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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
参章:消えた花火の行方
114/300

114.傷の痛みに慣れてしまえば、それが普通に思えてくる。

傷の痛みに慣れてしまえば、それが普通に思えてくる。

私の体は、包帯だらけになっていた。

最早ミイラと言ってもおかしくない程…鏡に映った顔なんか、半分は血が滲んだ包帯だ。


「沙月、ここに座りなさい」


泣き腫らした顔を洗わぬまま、沙絵に連れられて向かった先は、我が家の客間。

外は晴天、その光が差し込んだ広い客間には、大きな長テーブルが置かれ、その周囲には見覚えのある顔がズラリと並んでいた。


「はい、母様」


何一つ気分が変わらぬまま、私は言われるがままに、母様の横に座る。

そこから周囲を見回せば、父様に、おばあちゃんに、ウチに仕える妖達、神岬漁酒会の面々の顔が見えた。


「沙月さん。昨日は随分と、帰りが遅かったようですな」


そこに異物が1人。

大層な袴に身を包んだ、身なりの良い妙齢の男。

京都の訛りを強く出して言った一言に、私の目が思いっきり剥がれた。


「えぇ。何処かの誰かさんが、北海道の女の子に現を抜かしてる間にね。」


真っ赤に染まった目を男に向けたまま何も言わないでいると、母様がピシャリと言い放つ。


「あの量の妖を、1人で追っかけて来たって割には、何も出来やしないじゃないか」

「ワタクシの想定外だったのですよ。お宅の、死んだはずの鬼まで居るだなんて」


母様の言葉にも、ふてぶてしさすら感じる受け答えをする男。

その男、防人の本家に近い家系の男で、防人の幹部の1人…名を八波木千彦という。

数日前から小樽に現れた"木偶の坊"とは、彼の事だ。


「フン。で、沙絵、昨日の妖の事だけど、調べが付いた?」


母様は八波木の事を鼻で笑うと、沙絵に話を振る。

沙絵はコクリと頷くと、いつの間にか持っていたバインダーに目を落とした。


「はい。隠した妖達については、6号と28号に属する妖で間違いないでしょう」

「この間の残党かしら?」

「そこは分かりかねます。大きすぎる組織ですからね。幾つか生け捕りにした者が居ますので、今にその辺りの情報が聞き出せるかと」

「ありがとう。続けて」


晴天の外とは全く正反対。

息をする事すら重く感じる空気の中、沙絵は淡々と皆に向けて報告を続ける。


大量に小樽に現れた妖達が、以前、私達と関係を持った6号と28号だということ。

6号と28号は、本来の目的とは別に、何者かの指示に従っているらしいこと。

その何者かは、"死んだはずの"鬼沙と結託して、私の身柄を付け狙っていること。

ただ、私を攫うだけではなく、何かの目的を持って接してきていること。


要するに、昨日までの情報では、私の体が鬼沙達に狙われていること以外に、何も分かっていないということを、沙絵は少し回りくどく伝えていた。


「で、6号と28号の"雇い主"ですが、昨日は2名の妖と遭遇しています。それが、皆様に共有している写真の人物ですね。そうだ。女の方に、防人1名が殺されていたんでした」


話は、昨日、私達を襲ってきた妖の"司令塔"について。

手ぶらで寝間着な私には、その写真が何なのか、最初は分からなかったが、ふと横の母様の持つタブレットを覗き見ると、私と八沙を相手に追撃を逃げ切った"カフカ"ともう一人、若白髪の男の写真が映し出されていた。


「写真は当日、小樽運河に備え付けられた、入舸家の監視カメラに映っていた姿です。少々不鮮明ですが」


沙絵の言葉の通り、その写真は不鮮明。

だが、昨日対峙した"カフカ"の姿は、しっかりと本人だと分かる程度には特徴が見えた。

男の方は見覚えが無いが、恐らく、八沙と共に"カフカ"を追い込んでいた時に沙絵を襲った妖だろう。


「女の方は"カフカ"という一人称を用いており、もう1人の男は、自らを"先生"と呼んでいました」


沙絵がそう言った所で、漁酒会の鬼たちがボソッと呟く。


「どっかの教師かぁ?」

「女の方は、また随分派手だな」

「見た事あっか?」

「知らねぇ」


ウチの妖も、母様もおばあちゃんも、見覚えが無い様だ。

そのまま、本家の幹部様の方に目線を向けるが、彼の表情は、どんな感情なのかが良く分からない。


「八波木さん。2人の顔に見覚えがありませんか?」

「さぁ。見たこともないな」

「そうですか。では、本家に照会するとしましょう」


知っていたと言いたげに営業スマイルを向ける沙絵。

その横で、おばあちゃんが珍しく舌打ちをした。


「っとに使えないねぇ、アンタ。見栄だけでウチに居ついて、恥ずかしくないのかい」

「ワタクシの管轄外ですから。飽くまで、"隠し役"。この人数なら、そうですねぇ…5分とかかりません」

「そのチンケな妖力でよく言うよ。早いとこ、"迎え"を寄越さないとダメだ」


この人数に、友好的じゃない目を向けられても、男は意に介さない。

おばあちゃんは溜息を付いて席を立つと、私達全員を見回した。


「いいかい?分かってることはただ一つ。奴等の目的はウチの沙月だ。ここまでボロ雑巾に変えても、まだ攫ってこない辺りに、何か裏があるのは明白。これ以降、もっとウチに被害が出てもおかしくないってことを、頭に入れておきな!」


普段は温厚なおばあちゃんの張り上げた声。

全員の低い返事が部屋中に轟いた。


「散開!」


おばあちゃんのもう一声にビクッと体を震わせた直後、周囲の妖達は皆一斉に席を立つ。

何人か、話した事がある妖達は、私に声を掛けて、気遣いの言葉を掛けて去って行った。


「ジュンが心配してたよ?最近連絡が繋がらないって。この間、ウチに来てったさ」

「ジュン君が?じゃ、貴女が…」

「そー。何十代目なんだか分からないけども。何か、見守ってりゃ、情が出て来るよな」

「そうだったの。ごめんって、伝えておいて貰える?」

「もう言ってる。ボカしてさ」

「ありがと」


声を掛けてくれた妖の1人は、どうやらジュン君の"先祖様"。

若い女の格好をした天狗は、私の肩をポンと叩くと、周囲の漁酒会の妖と共に部屋から出ていく。


「さて、沙月様。私共も参りましょう」


ある程度人が消えてから、沙絵が私の傍にやって来る。

その手に握られていたのは、ずっと触っていなかった狐面とピアス。

それを沙絵から受け取ると、私は何の言葉も発さずにそれらを身に着ける。


「八沙もいませんし、その恰好を誤魔化せないので」


淡々と話す沙絵。

私は"八沙"の言葉を聞いただけで、さっきまでの感情が湧き上がって来た。


「八沙…」

「沙月様、何を勘違いしているかは知りませんが、八沙は死んではいませんよ」


再び泣き顔になった私に、沙絵のジト目が突き刺さる。

呆然とした私の顔、ツーっと左目から涙が流れ落ちた。


「ま、あの様子じゃ、回復するのに1月はかかるでしょうけれど。我々は鬼沙と違って、元人間ではない妖です。自然現象が消えるわけ無いでしょう。だから、八沙は、そのうち戻ってきますよ」



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よろしくお願いします_(._.)_

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