04 四つの戦い
方向感覚を失うほどに転がり、さらに枝分かれする謎の通路を滑り落ちていた私は、やがて広い無機質な部屋へとたどり着いた。
だが、ここにはどうやら、私ひとりだけ……。
他の皆は、別の通路に落ちていったらしい。
皆の安否(特にルアンタの)が気になる所だけど、こんな状況では確認のしようがないか……無事だといいけれど(特にルアンタが)……。
ひとまず、体に打撲などの症状がないか確認していると、私の落ちてきた通路から、さらに人影が滑り降りてきた。
「よう、これで二人きりだな」
「偶然……ではありませんよね?」
「まあ、な」
そんな予感がしていたけれど、思った通り。
私の後から現れたオルブルが、気安く声をかけながら肩をすくめて見せた。
先程の階段で、奴がわざわざ姿を見せたのは私達を足止めし、すべり台の罠でこちらの戦力を分断する、この状況を作るのが目的だったか。
なんで一緒に落ちたのか、意味はわからないけど。
「俺はもう一度、あんたと一対一で話してみたかったし、他の連中もそれなりに因縁があるようだったからな」
私としては、あまり話す事はないけどね。それよりも……。
「他の連中の因縁……?」
「おおよ。ガンドライルとオーガンは、やけに勇者の小僧にご執心だったし、キャロメンスもドワーフの姫さんとケリをつけたいって言ってたからな」
なにっ!?
それじゃあ、ルアンタの所には、三公が二人も行っているというのかっ!
「おおっと、安心しな。各々が一対一になるように振り分けてあるさ。ま、誰が誰とぶつかるかは、運次第だけどな」
「そう……ですか」
安心には程遠いが、それでも二人がかりでなければ、なるとかなるだろう。
ルアンタ……無事でいてくださいよ。ついでに、デューナとヴェルチェも。
◆
とある一室の天井。
突然、ある場所に穴が開くと、そこからハイ・オーガの女戦士が飛び出してきた!
「おっと!」
ハイ・オーガの女戦士、デューナは危なげなく着地すると、軽く辺りを見回す。
「さて……ここは、どこなんだろうねぇ」
独り言を呟くデューナに応えるように、一人の男が彼女のいる部屋へ入ってきた。
「なんだ、勇者の小僧ではないのか」
傲慢、かつ不遜な態度でデューナを見おろすのは、三公の一人『覇軍大公』ガンドライル。
以前、ルアンタとの戦いで不覚をとった彼は、その雪辱を晴らすことに燃えていたようだった。
「あいにくと、ウチの勇者は予定が多くてね。アンタと遊んでる暇はないんだよ」
「フン……そういえば、貴様も勇者の師匠……だったな」
「そういう事さ。可愛い弟子にちょっかい出したいなら、まずはアタシを倒してからにしな!」
「面白い……師の生首を見せられたら、あの小僧がどんな顔をするのか、楽しみだ!」
戦士達は、互いに得意とする得物を抜き放つと、放たれた矢のように駆け出し、ぶつかり合った!
◆
「きゃあぁぁぁぁっ!ですわっ!」
悲鳴と共に転がり出た場所で、ヴェルチェは顔面から地面にダイブする!
「ぐえっ!」
踏まれた蛙みたいな声が出たものの、幸いにして地面は柔らかい土であり、鼻先を痛打したのと少しばかり汚れる程度で、彼女の被害は納まった。
「な、なんですの、ここは……」
「中庭よ、魔王城のね」
「っ!?」
思わず呟いた言葉に、返答が返ってきた瞬間、ヴェルチェは飛び上がって声の主から距離をとった!
「……キャロメンス」
「言っていいかしらね、久しぶりと」
マイペースに話す、モフモフでムチプリな獣人の女王は、ヴェルチェを見据えながら小首を傾げた。
「どうしたの、もうひとりは? ゴーレムを動かせないのでしょう、あなた一人では」
どうやら、以前戦った時に、ヴェルチェの補助をしてくれた、アーリーズが不在な事を指摘しているようだ。
しかし、今のヴェルチェはサポート無しでも、完全にゴーレムを使役する事が可能であり、さらに言えばエリクシアのお陰で、以前よりもスムーズに操る事ができる。
「ご心配には及びませんわ。『乙女、三日会わざれば刮目して見よ』と言うではありませんか」
優雅に髪をなびかせて、ヴェルチェは微笑みをキャロメンスに向ける。
「少なくとも、今のワタクシは、以前より手強くてよ?」
「格好つけてもしまらないわ、土で汚れた顔ではね。でも、ここで止める必要はありそう、貴女を」
「ふぅん……随分と、ワタクシを警戒してくださっていますのね」
「そうじゃない。確実に、勝てる相手に勝つだけ……あの方のために!」
「そういった乙女の献身には、感じ入る物がありますけれど……舐めてもらっては困りますわ!」
若干、怒りを含んだヴェルチェが、いつの間に詠唱を済ませていたのか、中庭の地面からゴーレムを作り出す!
