128.水差し野郎が1人出ると、場は急激にしらけるものだ。
水差し野郎が1人出ると、場は急激にしらけるものだ。
死んでいるはずの渠波根をこの世から隠す間際、沙絵が家栗を追い込んだ瞬間の出来事。
周囲に再び静寂が戻り、その中心に立つ男は、ニヤリと下品な笑みを浮かべていた。
「入舸家のお嬢さんも、相変わらず単純なお方だ」
星空の下、これっぽっちも人気の無い、小樽の一角にある古い廃墟前の草原。
その中を、ゆっくりとした足取りで歩いてくるのは、京都から来た木偶の坊。
防人の中でも、それなりの位にいる八波木千彦その人だった。
京都訛りの、胡散臭く、独特な風貌をした中年男。
仕立ての良い、チャコールグレーのスーツに身を包んだその姿は、この場には不釣り合い。
その向こう側、道路上には、ライトが付いたままのセダンが1台、ハザードを付けて停まっていた。
「その姿は、また一段と向こう側に近づいたようで」
「お陰様でね」
「そのまま妖になってくれれば、直々に隠して差し上げるのに」
「アンタみたいなのには無理な話さね」
「で、77号が相手だと言っただろ?なんだって、刀やら、呪符やら、持ってるんだ?」
八波木が来た途端、カフカも家栗も、逃げようとする素振りもなく動きを止める。
順調に彼らを追い詰めていた私と沙絵は、思わぬ人物の登場に、何も出来なかった。
私の場合は、何かしようにも出来ないのだが。
八波木の手に握られたのは、日本では普通見られない、黒光りする拳銃。
さっき、渠波根を"隠そう"とした私の肩を貫いたものだ。
「随分な挨拶ですね。防人が防人を撃つだなんて、有り得ませんよ?」
沙絵は私の傍に居て、後ろ手で呪符を幹部にあてて治してくれている。
その沙絵の顔は、滅多に見ない程に怒りが滲み出ていた。
「呪符に当てようとしたら、外してね。悪かった。すまないね」
悪びれもしない八波木。
その回答が、更に私達の血を沸騰させる。
八波木は、見せびらかすように手にしていた拳銃を懐に仕舞うと、私達とカフカ達の間に割って入った。
「風雷カフカに、家栗我伊助。77号の中じゃ大物だ」
「その大物、なんだって照会に2日かけたんです?」
「他にも組織が多いからに決まってるだろ!?入舸みたいな妖連中が居るせいでな、遅々として排除が進まないのさ!」
沙絵の言葉に怒鳴る八波木。
こちらに怒り顔を見せつけると、カフカ達の方に振り向く。
八波木の向こう側、カフカと家栗の表情を見てみたが、彼らはどんな表情も浮かべていなかった。
「でも、77号は別だ。隠す必要も無い。無害だからな」
そして、サラっととんでもない事を言い出す。
傷が癒えた左腕を刀に当てたが、沙絵がそっと止めてきた。
「無害な上に、ちゃんと話せる相手だろう?」
八波木の言葉に頷く2人。
私と沙絵の表情がまた1つ、険しくなっていく。
「なんだ。見つけるまでに手間が掛かっていたのは認めるが、見つけてからは、何も隠せだなんて、ワタクシは一言も言ってないぞ!確保しろと言ったはずだ!」
徐々に怒気を含む声色。
八波木はそう言うと、クルリと私達の方に振り向いた。
その顔色は、怒気を含んだ、荒げた声を出しているにしては青白い。
「それに、報告を聞けばなんだ?随分と厄介な所から出てきたそうじゃないか」
「ああ、アメリカの艦隊だっけ?何か問題でも?ここは小樽さ」
「沙月さん、アンタ、本当に頭の回らない子だな。居た場所が問題だと、何故思わない?」
「知ったこっちゃない。ここで、問題を起こした。それだけで隠す理由には十分さ」
八波木を煽る私。
子供に煽られれば、なんの考えも無さそうな彼の顔は、赤くなるはずだろう?
だが、八波木は怒声ばかり張り上げて、顔の色は変わらぬまま、青白い。
「……」
私は沙絵を突いてみる。
目だけ合わせて意思疎通、彼女も、考えている事は同じらしい。
「入舸の次期頭首がこの様ではねぇ…早いとこ、ここの管轄を変えなければ。まぁ、いいです。お二人さん、お帰りなさい。後は、ワタクシの仕事だ」
黙り込んだ私達に、八波木がそう言って詰め寄ってくる。
手を懐に突っ込んだその姿、言いたいことは良く分かった。
「分かりましたよ。報告だけ上げておきます」
「それもいい。こっちがやる。この場の惨状をどう収集付けるつもりだったんだか…理解に苦しむな。妖怪風情じゃ、この程度はよくある事って?」
「この状況は、私達では無いのですがね」
「そっちがけしかけた様なものでしょう。あの鬼を見張ってるからと言って、尻尾振って出てきた様なものじゃないか…全く」
そう言いつつ、八波木が私の体を突き飛ばす。
数歩後ろに下がると、私と沙絵は目を合わせて小さく頷いた。
「帰りましょうか」
そう言って、沙絵と共に草原を後にする。
沙絵を一歩先に進ませて、私は少しだけ歩調を狭めた。
「エンジンを」
「承知しました」
背後からは、八波木の事務的な声が聞こえていた。
この状況、きっと、上空のメノウとニッカも見ていることだろう。
声までは聞こえないだろうから、私達が八波木に手柄を取られた様に見えるのだろうか。
「野郎…」
私は道路を渡らずに、沙絵が車に乗り込むのを眺めていた。
エンジンがかかり、ライトが灯り、Uターンして私の前にやって来る。
「ああ、沙月さん!報告には、貴女の名前を入れないでくださいね!」
止まった車、独特な、縦長のドアノブに手をかけた時。
背後から、ふざけた口調の八波木の声が聞こえた時。
私はピタリと動きを止めた。
「沙絵さんが見つけて、ワタクシが対処した!それが、今日の"事実"ですから!」
助手席に窓が開きつつ、八波木の声を背で感じる。
何時も以上に目を見開いた沙絵が、私に"ヤレ"と言ってきた。
「分かりました。そうしましょう」
絞り出すように言って、振り返る。
右から、そっと振り返ると、八波木の勝ち誇った笑みが視界に映った。
「なら、これを、口止め料にしてもらえませんかね」
その言葉と共に、"治った"左腕を突きつける。
その手には、"真っ黒な靄"を纏った、"赤紙の呪符"が握られていた。
「…おい、なにを考え…」
八波木の言葉も待たず、パッと離す。
意地の悪いニヤケ顔…
ピリピリと、靄を纏った呪符は砕け散っていく。
刹那、手にしていた呪符は、その威力を発揮した。
「さぁて、どんな結果になるでしょうかね?八波木さん?」
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