09 師弟の絆は切れず
さて……私の新必殺技をくらい、アフロに全裸となって倒れているオルブルの処遇だが、どうしたものだろう。
戦闘中なら、命を落としてもやむ無しと割りきる事もできるが、こうして戦いが終わってしまうと、どうもなぁ……。
元々が自分の肉体という事もあって、何となく扱いに困ってしまう。
それにしても、前世の引きこもり万歳なままの私なら、『栄光を掴む女神の手』を食らったら日には、肉片くらいしか残らなかったと思う。
そう考えると、しっかり鍛えた上に、作戦参謀みたいな真似もしてたんだから、今のオルブルにトドメを刺して終わり……というのも、何かもったいない気もするんだよなぁ。
もしも、改心する気があるなら、何らかの便宜を図ってもいいかもしれない……そんな事を考えていると、突然どこからともなく、パチパチと拍手をする音が響いた。
「ブラァボゥ……オオ、ブラァァボゥゥゥ!」
この頭痛をもたらす声と、ネットリと絡み付くような褒め方は……来たな、オーガン!
バッと振り向いて、確認すると、やっぱり居ました!
オーガン……とルアンタ!?
え? なんで?
なんでこの二人が、一緒にいるの?
まさか、何かの魔法か術で操られているんじゃ……いや、私を見るルアンタの瞳には、そういった意識が混濁している者特有の、いわゆる「光の消えた感じ」はしない。
ならば、彼の意思でオーガンと共に来たと言うのだろうか?
な、なんにしても……。
「ルアンタ!早くその男から離れなさい!貴方のお尻が狙われています!」
「え? お尻?」
「ククク、未成熟な果実には興味はありませんので、ご安心を」
「?」
私とオーガンの言葉の意味ががよくわからなかったのか、ルアンタは不思議そうに私達を見比べている。
うん、そのままの汚れのない君でいて!
「オーガン!いったい、ルアンタに何をしたのですかっ!」
「何をした……とは、心外ですな。彼は自らの意思で、貴女に聞きたい事があるそうですよ」
「聞きたい……事?」
「是非、答えてあげてください……包み隠さず、ね」
そう言って、オーガンは数歩下がっていく。
後に残されたルアンタと私は、なんだか緊張した空気の中で真正面から見つめあった。
う、ううん……なんだか変な緊張感があるなぁ。
もしかして、愛の告白とかされるんだろうか?
なんて、ちょっと的はずれな事を考えていると、ルアンタが少し上擦った声で私に呼びかけてきた。
「先生!」
「は、はいっ!?」
「単刀直入に聞きます……。先生は……先生は本当に、オルブルの魂が転生した姿なんですか!?」
「っ!?!?」
なっ……なんでそれをっ!?
いや、いずれ時期が来たら話そうとは思っていたけど、敵陣のど真ん中に殴り込みをかけてる、このタイミングは無いでしょう!?
そもそも、誰がそんな話を……と、ここまで思っていて気がついた。
後方で策士ヅラをしながら、ニヤニヤしているオーガンの存在に。
お、お前かあっ!
いったい、何を企んでいる……って、決まってるか。
私とルアンタ達の間に亀裂を入れて、撹乱しようっていうんだろう。
だけど……どうする!?
この場で否定しても、オーガンが口を挟んでくるに決まっているし、それではルアンタの疑念を晴らすことはできないだろう。
いっそ、本当の事を言ってしまおうか……でも、ルアンタに「すいません、元男とか無理です」とか言われたら、私泣いちゃうかもしれない。
今も、そんな光景を想像をしただけで、めっちゃ悲しいし。
……暫しの沈黙。
だが、悩んだ挙げ句に、私はひとつの覚悟を決めた。
そう、私が元オルブルだったと、本当の事を話す!
その上で、今はエリクシアとして生きていくと、そう決めている事も告げるのだ!
もしかしたら、ルアンタから拒絶されるかもしれない。
でも、蟠りを持ったままでは、いずれ彼との関係も破綻するだけだろう。
だったら、一か八かだ!
もしも、全てがご破算になったら、オーガンは死ぬより辛い目に合わせてやろう!
