114.傷の痛みに慣れてしまえば、それが普通に思えてくる。
傷の痛みに慣れてしまえば、それが普通に思えてくる。
私の体は、包帯だらけになっていた。
最早ミイラと言ってもおかしくない程…鏡に映った顔なんか、半分は血が滲んだ包帯だ。
「沙月、ここに座りなさい」
泣き腫らした顔を洗わぬまま、沙絵に連れられて向かった先は、我が家の客間。
外は晴天、その光が差し込んだ広い客間には、大きな長テーブルが置かれ、その周囲には見覚えのある顔がズラリと並んでいた。
「はい、母様」
何一つ気分が変わらぬまま、私は言われるがままに、母様の横に座る。
そこから周囲を見回せば、父様に、おばあちゃんに、ウチに仕える妖達、神岬漁酒会の面々の顔が見えた。
「沙月さん。昨日は随分と、帰りが遅かったようですな」
そこに異物が1人。
大層な袴に身を包んだ、身なりの良い妙齢の男。
京都の訛りを強く出して言った一言に、私の目が思いっきり剥がれた。
「えぇ。何処かの誰かさんが、北海道の女の子に現を抜かしてる間にね。」
真っ赤に染まった目を男に向けたまま何も言わないでいると、母様がピシャリと言い放つ。
「あの量の妖を、1人で追っかけて来たって割には、何も出来やしないじゃないか」
「ワタクシの想定外だったのですよ。お宅の、死んだはずの鬼まで居るだなんて」
母様の言葉にも、ふてぶてしさすら感じる受け答えをする男。
その男、防人の本家に近い家系の男で、防人の幹部の1人…名を八波木千彦という。
数日前から小樽に現れた"木偶の坊"とは、彼の事だ。
「フン。で、沙絵、昨日の妖の事だけど、調べが付いた?」
母様は八波木の事を鼻で笑うと、沙絵に話を振る。
沙絵はコクリと頷くと、いつの間にか持っていたバインダーに目を落とした。
「はい。隠した妖達については、6号と28号に属する妖で間違いないでしょう」
「この間の残党かしら?」
「そこは分かりかねます。大きすぎる組織ですからね。幾つか生け捕りにした者が居ますので、今にその辺りの情報が聞き出せるかと」
「ありがとう。続けて」
晴天の外とは全く正反対。
息をする事すら重く感じる空気の中、沙絵は淡々と皆に向けて報告を続ける。
大量に小樽に現れた妖達が、以前、私達と関係を持った6号と28号だということ。
6号と28号は、本来の目的とは別に、何者かの指示に従っているらしいこと。
その何者かは、"死んだはずの"鬼沙と結託して、私の身柄を付け狙っていること。
ただ、私を攫うだけではなく、何かの目的を持って接してきていること。
要するに、昨日までの情報では、私の体が鬼沙達に狙われていること以外に、何も分かっていないということを、沙絵は少し回りくどく伝えていた。
「で、6号と28号の"雇い主"ですが、昨日は2名の妖と遭遇しています。それが、皆様に共有している写真の人物ですね。そうだ。女の方に、防人1名が殺されていたんでした」
話は、昨日、私達を襲ってきた妖の"司令塔"について。
手ぶらで寝間着な私には、その写真が何なのか、最初は分からなかったが、ふと横の母様の持つタブレットを覗き見ると、私と八沙を相手に追撃を逃げ切った"カフカ"ともう一人、若白髪の男の写真が映し出されていた。
「写真は当日、小樽運河に備え付けられた、入舸家の監視カメラに映っていた姿です。少々不鮮明ですが」
沙絵の言葉の通り、その写真は不鮮明。
だが、昨日対峙した"カフカ"の姿は、しっかりと本人だと分かる程度には特徴が見えた。
男の方は見覚えが無いが、恐らく、八沙と共に"カフカ"を追い込んでいた時に沙絵を襲った妖だろう。
「女の方は"カフカ"という一人称を用いており、もう1人の男は、自らを"先生"と呼んでいました」
沙絵がそう言った所で、漁酒会の鬼たちがボソッと呟く。
「どっかの教師かぁ?」
「女の方は、また随分派手だな」
「見た事あっか?」
「知らねぇ」
ウチの妖も、母様もおばあちゃんも、見覚えが無い様だ。
そのまま、本家の幹部様の方に目線を向けるが、彼の表情は、どんな感情なのかが良く分からない。
「八波木さん。2人の顔に見覚えがありませんか?」
「さぁ。見たこともないな」
「そうですか。では、本家に照会するとしましょう」
知っていたと言いたげに営業スマイルを向ける沙絵。
その横で、おばあちゃんが珍しく舌打ちをした。
「っとに使えないねぇ、アンタ。見栄だけでウチに居ついて、恥ずかしくないのかい」
「ワタクシの管轄外ですから。飽くまで、"隠し役"。この人数なら、そうですねぇ…5分とかかりません」
「そのチンケな妖力でよく言うよ。早いとこ、"迎え"を寄越さないとダメだ」
この人数に、友好的じゃない目を向けられても、男は意に介さない。
おばあちゃんは溜息を付いて席を立つと、私達全員を見回した。
「いいかい?分かってることはただ一つ。奴等の目的はウチの沙月だ。ここまでボロ雑巾に変えても、まだ攫ってこない辺りに、何か裏があるのは明白。これ以降、もっとウチに被害が出てもおかしくないってことを、頭に入れておきな!」
普段は温厚なおばあちゃんの張り上げた声。
全員の低い返事が部屋中に轟いた。
「散開!」
おばあちゃんのもう一声にビクッと体を震わせた直後、周囲の妖達は皆一斉に席を立つ。
何人か、話した事がある妖達は、私に声を掛けて、気遣いの言葉を掛けて去って行った。
「ジュンが心配してたよ?最近連絡が繋がらないって。この間、ウチに来てったさ」
「ジュン君が?じゃ、貴女が…」
「そー。何十代目なんだか分からないけども。何か、見守ってりゃ、情が出て来るよな」
「そうだったの。ごめんって、伝えておいて貰える?」
「もう言ってる。ボカしてさ」
「ありがと」
声を掛けてくれた妖の1人は、どうやらジュン君の"先祖様"。
若い女の格好をした天狗は、私の肩をポンと叩くと、周囲の漁酒会の妖と共に部屋から出ていく。
「さて、沙月様。私共も参りましょう」
ある程度人が消えてから、沙絵が私の傍にやって来る。
その手に握られていたのは、ずっと触っていなかった狐面とピアス。
それを沙絵から受け取ると、私は何の言葉も発さずにそれらを身に着ける。
「八沙もいませんし、その恰好を誤魔化せないので」
淡々と話す沙絵。
私は"八沙"の言葉を聞いただけで、さっきまでの感情が湧き上がって来た。
「八沙…」
「沙月様、何を勘違いしているかは知りませんが、八沙は死んではいませんよ」
再び泣き顔になった私に、沙絵のジト目が突き刺さる。
呆然とした私の顔、ツーっと左目から涙が流れ落ちた。
「ま、あの様子じゃ、回復するのに1月はかかるでしょうけれど。我々は鬼沙と違って、元人間ではない妖です。自然現象が消えるわけ無いでしょう。だから、八沙は、そのうち戻ってきますよ」
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