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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
123/300

123.普段の光景が、こんなに邪魔に感じるとは思わなかった。

普段の光景が、こんなに邪魔に感じるとは思わなかった。

小樽に戻って、母様を見舞って、沙絵と共に街に繰り出したのは、お昼も過ぎた頃。

沙絵の車の助手席から、1日ぶりに見る小樽の街は、観光客の姿で賑わっていた。


「見事に妖がいないね」


家の近くの道を走っている最中、私はボソッと呟く。

運転している沙絵が、私の言葉に頷いた。


「本来はこんな感じの街ですものね。ここ数年の話ですが」

「で、何処へ向かう気?」

「式外埠頭まで」

「どうしてまた」

「ニッカから、妖の気配を感じるのは、今の所その近辺しかないと連絡がありまして」


そう言って、スマホの画面を見せてくる沙絵。

トーカーの通知画面に、ニッカからの素っ気ないメッセージが映し出されている。


「ウチの連中は?」

「散らばってますよ。ニッカが言うのも、"手薄な所"を指しているのでしょう」

「なるほど」


家の近くだから、車で行くのであればすぐの道のり。

沙絵はスマホを仕舞いこむと、私の方を一瞬見やった。


「そう言えば、助手席から降りないでくださいね」

「え?ああ、そうか。病院で降りちゃったけど」

「ええ。一瞬焦りましたが、まぁ、誰にも見られていなかったのでセーフにしましょう」

「気を付けるよ。でもさ、この車だと、凄く不便だね」

「ああ、確かに。トランクから出ます?」

「もっと狭いよ」


沙絵の冗談にそう言ってジト目を返すと、彼女はクスッと口元に笑みを浮かべる。

冗談を言っている間に、車は運河の前を通り過ぎ、埠頭へ繋がる道へと入って行った。


「ニッカとメノウが見つけてくれれば良いのだけどね」

「それが出来ればどれだけ良いことか」


狭い道、短い橋を過ぎて、更に狭い道に折れれば、式外埠頭公園の駐車場がすぐ見える。

沙絵は、疎らに車が止まる駐車場に車を滑り込ませると、隅の方に車を止めた。


「凄い釣り客ですね」


狭い車内。

出るのが面倒に感じていたが、妖化した体は軽くて柔らかく、案外楽に外に出られた。


「確かに、普段はもっと少ないよね。まぁ、来る時間が遅いだけなのかもしれないけど」


沙絵の横に立つと、岸壁の方に目を向ける。

快晴の空の下、ズラリと車が並んでいた向こう側、岸壁のヘリに人の影。

こちらに背を向けた人々は、皆それぞれが釣り糸を垂らしていた。


「釣れるんでしょうか」

「さぁ」


沙絵と私は、釣りの楽しさが分からない組だ。

互いに首を傾げると、公園の中に足を踏み入れる。

目的は、釣りの見物ではなく、行方知らずの妖の確保なのだ。


「ここからは静かにしましょうか」

「だね。1人で喋ってる痛い人だもの」


公園の中に足を踏み入れると、釣り人とは別の人達が思い思いに過ごしている。

運河から少し離れるが、すぐ辿り着ける公園。

散歩しに来た人達や、子供を遊ばせる親子連れの姿が目に映った。


中に何も入っていない右袖に左手を突っ込ませたまま、沙絵の後ろを付いて行く。

手の先には、呪符。

こんな昼間から、呪符で派手なことをするつもりは全くないのだが、相手が相手であれば、それも止む無しだろう。


埠頭に作られた公園の隅を、奥に向かって歩いていく。

奇しくも、この間、八沙と共にカフカを追いかけた時とは全く逆の道順。

カフカと渠波根を追いかけて奥に"誘いこまれた"時と全く同じ道を歩いて、公園の奥に向かった。


特に、何処を見るとかは決めていない。

ただ、何となく探し回るだけ。

今は私が表に出られない以上、沙絵の思うがままに任せていた。


報告にあった通り、妖の気配を微かに感じられる。

妖気が、この公園内で微かに感じられるのだが、沙絵に付いて行くにつれて、その"濃度"が上がっているような気がした。


「気配だけは感じるんだけどね」


人前で、おいそれと私に話しかけられない沙絵に声をかける。

沙絵は小さく頷くと、足を止めた。


公園の隅、この間、渠波根が1度"死んだ"場所。

渠波根が作った血だまりの後が、まだ地面に染みとなって残っていた。


「妖気が残るとか、聞いたことが無いから。誰か妖がいるんだろうけれど。多分ハズレだね、これは」


血だまりの染みを見ながら沙絵に言う。

言いながら、沙絵の方に顔を向ければ、彼女も同じ考えの様で、コクリと頷いていた。


「風雷カフカのそれじゃないし、鬼沙のとも違う。どっかで感じたことがある気がするんだけれど…この感じ、覚えてない?」

「いいえ」

「そう。知ってるのよりも、ちょっと"強め"の妖気なんだよね。でも、それらしいのもいないし、すれ違ったかな」


周囲を見回しつつ言うと、目に映った人を見つめて目を細める。

目に入った人影に、私の知り合いは1人もいなかった。


「私と沙絵が出張ってきているのが、向こうに分かれば…鬼沙も動くのかな」

「どうでしょうねぇ…」


ポツリと交わす会話。

その直後、目の前をバケツを手にした釣り人2人が通り過ぎていく。

思わずビクッと姿勢を正す私達。

煙草を咥えた中年くらいの男が、苦々しい笑みを口元に浮かべていた。


「ったく、こーゆー時だけ躍起になりやがってよ。そら、こっちが混むわな」

「ああ、何もねぇんだから、黙ってればいいのによ」


何やら毒づいている様子。

沙絵と共に顔を見合わせると、沙絵はハッとした顔を浮かべる。


「ああ、今日、アメリカの軍艦が来てるんでしたっけ」


小声で私に耳打ち。

私もそれを聞いて、彼らの愚痴を察せた。


「向こう側にいる釣り人までこっちに逃げてきたわけだ。"あっちの連中"も邪魔だけど、こっちはこっちで、こんなにいれば邪魔だわな」


趣味の悪い笑みを浮かべてそう言うと、海の方に目を向ける。

ここからは、倉庫が影になって見えないのだが、多分、向こう側の港では今頃近寄りがたい空気が漂っている頃だろう。


「時期も時期だしねぇ」

「ええ。空気が読めていないと言われれば、その通りでしょうね……ん?」


一瞬緩んだ空気の中。

沙絵は何か腑に落ち無さそうな顔を浮かべ、顎に手を当てる。


「沙絵?」


私が彼女の顔を覗き込むと、沙絵は何とも言えない、苦々しい顔を浮かべていた。


「いえ、ちょっと。77号だったか覚えていませんが、嫌な噂を思い出しまして」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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