頭に手を当てる。
昨日、車の中で確認した、額に生えた2本の角は、しっかりとくっ付いている様だ。
「で、大丈夫なの?私が、こんな状態で」
「沙雪様もこの病院ですし、ニッカに見張らせています。守りは硬いですよ」
「そう。でも、街の方には…」
「大丈夫です。沙月様。数日位、何とでもなります」
「でも…」
「午後には、京都から数名、防人が派遣されてくるそうです。八波木の造反に渠波根の娘の件もあれば、動くでしょうよ」
私の心配を他所に、沙絵は他人事の様に状況を伝えてくる。
ボーっと窓の外を見る目付きは、言ってる内容と噛み合っている感じがしない。
「幸い、今日は、悪いニュースがありません。死体も消えませんでしたし、行方不明者も無しです」
「向こうも、下手に動けないってこと」
「恐らく。私達がどんな手を使っているか、鬼沙から話が行ったか…知らないのかは、知りませんが。何にも無いんです。不気味ですよね」
沙絵はそう言うと、ゆっくりと私の方に顔を向ける。
「鬼沙は相変わらずホテルから動いていませんし」
「京都から本家の人間が来たら、事が大きくなりそうだね」
「77号もそのまま、鬼沙もそのまま。膠着状態です。それで、八沙に、沙雪様に、沙月様が倒れてる。何かあったらと思うと…」
沙絵の表情がほんの少しだけ揺らぐ。
隈を浮かべた表情、よく見れば、少し頬がこけている。
「なら、早いところこの点滴外してよ。もう、動ける」
そんな沙絵を見て、私は左手を上げた。
彼女はそれを見て苦笑いを浮かべて、首を左右に振る。
「それ、付け替えたばっかですから。今日中は病院暮らししてください」
「そんな余裕無いでしょ?」
「あと1時間もすれば、京都の防人が来ます。それに、動けるものは総出です。今はね」
「そう」
上げた手を下げて、溜息を一つ。
窓の方を見てみれば、雲一つない青空が見える。
「結局、どうなるんだろうね」
「さぁ。隠して終わりなら、鬼沙も隠さないといけませんが」
「無理だよ。隠すまで"削れない"」
「77号はなんとかなりそうですがね」
「あんなのは、腕を斬り落としてやればいいのさ。呪符を持たせなきゃいい」
「ですね。に、しても。死体を操る術が本当にあったとは」
静かな病室内。
気だるげな会話だが、内容は"仕事絡み"。
今更、他の事を話題にする気には、なれなかった。
「それよりも、77号の繋がりが不思議だよ。なんだって、あんな」
「海外と繋がっているんですかねぇ…」
「そう言えば、外国にもさ、妖って居るんでしょ?防人みたいな組織って無いの?」
「ありますが…私は関わったことがありませんね。交流するにも、本家がアレですよ?」
「ソリが合うわけない、か」
「はい。でも、今回の事で、そうもいかなくなりそうですが…」
何とも言えない、重めの空気感。
「夏休みが終わっても、最悪、暫くお休みでしょうね」
「参ったなぁ…って。生きてるだけでホッとする日が来ると思わなかったよ」
冗談っぽく、そう言って口元を吊り上げるが、言葉に力が出なかった。
「なんか不気味で敵いませんね。きっと、鬼沙の掌の上なんでしょうねぇ…」
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