06 ヴェルチェ VS キャロメンス
「接続!」
ゴーレムに乗り込み、ワタクシが魔力のラインを繋ぐと、武骨だった土人形が、優美な姿に変化していきます!
『姫を模したる踊り子人形』を顕現させたワタクシは、大地から機神サイズの双剣を生み出すと、一気呵成にキャロメンスを攻め立てました!
「むっ……」
軽々と巨大な双刀を振るう機神の前に、キャロメンスも呻きながら避けるので、精一杯の様子……。
「オホホホ!どうしましたの、キャロメンス!ワタクシのゴーレムコントロールの前に、手も足も出ないようですわね!」
防戦一方の狼女王を追い詰め、圧倒的な勝利を目の前にしたワタクシの脳裏に、キャロメンスへ降伏を促そうかしら……等といった考えが過ります。
しかし……。
「……そろそろいいか、色々と見切ったし」
ポツリとそんな事を呟いたキャロメンスが、今までの回避をメインにした動きから一転、攻撃に転じてきました!
「シュッ!」
小さな呼気と共に放たれた、キャロメンスの全身を使った鋭い一撃に、彼女の身の丈ほどもある『姫を模したる踊り子人形』の剣が、呆気ないほど簡単に破壊されてしまいます!
な、何事ですのっ!?
「調子に乗り過ぎでしょ、こっちは様子見してただけなのに」
「よ、様子見!?」
「どれ程の物か確認したかったの、その一人乗りのゴーレムが」
な、なんですってー!?
「それでは、手を抜いていたとでもおっしゃいますの!」
「そういう訳じゃない……格段に、動きが鋭さを増していたのは認めるわ、二人乗りの時よりもね」
む……そう素直に評価されると、ちょっぴり嬉しいものですわね……。
ですが、ドワーフの国で対峙した時には、二人乗りで対抗出来ましたのに、パワーアップしているはずの今が通じないのは、どういう訳なのでしょう……。
「今の私は無敵……簡単な理屈」
「せ、説明不足ですわっ!」
「フフフ……」
焦れるワタクシとは対称的に、謎の余裕を見せるキャロメンスは、勿体ぶるように笑みを浮かべます。
何でしょう……この圧倒的な上位から見下ろしてくるような、彼女が醸し出す勝者にも似た雰囲気は?
「この戦いが終わったら……」
「お、終わったら?」
「オルブル様と結ばれるのよ、私は」
「……ん?」
「パワーアップの理由、それがね」
……それだけ?
そ、それが本当に、パワーアップの理由ですの?
「いくらでも力が沸いてくるの、オルブル様との約束を想うと。あの方は言っていた、女は愛を知って強くなるとね」
確かに、その言には一理あるとは思いますわ。
彼女が言うのとは、ちょっと違うかもしれませんが、デュー姉様も『母としての愛』を知った今の方が、前世よりも強いかもしれませんもの。
そういえば、以前ルアンタ様に許されてこちらに寝返った、何人かの魔族達を見てエリ姉様が言っていましたわね……。
『利己的な魔族が、誰かのためにと献身的な心を知れば、そこに更なる強さを得るヒントがあるかもしれない』と。
そうなると、今のキャロメンスはその条件にぴったり……という訳ですのね。
「ですが、ワタクシとてルアンタ様という、想い人がおりますもの!想いの強さなら、決して引けを取りませんわ!」
「……それは無理、今のあなたではね」
気合いを入れ直すワタクシに、キャロメンスは小さく笑って首を振りました。
むぅ、どういう事ですの!?
「……ブレているからよ、あなたの心は。そういう匂いがするの、ルアンタ以外にも好きな人がいるってね」
獣人特有の五感の鋭さを示すように、キャロメンスはスンスンと鼻を鳴らします。
ですが、彼女は何を言っているのでしょう……ワ、ワタクシが、ルアンタ様以外に!?
