130.緊張が解けてしまえば、自分の異変を如実に感じ取れてしまう。
緊張が解けてしまえば、自分の異変を如実に感じ取れてしまう。
帰りの車の中で見た自分の顔、額にはしっかりと角が生えていた。
それを認知してしまってからというもの、私は徐々にフワついた感覚に落ちていく。
「ようやく終わりましたね、沙月様」
日付も跨いだ、8月7日の3時過ぎ。
即席の会議室と化していた客間の隅で、私は眠たげな目を擦っていた。
「大丈夫ですか?」
「ん…あぁ、ふわぁああああ…眠い」
沙絵の言葉に、なんとか反応するものの、何かを言う前に大きな欠伸が出てしまう。
沙絵はそんな私を見て、クスッと小さな笑みを浮かべた。
「日付跨ぐ位起きてるのって、正月位しか無いですからね」
「ねぇ、全くさ」
家に帰ってきてから、今の今まで、あっという間の数時間。
家に着くなり、私達は客間に呼ばれ、そこで軽食を食べつつ、延々と今日の夕方以降の出来事をおばあちゃん達に伝えた。
この場に居たのは、コウジとムゲツ。
そして、鬼沙の監視や母様の護衛に回っていない、"手空き"の者達
彼らを前に、私達はさっきまでの出来事を話していく。
寄港している軍艦から、77号の妖が降りてきたこと。
彼らが街外れの廃墟に向かったこと。
そこで一戦を交えて、追い詰めて、彼らを"隠す"間際に、八波木に止められたこと。
そして、八波木そのものが、既に"死体"となっていて、77号と繋がっていたことを話した。
それは、現実味の無い話。
最初は、おばあちゃんですら訝し気な顔を浮かべていたが、やがて状況は一変する。
その切欠は、話の最中、上空で監視していたメノウとニッカからの連絡。
八波木始め、77号の妖達が、"出てきた"軍艦の中へと戻ったという報告が入った。
ご丁寧に、写真付きの報告だった。
その報告で、私達の話に現実味が帯びてくる。
おばあちゃんは珍しく驚いた顔を浮かべて震えだし、即座に"次"の行動を、ここに集まった皆に告げた。
おばあちゃんは、すぐさま京都の本家に報告。
鬼沙と母様の護衛を増やし、幾人かの妖達が、その段階で家から慌ただしく出て行った。
「暫く、私達の出番も無さそうですね」
「ないだろうけど、向こうの目的は私なんでしょ?」
「そのようです。ただ、八波木の振る舞いから見るに、入舸家を潰した上で、沙月様を…という風に見えましたけどもね」
コクコクと船を漕ぐ私の横で、沙絵がスッと腰を下ろしてくる。
まだ、おばあちゃんと本家との連絡も終わっていない今、眠るわけにもいかなかった。
「寝てしまっても、良いのですよ?」
「嫌、何かあるかもしれないし…それに」
「それに?あぁ、そう言えば」
「鬼沙の命日。今年は、多分大丈夫だろうけれど、目が覚めたら、分からないから」
眠気を必死に我慢する理由は2つ。
おばあちゃんから、何か頼まれるかもしれないから。
目が覚めた時には、きっと私の気持ちは沈み切っているから。
「…コーヒーでも飲みますか?」
「炭酸か、何か、無いの?」
「今は切らしてます」
「じゃ、砂糖多めでお願い」
「少々、お待ちを」
そう言って沙絵が立ち上がる。
私は、左手でパン!と頬を叩くと、目を見開いた。
誰もいなくなった客間に1人切り。
居間の方へ行こうにも、そこじゃ、電話している声が聞こえない。
遠くで、声を少し張り上げながら電話しているおばあちゃん。
その言葉に、電話の終わりを感じると、少し乱雑に置かれた受話器の音が聞こえてきた。
「ったく」
おばあちゃんが客間に入ってくる。
眠たげな私に気が付くと、少しハッとした顔を浮かべてこちらに歩み寄って来た。
「まだ起きてたのかい」
「うん。…何かあるかも、って思った…から」
「何も頼む事は無いよ。早く寝なさい」
「そう。沙絵に、コーヒー、頼んじゃった」
フワフワした頭でおばあちゃんと話す私。
気の抜けた口調に、おばあちゃんの顔が少しだけ和らぐ。
「丁度、コーヒーが飲みたかった所さ」
「あげる。砂糖、多めだけど」
「…甘いのは嫌だね」
「知ってる」
そう言ってニヘラっと顔を緩ませた。
おばあちゃんも、私の顔に合わせて頬を緩ませるが、すぐに表情が引き締まる。
「すまないね。苦労かけて」
近くにあった椅子に腰かけるおばあちゃん。
私は、小さく首を傾げた。
「この前の事と言い出せばキリが無いけども、沙月には苦労をかけっぱなしさ」
「そんなことないよ。私は大丈夫だから」
「ハッ、そういう顔してないよ。休んで欲しいのだけどもねぇ。今は、人が足りない」
「私がいる」
「沙月、今回は、子供の出る幕じゃないのさ。それに、その体。何時、戻ってこれなくなるか…おばあちゃん、怖くてね」
静かな夜の客間。
フワフワしていた頭が、徐々にいつも通りの働きに戻ってくる。
顔を見上げて、椅子に座ったおばあちゃんの顔を見つめれば、その横顔には翳りが見えた。
「その程度で収まれば良いのだけどね。もっと進んだら…」
「私は、何処かに隠されちゃうね」
「そうよ。おばあちゃんの、母がそうだった。名前は、分かるでしょう?」
「沙月でしょ。私のひいおばあちゃん」
「そう。おばあちゃんがね、沙月位の年の頃に、戻ってこれなくなってねぇ」
おばあちゃんの言葉に、私の背筋が少しだけ凍り付く。
入舸家の長女の命名規則は決まっていて、沙月→沙千→沙雪でルーティンさせるのが、昔からの習わしだ。
私と同じ名前の人間が、遠い昔に"隠された"。
その事実が、何故か私の脳裏に鮮明なイメージを映し出す。
「あら、沙千様。終わったのですか」
脳裏に嫌な光景が思い浮かんでいる時、私の中の感覚が、再び何処かへ飛びかけた時。
客間に、2人分のコーヒーを持って来た沙絵が戻って来た。
「はい。あと、こっち、ブラックで作ってますから。どうぞ」
沙絵は、彼女の分のコーヒーをおばあちゃんに譲ると、私の横にコーヒーカップを置く。
「あ、ありがと」
私は頭を数回振ると、そう言って熱いコーヒーカップを手に取った。
ふーっと息を吹きかけて、少し冷まして、そっと口を付ける。
砂糖で甘くなったコーヒー、その味を感じた刹那、私の意識はユラリと大きく歪んだ。
「沙月様!?沙月!しっかりしてください!…」
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