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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
121/300

121.何も出来ない時間が、もどかしくてしょうがない。

何も出来ない時間が、もどかしくてしょうがない。

今の私がしゃしゃり出たところで、皆を危険に晒すだけなのは分かっている。

だから、人の少ない積丹半島の隅の、古びた民家に籠っているのだ。


「縁側の縁でお茶を飲んでるだけってさ。ステレオタイプな田舎のおばあちゃんだよね」


晴天の下、何もしないまま午前中を終え、午後を迎えて、私は縁側に腰かけていた。

縁側に腰かけた先、そこに綺麗な景色が見えれば最高だったのだが、見えるのは、昨日少し荒らす羽目になった裏庭の様子。

ラムネの瓶を片手に、平日のつまらないラジオを聴きながら、ただただ時間を潰している。


「おばあちゃんになってることが、沙月様の仕事ですよ」


縁側から中に入った先、今のソファに腰かけた沙絵が私の言葉に答える。

膝の上にノートパソコンを乗せて何かをしている様は、ちょっとお洒落なカフェで仕事しているOLの様に見えた。


「何してるのさ」

「情報収集といった所でしょうか。後は、あの4人への指示出しです」

「ああ。そう言えば、コウジとムゲツに何か頼んでたっけ」

「はい。ちょっとした荷物運びですね」

「何運ぶのさ」

「呪符とか武器類です」

「へぇ。武器?刀辺り?」

「そうですね。異境で使っていた物よりも取り回しの良い物を用意できるかと」


沙絵はパソコンの画面を眺めながら答える。

それに私は適当な相槌を打った。


「昨日の動きを見ている限り、何時もの長さでは苦労しそうですからね」

「まぁ。どの道、相手が鬼沙だったら意味は無いだろうけど」

「確かに。それはおいおい考える事としましょうか」

「うん」


そこで一旦、会話が途切れた。

悶々とする間に過ぎていく時間。

外の景色は、午前中と変わらないまま。

ラジオの時報が、午後2時を告げてきた。


「ねぇ、沙絵」

「何でしょうか」


縁側から居間に戻って来た私は、適当な椅子に腰かける。


「この辺なら、ぶらついても良い?」


言おうと思っても、言い出せなかった事を口に出した。

沙絵は手を止めて、私の方に顔を向ける。


「散歩位はしたいなって」

「ピアスしてますっけ?」

「朝、付けたよ」

「ならば…と言いたい所ですが、もう少し後にしてください。夏休みも相まって、この辺ですらたまに車が通るんです。夕方になったら、ちょっと出かけましょう。その辺に」

「そっか。そうだよね。分かった」


そう言って、私は更に暇な時間を潰すだけになる。

椅子に座ってラジオを聴いていても、何の気も晴れない。


家ならば、何か本でも読んでれば時間が過ぎるし、そもそも暇な時間が出来る位なら体を動かしているのだが…

昨日の今日で頬の傷が広がって、"妖"に一歩近づいてしまった私は、黙って何もしない様にきつく命じられている。


鬼沙と一戦交えた時に進めてしまった"妖化"。

すぐには人に戻れず、かといって何かがあれば"妖"の力に頼らねばならない都合上、このままを維持する他無かった。

身も心も、完全に"妖"の方へ振れてしまったのなら、私はもう防人では、入舸の者ではいられなくなってしまう。


「そう言えば沙月様。その頭、重たくないのですか?」


椅子に座って、暇に殺されかけていた私に沙絵が話しかけてくれた。

私はハッと崩れていた姿勢を正すと、沙絵の方に顔を向ける。


「重たく?何が?」

「頭です。その耳、それなりに大きいでしょう?オマケに角も1本生えてるんですから」

「あぁ。それが不思議とそうでもないんだよね。寧ろ、普段より体が軽いかな」


そう答えると、沙絵はパソコンをテーブルに置く。

そのまま私の顔をジッと見つめると「ふむ」と頷いた。


「これ以上、何も生えてこないよね?」

「どうでしょう。入舸の者は結構妖になった者が多いですからね」

「そう。じゃ、有り得るとしたら何さ?」

「そうですねぇ、頭には生えないと思いますけど、背中から翼が生えても驚きませんよ」

「翼?」

「ええ。この辺りの…ではなかったと思いますが、鴉天狗になった者もどこかで居たはずですから」


沙絵はそう言うと、私の顔をジッと見据えて暗めの笑みを浮かべる。


「妖狐に鬼に鴉天狗に。妖に振れやすい家なんですよねぇ」

「もしかして、聞いた事無かったけどさ、妖になって消された人が先祖にいるの?」

「はい。何名も。だからこそ、沙月様には無理をして欲しく無いのですよ」

「鬼沙が私をご指名だもの。無理な注文さね」

「確かにそうですが…」

「そうだ。あの鬼沙が本物かどうかは調べてないの?」


椅子から少しだけ身を乗り出して尋ねると、沙絵は小さく首を振った。


「調べていません。家の問題にも関わってきてしまうので、この件でそっちまで手が回らないのもありますが、その、鬼沙だと信じたくないんでしょうね」


そう言うと、沙絵はテーブルの上に置かれた、すっかり温くなったコーラの缶を手に取る。


「そもそも墓に骨がちゃんとあった時点で現実的では無いですし」

「骨から復活させた…ってのは流石に想像の範囲外か」

「クローンの方がまだ現実的でしょうね。それに、骨から戻れるのであれば、わざわざ死んだばかりの死体なんて攫わずとも墓を荒らして回るでしょう?」

「それもそうだ」


鬼沙の話題にしたくないのに、自然と話は鬼沙の話題になってしまう私達。


「それに、鬼沙だったら、こんなまどろっこしい手を使わないと思うんです」

「真っ直ぐな性格だったからね」

「はい。誤魔化しの類が嫌いでしたから。出来ない方ではないのですがね、やるとなったら1月は機嫌が悪くて…」

「そんな鬼沙が、あと一発殴れば私を殺せるまで追い込んでおいて、見逃すのは変か」

「そうです。八沙に沙月様を消してしまえば、後は沙雪様に沙千様を消せば入舸は終わりですし、鬼沙なら容易に出来るでしょうよ」

「私が目当てなら、攫って消えれば良いし?」

「ええ。だから、おかしい。引っ掛かってるんです」


そう言って、残っていたコーラを全て飲み切ってしまう沙絵。

缶をテーブルに置くと、私の方にジッと目を合わせた。


「何か飲みます?」

「ラムネ、もう一本」

「分かりました」


会話が途切れた隙に、沙絵は空き缶と空き瓶を持ってすぐそこの台所へ。

流しに缶と瓶を置くと、冷蔵庫から2人分の飲み物を持って戻って来た。


「どうぞ」

「ありがとう。良いの?真昼間からお酒なんて飲んで」


沙絵は缶ビールを手にしてタブを開ける。

私の問いに、彼女はフッと鼻で笑って答えた。


「景気づけです。考えたくなくても、鬼沙の事が浮かんでくるんです。分かりますよね?」

「分かるよ。じゃ、私もお酒で良かったんじゃない?」

「ここは異境ではなく現実ですから、その線は越えられません。二十歳になってからですよ」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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