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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
115/300

115.ちょっとの間、私は人前に出られない。

ちょっとの間、私は人前に出られない。

耳にピアスをして、和服に身を包む私は、人には見えない"妖"そのもの。

そんな私を助手席に乗せ、沙絵が私を連れて行った先は、懐かしい場所だった。


「最近、行ってなかったっけか」


誰にも見えない姿で、私はボソッと呟いた。

晴天の空の下、さっきよりも気持ちが晴れている。

時折、周囲の音に合わせて、頭の上に生えた"2つ"の狐耳がヒョコヒョコ動いた。


八沙の外車よりも、目線が低い沙絵の車。

沙絵は何も言わずに横顔で笑わせると、コクッとレバーを動かした。


「入舸の苗字も、元はあの辺ですからね」

「そういえば、本州に居たこともあったんでしょ?」

「いいえ」

「…本州の頃の苗字って何だったのさ?」

「さぁ、覚えてませんね」


小樽から出て30分。

海岸沿いを、積丹の方を目掛けて走る私達。

サイドミラーから背後を見れば、入舸の妖達が使う黒いセダンが2台付いてきていた。


「私も入舸が最初の苗字です。それまでは、単純に"沙絵"でしたから」

「そうなんだ」

「苗字がどうのこうのって言われ出した時に、付いたものですからね」


背後に付けた入舸の車。

それに乗った妖は、沙絵の配下に付く4人の妖。

3台連なって向かう先は、積丹半島の先端…大昔は入舸村と呼ばれた所。

そこにある、"元"入舸家が目的地だった。


「しかしさ、何だってあんな場所の名前を?」

「どうでしたっけ。一時は、開拓時期の札幌に居たことだってあったのですがね」


車の中での会話は、家の中のような重さが無い。

私も沙絵も、務めて別の話題を探しては、それをダラダラと引き伸ばしている。


「当時はまだ、一般人にも妖が見える者が幾らか居たものですから。気味悪がられて入舸村に流れ着いた…が正しそうです」

「それで、良くまぁ苗字を入舸にしようと思ったね」

「まず被らないでしょう?」

「だろうけどさ」


8月4日の午前中。

快晴の下をドライブしているだけの午前中。

ボロボロだった私の身体は、ピアスを付けてから、徐々に回復していた。


「そう言えば、体調は戻りましたか?」

「大分ね。昨日の事は、あまり覚えてないんだけど。酷かったんでしょ?」

「そのまま何もしなかったら、車椅子生活でしたよ」

「それがこうなるんだもの。妖は滅多な事じゃ死なないか…ん?」


包帯が外れて、自由に動くようになった左手を眼前に持って来た時。

ふと、私の脳裏に昨日の最後の光景が思い浮かんだ。


「死なない?」


それは、私が意識を保っていた最後の景色。

錯乱状態になって、蒼白い顔を浮かべた八沙を揺すり起こそうとしていた時の光景。

あの時の八沙は、間違いなく"死んでいた"。

反応は無かったし、体は固まり始めていたし、見開いた目に砂が入っても、反応一つ見せやしなかった。


「ねぇ、沙絵」

「何でしょう?」

「八沙、生きてるんだよね?」

「はい。今は病院の中ですね」

「だよね。さっき…その、ちゃんと見てきたから、分かるんだけどさ」


そこまで言った時、車は長いトンネルの中に入って行く。

日の光から、オレンジ色の光に照らされた車内。

私は自分の左手をジッと眺めながら口を開いた。


「あの時、鬼沙も、実は死んでいなかったのかな」


そう言うと、沙絵は一瞬こちらに目を向ける。


「まさか。死体の確認までしてるんです。焼き場で、炉に入るまで見たんですよ?」

「骨も拾ったよね。そう言えば、美国の墓の穴は?調べたんだっけ?」

「その結果は今日次第です。漁酒会の面々が行ってます」

「だよね。なら、まだ分からないけど、あの強さは鬼沙で間違いない」

「復活するのも、有り得ません。私共のような"自然"に生まれた妖ならいざ知れず、元人間の妖など、骨になるまで焼かれれば、それはもう、人として死んだも同然ですから」


沙絵は少し早口になっていた。

私は、それを聞いて小さく頷く。


「そう。なら、あのカフカとか言う女が鬼沙の死体を操ってるというのもおかしいのかな」

「死体を操る?そんな芸当出来るんですか?」

「そっか、八沙も私も倒れてたから知らないか。殺された防人が居たでしょう?」

「渠波根とか言う?」

「そう。死体が消えたと思ったら、カフカを追い詰めた時に現れて、彼女の"盾"になってたよ。何が何だか分からないけど、あの人、自分の意志で殺されて、カフカの下に付いたみたいだった」


昨日の光景、鬼沙にやられた少し前に記憶を巻き戻せば、思い浮かぶのは、血にまみれた渠波根と、彼女と満面の笑みで抱き合うカフカの姿。


「沙月様、他に彼らの変わった点は?」

「カフカが持ってた呪符、覚えてる?」

「ええ。あの、何故か持ってた呪符ですか。まさかそれが死体を…」

「違う。あの呪符は青く光ってた。妖には見えないみたいだね」

「なっ」


横顔で見ても分かる、驚いた沙絵の顔。

私は左手を膝の上に置くと、サイドミラーの方に目を向けた。


「青い光の呪符は、私達の呪符の効果を打ち消すの。"赤紙の呪符"の真っ赤な靄ですら効かない」

「沙月様、そう言うのは早く言ってくださいよ!」

「ごめんなさい」


淡々と言った私に、沙絵の怒声が突き刺さる。

言ってて「あっ言わなきゃダメだった」って思ったんだから、謝るしかないだろう。

沙絵の横顔に目線を戻すと、沙絵はノブに乗っけていた手でポケットを弄ってスマホを取り出し、私にヒョイと投げ渡してきた。


「沙雪様に連絡を」

「分かった」


言われるがまま、沙絵のスマホで母様に電話をかける。

トンネルを抜けた先、電波状況は悪くないはずなのに、母様に電話が繋がらない。


耳から電話を離してジッと電話を見つめる。

スマホの画面は、未だに呼び出し画面のまま。

一旦電話を切ると、トーカーを開いて、母様に向けてメッセージを打ち込んだ。


慣れない左手での操作。

少し揺れが強めな車の車内で悪戦苦闘する私を見て、落ち着きを取り戻した沙絵が不意に噴き出した。


「笑ったな」

「いえ、すみません。沙月様。さっき電話してた時、人の耳に当てていたものですから」


ジトっとした目で沙絵に抗議の意を示すと、沙絵はそう言って、私の"右耳"をツンと突く。

耳の先、ビクッと身を震わせた私は、全身の毛が逆立ったような感覚になった。


「さて、向こうに着く前にお昼にでもしましょうか。何か食べたいもの、あります?」


重い空気が霧散した車内、私はニヤニヤした沙絵を見て溜息をつくと、ボソッと言った。


「お寿司。何時もの所でね」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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