11 『女神へと至る進化』
◆
『ウオォォォォォォォッ!』
すべての生者を憎むような、怨嗟にまみれた咆哮をあげながら、巨大なアンデッドモンスターはヴェルチェに迫る!
「……すぐ、楽にして差し上げますわ」
畳み掛ける、死者の集合体からの攻撃を避けながら、ヴェルチェは精霊魔法を発動させて、対するアンデッドモンスターより少し小さな(普通の人からみれば、十分大きい)ゴーレムを作り出した。
「さぁ、ダンスの始めましょう!」
宣言と共にゴーレムの背中から、内部へと乗り込むヴェルチェ!
コアとなる彼女の魔力に呼応して、ゴーレムは主を模した姿へと変貌していく!
若干……いや、かなり胸を盛っているデザインとなった機神は、アンデッドモンスターを前にして、モデルとなったドワーフの姫のごとく、堂々と二刀を構えた!
「『姫を模したる踊り子人形』、参りますわ!」
まるでダンスに誘うように、優雅に名乗りをあげたヴェルチェと機神は、踊るように舞い上がり、迎撃しようとするアンデッドモンスター目掛けて、斬りかかっていった!
◆
「ははっ、ヴェルチェのやつ、ノリノリじゃないか」
「ぬうぅっ、どこを見ている!貴様、俺を舐めているのかっ!」
眼前の魔将軍よりも、隣のヴェルチェに気を取られていたデューナに 対し、『金剛拳』のガルアが怒気を孕んだ声で吼える!
そんなガルアに対して、デューナは呆れたように肩をすくめた。
「せっかく、先制攻撃できる隙をあげたのに……真面目か?」
「なっ……!」
完全に舐められていると理解したガルアは、頭から湯気が吹き出そうな勢いで体を震わせた。
「オーガの女風情が、図に乗りよってぇ!望み通り、ぶち殺してくれるわっ!」
その言葉が終わらぬうちに、ガルアの肉体が倍以上にも膨れ上がり、両拳がダイヤモンドのような輝きを放つ!
「食らえぃ!鋼鉄をも砕く、我が『金剛拳』の威力をぉ!」
必殺の威力を込めたガルアの拳が、棒立ちになるデューナの顔面に突き刺さった!
痺れるほどの確実な手応えを感じ、顔面がグシャグシャに潰れ、血と涙にまみれる彼女の哀れな姿を想像していたガルアの顔に、残忍な笑みが浮かぶ。
しかし次の瞬間!
魔将軍の表情を染めたのは、困惑の色だった。
「……おいおい、アタシはたかが鋼鉄と、同程度だと思われてたのかい?」
うっすらと血が滲む額で、ガルアの金剛拳を受け止めながら、デューナは凶暴な笑みで問いかける。
さらに、彼女から噴き出す炎のような闘気が、徐々にガルア拳を押し返していった!
「な、なんだと……」
「まぁ、アタシにかすり傷をつけただけでも、合格にしとこうか」
「ご、合格……?」
「ああ。アタシの、慣らし運転の練習台としてね」
傲慢ともとれるデューナの台詞に合わせ、赤い炎の闘気は、さらに高熱の段階へと進ように、蒼い炎へと変化していった。
◆
「切り刻んであげるわ、坊や!」
アルビスのローブの裾が、強風に煽られたように舞い上がり、その下から十本ほどの剣が飛び出してきた!
魔力によって生成されたそれらの内、二本を両手で捕らえたアルビスは、彼女の周囲に残りの剣を漂わせながら、ルアンタへと間合いを詰める!
対するルアンタは、冷静にそれを対処すべく、「変身」の声と共に『勇者装束』を身に纏い、突っ込んできたアルビスを、『ポケット』から取り出した剣で、真正面から受け止めた!
「ふぅん、それが坊やの戦闘スーツなのね?悪くないじゃない」
「あいにくと、僕の『勇者装束』はエリクシア先生が作ってくれた一点物です。そちらの量産型と、一緒にしないでもらいたい!」
「お前こそ、あの方がくださったこのスーツを、舐めてんじゃないわよ!」
突然、激昂したアルビスの怒気に反応して、彼女の周囲に浮かんでいた魔力の剣が、一斉にルアンタへと飛来して襲いかかる!
四方八方から、同時に迫る剣撃!
しかし、ルアンタは慌てる事なく、わずかに力を弛めてアルビスから離れると、まるで決められていた殺陣のように、流麗な動きですべての剣を弾き飛ばした!
