03 奈落への罠
私達が転生してから二十年……やはり、魔界の様子も変わるものだ……。
ゴーレムを捨ててから、魔界馬の背に揺られ、辺りを見回しながら、私はそんな事を思っていた。
部分的には、見覚えがあるような場所があるかと思えば、まったく知らない街道や、それに寄り添う村もある。
うーん、これは地方から都会に出て、久々に里帰りした人が感じる思いに、近いのかもしれないなぁ。
まぁ、そんな郷愁に浸る間も許さないのが、この魔界という土地である。
魔王城を目指す私達は、すでに何度か追い剥ぎやモンスターの集団に襲われ、それらを撃退していた。
「ったく、ここまで無軌道に襲われるとは、思ってもみなかったよ」
「ボウンズールによって統一されたとはいえ、まったく治安はよろしくなっておりませんわね」
前世の二人からだったら、絶対に出てこないであろう台詞を口にして、デューナ達はため息を吐いていた。
前世では、治安が悪い方が戦いが多くて楽しめるぜー!……って、感じの二人だったから少し不安だったけれど、魔界に帰って来て昔の色に戻らないのは良い事だわ。
それはさておき、これらの魔界の現状から察するに、今のオルブルは、あまり政治に関わっていないのかもしれないな。
そう思ったのも、この世界は言うに及ばず、異世界の政治知識などを導入していたら、もっと治安は良くなっていてもおかしくないからだ。
私が転生する前でも、多少なりとも法律は運用されてたけれど、今の雰囲気は当時とさほど変わっていない。
「そうなると……以前のオルブルは、軍人か何かだったのかもしれませんね……」
「え?」
つい、ポロリと漏れた私の呟きが届いてしまったのか、ルアンタが不思議そうにこちらに顔を向けた。
「ああ、いえ……私達を苦しめている策を練っているのは、間違いなくオルブルでしょう。しかし、この魔界の治安の悪さは、あまり改善されていません」
戦略や戦術など、異世界のやり方も入り混ぜていたオルブルにしては、治安の改善などはされていない。
政治が不得手なのか、それとも興味が無いのか……どちらにしろ、異世界知識で内政チート!な感じでは無さそうである。
故に、戦闘に特化した知識の持ち主という事で、軍人か何かかという、答えに至った次第だ。
「……先生は、魔界に来たことがあったんですか?」
「はえっ?」
私の答えと、まったく関係が無い質問をぶつけられ、つい間の抜けた声を出してしまう。
「あ、確か始めて先生と会った時に、森からほとんど出た事が無いって言っていたから……」
あ、しまった!
いや、実際にエリクシアとしては、それは本当の事である。
でも、それでは魔界の雰囲気なんかを知ってるのは、確かに不自然だったわ。
それでなくても、前にオーガンと接触した時に、余計な事を言っていたから、ルアンタも何か思う所があったみたいなのに……。
なんと答えたものか、ちょっと言葉につまっていると、不意にルアンタはニッコリと微笑んだ。
「さすが先生ですね。書物や聞いた話から、魔界の雰囲気まで把握してるなんて」
うん? なんだかよくわからないけど、勝手に納得してくれた……のかな?
いや……この子の事だ、きっと答えあぐねていた私を気遣って、この話題を終わらせようとしてくれたのだろう。
くうっ!気配りの達人かよっ!
