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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
130/300

130.緊張が解けてしまえば、自分の異変を如実に感じ取れてしまう。

緊張が解けてしまえば、自分の異変を如実に感じ取れてしまう。

帰りの車の中で見た自分の顔、額にはしっかりと角が生えていた。

それを認知してしまってからというもの、私は徐々にフワついた感覚に落ちていく。


「ようやく終わりましたね、沙月様」


日付も跨いだ、8月7日の3時過ぎ。

即席の会議室と化していた客間の隅で、私は眠たげな目を擦っていた。


「大丈夫ですか?」

「ん…あぁ、ふわぁああああ…眠い」


沙絵の言葉に、なんとか反応するものの、何かを言う前に大きな欠伸が出てしまう。

沙絵はそんな私を見て、クスッと小さな笑みを浮かべた。


「日付跨ぐ位起きてるのって、正月位しか無いですからね」

「ねぇ、全くさ」


家に帰ってきてから、今の今まで、あっという間の数時間。

家に着くなり、私達は客間に呼ばれ、そこで軽食を食べつつ、延々と今日の夕方以降の出来事をおばあちゃん達に伝えた。


この場に居たのは、コウジとムゲツ。

そして、鬼沙の監視や母様の護衛に回っていない、"手空き"の者達

彼らを前に、私達はさっきまでの出来事を話していく。


寄港している軍艦から、77号の妖が降りてきたこと。

彼らが街外れの廃墟に向かったこと。

そこで一戦を交えて、追い詰めて、彼らを"隠す"間際に、八波木に止められたこと。

そして、八波木そのものが、既に"死体"となっていて、77号と繋がっていたことを話した。


それは、現実味の無い話。

最初は、おばあちゃんですら訝し気な顔を浮かべていたが、やがて状況は一変する。


その切欠は、話の最中、上空で監視していたメノウとニッカからの連絡。

八波木始め、77号の妖達が、"出てきた"軍艦の中へと戻ったという報告が入った。


ご丁寧に、写真付きの報告だった。

その報告で、私達の話に現実味が帯びてくる。

おばあちゃんは珍しく驚いた顔を浮かべて震えだし、即座に"次"の行動を、ここに集まった皆に告げた。


おばあちゃんは、すぐさま京都の本家に報告。

鬼沙と母様の護衛を増やし、幾人かの妖達が、その段階で家から慌ただしく出て行った。


「暫く、私達の出番も無さそうですね」

「ないだろうけど、向こうの目的は私なんでしょ?」

「そのようです。ただ、八波木の振る舞いから見るに、入舸家を潰した上で、沙月様を…という風に見えましたけどもね」


コクコクと船を漕ぐ私の横で、沙絵がスッと腰を下ろしてくる。

まだ、おばあちゃんと本家との連絡も終わっていない今、眠るわけにもいかなかった。


「寝てしまっても、良いのですよ?」

「嫌、何かあるかもしれないし…それに」

「それに?あぁ、そう言えば」

「鬼沙の命日。今年は、多分大丈夫だろうけれど、目が覚めたら、分からないから」


眠気を必死に我慢する理由は2つ。

おばあちゃんから、何か頼まれるかもしれないから。

目が覚めた時には、きっと私の気持ちは沈み切っているから。


「…コーヒーでも飲みますか?」

「炭酸か、何か、無いの?」

「今は切らしてます」

「じゃ、砂糖多めでお願い」

「少々、お待ちを」


そう言って沙絵が立ち上がる。

私は、左手でパン!と頬を叩くと、目を見開いた。


誰もいなくなった客間に1人切り。

居間の方へ行こうにも、そこじゃ、電話している声が聞こえない。


遠くで、声を少し張り上げながら電話しているおばあちゃん。

その言葉に、電話の終わりを感じると、少し乱雑に置かれた受話器の音が聞こえてきた。


「ったく」


おばあちゃんが客間に入ってくる。

眠たげな私に気が付くと、少しハッとした顔を浮かべてこちらに歩み寄って来た。


「まだ起きてたのかい」

「うん。…何かあるかも、って思った…から」

「何も頼む事は無いよ。早く寝なさい」

「そう。沙絵に、コーヒー、頼んじゃった」


フワフワした頭でおばあちゃんと話す私。

気の抜けた口調に、おばあちゃんの顔が少しだけ和らぐ。


「丁度、コーヒーが飲みたかった所さ」

「あげる。砂糖、多めだけど」

「…甘いのは嫌だね」

「知ってる」


そう言ってニヘラっと顔を緩ませた。

おばあちゃんも、私の顔に合わせて頬を緩ませるが、すぐに表情が引き締まる。


「すまないね。苦労かけて」


近くにあった椅子に腰かけるおばあちゃん。

私は、小さく首を傾げた。


「この前の事と言い出せばキリが無いけども、沙月には苦労をかけっぱなしさ」

「そんなことないよ。私は大丈夫だから」

「ハッ、そういう顔してないよ。休んで欲しいのだけどもねぇ。今は、人が足りない」

「私がいる」

「沙月、今回は、子供の出る幕じゃないのさ。それに、その体。何時、戻ってこれなくなるか…おばあちゃん、怖くてね」


静かな夜の客間。

フワフワしていた頭が、徐々にいつも通りの働きに戻ってくる。

顔を見上げて、椅子に座ったおばあちゃんの顔を見つめれば、その横顔には翳りが見えた。


「その程度で収まれば良いのだけどね。もっと進んだら…」

「私は、何処かに隠されちゃうね」

「そうよ。おばあちゃんの、母がそうだった。名前は、分かるでしょう?」

「沙月でしょ。私のひいおばあちゃん」

「そう。おばあちゃんがね、沙月位の年の頃に、戻ってこれなくなってねぇ」


おばあちゃんの言葉に、私の背筋が少しだけ凍り付く。

入舸家の長女の命名規則は決まっていて、沙月→沙千→沙雪でルーティンさせるのが、昔からの習わしだ。


私と同じ名前の人間が、遠い昔に"隠された"。

その事実が、何故か私の脳裏に鮮明なイメージを映し出す。


「あら、沙千様。終わったのですか」


脳裏に嫌な光景が思い浮かんでいる時、私の中の感覚が、再び何処かへ飛びかけた時。

客間に、2人分のコーヒーを持って来た沙絵が戻って来た。


「はい。あと、こっち、ブラックで作ってますから。どうぞ」


沙絵は、彼女の分のコーヒーをおばあちゃんに譲ると、私の横にコーヒーカップを置く。


「あ、ありがと」


私は頭を数回振ると、そう言って熱いコーヒーカップを手に取った。

ふーっと息を吹きかけて、少し冷まして、そっと口を付ける。

砂糖で甘くなったコーヒー、その味を感じた刹那、私の意識はユラリと大きく歪んだ。


「沙月様!?沙月!しっかりしてください!…」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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