「な、なんですって!?」
驚愕するアルビス。
しかし、『エリクシア流魔闘術』で体内の魔力を高密度で循環させ、感覚器官と集中力を極限まで高めれば、この程度の芸当は朝飯前である。
「な、なるほど……その歳で、勇者なんて言われるだけの事はあるわね」
「僕だけの力じゃありません。鍛えてくれた、エリクシア先生やデューナ先生。そして、エリクシア先生のお掛けです!」
「……なんで、『エリクシア先生』を二回言ったのかしら?」
「大事な事ですから!」
至極まじめに答えたルアンタに、思わずアルビスも呆れたような顔で、「そ、そう……」と呟く。
しかし、すぐに気を取り直すと、余裕の態度を見せながら、彼女は再び能力を発動させる!
「それじゃあ私からも、どうにもならない、数の暴力って物を教えてあげるわ!」
そう言うなり、またもローブがはためいて、先程とは比べ物にならないほど、大量の魔力剣が空中に躍り出た!
「ハリネズミみたいに、してあげるっ!」
勝利を確信したアルビスの意図に従い、剣の豪雨がルアンタへと向かう!
それを迎え撃つルアンタは、剣に続いて『ポケット』から取り出した『バレット』を起動させてセットすると、大きく構えを取った。
◆
「皆、頑張ってますね……」
各人の戦闘を眺めながら、私はそんな感想を漏らした。
あ、ちなみに私の戦闘はすでに終わっている。
襲いかかってきたビィルトンに対し、「ボディが甘ぇぜ!」といった感じで腹部に一撃を入れてやると、そのまま崩れ落ちて起き上がる事はなかった。
まぁ、いくら『量産型・奈落装束』を纏った魔将軍とはいえ、所詮は死霊魔術師。
接近戦を挑んできた時点で、私の敵ではない。
「物に振り回されていては、いけませんよ」
つい、師匠癖が出てしまい、足元に転がるビィルトンへと、アドバイスしていまう。
でもまぁ、『量産型・奈落装束』のせいで顔は見えないけど、ピクピクと痙攣する様子からすると、聞こえて無さそうね……。
おっと、そうしている間にも、三者の戦いに決着がつきそうだわ。
◆
「魔界剣・刺突騒雷!」
「剛刃裂破!」
「爆発一閃!」
それぞれの必殺の一撃が、ほぼ同時のタイミングで振るわれた!
ヴェルチェの光速の連撃で、アンデッドモンスターはその身を穴だらけにされて崩れ落ち、デューナの大上段からの一撃に、ガルアの防御はガラスのように砕かる!
そして横凪ぎに一閃したルアンタの斬撃は、巻き起こした爆発で、アルビスが創造した剣と共に、彼女を吹き飛ばした!
「ぐはっ!」
「あぐっ!」
苦しげな悲鳴と共に、ガルアとアルビスが地面を転がっていく。
「ば、ばかな……ここまで力の差があるだと……」
「し、信じられない……こんな短い時間で、どれだけ強くなったというの……」
ようやく止まって、フラフラと上体を起こした二人の魔将軍は、驚きを通り越した恐怖に近い顔つきで、私達を見あげる。
いったい、いつ頃の私達を参考にしたのか知らないけれど、こちとらかかる火の粉を払うために、強くならねばならなかったのだ。
もう、それに関しては、魔族以上に貪欲だったと言っていい。
「お前ら、無事かぁ!」
不意に足元から声が上がったかと思ったら、さきほど腹パンで倒したビィルトンがいつの間にか復活し、アルビス達へと駆け寄った。
むっ、さては死んだ振りをしていたな?
まぁ、今の状況なら慌てる事はないので、奴等の次の出方を伺ってみることにしよう。
「……勇者どもの強さがこれほどとは、計算外だった」
「ああ……こうなれば、アレをやるしかあるまい」
「そうね……誰が生き残っても、恨みっこ無しよ?」
アルビスの言葉に、二人の魔将軍も頷いて返す。
アレ……とは、いったい何の事だろう?
そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、私達の目の前で信じられない光景が広がる!
なんと三人の魔将軍達は、アルビスの作り出した剣を手にすると同時に、味方めがけてそれを突き刺したのだ!
「ごはっ!」
それぞれの胸を刺し貫かれ、血を吐く魔将軍達!
「な、なんだぁ!?」
「敗北を悟って、自害……ですの?」
いきなりの理解不能の行動に、私達も戸惑ってしまう。
だが、奴等の表情には自害への絶望や、あきらめのような表情は浮かんでいない。
あ!まさか、こいつら……。
「ククク……これから、究極の魔将軍が生まれる……」
「それが、自分であるなら最高ね……」
「いずれにしても……すべては、あの方のために……」
最後の言葉と共に、ガクリと三人体から力が失われると、連動したように奴等を包んでいた、『量産型・奈落装束』の輪郭がグニャリと歪む。
そのまま、グニャグニャと形を崩して、ひとつに溶け合うその様子は、スライムの補食シーンみたいだ。
「おいおい、何が起こってるんだ、こりゃ?」
「おそらく……奴等は、この場で生け贄を食らって強くなる儀式……『壷毒』を行っているんです!」
「な、なんですの、その儀式はっ!」
「モンスターの中にも時々、強い敵を食らって急激に強さを伸ばす個体があるでしょう?あれを人間に応用したような物だと、理解してください」
「な、なるほど……」
何となく理解したのか、皆は神妙な面持ちで頷いた。
正確には違うかもだけど、だいたい合ってると思う。
まぁ、異世界の術式なんて、完全に理解できてる訳じゃないから仕方ないよね。
私だって、謎の理論を自分に理解できるように応用して、使ってるだけなんだから。
そんな風に私達が話している間にも、三人が溶け合って一人分になった影が、ユラリと立ち上がった。
『量産型・奈落装束』も融合している所からみるに、あれは『壷毒』の儀式のアイテムでもあったようね……。
それにしても、いったい勝ち残ったのは誰だろう?
