120.意図が読めない相手は、得体の知れない不気味さを感じる。
意図が読めない相手は、得体の知れない不気味さを感じる。
鬼沙の目的は、どこの誰かも分からない妖は、あの夜、襲撃の目的を私だといった。
だけど、私を目的としているにしては、昨日から今日にかけての動きが不自然すぎるのだ。
「訳が分からない」
私はそう言って、テーブルの上にあるコップに手を伸ばす。
朝食の後片付けも終わった後、居間のテーブルで、私は沙絵と向き合い昨日あった事を聞いていた。
「本当です。既に鬼や天狗が数名、離脱しています。幸い、死は免れた様ですね」
「昨日の夜のうちに6人もねぇ。神岬漁酒会も黙っちゃいないよ?」
「頭がやられたこともあって、彼らは今、殺気立ってましたからね。扱いに苦慮しそうです。元々、八沙が頭にいるお蔭で我々と協力している様なものですから」
冷たいお茶が入ったコップに口を付ける。
その前で、私に状況を伝えていた沙絵の表情は、どことなく硬かった。
「それで。ウチへの被害の他には?」
「残りは2つ。鬼沙の動向についてと、一般への被害についてです」
「どっちも聞きたくないな」
「現実を知っておいてください。沙月様も…」
冗談めかしに言って笑う私。
沙絵は一瞬、ジトっとした目つきになって何かを言いかけたが、私の手元に目を落とすと一瞬口ごもった。
「沙月様も、無関係では無いのですからね」
目線の先、私の左手は、小刻みに震えている。
それを見て、改めてそう言うと、沙絵はスマホの画面を見せてきた。
そこに表示されていたのは、地方のニュースサイト。
「死体が奪われた?」
「はい。昨日だけで3体。いずれも若い男女の遺体だそうですよ」
「享年24、29、33。ああ、確かに」
表示されたニュースサイトの記事を目で追いかける。
事件が起きたのは、昨日の夕方から夜にかけてだ。
その日に病死して、遺族が引き取りに来るまでの間安置されていた遺体が、何者かに持ち去られたとのこと。
「そんなこと出来るの?葬儀屋を騙ったとか?」
「いえ。忽然と姿を消したそうです。防犯カメラにも犯人らしい人物は映ってないそうで」
「はぁ。死体ねぇ…死体。渠波根も、死んでたよな…」
「彼女と同じ手を使ってたとしても、術者は近くにいるでしょう?あの女とか」
「カフカね。その辺は?」
「接点のある刑事に情報共有した上で確認してもらってますが、今の所は空振りです」
沙絵はそう言ってスマホの画面を落とす。
「もう一人、八沙がやられた日、私の方に現れた男も居ますが…そちらも同じく」
「じゃ、最悪、彼らの別の仲間がやったと」
「でしょうね。消えた時刻も2時間程度の間しかない上に、全て別の病院なのですから」
「厄介だな。力が無い妖だけど、手を出しにくい」
「死体が動いていればの話ですがね」
「信じられないけどね。そんなこと出来る?普通」
私はずっと手にしていたコップをテーブルに置くと、座っていた椅子の背もたれに寄り掛かって足を組んだ。
思い浮かべるのは、あの日の夜、やり合う前に聞いた渠波根の断末魔。
背後から体を貫かれ、心臓を握りつぶしてニヤけ顔をこちらに向けたカフカの姿だ。
「噂程度ですが。防人本家でも"あるかもしれない"程度の認識だそうですよ」
「へぇ。それを目の前で見せつけられたというわけだ」
「はい。そのようです。丁度いいので、そのまま鬼沙の動向についてお伝えしますね」
沙絵も姿勢を楽にして、一旦窓の方に目を向ける。
私も、沙絵に釣られて窓の方に目をむけた。
民家の少ない集落の一角、その隅の家の窓から見える光景は、一面の緑だけ。
「雲がくれでもした?」
