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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
119/300

119.大人しくしている間に、研げるだけ爪を研いでおきたい。

大人しくしている間に、研げるだけ爪を研いでおきたい。

どれだけ準備を整えても、その時が来たら、私は敵うはずが無いのだが。

出来る限り悔いが無いまま終わりたいのさ。


「参ったな」


ボロボロになった私が、こうして人気のない所で過ごしている間も、状況は悪化の一途を辿っていた。

5日の朝、久しぶりに使う家で目を覚ました私は、外していたピアスを付けて再び妖となる。

ピアスが無くとも、狐耳がひょっこり出てきている今の私。

狐面を使わずとも、ピアスを付けるだけで、十分に人の匂いを消すことが出来た。


「戻らなかったらどうしよう」


顔だけ洗って、洗面台で"妖"と化した自分の姿を見て呟く。

右頬の傷は、この間の異境の頃よりも深く広範囲に広がっていて、右耳の前辺り…額と髪の生え際の境目には、鬼の角のような物が1つ、鋭利な先端を晒していた。


「はぁ」


妙な疲れと共に洗面台から居間に戻る。

そっと角を摩ってみれば、象牙みたいな感触が感じられた。


「おはようございます。沙月様」

「「「「おはようございます!」」」」

「ええ、皆、おはよう」


居間に戻ると、さっきまでは感じなかった朝食の香り。

ジャムを塗ったトーストと、目玉焼きと小さなサラダに牛乳…いつも通りのメニューがテーブルの上に並んでいた。


「出来てたんだ」

「沙月様待ちでしたので」

「そう。じゃ、いただきましょっか」


空いていた席に付くと、パンと手を合わせる。

沙絵と、昨日名付けた妖達が後に続いて手を合わせた。


「昨日の疲れが残っていましたか?」

「いいや、この角さ。この様じゃもう一本生えてきそうじゃない?」


人数の割には静かな朝食風景。

パンを食べて、牛乳を1口飲んだあたりで、話しかけてきた沙絵と言葉を交わす。


「確かに。この間の、その狐耳だけでも十分に驚いたものですから、角は自然に映っていました」

「ねぇ。狐に鬼に…何さこれ?これ以上、私の格好が変わったりしないよね?」

「どうでしょう。入舸の人間を辿れば、そこそこの種類の妖が居るものですから」

「少なくとも、2つは確定だ」

「狐は、確かあの異境に居たような…鬼に至っては、今、言い出しにくいですが、辿れば鬼沙出てきますね」


何気ない朝の会話で、初耳の事実が明かされた時、反応に困ってしまう。

私は手にした牛乳入りのコップをゆっくりテーブルに戻すと、沙絵の方に顔を向けた。


「鬼沙が?」

「はい。あれ、知りませんでしたっけ?」

「こんな知り方、したくなかったけど」

「でしょうね。そうですか、そういうお話、沙雪様からはされてなかったのですね」


驚く私を他所に、特に驚く様子も無く沙絵は箸を進める。


「死んだ鬼の事なんて、弔ってから、わざわざ話はしないだろうさ」

「確かに。沙月様が泣いてしまいますからね」

「うるさい」

「そう言われても。鬼沙の名前が出る度に、震えていますよ」


サラダに手を伸ばしつつ、沙絵にそう言われた私は、ようやく自分の手が微かに震えている事に気づく。


「気持ちは分かります。この間の鬼沙が、私達の知る鬼沙だと、まだ信じたくありませんもの」

「でも、間違いなく鬼沙だった」

「はい。ですが…この後お話しようと思っていたのですが、美国の墓を開けて見た所、骨はちゃんと残っていたんですよ?」


長閑な朝食が、段々と防人の空気を帯びてくる。

沙絵に告げられた事実に、私はほんの少しだけ目を見開いた。


「なら、あの鬼沙は?」

「謎です。骨が出てきた以上、私は鬼沙だとは、どうも思えないんですよね」


そう言って、沙絵は残った目玉焼きを食べつくす。

飲み込んで、ふーっと溜息をついた彼女は、私の方に目を向けた。


「この話はもう少し後でやりましょう。他にも、昨日の間に色々と起きてるのですから」

「そうなの!?」

「ええ、メノウ!」


驚く私を他所に、沙絵は4人の妖の方に声をかける。

白髪黄眼の和服少女は、昨日からの名を呼ばれると、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


「食べ終わったら、ニッカを連れてこの辺りの見張り、頼めるかしら?」

「問題ない。いつも通りの仕事じゃろう?」

「そう。いつもの仕事。コウジとムゲツは"買出し"を頼みたい」

「ああ」

「分かりました」

「私も今朝状況を知ったばかりだから、"買出し内容"は着いた後ね。電話入れて。あ、洗い物はやっておくから、大丈夫」


テキパキと4人に指示を出す。

彼らはとっくに朝食を終えていて、沙絵の指示を聞き終えると、空いた皿を台所の方に持って行った。

そのまま、彼らは"仕事"へ出ていく。


「ちょっと、喋り過ぎましたか」

「そうだね。ごめん、食べちゃわないと」


彼らとは対照的に、半分以上残っていた私達。

残った品をすぐに食べきると、最後に残った牛乳を一気に飲み干して朝食を終える。


「そう言えば、今日は味を感じられましたか?」

「治ればどれだけ良かったか」

「そうですか」


溜息をつきながら、空になった皿を台所に下げた。

家に残った私達、とりあえず、気になることは山ほどあるが、片付けるのが先だろう。


「片腕生活にも慣れましたか」

「慣れるわけないでしょ。スポンジと洗剤貸して。ゴシゴシやるから、洗うのは任せた」

「はい。ああ、それ、賢いですね」

「でしょ?」

「でも、料理出来なければ、洗い物もしないんですよ?」

「言ってなさい。その内、覚えるから。きっと…」


狭い流し台に並ぶ私達。

沙絵にスポンジと食器用洗剤を借りた私は、片腕だけで食器類を泡に包んでいく。

食器を泡に包んで、スポンジで軽くこすったのち、沙絵がそれを片っ端から洗い流していった。


「この後、沙雪様から共有された内容をお話しますね」

「うん。それで?私達も外に出るの?」

「いえ。今日は待機でしょうか。状況が変わらなければ…ですが」


洗い物を続ける間も、会話は雑談から防人らしいものへ変わってしまう。


「そっかー。夏休みが終わるまでに、終わってくれれば良いんだけどさ」


何気なく、手を止めて顔を上げる。

古びたキッチンの一角、くすんだ鉄の板に目が向いて、そこに歪んで映った自分の顔と目が合った。


「なら、まぁ、今日も"付き合って"もらおっかな」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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