HAHAHA、そんな馬鹿な!と、即座に否定しようとしました。
ですが、何故か言葉は口から放たれる事はなく、代わりに頭に浮かぶ一人の影が……。
「エリクシア……お姉様……」
この身となってから、ライバルとして、そして姉として慕うダークエルフの女性の名前が、ポロリと口から溢れ落ちました。
そして次の瞬間、ドクン!と激しく鼓動が脈を打ちます!
そ、そんな……。
た、確かに……エリ姉様に、魔力経路の開発を受けてからというもの、時おりワタクシの心と同じく慎ましやかな胸が高鳴り、下腹部が熱くなる事もありました。
その甘い疼きは、ルアンタ様を想って脈打つ鼓動とはまた別の意味で、ワタクシを惹き付けているというのも……認めましょう。
ですが、だからといってエリ姉様を……だなんて!
それではワタクシがまるで、快楽堕ちした女の子みたいじゃありませんの!
「優柔不断な貴女では勝てない、一途な私には!」
話は終わったとばかりに、さらに攻撃の圧力を増していくキャロメンス!
戦闘開始時とは完全に逆転した戦況に、ワタクシはなんとか耐え凌ぐしかありませんでした!
「四速火煌!」
こちらの動揺を突くように、キャロメンスが放ったのは、己の四肢をすべて利用した、一人で同時攻撃を可能とする必殺技!
炎が揺めきを思わせる、捉えどころのない強打がワタクシの『姫を模したる踊り子人形』の手足を砕きました!
「ああっ!」
「終わりよ、これで」
大地に転がるワタクシのゴーレムを足蹴にし、キャロメンスは勝ち誇った表情でこちらを見下ろします。
「くっ……」
絶体絶命の状況に陥ったワタクシは、来るであろうトドメの攻撃に備えて、ゴーレムの中で防御姿勢を取りました!
しかし……。
「……うん?」
いつまでも来ないキャロメンスからの攻撃に、つい首を傾げていると、不意に彼女から予想外の提案がなされます。
「ねぇ……オルブル様の部下にならない? 貴女も」
「はぁ!?」
思わず変な声が出るくらい、その勧誘は唐突でしたわ。
「有能な人材は、部下にしたいと思っているのよ、オルブル様は。資格は十分だと思うわ、ドワーフの姫である貴女なら」
「ば、馬鹿を言ってはいけませんわ! 誰が、オルブルの部下になんて……」
「なら……エリクシア?」
突然、キャロメンスが口にしたその名に、ワタクシは思わず言葉に詰まりました。
「やはり何か思うところがあるようね、そんな匂いがしていたわ」
こちらの思いを看破した彼女は、小さな笑みをみせます。
「オルブル様が、部下に誘うと言っていたわ、エリクシアを」
「エリ姉様を……」
そういえば、初見の時にオルブルから勧誘されたというような事を、エリ姉様も言ってましたわね。
奴はまだ、エリ姉様を諦めていないという事、なんでしょうけど……。
「ルアンタ様がいらっしゃる以上、エリ姉様が裏切るなどあり得ませんわ!」
「大丈夫……殺すから、勇者は」
「なっ!?」
「仕方ないでしょう、敵の旗印ですもの。でも、貴女達は別、勇者の仲間だっただけだから」
確かに、彼女の言うことにも一理ありますわ。
ですが、ルアンタ様を殺すなどと言われて、「それじゃあ裏切ります」などと言えるものですかっ!
ゴーレムの中から睨み付ける、ワタクシの視線には気付かず、キャロメンスは選択を突きつけてきます。
「ルアンタを選んでここで死ぬか、エリクシアを選んで寝返るか、貴女の選択肢は二つ……」
淡々と答えを求めるキャロメンスの言葉に、まるでその二つ以外の答えが存在しないかのような、暗い感情がジワジワと沸いてきます。
ルアンタ様と、エリ姉様……どちらを選ぶか、ワタクシに浮かび上がった、その答えは……。
「……挟まりてぇ」
「うん?」
「間に挟まりてぇ!ですわ!」
「はいっ!?」
ワタクシの答えに、キャロメンスの目が点になりました。
そう、なぜ二者択一ですの?