「ふぅ……」
ひとつ大きな深呼吸をして、私はまっすぐにルアンタの瞳を見つめた。
そして、静かに口を開く。
「ルアンタ……貴方が不安に思っている通り、私は前世において、魔王の息子の一人、オルブルでした」
「!?」
「二十年前、クーデターに巻き込まれ命を落とした私は、今のエリクシアとして生まれ変り、過ごしてきたのです」
淡々と、私はルアンタに自身の生い立ちを語る。
とはいえ、エリクシアとして生を受けてからの話は以前にもしていたので、その辺はあっさりと済ませた。
それを静かに聞いていたルアンタは、私の話が終わると真剣な面持ちで、質問を投げ掛けてきた。
「先生……僕は、先生に確認したい事がひとつあります」
うん、まだ先生と呼んでくれるんだね。良かった……。
それで、確認したい事っていうのは、なんだろう?
「先生は本当に……オルブルとして復活を果たし、次の魔王として君臨するつもりなんですか?」
……はぇ?
な、何の話かな、それは!?
というか、オルブルとして復活するっていう、言葉の意味がよくわからない。
「現在、オルブルの肉体には異世界の人間の魂が宿っているから、その魂を肉体から切り離すために瀕死のダメージを与えて、元の肉体に戻るつもりなんだと……」
「な、なんですか、その与太話は!? いったい、誰がそんな事を……」
思わず追求すると、ルアンタはチラリと自身の背後に目線を向けた。
その先にあったのは、またも「してやったり」といった雰囲気を醸し出しているオーガンの姿。
くっ……この……オーガン!
もう、何て言うか、言葉が纏まらないぞ、この野郎!
とりあえず、ルアンタが何か誤解をしているのはわかった。
だから私は、まずその誤解の大前提を否定する。
「そもそも、私はオルブルに戻るつもりなどありません!」
「えっ……」
「私は今の人生を、結構楽しんでいるんですよ。それに、エリクシアとして、大切な物がたくさんできました」
前の人生では、家族や回りの連中等は警戒の対象であり、心許せる存在ではなかった。
しかし、共に旅をしてきたデューナやヴェルチェ、エルフの国で再会した今世の家族。
そして何よりも……ルアンタという存在が、私の人生をとても豊かにしてくれている。
ルアンタに出会うまでは、森の中で一人きりだったから無頓着だったが、本当の意味で女性に生まれ変わった事、その性を受け入れられた事も、彼がいてくれたからだ。
そんな大切な者達に比べれば、「魔王の座」なんて物に大した魅力は感じない。
私は包み隠さず、そう思っていた事をルアンタに話す。
すると、ルアンタはおもむろに大きく息を吐き出して、胸を撫で下ろした。
「よ、良かったぁ……」
心底安堵してように、そんな言葉を漏らすルアンタ。
そうして私の元に駆け寄って来ると、満面の笑みを浮かべながら、こちらを覗き込んできた。
「先生が、本当に次の魔王になったりしたら、敵対しなくちゃならなくなるかも……って、ずっと心配していたんです!」
あー、確かにその可能性もあったわ。
あらためて無いな、魔王とか。
しかし、そんなルアンタに対して、私としても確認しておきたい事案がひとつある。
「あの、私は前世で魔王の息子だったのですが……ルアンタは、それでも私を受け入れられるんですか?」
「当たり前じゃないですか!」
即答か!
「生まれる前の記憶や知識があるってだけで、エリクシア先生はエリクシア先生ですよ!むしろ、すごく博識な理由が理解できて、スッキリしたくらいです!」
んん……そんなに、すんなりと受け入れられるとは。
私が思っていた以上に、彼の器は大きかったようだわ。
まぁ、なんにしても……良かったぁ。
まるで肩の荷が降りたような、スカっと爽やかな気分が、私の胸中に広がる。
「ありがとう、ルアンタ……」
色々な想いが混ざりあって、口ついたお礼の言葉と共に、彼を抱き寄せる。
「先生……」
そしてルアンタも、そんな私を労るように、優しく抱き締め返してきた。
ハァ……ヤバい、めっちゃ幸せ……。
ほんの僅かな間だが、二人だけの時間が世界を支配する。
しかし、そんな幸せ空間に物申すと言わんばかりに、地面を激しく蹴りつける音が、私達の意識を引き戻した。
「なんなのよ、それはぁぁっ!」
見れば、納得できないわよっ!とオカマ口調で吠えながら、オーガンが地団駄を踏んでいる!
