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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
131/300

131.何度体験しても、病院のベッドの上は苦手だ。

何度体験しても、病院のベッドの上は苦手だ。

目を開けると、そこに見えたのは白い天井、カーテンレールに、分厚いカーテン。

太陽の光が隙間から差し込んでいて、それが私の左目に丁度あたるものだから、私は思わず目を瞑った。


「ん…!」


急な光を目に受けると、結構痛いものだ。

残った左目付近を、残った左手で覆うと、カーテンの向こう側から誰かの声がした。


「沙月様!目が覚めましたか」


パッとカーテンを開けて現れたのは沙絵だった。

昨日と服装は違えど、目の下に隈が出来ていて、ちょっとグロッキー。

私は薄く開けた目で彼女を見止めると、首を傾げた。


「え?なんで、病院にいるの?」


沙絵を見て、自分の体に目を落とす。

着ているのは、私服ではなく患者服。

感覚が鮮明になってきて、左腕から管が伸びている事にようやく気づいた。

その管は、私の手首付近から伸びて…ベッド横の機器に繋がっている。

そこから周囲に目を向ければ、ここは、いつぞや妖と化した私が運び込まれた個室だ。


「倒れたのですよ。夜中の間に」

「倒れた?あぁ、今は?何時?」

「7日の13時過ぎです」

「そう。寝て起きた様なものじゃない。凄いことになってるけど」


左腕から伸びた点滴を見ながら苦笑い。

普段より早口になった沙絵は、そんな私の様子を見て小さくため息をついた。


「具合が悪かったりはしませんか?」

「うん、寝起きも良いし。…というか、ここに居て良いんだ」

「まぁ、入舸の息がかかってますからね。今の沙月様は、まだ人には見えませんよ」

「え、じゃ、点滴はどうやって?」

「私です。こう見えても、注射が日本に入って来た当初から触ってきているので」


そう言って、少し得意気な顔を見せる沙絵。

そのまま、私が寝かされているベッドの隅に腰かけて、私の首筋に手を当ててきた。


「倒れた時は風邪みたいな症状だったのですが。熱も引いてますね」

「そうなんだ。何も覚えてないさ。夜中?」

「沙千様と話していた事も覚えてませんか?」

「あー、おばあちゃんと?何となく、覚えてるような…」

「そうですか。まぁ、半分眠ってた様なものでしたからね」


沙絵はそう言いつつ、私の左腕を掴みあげる。

そこで、私は何度目かの違和感を脇腹辺りに感じて、ほんの少しだけ目を細めた。

沙絵のもう片方の手が、違和感を感じた辺りをそっと撫でる。


「いっ!」

「痛みます?」

「いや!くすぐったい…」

「そうですか」


感じたのは、何かガーゼの様な物がある感覚。

ちょっとだけヒリヒリする感覚があったが、それよりもくすぐったさが勝った。


「コーヒーで火傷したんですよ。それはまぁ、倒れた時に持ってたせいでもあるのですが」

「火傷」

「軽いやけどです。呪符でも治せますが…今の沙月様に、呪符は使いたくないので」

「確かに。で、どうして倒れたんだろうね?」

「ストレス…でしょうか。倒れた時、一気に熱が上がって、体中強張ってましたから」


手を離した沙絵は、そう言いながらベッド横の冷蔵庫を開ける。

入っていたのは、スポーツドリンクのペットボトル。

それのキャップを開けて私に寄越してきた。


「人間は、妖よりストレス耐性があるのですが。沙月様の場合、妖になりかけてしまっている様ですから…体が慣れず、一気にキてしまったのでしょう」

「そう。今の私って、外面に結構出てる?疲れとか」

「ええ。"がおってる"感じです。耳と角は、昨日見ましたよね」


沙絵の言葉を聞いて、私は小さく頷いた。

渡されたペットボトルに口を付けて喉を潤すと、それを沙絵に返して頭に手を当てる。

昨日、車の中で確認した、額に生えた2本の角は、しっかりとくっ付いている様だ。


「で、大丈夫なの?私が、こんな状態で」

「沙雪様もこの病院ですし、ニッカに見張らせています。守りは硬いですよ」

「そう。でも、街の方には…」

「大丈夫です。沙月様。数日位、何とでもなります」

「でも…」

「午後には、京都から数名、防人が派遣されてくるそうです。八波木の造反に渠波根の娘の件もあれば、動くでしょうよ」


私の心配を他所に、沙絵は他人事の様に状況を伝えてくる。

ボーっと窓の外を見る目付きは、言ってる内容と噛み合っている感じがしない。


「幸い、今日は、悪いニュースがありません。死体も消えませんでしたし、行方不明者も無しです」

「向こうも、下手に動けないってこと」

「恐らく。私達がどんな手を使っているか、鬼沙から話が行ったか…知らないのかは、知りませんが。何にも無いんです。不気味ですよね」


沙絵はそう言うと、ゆっくりと私の方に顔を向ける。


「鬼沙は相変わらずホテルから動いていませんし」

「京都から本家の人間が来たら、事が大きくなりそうだね」

「77号もそのまま、鬼沙もそのまま。膠着状態です。それで、八沙に、沙雪様に、沙月様が倒れてる。何かあったらと思うと…」


沙絵の表情がほんの少しだけ揺らぐ。

隈を浮かべた表情、よく見れば、少し頬がこけている。


「なら、早いところこの点滴外してよ。もう、動ける」


そんな沙絵を見て、私は左手を上げた。

彼女はそれを見て苦笑いを浮かべて、首を左右に振る。


「それ、付け替えたばっかですから。今日中は病院暮らししてください」

「そんな余裕無いでしょ?」

「あと1時間もすれば、京都の防人が来ます。それに、動けるものは総出です。今はね」

「そう」


上げた手を下げて、溜息を一つ。

窓の方を見てみれば、雲一つない青空が見える。


「結局、どうなるんだろうね」

「さぁ。隠して終わりなら、鬼沙も隠さないといけませんが」

「無理だよ。隠すまで"削れない"」

「77号はなんとかなりそうですがね」

「あんなのは、腕を斬り落としてやればいいのさ。呪符を持たせなきゃいい」

「ですね。に、しても。死体を操る術が本当にあったとは」


静かな病室内。

気だるげな会話だが、内容は"仕事絡み"。

今更、他の事を話題にする気には、なれなかった。


「それよりも、77号の繋がりが不思議だよ。なんだって、あんな」

「海外と繋がっているんですかねぇ…」

「そう言えば、外国にもさ、妖って居るんでしょ?防人みたいな組織って無いの?」

「ありますが…私は関わったことがありませんね。交流するにも、本家がアレですよ?」

「ソリが合うわけない、か」

「はい。でも、今回の事で、そうもいかなくなりそうですが…」


何とも言えない、重めの空気感。


「夏休みが終わっても、最悪、暫くお休みでしょうね」

「参ったなぁ…って。生きてるだけでホッとする日が来ると思わなかったよ」


冗談っぽく、そう言って口元を吊り上げるが、言葉に力が出なかった。


「なんか不気味で敵いませんね。きっと、鬼沙の掌の上なんでしょうねぇ…」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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