01 トロイの木馬
◆
──さて、魔将軍達を倒したのはいいものの、今の派手な爆発は近隣に響き渡ったハズだ。
おそらく、周辺の魔族達も原因を探るために、ぞろぞろと集まって来るだろう。
オルブルやボウンズールをぶっ飛ばす前に、なるべく体力や魔力の消費は抑えたいけれど……。
「うわっ!なんだい、こりゃ!?」
「これって、ビィルトンが纏っていた、『量産型・奈落装束』の元じゃありませんの?」
なにっ!?
その聞き逃せない単語に反応した私は、地面に落ちている何かを、小枝でつつく二人の元へ駆け寄った。
するとそこには、黒い魔力をわずかに垂れ流している、奴等の『変身』用の宝珠が転がっている。
「これは……」
「ふぇんふぇ、ほへっふぇ……」
「んっ♥」
変身を解除した後、私の胸の谷間に埋もれながら問いかけるルアンタの吐息に、思わず艶っぽい声が漏れてしまう。
しまった!
さっきから感極まって彼を、抱き締めたままだったわ。
またヴェルチェから、嫌味のひとつも言われるかと思ったけど、何故だか彼女は悔しいような、羨ましいような……そんな複雑な面持ちで、私達を見上げていた。
な、なんだか、気味が悪いなぁ……。
おっと、それよりも今は『量産型・奈落装束』の方だ!
念のため、『ポケット』から危ない魔道具を取り扱う時用の手袋を取り出して、落ちている『量産型・奈落装束』の宝珠を拾い上げる。
「ふむ……」
異世界の書物を読むために作った、翻訳魔法をさらに発展させた、私のオリジナル解析魔法で、宝珠を調べてみたけれど……まだ、生きてるわね、これ。
さすがに異世界人のオルブルが作っただけあって、かなりごちゃごちゃしている上に、なんとも雑な作りだ。
しかし、それでしっかり作動しているのは、こちらにはない技術や知識で、製作されたからなのだろう。
なんにせよ、少しばかり術式のコードを弄ってやれば、魔将軍達以外にも、これは使えそうだった。
「……少し手直しすれば、これで『変身』できそうですが、誰か使ってみますか?」
「やだよ、気持ち悪い……」
「先程の、魔将軍達の末路を見た後では……遠慮したいですわ」
「僕も必要ありません。先生のくれた、『勇者装束』がありますから!」
だよね。
まぁ、単純に考えても、どんなトラップが仕掛けてあるかもわからないし、敵の装備していた魔道具を、ひょいひょい身に付けるような真似は、普通に慎んだ方がいいか。
とはいえ、ただ捨てるのも勿体無いなぁ……。
なにかこう、利用できる事は無いだろうか……そんな事を考えていた時、私の脳裏にとあるアイデアが閃いた!
「そうか……これなら、余計な争いを避けて、魔王城へ潜入できるかもしれない」
「えっ!?」
「な、なにか思い付きましたの!?」
「ええ!というのも……」
頭に浮かんだ作戦を説明すると、皆はなるほど……と、思わず頷いていた。
◆
『すげぇ爆発があったから来てみりゃ……どういう状況だ?』
『さて、よくわからんが……そもそも、これはなんなんだ?』
外から、困惑したような、魔族達の話し声が聞こえる。
いま私達は、ヴェルチェが作り出した、大きなゴーレムの体内に身を隠しながら、ざわつく外の様子に耳を傾けていた。
まぁ、激しい戦闘があったとおぼしき場所を調べに来たら、謎のゴーレムが転がっているだけなんだから、戸惑うのも無理はない。
「よしよし、私達の存在には気付いていませんね……」
「では、作戦の第二段階へ移行しますわ」
「お願いします」
ヴェルチェが遠隔操作を行うと、またも外側から驚くようなどよめきが届いた。
『あ、あなた様は!?』
『……ソウダ、俺ハ魔将軍ノびぃるとんダ』
『おお……』
黒い戦闘スーツに身を包んだ、魔将軍を名乗る者の登場に、魔族達の戸惑いがさらに大きくなったのを感じる。
