05 デューナ VS ガンドライル
アタシとガンドライルは、お互いに得意としてる大剣を軽々と振るいながら、何度となく打ち合っていた!
その一撃一撃には、必殺の威力が込もっているにも関わらず、剣撃の嵐の中でアタシは知らず知らず笑みを浮かべていたようだ。
見れば、ガンドライルの奴もどこか楽しそうに、笑いながら大剣を振るっている。
「……なるほど、あの勇者の小僧を鍛えていただけの事はあるな。剣筋がよく似ている!」
「そうだろう?ウチの弟子は素直で真面目だから、アタシも教え甲斐がってねぇ!」
打ち合いの最中ながらも、愛弟子がアタシに似てると言われると、子供を自慢する母親のような気持ちが沸いてくる。
お陰でさらに調子付いてきたアタシは、どんどんと攻撃の圧を強めていった!
「チッ……」
舌打ちしながらも、ガンドライルはその攻めを凌ぎながら、時おり反撃もしてくる。
さすが、前世でアタシと散々やり合った、ライバルだけの事はあるね。
「勇者とか言うだけあって、あの小僧が特別かと思っていたのだが、師も良いようだ……」
「そりゃ、どーも。まぁ、ルアンタは努力家だし、才能もあるけどね。なんて言うか、一を知れば十を知るって言うかさぁ……飲み込みは早いし、応用は効くしでメキメキ上達していくんだ。おまけに、訓練の時に必死で食らいついてくる姿が可愛くて、可愛くて……」
「聞いてられんわ……」
完全に親バカな台詞を嬉しそうに吐いていたアタシに、ガンドライルは辟易したようだった。
なんだい、まだ語り足りないのに……。
だが、そんな風に打ち合っている間に、ガンドライルの太刀筋に何やら、何やら迷いのような物が混じってきているのを、アタシは感じていた。
なんだろうと思っていると、ガキィン!と、一層派手な剣音を響かせ、大きく打ち合ったアタシ達は、その反動でいったん間合いを取る。
ついでに軽く息を整えていると、ガンドライルがこちらに向けて、疑問をぶつけてきた。
「お前……何処かで俺と、斬り結んだ事があったか?」
「え?」
不意にそんな質問をされ、アタシは言葉につまってしまう。
うーん、まさか「実は前世で……」なんて言えないしなぁ。
一応、デューナとしては面識が無いのは間違いないし、奴が人間の国に襲撃してきた時に、顔を合わせたのが初見だろう。
けれど、これまで剣撃を交えた事で、ガンドライルも何か感じ入る物があったのかもしれない。
「いやぁ… アンタとは、この前が初顔合わせだと思うけどね」
「その割には、俺の太刀筋や秘密について、随分と詳しいようだが……誰かに聞いたのか?」
秘密?
ああ、奴の心臓が二つあるって、ルアンタにアドバイスした件か。
「まぁその……ボウンズールから、聞いたと言うか、知ってたというか……」
「そうか、俺の秘密を話したのは、ボウンズールの奴か……」
ある意味で本当の事を告げると、ガンドライルはブツブツと、憎々しげに呟いた。
何か誤解をしたのかもしれないけど、アイツの秘密を知ってる奴なんて極々わずかだし、アタシの事を知らんとなると、仲間内を疑うのも道理か。
まぁ、奴は現在のボウンズールの、寝首を掻こうとしているのが端から見てバレバレだし、なにかしら確執めいた物もあるんだろうけど。
「女……お前、ボウンズールから、何を命じられている?」
「あん?」
急な質問の意味がわからず、アタシは怪訝そうな顔になっていただろう。
そんなアタシを苛ついた表情で睨みながら、ガンドライルはヒステリックに声を荒げた!
「惚けるな!大方、ボウンズール……もしくはオルブルの奴に、勇者の仲間の振りをして、俺を殺せとでも命令されているんだろう!」
なにその被害妄想……。
どうやらガンドライルの奴は、ボウンズール達がアタシを雇って、刺客にしたと思い至ったようだ。
そりゃ、ボウンズールがガンドライルの特徴を、事細かに教えていたという仮説から、そんな答えに行き着くかもしれないけど……極端過ぎるだろう。
ていうか、仮にそうだとしてもそんなの手間がかかりすぎて、普通に暗殺した方が楽じゃないか。
自分の価値を過大評価しすぎているのか、単に小心者なだけなのか……。
たぶん前者なんだろうけど、なんにしても、かつての好敵手の見せた情けない態度に、アタシは大きなため息を吐いた。
「別に、アンタなんか眼中に無いんだけどねぇ」
「なに……?」
「アタシは、今のボウンズールをぶっ飛ばすのに、邪魔する奴もぶっ飛ばすってだけの話で、別にアンタ個人を狙ったりはしてないよ」
「貴様がボウンズールを……?いや、それよりも、俺を狙うのがボウンズール討伐のついでだとでも!?」
「つもりじゃなくて、そうだと言ってるじゃないか」
「な、舐められた物だな……!こうなれば、この機会に貴様もボウンズールもまとめてぶち殺し、今度こそ俺が魔族を統べる王となってやる!」
激昂と開き直りから、ガンドライルはそんな事を宣言するが……
それを聞いたら、アタシも黙っていられないねぇ。
「そうかい……アンタも魔王の座を狙ってるっていうなら、ここで確実に仕止めなきゃならないね」
「その物言い……貴様も、魔王になろうとしているのかっ!」
「まぁね!」
ガンドライルの言葉に、アタシはニヤリと口角を上げてみせた。
アタシの野望については、エリクシアもヴェルチェも、そしてルアンタですら知らない。
まぁ、わざわざ言う必要も無かったし、たとえ知られても、アイツらは賛成してくれただろうけど。
「フン……貴様のような、オーガの女が、魔王になって何を望むと言うのか!」
「フフ……なら教えてやろうか、アタシの野望をね」
そう、魔王となって果たすべき、胸に秘めていたアタシの望み……それはっ!
