07 少年が知った真実
「死ねぇぇぇ!小僧ぉぉ!」
真新しい、骸骨を思わせる全身鎧に身を包みながら、剥き出しの殺意を隠そうともしないオーガンが、突進してくる!
「変身!」
僕も『ギア』を装填し、『勇者装束』を纏うと、正面からその突撃を受け止めた!
ギリギリと力比べをしながら、睨み合う僕とオーガン。
「キイィィッ!なによ、あの方からもらった装備を、これ見よがしに装着しちゃって!」
「だから、なんでオカマ口調なんだっ!」
興奮した時の癖なんだろうか?
そんな風に思っていると、オーガンはスッと力を抜いて、わずかに後ろに下がる。
その動きに体勢を崩されないよう、僕も素早く反応して、構えを取った!
「これでも食らいなさいっ!」
オーガンはまるで、癇癪を起こしたように、無数の突きや蹴りを放って来る!
でも、そんなヒステリックな様子とは裏腹に、奴が繰り出す技の数々は実に的確で、鋭いものだった!
「はあぁぁっ!」
「ふっ!はあっ!」
嵐のような連撃で攻め立てるオーガンの攻撃を、僕は冷静に受け流し、時に細かく反撃を加えていく!
結構、優位に戦えているけれど、エリクシア先生から格闘戦の訓練を受けていなかったら、今ごろボコボコにされていただろうな。
「ちいっ!ちょこまかと……」
僕に、ほとんどダメージを与えられていない状況に、オーガンは舌打ちをして、いったん距離を取った。
「我が呼び掛けに答えよ!」
魔法の詠唱をしたオーガンから、暗黒の魔力が吹き出し、地面から複数のゾンビやスケルトンといった、アンデッドモンスターが這い出してくる!
そういえば、初めて遭遇した時もアンデッドを引き連れていたっけ。
オーガンの本業は、死霊魔術師だったのか!
「いけっ!あの小僧の動きを止めろ!」
少し冷静になったのか、オカマっぽい口調から普通の話し方になったオーガンの命令を受けて、アンデッド達が僕に狙いを定めて向かってきた。
しかし、その動きは遅い!
「爆発する一閃!」
『ポケット』から抜いたオリハルコン・ブレードに、爆発魔法を込めた『バレット』を装填して、僕は横凪ぎに剣を振るう!
剣閃と共に発生した爆発は、アンデッドの集団を一撃で吹き飛ばした!
「よしっ!」
「甘いな、勇者」
「っ!?」
突然、背後からかけられた声に、ゾクリとした冷たい感覚が全身を駆ける!
次の瞬間、後ろから交差するような腕の組み方で僕は首を堅められ、ギリギリと締め上げられた!
「かっ……はっ……」
「ククク……打撃戦はなかなかの物だが、戦場では組み打ちにも気を配るのが当たり前だぞ、小僧」
し、しまった……!
オーガンに言われるまでもなく、エリクシア先生からそういった組み技に注意するよう言われていたのに!
『ほら、ルアンタ。もっと強く密着して、相手を動けないようにするんですよ』
『そうです、関節を狙って、体を押し付けるように……』
『んっ……もっと激しく動かないと、抜け出せませんよ……』
エリクシア先生から教えてもらっていた時の、訓練の思い出が頭に浮かんでくる。
……苦しかったけれど、柔らかかったなぁ。
「……お前、何か邪な事を考えてないか?」
「!? そ、そんなことはないっ!」
なんだか訝しげなオーガンの言葉を、僕は激しく否定する!
「その必死っぷりが、逆に怪しいんだが……」
うわっ、見破られてるっぽい!
恥ずかしくて俯きそうになった時、僕の様子に気をとられていたオーガンの絞めが、少し緩んでいる事に気が付いた。
その一瞬の隙を突いて、僕は強引に体を捻ると、オーガンの腕から脱出する!
「ちっ、小癪な……」
悪態を吐くオーガンから距離を取り、僕は呼吸を整えて構えを取った。
「なるほど、人間の小僧にしては、力もスピードもかなりの物だ……それもあの方の、指導の賜物か」
「これでも『エリクシア流魔闘術』の一番弟子だからな!」
だからこそ、先生の名前に泥を塗るような真似はできない。
「エリクシア……エリクシアね……」
オーガンは「フン……」と鼻で笑うと、急に僕を指差して問い質してきた。
「お前はあの方について、どれだけの事を知っているんだ?」
「どれだけのって……」
確かに、僕と先生の付き合いは、それほど長い訳じゃない。
でも、弟子入りしてからはほぼ一緒だったし、その密度はかなりの物だと思う。
「……つまり、エリクシア先生の魅力について語ればいいのか?」
それなら、半日くらいは楽に語れる。
だけど、オーガンはうんざりした声で、「そういう事ではない」と首を振った。
「エリクシアと名乗る、あの方の正体について、だ!」
「正体……」
……先生達が、僕に話せない何かを隠しているのは、知っている。
いつか、それを話してくれると約束はしたけれど……早く知りたいと思う、そんな気持ちがあるのも事実だ。
特に、このオーガンとの関係について!