もちろん、外にいるのは本物のビィルトンではない。
あれはヴェルチェの作った人間サイズのゴーレムに、私が無理矢理に変身用の宝珠を発動させた『量産型・奈落装束』を被せた物である。
そこに私が、遠隔の風精霊魔法で声を送り込み、こうしてビィルトンを演じているのだ。
しかし、なぜそんな真似をしているかと言えば……。
『丁度イイ……オ前達、コレヲおるぶる様ノ元へ運ブノヲ手伝エ』
『え、ええっ!? これを魔王城まで……ですかっ!?』
『ソウダ。ナルベク優シク、丁重二運べヨ』
『お、お言葉ですが、こいつはいったい、なんなんですか?』
『コレハ、侵入シテキタ人間ノ勇者達ガ使ッテイタ、ごーれむダ。奴等ハ取リ逃ガシタガ、コレヲおるぶる様二解析シテイタダク』
『こ、これが勇者達の……』
驚きの混じった声を漏らしながら、魔族達の視線がすべて、ゴーレムに向けられるのを感じる。
そう、これが私の作戦、「ゴーレムの中に隠れたまま、奴等の手で魔王城まで運ばせよう」計画である。
さすがに、その運ぶべきゴーレムの中に、私達が潜んでいるとは夢にも思わないようで、魔族達はそういう事かと納得しつつあった。
だが、少し時間が経つと、面徐々に不平や不満の入り交じった、ざわめきが起こってくる。
まぁ、面倒くさいもんな。
『あ、あの……こいつを運ぶよりは、手分けして勇者達を探した方がいいんじゃありませんか?』
むっ、そう来たか。
『勇者達ノ追跡ハ、俺ガ行ナウ』
『魔将軍様、自らですか!?』
『ソウダ。ダガ勇者達ハ俺以外ノ魔将軍ヲ倒スホド強イ』
『ほ、他の魔将軍の方々は殺られたのですか!?』
『アア。ソレニ奴等ハ撹乱スルノガ得意デ、探索二ハ時間ガカカリソウダカラナ。オ前ラハ、コレヲ魔王城マデ運ンダラ、下手二動カズ自分ノ持チ場ヲシッカリト守レ』
「……わかりました!』
ゴーレムの運送と、私達の捜索を天秤にかけ、後者の方が面倒な上に危険だと判断した魔族達は、先程の面倒臭そうな態度から一転して、やる気のこもった返事を返して来た。
ふぅ、これでよし。
異世界の書物にあった、「トロイの木馬」というエピソードを参考にしたこの作戦だったが、思ったよりもすんなり上手くいきそうだ。
「これで後は、奴等に運んでもらうだけの楽な旅ってわけだ」
「ええ。余計な戦いを避け、力を温存したまま、魔王の元までいけると思いますよ」
楽でいいねと、笑うデューナ。しかし、それとは裏腹に、ルアンタが何やら浮かない顔をしていた。
「あの、魔王の城までは、どのくらいの日程がかかるんですか?」
おずおずと、ルアンタが手を上げて尋ねてくる。
「そうですね……順調にいけば、約五日ほどでしょうか」
「五日……」
そう呟いて、ルアンタは俯いてしまった。
んん?どうしたんだろう?
確かにそこそこの日数はかかるだろうけど、『ポケット』の中には十分に水も食料も用意してきた。
それらを補充のために、外に出る必要は無いから、運搬役の魔族に見つかる事も無いんだよ?と、ルアンタを安心させようとしたが、「違うんです」と彼は首を横に振った。
「あの……トイレはどうしましょう」
「…………………あ」
そこに思い至って、私だけでなくデューナやヴェルチェも、間の抜けた声を漏らす。
そ、そうだ……五日の間、排泄とその処理はどうしよう。
いつもの旅なら、道中で簡単に済ませていたが、この密閉空間の中では、下手をすると恐ろしい地獄が繰り広げられる事になってしまう!
というか、純粋に排泄シーンを他人に見られるのが恥ずかしいし!
な、なんとしても、そんな上級者向けのプレイだけは、回避しないと!
そんなヤバい状況を変えるため、私はヴェルチェに急いで内部構造の変更を求め、彼女も即座に応えるのだった。




