123.普段の光景が、こんなに邪魔に感じるとは思わなかった。
普段の光景が、こんなに邪魔に感じるとは思わなかった。
小樽に戻って、母様を見舞って、沙絵と共に街に繰り出したのは、お昼も過ぎた頃。
沙絵の車の助手席から、1日ぶりに見る小樽の街は、観光客の姿で賑わっていた。
「見事に妖がいないね」
家の近くの道を走っている最中、私はボソッと呟く。
運転している沙絵が、私の言葉に頷いた。
「本来はこんな感じの街ですものね。ここ数年の話ですが」
「で、何処へ向かう気?」
「式外埠頭まで」
「どうしてまた」
「ニッカから、妖の気配を感じるのは、今の所その近辺しかないと連絡がありまして」
そう言って、スマホの画面を見せてくる沙絵。
トーカーの通知画面に、ニッカからの素っ気ないメッセージが映し出されている。
「ウチの連中は?」
「散らばってますよ。ニッカが言うのも、"手薄な所"を指しているのでしょう」
「なるほど」
家の近くだから、車で行くのであればすぐの道のり。
沙絵はスマホを仕舞いこむと、私の方を一瞬見やった。
「そう言えば、助手席から降りないでくださいね」
「え?ああ、そうか。病院で降りちゃったけど」
「ええ。一瞬焦りましたが、まぁ、誰にも見られていなかったのでセーフにしましょう」
「気を付けるよ。でもさ、この車だと、凄く不便だね」
「ああ、確かに。トランクから出ます?」
「もっと狭いよ」
沙絵の冗談にそう言ってジト目を返すと、彼女はクスッと口元に笑みを浮かべる。
冗談を言っている間に、車は運河の前を通り過ぎ、埠頭へ繋がる道へと入って行った。
「ニッカとメノウが見つけてくれれば良いのだけどね」
「それが出来ればどれだけ良いことか」
狭い道、短い橋を過ぎて、更に狭い道に折れれば、式外埠頭公園の駐車場がすぐ見える。
沙絵は、疎らに車が止まる駐車場に車を滑り込ませると、隅の方に車を止めた。
「凄い釣り客ですね」
狭い車内。
出るのが面倒に感じていたが、妖化した体は軽くて柔らかく、案外楽に外に出られた。
「確かに、普段はもっと少ないよね。まぁ、来る時間が遅いだけなのかもしれないけど」
沙絵の横に立つと、岸壁の方に目を向ける。
快晴の空の下、ズラリと車が並んでいた向こう側、岸壁のヘリに人の影。
こちらに背を向けた人々は、皆それぞれが釣り糸を垂らしていた。
「釣れるんでしょうか」
「さぁ」
沙絵と私は、釣りの楽しさが分からない組だ。
互いに首を傾げると、公園の中に足を踏み入れる。
目的は、釣りの見物ではなく、行方知らずの妖の確保なのだ。
「ここからは静かにしましょうか」
「だね。1人で喋ってる痛い人だもの」
公園の中に足を踏み入れると、釣り人とは別の人達が思い思いに過ごしている。
運河から少し離れるが、すぐ辿り着ける公園。
散歩しに来た人達や、子供を遊ばせる親子連れの姿が目に映った。
中に何も入っていない右袖に左手を突っ込ませたまま、沙絵の後ろを付いて行く。
手の先には、呪符。
こんな昼間から、呪符で派手なことをするつもりは全くないのだが、相手が相手であれば、それも止む無しだろう。
埠頭に作られた公園の隅を、奥に向かって歩いていく。
奇しくも、この間、八沙と共にカフカを追いかけた時とは全く逆の道順。
カフカと渠波根を追いかけて奥に"誘いこまれた"時と全く同じ道を歩いて、公園の奥に向かった。
特に、何処を見るとかは決めていない。
ただ、何となく探し回るだけ。
今は私が表に出られない以上、沙絵の思うがままに任せていた。
報告にあった通り、妖の気配を微かに感じられる。
妖気が、この公園内で微かに感じられるのだが、沙絵に付いて行くにつれて、その"濃度"が上がっているような気がした。
「気配だけは感じるんだけどね」
人前で、おいそれと私に話しかけられない沙絵に声をかける。
沙絵は小さく頷くと、足を止めた。
公園の隅、この間、渠波根が1度"死んだ"場所。
渠波根が作った血だまりの後が、まだ地面に染みとなって残っていた。
「妖気が残るとか、聞いたことが無いから。誰か妖がいるんだろうけれど。多分ハズレだね、これは」
血だまりの染みを見ながら沙絵に言う。
言いながら、沙絵の方に顔を向ければ、彼女も同じ考えの様で、コクリと頷いていた。
「風雷カフカのそれじゃないし、鬼沙のとも違う。どっかで感じたことがある気がするんだけれど…この感じ、覚えてない?」
「いいえ」
「そう。知ってるのよりも、ちょっと"強め"の妖気なんだよね。でも、それらしいのもいないし、すれ違ったかな」
周囲を見回しつつ言うと、目に映った人を見つめて目を細める。
目に入った人影に、私の知り合いは1人もいなかった。
「私と沙絵が出張ってきているのが、向こうに分かれば…鬼沙も動くのかな」
「どうでしょうねぇ…」
ポツリと交わす会話。
その直後、目の前をバケツを手にした釣り人2人が通り過ぎていく。
思わずビクッと姿勢を正す私達。
煙草を咥えた中年くらいの男が、苦々しい笑みを口元に浮かべていた。
「ったく、こーゆー時だけ躍起になりやがってよ。そら、こっちが混むわな」
「ああ、何もねぇんだから、黙ってればいいのによ」
何やら毒づいている様子。
沙絵と共に顔を見合わせると、沙絵はハッとした顔を浮かべる。
「ああ、今日、アメリカの軍艦が来てるんでしたっけ」
小声で私に耳打ち。
私もそれを聞いて、彼らの愚痴を察せた。
「向こう側にいる釣り人までこっちに逃げてきたわけだ。"あっちの連中"も邪魔だけど、こっちはこっちで、こんなにいれば邪魔だわな」
趣味の悪い笑みを浮かべてそう言うと、海の方に目を向ける。
ここからは、倉庫が影になって見えないのだが、多分、向こう側の港では今頃近寄りがたい空気が漂っている頃だろう。
「時期も時期だしねぇ」
「ええ。空気が読めていないと言われれば、その通りでしょうね……ん?」
一瞬緩んだ空気の中。
沙絵は何か腑に落ち無さそうな顔を浮かべ、顎に手を当てる。
「沙絵?」
私が彼女の顔を覗き込むと、沙絵は何とも言えない、苦々しい顔を浮かべていた。
「いえ、ちょっと。77号だったか覚えていませんが、嫌な噂を思い出しまして」
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