先生は「古い知り合いで、男女の関係ではない」と言っていたけど、それでも妙に気安い態度で交わす二人のやり取りは、僕の心をモヤモヤさせる。
……大人の男なら、こんな時にどっしりと構えて落ち着いていられるんだろうけど、僕ではその境地にまだまだ及ばない。
こういった自分の子供っぽい所が、先生達からの信頼を十全に受けられない部分なんだろうな……。
「そうか、何も聞かされていないか……」
オーガンは、ククク……と声を抑えて笑い、唐突に両腕をダラリとさげると、構えを解いた。
「ならば、ワシが教えてやろう、あの方達の正体についでな」
「な、なにっ!?」
そ、それは……正直、すごく聞きたい!
でも、なぜ奴の方から、そんな話を僕に振ってくるんだ?
もしかして、何かの罠か……もしくは、すごく親切な人?
「ククク、不思議そうだな。まぁ、無理もないが、あの方の真実を知れば貴様も自分がどれだけ道化であったか、自覚できそうだから話してやろうというのだ」
むっ……僕が道化だって?
た、確かにエリクシア先生みたいな魅力的な女性に、僕みたいな子供が想いを寄せるのは滑稽かもしれないけど……でも、好きなものは好きなんだから、仕方ないじゃないか!
「……どんな話を聞かされても、僕の想いは変わらない!」
でも、万が一……いや億が一、先生にはすでに恋人がいますなんて話をされた時には、ショックで死ぬかもしれないから、心の準備だけはしておこう。
「そうか……では教えてやろう」
わずかに動揺する気配が漏れていたのか、オーガンは僕の様子を見ながら兜を脱いで、その素顔を晒した。
「まず、前提としてこの顔……というか、この肉体は本来のワシの物ではない」
「あ……」
そうだ、確か前に奴と二人で話した後、先生もそんな事を言っていた。
魂の抜けた、魔王の息子達の肉体に別人の魂が宿っている……と。
「ワシを含め、現オルブルや現ボウンズール様は、魂だけは別人の物。では、本物の魂はどうなったと思うね?」
本物の魂……?
それは……どうなったんだろう?
「肉体から離れたなら……天に召された……?」
「違ぁう!あの方の魂は、別人へと転生を果たしていたのだ!」
「て、転生!?」
「そうだ! ハイ・オーガに! ドワーフに! そして……ダークエルフに!」
「そ、それってまさかっ!?」
僕の頭に浮かんだ、最悪の想像を肯定するように、オーガンがニヤリと笑った!
「そうだ!貴様が師と仰ぐあの方々こそ、魔王様のご子息達が転生した姿なのだっ!」
な、なん……だと……。
思いもよらぬ衝撃に、ぐらりと世界が歪んだ気がした。
「フハハハ! 何も知らず、あの方の計画のための道具として鍛えられ、勇者だなんだ、と祭り上げられていた! これを道化と言わずして、なんと言うのだ!」
「道具……先生の……計画?」
「そうとも! 魔界へ戻り、真の肉体を取り戻して、次代の魔王として君臨する……それが、今はエリクシアと名乗っている、あの方の本当の計画だ!」
そんな……馬鹿な……。
何か反論しようとしたけれど、頭の中がゴチャゴチャで、まったく言葉がまとまらない……。
僕は……本当に利用されていたのか……?
「……フッ、ならば話を聞きに行くか?」
「え?」
愕然して棒立ちになっていた僕に、オーガンがそんな事を提案してきた。
「あの方なら、今ごろ別の場所で、オルブルと戦っている。本来の自分の肉体を取り戻すためにな」
先生が、本当の肉体を……。
「まだ信じられぬようだから、ご本人の口から本当の事を聞けばいい」
薄く笑みを浮かべるオーガンは、僕が先生から真実を告げられて、絶望する様を見たいのかもしれない。
でも……答えがどうであれ、僕も先生の口から答えを聞きたいと思う!
「先生の所に……連れていってくれ」
「フフ、いいだろう。ついてこい」
振り返って、コツコツと歩きだすオーガン。
僕は『勇者装束』を解除すると、その背中を追ってエリクシア先生の元へと向かった。