「アタシが魔王になった暁には、種族を問わずに身寄りのない子供や、行き場のない子供達を保護し、教育と訓練を施して一人前の大人になるまで、育て上げる国を作るのさぁ!」
高らかに宣言した、アタシの野望!
それを聞いたガンドライルは……なぜかポカンとした顔をしていた。
あれ……?
「……一人前、というのは、兵士として……という事か?」
「は? 一人でも生きていける、読み書き計算なんかを身に付けた、一般人としてに決まってるじゃないか」
まぁ、兵士を目指すって子がいれば、それはそれで構わないけれど。
「わ、訳がわからん!貴様は、魔界を巨大な孤児院にでもする気か!?」
「まぁ、だいたい合ってる」
「そ、そんな事を言う奴に、この魔界で最も強き者が名乗れる、魔王の称号が相応しいと思うのかっ!」
「そうだね。アタシが支配者の地位に着いた時には、呼び方を変えて……母親の中の母親、『ザ・ママン』とでも呼んでもらおうか!」
「馬鹿じゃねーのっ!?」
なんだい、失礼な!
アタシはすごく真面目に話しているのに、ガンドライルはこちらを罵倒した後、なぜか頭を抱えて俯いてしまった。
否定的なガンドライルの態度に憤慨していると、奴は血走った目付きで頭をもたげた。
「いままで、多くの死と破壊の上に築いてきた魔王の称号を、貴様のような道化に汚させる訳にはいかん!」
「はぁ……アタシも前世なら、そう言ってたかもしれないけどさ? これからの事を考えれば、この計画の良さがわかると思うんだけどなぁ」
「黙れ、恥れ者がぁ!」
雄叫びと同時に剣を振りかぶったガンドライルから、とてつもない闘気が吹き上がる!
これはっ……!?
「ボウンズールよりも、オルブルよりも!貴様のように、魔界の理を根本から覆そうとする外道は、必ず殺さねばならない!」
気がつけば、ガンドライルから闘気と共に、「ドドドドド……」と、激しい鼓動の音が辺りに響いている!
「俺の二つの心臓を同時に稼働させる事で、身体能力を極限まで引き上げる、必殺の『二重心動』!ボウンズールにも見せた事のない、俺の奥の手で死ねる事を光栄に思え!」
ほぅ! そんな技があったなんて、前世も含めて確かに知らなかった!
だけど、身体能力を上げる技なら、アタシにだってあるんだぜ!
「馬鹿がっ!貴様らオーガの『超戦士化』などで、俺の『二重心動』についてこれる物かよ!」
そう言い放った次の瞬間、ガンドライルの姿は稲妻となって、アタシとの間合いを詰める!
音を置き去りにするほどの、神速の踏み込みから振るわれる、不可避の斬撃!
勝利を確信した笑みが、ガンドライルの顔に浮かぶ!
だが!
ガンドライルの必殺の一撃を受け止めた余波で、エリクシアの『極大級爆発魔』みたいな爆音と衝撃波が、周囲に轟き響いた!
「なぁっ!?」
絶対の斬撃を止められた事と、アタシから立ち上る蒼い闘気の炎に驚愕した声が、ガンドライルの口から漏れた。
「ば、馬鹿な……俺の剣を止めるとは……いや、それよりも、貴様のその闘気はいったい……」
「ああ、これかい? 修行してたら、『超戦士化』のさらに一段上にたどり着いただけさ」
「『超戦士化』のさらに上って……あ、あっさり言うな!」
アタシが、あまりにも何でもない事みたいに言ったせいか、むしろガンドライルの方は大いに狼狽えている。
まぁ、絶対の自信を持っていた自分の奥の手に、平然と追い付いてこられたら、穏やかじゃないのは理解できるけどね。
「何にしても、いい勉強になったろ? 上には上がいるってさ」
「馬鹿な……馬鹿なぁ!」
蒼い闘気の炎を纒いながら、反撃に転じたアタシの猛攻を受けつつ、ガンドライルは信じられない現実に絶叫する!
「うあぁぁぁぁっ!」
防戦一方になっていた状況から、再び『二重心動』の鼓動を響かせ、無理矢理に反撃しようとするが、そのせいでガンドライルの体勢がわずかに崩れた!
その小さな隙が、命取りだ!
「旋空次元断!」
アタシは、自身の持つ必殺技の中でも、最速の剣技を放つ!
文字通り、周囲の空間まで斬るような速さの斬撃は、防御の姿勢すら取ることを許さず、ガンドライルの体を深々と切り裂いた!
「がっ……!」
大量の血飛沫と、わずかな苦悶の声を漏らして、ガンドライルは膝から崩れ落ちる。
明らかな致命傷……アタシは油断なくガンドライルを見下ろすが、もう心臓が二つあっても関係なく、立ち上がれそうもなさそうだ。
「そ、そんな……こんな……所で……俺の、野望が……」
そんな風に、無念そうに呻いていた奴の体から、不意に力がなくなり、そしてそのまま動かなくなった。
「…………」
事切れた、かつてのライバルに短く黙祷を捧げ、アタシは誓うようにひとりで呟く。
「安心して逝きな……アンタの野望も、アタシが背負ってやる。必ず、『魔界都市学園計画』を実行して見せるからね……」
そんなアタシの決意の言葉に、何処からともなく『そんなこと、望んじゃいねえ!』という、ガンドライルのツッコミが聞こえたような気がした。




