02 作戦の綻び
私達の潜むゴーレムを運び、何も知らない魔族達は魔王城へと向かう。
心配だったトイレ問題も、ゴーレムの巨体の内側にもうひとつ部屋を作り、出した物はこっそり外へと捨てられる構造にして、一応の解決をみた。
念のためにと、居住スペースを考えて、必要以上に大きめのゴーレムを作ってもらって、正解だったわ。
さらに私の風精霊魔法で、音もれ等を完全にシャットアウトしたため、ゴーレム内部で話などをしていても外の魔族にバレる事は無いだろう。
「そういえば、あのビィルトンに化けさせたゴーレムは、どうなっちゃうんでしょう……」
なんとはなしに、ルアンタがヴェルチェに尋ねた。
「核となる媒介もなく、術者であるワタクシから離れれば、いずれ勝手に自壊いたしますわ」
「もしかすると、『量産型・奈落装束』に包んでいるおかげで、多少は長持ちするかもしれませんけどね」
私がそう補足すると、ルアンタはそういう物なんですかと、感心したように頷いていた。
彼の好奇心を満たせたようで、何よりである。
まぁ、私も『量産型・奈落装束』を事細かに解析してみたいという、好奇心はあったけど。
しかし、魔将軍達との戦いで疲労した体を休め、英気を養うのも目的のひとつとはいえ、数日も閉じ籠っているのはかなり暇なものだ。
私の場合は、様々な魔道具のメンテナンスをしたりして暇潰しができるけど、皆は結構退屈しているんじゃないだろうか?
特に、デューナ辺りがキレ散らかすんじゃ無いかなぁ……と心配していたけれど、意外な事に彼女はこちらがびっくりするほど静かに過ごしていた。
しかも、姿勢良く座したデューナは、まるでどこかの高僧のように慣れた感じで、瞑想などをしたりしている。
「……ハイ・オーガの秘術のひとつに、深い瞑想して体内の闘気を高めるっていうのがあるのさ」
不思議に思い尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
なるほど……さすが、野蛮なだけの、普通のオーガとは違うという事か。
その秘術を用いて、来る決戦の日に備えているのね。
そう言われてみれば、獲物を狙う肉食獣が、息を潜めているようにも見えてくる。
そんな、デューナの落ち着きっぷりに感心する一方で……。
「あの、エリ姉様?例のアレ……またお願いできませんでしょうか?」
そう言って、何かを期待するような表情を浮かべる、ヴェルチェに向かって小さくため息を吐いた。
アレ……つまりは、魔力経路の拡張の事である。
なんていうか、確かに妙な快感を覚えるみたいだけど、一定の水準までいくと余り意味はないし、ハマりすぎるのもどうかと思うんだよなぁ……。
一応、ヴェルチェにそう告げてはみるが、彼女は「そんなの関係ねぇ!」と言わんばかりに、私にしがみついてきた。
「お、お、お、お願いいたしますわ、エリ姉様ぁ!拡張……拡張してくださいましぃ!」
目をランランとかがやかせて拡張をねだる姿は、かなり危ない。
というか、すっかりジャンキーだ、これ!
それでいいのか、ドワーフの姫!?
デューナも「うわぁ……」って顔で引いてるし、ルアンタも「気持ちはちょっとわかる……」といった雰囲気だけど、すごく微妙な表情をしている。
正直、面倒だとは思うけれど、ヴェルチェの力はこれからも必要だし、それで少しでもやる気が出るなら、仕方ないか……。
「わかりました。ですが、声は抑えてくださいよ」
「もちろんですわ!」
顔を輝かせるヴェルチェだったが、念のため皆の前で醜態を晒さぬよう、もうひとつ小部屋を作ってもらい、そちらで行うと事にした。
「……では、エリ姉様。お願い致します」
籠った小部屋で、二人きりになった途端に、待ちきれないといった感じで、ヴェルチェが上着をはだける。
「わかりました、力を抜いてください……」
素直に頷くヴェルチェの、白く柔らかな腹部に私の手が触れると、彼女は「あっ……♥」と甘い吐息を漏らす。
そうして、心の準備が出来た頃合いを見計らって……私は魔力を流し込んだ!