「いえ、真逆です。恐らく、今頃も見張りが張り付いてますよ」
「え?」
当たり前のように、アッサリと告げられた言葉。
「昨日から、昼間でも鬼沙を市内で見かけるようになったとのことです」
「手出しは?」
「八沙と沙月様がやられてるのに、手を出すとでも?」
「思わないけどさ」
「はい。補足出来たのは鬼沙だけ。他にも幾つか、妖や"こちら側"の気配は辿れるとのことですが、鬼沙以外はまだ補足に至っていません」
「そう。じゃ、鬼沙が何処に寝泊まりしてるかも分かるんだ」
「はい。運河沿いに宿を取ってますね」
「お金持ってるな」
「確かに、1泊数万でしたっけか。鬼沙の性格じゃ有り得ない事です」
そう言いつつ、沙絵は再びスマホの画面を弄りだす。
軽く操作して、再び見せられた画面には、白昼堂々現れた鬼沙の姿が映っていた。
「観光している風ですね。行動にも一貫性が無く、裏も無さそうです」
「今の所はね」
「はい。今の所は。事が事ですから、京都の方にも応援要請をしているのですが…」
「反応は芳しくないと」
「はい。鬼沙は既に"死んでいる"はずですからね」
「入舸がこのまま消えたところで、本家の息がかかった奴らが後を継ぐだけだものね」
「ええ。毎度の事ですが、そう考えてみれば、彼らにも私達を消す動機があるんですよね」
「全くさ」
ブラックジョークに小さく笑う私達。
私の手は再び震えはじめ、沙絵も、鬼沙の話題になるとちょっと声が震えていた。
「そこまで行けば、最早私達では手も足も出ないですが」
「まぁね。で、カフカとか、渠波根の行方は?」
話題を鬼沙から少し離す。
鬼沙と共に現れた妖の事を尋ねると、沙絵は両手を広げてお道化て見せた。
「そっちは行方知らずのままです。捜索中。カフカと、もう一人は現在照会中ですが、未だ該当データなし。女の方は、渠波根家に問い合わせてみましたが、彼女は世間的には一般人みたいですね」
「そうなんだ」
「はい。そもそも、見た目からして普通だったでしょう?」
「うん。目の色だけだったね、防人っぽさは。でも、変装じゃないんだ。アレ」
「そうですね。あれが素の姿。渠波根朱莉という名で、今は23歳。大学を出ると同時に家から出て、銀行に勤めていたそうなのですが…先月辞職して、そこから姿をくらませたそうです」
沙絵はスマホを見ながら渠波根の情報を伝えてくる。
「辞めるの早くない?大学生ってストレートでも22歳まででしょ?」
「ええ、そうです。勤務態度は真面目だったそうですね」
「なんでもうそこまで調べてるのさ」
「元々、借りていた家に数か月戻ってないらしいのですよ。渠波根家の方でも連絡がつかず、捜索願が出ていたそうです」
「へぇ~」
そう言いながら沙絵に見せられたのは、渠波根朱莉のモンタージュ。
指名手配犯とは違う、どこか同情を誘うようなポスターの画像。
そこに映っていた彼女は、この間遭遇した彼女と全く同じ格好をしていた。
「渠波根家でも、捜索願が出るんだ」
「酷い感想ですね。私も同じこと思っていましたが」
私の言葉に、沙絵は笑って同意する。
渠波根家は、防人の中でも"急進派"と呼ばれる派閥の筆頭格。
妖を何よりも敵と見なし、毎年の様に"妖の殲滅"を声高に叫ぶ家。
当然、北海道の家系とはソリが合うはずもなかった。
「そんな家の、長女とはいかずとも、三女様が単身で北海道入りですよ」
「ただの旅行って訳じゃ、無さそうだよね」
「はい。まぁ、お話はこれ位にしておきましょう。この状況でも、沙月様の仕事は静養なのですから」
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