彼女がゴーレムに乗り込むのと、キャロメンスが突進して来たのは、ほぼ同じタイミングだった!
◆
「待っていたぞ、小僧!」
長い通路を滑ってきた、ルアンタがたどり着いたその部屋には、三公の一人『腐骨大公』オーガンが、仁王立ちで待ち構えていた。
「あの方を惑わせる、諸悪の根源……ここで貴様を亡き者にして、目を覚ましていただく!」
「酷い言われようだけど……僕も、聞きたい事がある!お前は、先生の何なんだ!」
前に、エリクシアと一対一で話し合いをしていた所から、何かしらの関係があるのはわかっている。
そして、その関係性が、ルアンタにまだ話す事ができないという、エリクシア達の秘め事に関わっているであろう事も。
「ふん。ワシがあの方の何かと言われれば、寝食を供にし、すべてをさらけ出した姿を知る、深い仲……といった所か」
「そ、それって……」
恋人同士だったんじゃ……そんな思いが頭を過りつつ、ルアンタは口には出さずにいた。
無論、オーガンはエリクシアの前世、つまりはオルブル時代の事を、しかも自分の主観を入れまくりで言っているのだが、そんな事を知らないルアンタからすれば、恋人同士の蜜月に聞こえてもおかしくない。
そんな、軽く精神的ショックを受けている隙をついて、オーガンが仕掛けた!
ノーモーションから、一直線に伸びるオーガンの突きが、ルアンタの顔面を襲う!
完全に虚を突いたその一撃で、ルアンタの顔を砕く絵面がオーガンの脳裏を過る! が、現実の彼の拳は、被弾寸前で少年勇者によって止められていた!
「お前が、過去に先生とどんな関係だったか、僕は知らない……」
ルアンタが、止めたオーガンの拳を、握り込むように力を入れていく。
ミシミシと、筋肉と骨の軋む音が伝わり、オーガンはわずかに顔をしかめた。
「だけど、今の先生は……僕の大事な女性なんだ! 絶対に渡さないっ!」
ルアンタにしては珍しく、独占欲を丸出しにして、オーガンに向かって吼える!
「ふざけるなよ、小僧!あの方は、ワシの物だ!」
ルアンタの気迫に対してオーガンも、雄叫びをあげた!
エリクシアに対しする恋慕と、オルブルに対する欲情をそれぞれに抱えた両者は、想いの強さを比べるように、真正面からぶつかっていった!
◆
「勇者の小僧が、心配かい?」
「いいえ、まったく」
「……冷たい師匠だな」
「やわな鍛え方はしてませんし、弟子を信頼しているからですよ」
今の私の台詞は、半分が本心で半分がハッタリだ。
ぶっちゃけ、今のルアンタなら三公の誰と当たっても、負けはしないだけの実力はあると思う。
ただ、敵も準魔王級。
何が起こるかわからない以上、彼の無事を思えば、早く合流を果たした方がいいに決まっている。
だから、私も早々にケリをつけるべく、『ポケット』から『ギア』を取り出した。
そんな私に反応して、オルブルもスッ……っと、自然に構えを取る。
「一度、勝った事がある連中だからといって、調子に乗らない方がいいぜ? 前は三公も、本気じゃなかったんだからな」
それは、そうかもしれない。
勇者とその一行とはいえ、準魔王クラスからすれば、格下にしか見えなかっただろうから。
しかし、私達の中にそんな油断をしている者はいない!……たぶん。
それと、もう一つ言わせてもらえば……。
「『一度、勝ったからと調子に乗らない方がいい』……ですか。その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
リベンジの決意に燃える私と、余裕ぶったオルブルの構えが同時に展開する!
「俺は話し合いがしたいんだがね……」
「安心してください。リベンジが終了したら、たっぷり尋問してあげます」
「怖っ……」
言葉とは裏腹に、薄ら笑みを浮かべるオルブル。
そして。
『──変身!』
光と闇、二つの声が交差して、戦いの幕は切って落とされた。




