122.暫くじっとしていなきゃダメなのに、状況がそれを許してくれない。
暫くじっとしていなきゃダメなのに、状況がそれを許してくれない。
8月6日の朝、また暇な1日になるのだからと、完全にだらけ切って眠っていた私を沙絵が叩き起こしたのだ。
理由を聞いたが、それよりも先に準備をしろと言われて、急いで身なりを整える。
「で、一体何が起きたの?」
昨日と変わらず、狐耳と角を生やした姿の私は、準備を整え、外行き用の着物に身を包んで居間に戻る。
既に、メノウ達は家から出払っていたようで、残っていた沙絵が私の姿を見止めて駆け寄って来た。
「明け方、沙雪様に被害が」
「え!?」
短く告げられた言葉。
私はそれを聞くなり素っ頓狂な声をあげた。
「どうして!?母様が?怪我は?生きてるの?」
「無事です。鬼沙では無いのですが、"事故"に遭われまして、病院で手当を受けています」
「事故?」
「車の事故ですね。相手は一般人ではなかった様です。私達も出なければなりません」
「分かった。出るって、見舞いじゃないよね?」
「勿論」
早口で交わされる会話。
私は沙絵の後に続いて履物を履いて家を出る。
「小樽に?」
「ええ!」
空いたスペースに止められていた、沙絵の車の助手席に収まった。
シートベルトをしている間にエンジンが掛かると、沙絵にしては乱暴な運転で車道に出る。
普段でもちょっと自己主張の強いエンジンの音、今は聞いたこともない位に甲高い音色を発していた。
「飛ばした時、車酔いする方でしたっけ?」
「さぁ。大丈夫じゃない?」
「なら、少し急ぎましょう」
家のある、ポツポツとしか家が無い集落を抜け、一気に周囲の景色が緑だけに変わる。
夏の午前中、エアコンが効くまでに暑い車内を換気しようと窓を開けると、山の匂いに、微かに潮の匂いが感じられた。
「沙月様、ピアスは付けてますよね?」
「ええ。だから、今の私は"人には"見えないよ」
「良かった。今すれ違った車の運転手と目が合ったものですから」
「飛ばしてるし、まして乗り手が女ならね、驚くだろうさ」
そう言ってる間にも、私の体は前後左右に良く揺れた。
シートに体を押し付けられつつ、カーブに沿って左右に力がかかってくる。
チラッと横を見やると、メーターの針は頻繁に3桁に届いている。
「で、母様以外に被害は出ていないの?」
直線になるのを見計らって、声を張り上げる。
「そうですね。昨日もまた、3名やられたそうです。死人は出ていませんが、時間の問題でしょうね」
甲高いエンジン音に混じって、私とよく似た声で答えが返ってくる。
「なら、小樽は相当人手不足じゃん」
「ええ。間違いなく」
そう言った所で急減速。
突き当たりの丁字路を左に折れれば、後はそのまま真っ直ぐで小樽の街中に繋がる。
「悪いニュースばかりだね。良いニュースは無いの?」
再び加速し始めた車の中、窓を閉めつつ尋ねる。
沙絵はレバーを握っていた左手を私の方に突き出すと、人差し指を1本伸ばしてヒラヒラと振って見せた。
「なにそれ」
「1つを除いて、悪いニュースばかりです」
「良いニュースだけ聞きたいな」
「妖の出自が分かりました」
「それだけ!?」
「ええ。未だに行方知らずですから」
そう言うと、沙絵はスマホをこちらに投げ渡す。
揺れる車内で何とかキャッチしてみてみると、メールに添付されてきた防人からの資料が画面に映っていた。
防人が付けた組織名に、2人の男女の写真と名前。
観測外異界域特殊情報搾取組織第77号、通称「雅客」の妖だそうだ。
男の名前は家栗我伊助、女の名前は風雷カフカ。
男の方は見た事が無いが、きっとあの夜、あの埠頭の公園で沙絵と対峙したのだろう。
「77号。雅客ね」
「敵性の無い妖だったのですがね。ただ、こう、所謂オタク気質と言いますか、観光にやってくる外国人と同レベルな感じで」
「それが、今回鬼沙やら、別の妖と手を組んで襲ってきたと」
「はい。6号と28号で構成された集団ですね、ウチへの恨み辛みは十分ある連中かと」
「確かに」
資料を読み進める間に、車の速度が徐々に落ちていく。
ふと窓の向こう側を見れば、美国の街並みが緑の隙間から見えてきた。
細長い町、遠くの丘の上、始まりの場となった墓場がハッキリ見える。
「鬼沙には人がついてるんだよね」
「ええ。動きは無いままです」
「なら、この77号の捜索が先決だ」
「そうです。渠波根に捜索願が出ているので、警察も混じって探しているのですが…見つからぬままです」
「そう。京都から来たっていう防人は何してるのさ」
「ノンビリ探してるんじゃないでしょうか?報告でも、良い話は聞きませんね。あぁ、あと、京都の本家からも」
そう言って、横顔で怖い笑みを浮かべる沙絵。
美国に入る頃には、周囲の流れはすっかり遅い速度に戻っていた。
「本家にとってもお荷物か」
「八波木とやら。良い位置にいると思ってたんですけどね。だからこそ、本家のセンスの無さを感じていたのですが、違ったようです」
八波木の話になった途端、沙絵の毒舌に磨きがかかる。
私は、名前と顔と立場を知っているだけで、どんな人間かは知らないのだが…
本家での"大人の話し合い"の場に居ることも多い沙絵には、きっと"良く知った"間柄なのだろう。
「鬼沙に何か動きがあれば、逐一私に連絡が飛ぶようにしています」
「メノウとニッカ?」
「はい。6号が相手に居るので"蜃気楼"の可能性を考えねばならないのが厄介ですが」
「この間も使ってこなかったね。そう言えば」
「使い手ではない妖ばかりであるのを祈るしかないです」
そう言う沙絵に、スマホを返す。
彼女は羽織っていた薄手のジャケットにそれを仕舞うと、私の側の窓を開けた。
「すいません、ちょっとエアコン弱めさせてください」
「良いけど。アレだね、暑いって思ってたけど、風を感じる限り、ちょっと冷たいかも」
「そうですね、車の温度計で29℃…の割には涼し気です。あと1月もすれば秋ですからね」
「秋ねぇ、五体満足で迎えられれば良いのだけど」
美国を抜ける頃に、冗談を1つ飛ばしてニヤリと笑う。
トンネルの中に入ると、沙絵は窓を閉め切った。
「さて、街中探しても、端を探しても手掛かりなしの相手です。どう探しましょうか?」
「なんのアテも無いのでは仕方がないさ。虱潰しに回る他ないんじゃない?」
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