あ、まだいたんだ……。
何となく、全てが終わってハッピーエンドな気分になっていたけど、そういえばまだ戦いは続いていたわ。
うっかりしていたねと、顔を見合わせて微笑み合う私達に、再びオーガンはキレ散らかした。
「オルブル様に元の肉体に戻ってもらって、この肉体を得たワシと薔薇の花園を築く計画があったのに……なんで、こうなるのよぉっ!」
知らんわ、そんな計画。
だいたい、私の意向を無視した、そんな話をされた所で失敗して良かったとしか思わんよ。
「やはり勇者……奴が諸悪の根源……」
なんだか八つ当たり気味に、ルアンタへと憎悪の目を向けるオーガン。
本当に、気持ち悪いよ……。
ここは私がビシッ!っと引導を渡してやろうかと思っていると、ルアンタがそれを制するように前に出た。
「ここは僕に任せてください。先生を奪おうとする奴は……僕が許しません!」
やだ、かっこいい……。
私を守るために、キッとオーガンを見据えるルアンタの横顔が、なんだかとても頼もしく思える。
「格好つけんじゃないわよ、このガキがぁぁっ!」
突進してくるオーガンに対し、ルアンタは変身もせずに、それを迎え撃つべく飛び出した!
「はっ!」
変身させる暇を与えなかったオーガンは、狙い通りといった風に、嘲笑うような声を漏らす。
そんな非武装の相手なら、一撃で頭を粉砕できると過信したオーガンの攻撃が、大振りな物となった!
だけど、それこそルアンタの狙い通り!
大振りになったオーガンの腕を捕った彼は、相手の勢いを利用し、そのまま背負うようにして投げると、激しく地面に叩きつけた!
「ぐはっ!」
鎧を着ていても殺しきれないダメージを受け、オーガンの口から苦痛の声が上がる!
その隙に、ルアンタは少し間合いを取ると、『ギア』を腰にセットした!
「変身!」
掛け声と共に、『バレット』を装填して、『勇者装束』に身を包む!
「ぐっ……小賢しい真似を……」
起き上がったオーガンは、再びルアンタへと突進していく!
そうして、間合いに入ると同時に、怒濤の攻めを展開し始めた!
元は格闘戦にも秀でている、死霊魔術系モンクとして名を馳せていたオーガンが、ダーイッジの肉体を得て繰り出す猛攻は、それはそれは凄まじい!
だが、そんな嵐のような攻めの中にあって、ルアンタは冷静かつ、的確にオーガンの攻撃を捌いていた!
「な、なぜだ!なぜ当たらないぃぃ!」
苛立ちを隠しきれず、オーガンは毒づく。
「僕にもう、迷いはない!お前の攻撃は、全て見えているぞ!」
「小僧がぁぁ!」
恐らく、私の知らない所で、二人は一度戦い、その時はオーガンが優位だったのだろう。
しかし、迷いが無くなり、より高いレベルで『エリクシア流魔闘術』を使えるよう、集中力の高まった今のルアンタの前では、さすがのオーガンでも分が悪い。
動きを完全に読まれ、捌くだけではなく、徐々に反撃も交えてきたルアンタに押され、オーガンは後退を余儀なくされた。
「くっ、くそぅ!」
苦し紛れか、何か策があるのか。
オーガンは数体のアンデッドを生み出して、それをルアンタに向けて突っ込ませた!
だが、当のルアンタは落ち着き払ってオリハルコン・ブレードを取り出すと、『バレット』をセットして爆発する横凪ぎの一閃でアンデッドを吹き飛ばす!
「馬鹿め!」
アンデッドを目眩まし使い、それを攻撃して隙ができたルアンタの背後へ回り込んだオーガンが、勝利を確信して襲いかかる!
だが!
「同じ手は食わない!」
オーガンの動きを読んでいたルアンタは、その攻撃を紙一重でかわすと、こっそりブレードとは別に『ギア』にセットしていた『バレット』を起動させた!
『爆発する我が拳!』
私の必殺技を模した、指向性のある爆発を纏った拳が、カウンター気味にオーガンの腹部に突き刺さる!
「ぶるぁぁっ!」
砕かれた鎧の破片を撒き散らしそうながら、爆発の余波でオーガンの体は吹き飛ばされた!
そのまま、私が吹き飛ばした壁を越え、城の外へと落ちていく。
やがて、ドサリと地面に落ちた鈍い音が、小さく私達の耳に届いた。
「ふぅ……」
息を吐き出して、変身を解除したルアンタが、私の方へ顔を向ける。
「やりました、先生」
「ええ」
にっこり笑う彼に近づき、私達は再び固く抱きしめ合う。
そんな二人を照らす、スカスカの壁から室内に届く外の光が、まるで私達を祝福しているようだった。