「んあっ♥き、来たぁ、魔力来ましたわぁぁ♥んひっ♥お腹、熱い♥あちゅいですのぉ♥んっ、んっ♥エ、エリ姉様のがぁ、ワタクシの中でいっぱいに広がっておりますわぁぁ♥お、おほぉ♥んふっ、んほぉぉぉぉぉぉっ♥♥」
……一応、言っておくけど、決してエロい事をしている訳ではないからね?
いや、誰に言い訳している訳でも無いんだけれど……。
まぁ、この快楽に溺れる醜態を見せられたら、こちらの気が滅入るし、虚空に言い訳したくなるのも仕方ないか。
あー、これがルアンタの可愛い悶え方だったら、私もテンションが上がる所だったんだけどなぁ……。
そんな事を思いながら、ビクンビクンと跳ねるように悶えるヴェルチェの姿を眺めつつ、私は大きなため息を吐いた。
◆
ゴーレムに潜んで、丸二日ほど経った頃だろうか。
急に、私達を運んでいる運搬の足が止まった。
はて……魔王城までは、まだまだ距離があるはずなんだけど……?
そんな風に、私達が首を傾げて顔を見合わせていると、突然、外からゴーレムをガンガン叩きまくる、衝撃と音が響いてきた!
な、何事っ!?
いきなり急変した事態に、私は風精霊で外の音を集めるが、なにやら大勢が集まって騒いでいる事しか判断できない。
「ちっ!いったい、何が起こったっていうんだい!?」
「わかりませんわ!ですが、外には大勢いるようですし、万が一、大規模な魔法など使われたら……」
「ゴーレムごと、破壊されるかもしれませんね……」
ううむ、ルアンタ達の言うことも、あり得るかもしれない。
ここは向こうの意表を突いて、こちらから飛び出しす事で相手を驚かせて、先手を取るというのはどうだろうか?
そう提案してみると、皆はそのアイデアに賛同してくれた。
「──では、いきますわよ!」
ゴーレムを操る、ヴェルチェの声にタイミングを合わせ、その巨体が開くと同時に、私達は雄叫びをあげながら外へと躍り出た!
「うおぉぉぉぉぉぉ……おぉ?」
雄叫びは、やがて困惑の声に変わる。
なぜなら、外には百人規模の魔族達が、このゴーレムを取り囲んでいたからだ!
『えぇぇぇぇぇっ!?!?』
思わず、驚きの声をあげる私達!
しかし、敵の方からも同じような声があがっていて、なにやら戸惑っている様子だった。
「な、なんだ君は!」
「なんだ、チミはってか!」
魔族の一人に問いかけられ、反射的に返してしまう!
一瞬、なんとか誤魔化せないかと思ったのだけれど……反応してしまった以上は、それも無理かな。
とりあえず、飛び道具を警戒して、ざっと魔族達を見回すが……んんっ!?
私の視界に入ってきたのは、ぐるぐる巻きに縛られた、ビィルトン・ゴーレムの姿だった!
なんで、アレがここに!?
「ヴェルチェ、アレはどういう事ですか?」
「はい?なんの事ですの……ううん!?」
ヴェルチェもビィルトン・ゴーレムに気付いたのか、変な声を出した後に、ハッとした表情になった。
「……トイレ製作に気をとられて、適当に離れさせるのを忘れていましたわ」
おおい!
それじゃあ、なにか?
トロイの木馬作戦を始めた、スタート地点からずっと、ビィルトン・ゴーレムは隠れていた私達に、ついてきていたって事?
「……やはり、この偽物は貴様らの小細工か。ずっと女の声で喋りっぱなしだったから、おかしいとは思ったんだ」
うん?女の声で?
それってもしかして……。
少し嫌な予感がして、私は隠れていたゴーレムの内側に「オーイ」と声をかけてみた。
すると、離れた所にいるビィルトン・ゴーレムが『オーイ』と声を出す。
……し、しまったぁ!
私も、トイレ云々に気をとられて、ビィルトン・ゴーレムが話してるように見せかける、風精霊魔法を解除するのを忘れてたぁ!
