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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
122/300

122.暫くじっとしていなきゃダメなのに、状況がそれを許してくれない。

暫くじっとしていなきゃダメなのに、状況がそれを許してくれない。

8月6日の朝、また暇な1日になるのだからと、完全にだらけ切って眠っていた私を沙絵が叩き起こしたのだ。

理由を聞いたが、それよりも先に準備をしろと言われて、急いで身なりを整える。


「で、一体何が起きたの?」


昨日と変わらず、狐耳と角を生やした姿の私は、準備を整え、外行き用の着物に身を包んで居間に戻る。

既に、メノウ達は家から出払っていたようで、残っていた沙絵が私の姿を見止めて駆け寄って来た。


「明け方、沙雪様に被害が」

「え!?」


短く告げられた言葉。

私はそれを聞くなり素っ頓狂な声をあげた。


「どうして!?母様が?怪我は?生きてるの?」

「無事です。鬼沙では無いのですが、"事故"に遭われまして、病院で手当を受けています」

「事故?」

「車の事故ですね。相手は一般人ではなかった様です。私達も出なければなりません」

「分かった。出るって、見舞いじゃないよね?」

「勿論」


早口で交わされる会話。

私は沙絵の後に続いて履物を履いて家を出る。


「小樽に?」

「ええ!」


空いたスペースに止められていた、沙絵の車の助手席に収まった。

シートベルトをしている間にエンジンが掛かると、沙絵にしては乱暴な運転で車道に出る。

普段でもちょっと自己主張の強いエンジンの音、今は聞いたこともない位に甲高い音色を発していた。


「飛ばした時、車酔いする方でしたっけ?」

「さぁ。大丈夫じゃない?」

「なら、少し急ぎましょう」


家のある、ポツポツとしか家が無い集落を抜け、一気に周囲の景色が緑だけに変わる。

夏の午前中、エアコンが効くまでに暑い車内を換気しようと窓を開けると、山の匂いに、微かに潮の匂いが感じられた。


「沙月様、ピアスは付けてますよね?」

「ええ。だから、今の私は"人には"見えないよ」

「良かった。今すれ違った車の運転手と目が合ったものですから」

「飛ばしてるし、まして乗り手が女ならね、驚くだろうさ」


そう言ってる間にも、私の体は前後左右に良く揺れた。

シートに体を押し付けられつつ、カーブに沿って左右に力がかかってくる。

チラッと横を見やると、メーターの針は頻繁に3桁に届いている。


「で、母様以外に被害は出ていないの?」


直線になるのを見計らって、声を張り上げる。


「そうですね。昨日もまた、3名やられたそうです。死人は出ていませんが、時間の問題でしょうね」


甲高いエンジン音に混じって、私とよく似た声で答えが返ってくる。


「なら、小樽は相当人手不足じゃん」

「ええ。間違いなく」


そう言った所で急減速。

突き当たりの丁字路を左に折れれば、後はそのまま真っ直ぐで小樽の街中に繋がる。


「悪いニュースばかりだね。良いニュースは無いの?」


再び加速し始めた車の中、窓を閉めつつ尋ねる。

沙絵はレバーを握っていた左手を私の方に突き出すと、人差し指を1本伸ばしてヒラヒラと振って見せた。


「なにそれ」

「1つを除いて、悪いニュースばかりです」

「良いニュースだけ聞きたいな」

「妖の出自が分かりました」

「それだけ!?」

「ええ。未だに行方知らずですから」


そう言うと、沙絵はスマホをこちらに投げ渡す。

揺れる車内で何とかキャッチしてみてみると、メールに添付されてきた防人からの資料が画面に映っていた。


防人が付けた組織名に、2人の男女の写真と名前。

観測外異界域特殊情報搾取組織第77号、通称「雅客」の妖だそうだ。

男の名前は家栗我伊助、女の名前は風雷カフカ。

男の方は見た事が無いが、きっとあの夜、あの埠頭の公園で沙絵と対峙したのだろう。


「77号。雅客ね」

「敵性の無い妖だったのですがね。ただ、こう、所謂オタク気質と言いますか、観光にやってくる外国人と同レベルな感じで」

「それが、今回鬼沙やら、別の妖と手を組んで襲ってきたと」

「はい。6号と28号で構成された集団ですね、ウチへの恨み辛みは十分ある連中かと」

「確かに」


資料を読み進める間に、車の速度が徐々に落ちていく。

ふと窓の向こう側を見れば、美国の街並みが緑の隙間から見えてきた。

細長い町、遠くの丘の上、始まりの場となった墓場がハッキリ見える。


「鬼沙には人がついてるんだよね」

「ええ。動きは無いままです」

「なら、この77号の捜索が先決だ」

「そうです。渠波根に捜索願が出ているので、警察も混じって探しているのですが…見つからぬままです」

「そう。京都から来たっていう防人は何してるのさ」

「ノンビリ探してるんじゃないでしょうか?報告でも、良い話は聞きませんね。あぁ、あと、京都の本家からも」


そう言って、横顔で怖い笑みを浮かべる沙絵。

美国に入る頃には、周囲の流れはすっかり遅い速度に戻っていた。


「本家にとってもお荷物か」

「八波木とやら。良い位置にいると思ってたんですけどね。だからこそ、本家のセンスの無さを感じていたのですが、違ったようです」


八波木の話になった途端、沙絵の毒舌に磨きがかかる。

私は、名前と顔と立場を知っているだけで、どんな人間かは知らないのだが…

本家での"大人の話し合い"の場に居ることも多い沙絵には、きっと"良く知った"間柄なのだろう。


「鬼沙に何か動きがあれば、逐一私に連絡が飛ぶようにしています」

「メノウとニッカ?」

「はい。6号が相手に居るので"蜃気楼"の可能性を考えねばならないのが厄介ですが」

「この間も使ってこなかったね。そう言えば」

「使い手ではない妖ばかりであるのを祈るしかないです」


そう言う沙絵に、スマホを返す。

彼女は羽織っていた薄手のジャケットにそれを仕舞うと、私の側の窓を開けた。


「すいません、ちょっとエアコン弱めさせてください」

「良いけど。アレだね、暑いって思ってたけど、風を感じる限り、ちょっと冷たいかも」

「そうですね、車の温度計で29℃…の割には涼し気です。あと1月もすれば秋ですからね」

「秋ねぇ、五体満足で迎えられれば良いのだけど」


美国を抜ける頃に、冗談を1つ飛ばしてニヤリと笑う。

トンネルの中に入ると、沙絵は窓を閉め切った。


「さて、街中探しても、端を探しても手掛かりなしの相手です。どう探しましょうか?」

「なんのアテも無いのでは仕方がないさ。虱潰しに回る他ないんじゃない?」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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