感激した私は、ソッと手を伸ばして彼の頭を撫でる。
気持ち良さそうに、されるがままのルアンタを見て、いつか全てを話せる時が来るのかな……と、私は漠然と考えていた。
でも、それで本当の事を知ったルアンタから、拒絶されたりしたらすごく嫌だな……。
彼の疑問には答えてあげたいけど、万が一を考えるとそれも怖い……。
そんな、乙女な悩みを無自覚に抱えつつ、私はヴェルチェから「いつまで、撫でておりますの!」というツッコミが入るまで、ルアンタを撫で続けていた。
◆
私達がいた頃より、多少は様変わりしたものの、そこまで大々的な変化は無かったため、だいたい計算通りの日数で、私達は魔王のすぐ近くに到着していた。
人間やエルフの国なら、城を囲むようにして城下町などが広がっている所だろうけど、魔界の場合は城から少し離れた場所に王都を設置してある。
魔族の戦いは、基本的に相手の大将を取る事が目的なので、攻め手も直接に城を狙うし、守り手もそれを受けてたつのが通例だ。
なので、街は戦火に巻き込まれないよう……というか、邪魔だから離してあるのである。
略奪よりも戦闘優先な辺りが、いかにも好戦的な魔族らしいなぁ……と、今さらながら思うわ。
さぁて、懐かしむのはこの辺にしておいて、早速城に乗り込みますか。
私達はビィルトン・ゴーレムを先頭に、城の城門を目指して、魔界馬の手綱を操作した。
◆
「……なんだか、ここまですんなり入城できると、逆にしっくり来ないねぇ」
「そうですね……」
魔王城の門をあっさりと潜り抜けた私達は、そんな感想を漏らした。
と、いうのもビィルトン・ゴーレムを前面に押し出して名乗った所、門番達は「あー、はいはい」といった感じで、あっさりと私達を通したからだ。
いや、ちょっとは疑いなさいよ!
せっかく、ビィルトンが話してるように見せかける時に、口パクがバレないよう仮面をつけたり、声マネしたりと地味に頑張っていたのにっ!
「……確かに釈然としない物はありますが、ここは良しといたしましょう」
「そうですね。無駄な戦闘で、消耗するのは避けられそうですし」
それはそうなんだけどね……。
ただ、私も疑い深くなったのか、あまりにもトントン拍子に事が運ぶと、かえって怪しく感じてしまう。
「気持ちはわかるがね。でも、罠ならそれを食い破ればすむこった」
シンプルなデューナの発言だが……確かにその通りか。
「それもそうですね……では、さっさと魔王をぶちのめして、仕事を終わらせましょうか」
開き直った私の言葉に、皆は笑顔で頷いた。
──さて、おそらく魔王のいる場所は変わっていないだろうから、目指すは城の上層部、玉座の間か。
城の中は少々入り組んではいるものの、そこは勝手知ったる我らが魔城。
最短距離で突き抜けるべく、私達は人目を避けて階段を駆け上がっていく。
二階……三階と、特に障害もなく昇る事ができたが、玉座の間に通じる階段の途中で、私達の行く手を遮るように一人の人物が姿を現した!
「……やっぱり、直に乗り込んで来たようだな」
「オルブルっ!」
ニヤニヤしながら上から私達を見下ろす、その小憎たらしい顔を見た私は、思わずその名を叫んでいた!
「あいつが……先生を負かした……」
「……なるほど、確かに昔とは雰囲気が違うねぇ」
「ええ、堂々とした物ですわ」
ルアンタと違い、前世の私を知るデューナ達が、そんな感想を漏らす。
それを、耳ざとく聞き付けたオルブルは、デューナとヴェルチェをジロジロと見ながら、二人に尋ねてきた。
「あんたらも、俺の事を知ってるようだが……初対面だよなぁ? と、いう事は、そっちのエリクシアと似たような物か?」
その物言い……どうやら、私が元オルブルだという事は、オーガンから聞き及んでいるようだ。
「さぁて、どうだろうねぇ」
「そんな事よりも、ご自分の心配をなさった方が、よろしいのではなくて?」
有利と言われる上を取っているとはいえ、戦力的には四対一。
なんなら、このままボッコボコにしてやるぜ!といった私達を前に、それでもオルブルは余裕の態度を崩さなかった。
「なんの策も無しに、ノコノコ出てくる訳が無いだろう?」
そう言って、パチン!と指を鳴らす。
次の瞬間!
突然、階段の段差が無くなり、巨大なすべり台と化した坂を、私達は滑り落ちていった!
「な、なんですかこれは!」
「ククク、俺が元いた世界……そこの、偉大なコメディアン集団のお家芸を参考にした、すべり台トラップさ」
そ、そんなふざけたトラップ……って、貴方も滑り落ちるんかいっ!
止めようもなく、階段の下まで滑ってきた私達の眼前で、急に床が開き、落とし穴のような物がポッカリと口を開ける!
なっ! 二重トラップだって!?
「地獄を楽しみな!」
「いや、だから貴方も落ちてるでしょうがぁぁ!」
団子状になって転がる私達は、オルブルへのツッコミもろとも、深い穴の中に飲み込まれていった。