と、という事は、ゴーレム内での私の声は、全部ビィルトン・ゴーレムを通して、外にだだ漏れだったという事か!?
は、恥ずかしい……。
「アンタら、二人ともなにやってるんだい……」
怒るよりも呆れた様子で、デューナが私とヴェルチェを見ている。
うう……返す言葉もございません。
「ご、ごめんなさい!僕がトイレの事なんて言い出したから……」
「いえ、ルアンタは問題点を指摘しただけですから、悪くはありません!」
「そうですわ!責められるべきは、ワタクシ達のうっかりですもの!」
「いえ、お二人の集中を乱した僕の……」
「内輪揉めはいいから、お前もうちょっと、こっちにも気を向けろや!」
互いに責任を主張していた私達に、焦れたような魔族から怒鳴り声がぶつけられた!
「敵を前にして、どこ向いてやがる!」
「舐めやがって……お前らが侵入してきた勇者一行っていうなら、ここで旅は終わりだぜ!」
「なんせ、ここには二百人近くの兵士が集まっているんだからなぁ!」
ほほぅ、二百人。たった、それだけか。
それにしても、それだけの兵士が集まっているということは、ここの近くには大きな街でもあるのもしれないな……。
援軍が来ても面倒だし、こちらの手の内を明かすのもなんだから、派手な魔法は無しでいくか。
「では……まとめてやらかした分の、尻拭いをしてきます」
私は一言そう告げ、ゴーレムの上から敵がひしめく地上へ、ふわりと舞い降りた。
◆
──三十分後。
二百人近くの魔族達を、素手でぶちのめした私は、ルアンタ達に降りてきても大丈夫だと手を振った。
ふう、いい運動になったわ。
「……ほとんどが、息があるようだね」
「ええ。ただ、数日は目が覚めないかもしれませんが」
いっそ、殺してしまった方がてっとり早かったかもしれないが、魔王を倒した暁には魔族とも交流を持ちたいという、ルアンタの意向を汲んだためだ。
「……ありがとうございます、先生」
私の意図を察したルアンタが、にっこりと微笑みかけてくる。
んふふ、その笑顔が報酬さぁ。
「それで、これからどうする?」
「そうですね……」
『トロイの木馬』作戦が失敗した以上、何か別の手は……。
キョロキョロと辺りを見回し、ビィルトン・ゴーレムがボーッと突っ立ってるのを見つけた時に、ピンときた。
「うん、その辺の兵士から装備を奪って変装し、ビィルトンの部下の振りをして、魔王城に正面から乗り込むというのは、どうでしょう?」
「んー……、変に忍び込むよりは、入りやすそうか」
「そうですわね。兵士と言っても装備もバラバラですし、変装してもバレにくいとは思いますわ」
何より、ビィルトン・ゴーレムをもう一度、役に立たせる事ができる。
これで、私達のしくじりを、ちょっとでも取り返せるというものよ。
そうして私達は、適当に合いそうな敵の武装を奪って身を包み、巨大ゴーレムを牽引していた魔界馬に鞍をのせて、その背に跨がる。
ついでに、倒れている魔族連中をヴェルチェの土精霊魔法で作った、ドーム状の土饅頭で隠して、偽装もバッチリだ。
ちなみに、解除してまた作るのが面倒だから、ビィルトン・ゴーレムはそのまま連れていく。
道中、魔族の部隊なんかと出くわす可能性もあるし、その時に誤魔化し易そうだからである。
「では、出発しましょう」
跨がる魔界馬を操って、私達は動き出す。
「……しかし、当初の予定とは大幅に違ってきたねぇ」
「まぁ、往々にしてそういう物ですよ。その時に合わせて、臨機応変に対応するしかありません」
「……臨機応変というより、行き当たりばったりといった方が、合っている気もいたしますわ」
「はは……」
苦笑するルアンタと、私も同じような気持ちだが、ようは結果に繋がればいいのである。
案外、今の状況の方が魔王城に侵入した時に、動きやすいかもしれないかもしれないしね。
そんな風に、無理矢理な感じで利点を見つけながら、私達は魔王へと向かうのだった。