二人が好きなら、一緒に愛でればいいじゃありませんか!
ルアンタ様とエリ姉様……心惹かれるお二人が、愛し合うのを見守りながら、時として交ぜていただく……それが、二人の間に挟まり隊(総員一名)!
ああ……その光景の、なんと美しい事でしょう!
思い浮かべるだけで、胸と下半身が熱くなりますわ!
「『好きなら人が二人いるなら、二人とも愛せばいいじゃない!』それこそ、ワタクシが開眼した、新たなる愛の形ですわ!」
「こ、拗らせただけじゃない、何かをっ!」
「だとしても! どちらかしか選べない、不健全な二択よりは、誰も不幸になりませんわっ!」
己の欲望を自覚し、吹っ切れたおかげか、妙な自信に溢れるワタクシに対し、キャロメンスは動揺している様子……ここが反撃のチャンス!ですわ!
ワタクシは『姫を模したる踊り子人形』に魔力を送り込み、破壊された腕を急速再生させると、まだ戸惑っていた彼女の隙を突いて、剣を振るいました!
「くっ!」
ギリギリの所で、防御が間に合うキャロメンス!
ですが、バランスを崩した以上、次もワタクシのターンですわ!
「魔界剣・飛燕抜刀!」
速度に長けた剣技を用い、キャロメンスに無理矢理防御させて、その動きを止めます!
そしてまた、ワタクシのターン!
「魔界剣・土竜昇天!」
天に昇る竜のごとき、低空から打ち上げる一撃が、キャロメンスを宙へと跳ねあげました!
再び、ワタクシのターン!
「魔界剣・鷹爪演舞!」
空中のキャロメンスを捉えて、またワタクシのターン!
「魔界剣……」
ワタクシのターン……。
「魔界……」
ワタクシの……。
延々と繋がる、円舞にも似た剣技の舞いは、キャロメンスがその意識を失うまで、華麗に続けらました。
◆
──やがて、先に地上へ降り立ったワタクシは、失神して落ちてくるキャロメンスを受け止めます。
「女は愛を知って強くなる……確かに、その通りでしたわね」
迷いを振り切って開き直ってからは、仮にも準魔王クラスのキャロメンス相手に、一方的とも言える勝利を得た……ワタクシは、その事実と彼女の言葉を反芻していました。
「……命までは取りませんわ」
三公の一人でありながら、愛に生きるキャロメンスと、複雑な愛に目覚めたワタクシ……。
過程は違えど、難解な立場に自ら挑むワタクシ達は、どこか似ているのかもしれません。
静かにキャロメンスを横たえて、ゴーレムを解体したワタクシは、意識の無い彼女に回復薬を振りかけました。
これで血は止まるはずですし、生命力の強い獣人の彼女ですから、死ぬことはないでしょう。
「ルアンタ様や、エリ姉様が勝利した後なら……ワタクシ達、良き友人となれるかもしれませんわね」
あの二人が戦後に成そうとしている、魔族との共存関係……それが実現するなら、ワタクシの呟きも戯れ事ではありませんわ。
そして、それは何となく実現しそうなだなという、予感が胸に浮かびました。
「フフッ……」
我知らずほくそ笑んだワタクシは、次の戦場へ向かいます。
愛しき二人(ついでにデュー姉様)を助け、若干、倫理観から外れる形ではありますが、素晴らしい未来をこの手で築くために!
「待っていてくださいませ、ルアンタ様にエリ姉様! すぐにこのヴェルチェが、参りますわ!」
この想いが届けとばかりに、ワタクシは高らかに告げながら魔王城内へと駆けて行くのでした。