「……アルビス、ガルア。お前達の分も俺は強くなるぞォ」
「その物言い……生き残ったのは、ビィルトンか!」
「そう……その通りだァ」
三人がひとつになった、魔将軍は感慨深そうに拳を握る。
「あの世で見ていろ、二人とも……すぐに、勇者達も送ってやるからなァァ!」
追悼の叫びと同時に、深い闇を思わせる、ドス黒い魔力がビィルトンから放たれる!
その魔力に呼応して、先程ヴェルチェが倒したアンデッドモンスターが、再構築され始めた!
さらに、棘のように無数の剣が、アンデッドのあちらこちらから生えてきて、いっそう禍々しい外見となっていく。
「アルビスとガルアの能力を加えェ、さらに無敵となった『びっくりどっきりゾンビ』とォ、俺自身に肉体強化と硬質化を得てェ、不死身となったような物だなあァ……」
嬉しそうに、天を仰ぐビィルトン。
きっと、『量産型・奈落装束』の仮面の下で、奴はきっと喜びに打ち震えているのだろう。
「この力……俺はもはや、三公をも越えたァ!いいや、すべてを越えたといっても、過言ではないィ!」
狂ったように高笑いしながら、ビィルトンは己を讚美して、両腕を掲げた!
確かに、奴から感じる魔力の強さや、それに伴った様々な能力の発動は魔族の中でも郡を抜いているだろう。
だが……。
「まずいですね……取り込んだ魔力が大きすぎて、暴走寸前です」
「ああ、確かにそんな感じだね」
元々、オルブルに開発される前は、大した魔力もなくて燻っていたのが魔将軍達だ。
許容量が最初から少ない所に、増幅させた数人分の魔力をぶちこめばそうもなろう。
「……ちなみに、暴走したらどうなりますの?」
「うーん……周囲からアンデッドを無差別に呼び出して、ひたすら合体させていくマシーンになるかもしれませんね」
「そ、それって、かなりまずいですよね!?」
もちろんそうよ!
下手をしたら、この世のすべてを飲み込む、未曾有のアンデッドハザードになりかねない。
「ですから……ここで止めます!」
「何か策はあるんですか?」
尋ねてくるルアンタに、私はニッコリと微笑みかけて、拳を突き出した。
「もちろん、力ずくです!」
清々しいまでにシンプルな解決法に、なぜか皆は「だよね……」といった顔つきで、生暖かい笑みを浮かべていた。
◆
「巨大アンデッドと、本体のビィルトンは、消耗の少ない私が倒します。皆は、これ以上アンデッドが巨大化しないように、沸いてくる連中を倒しておいてください」
いくら削っても、端からアンデッドを補充して、回復されたら意味がない。
それに、呼び出されているのは、普通のゾンビやグールといった物だから、少し消耗してるルアンタ達でも余裕で対応できるだろう。
「んんン……エリクシアぁ……」
眼前に立ちふさがる私に、焦点の合わない目をしたビィルトンが顔を向ける。
かなりイッちゃってる感じだが、それでも私へ反応して、『びっくりどっきりゾンビ』を向かわせてきた。
よほど、ワンパンで倒されたのが悔しかったのだろう。
『オォォォォォォォ……』
完全に私へと狙いを定めてきたアンデッドの集合体だが、これはむしろ好都合。
「──変身」
『ギア』を発動させ、『戦乙女装束』を纏う。
だが、本番はこれからだ!
もう一本、特別な装飾のされた『バレット』を取り出し、私は起動スイッチを押した!
『女神へと至る進化』
構えと共に発動した『バレット』を『ギア』へセットし、その能力を開放する!
眩い光と共に、私を囲むように展開した装甲が、この身を包みこみ『戦乙女』は『女神』へと進化を遂げる……。
金に輝く、荘厳な追加装甲は、文字通り女神のような神々しさを振り撒きながら、存在感を醸し出す。
これこそ、私の新たなる装束!
名付けて、『女神装束』だ!
『……ウゥゥゥ』
輝く私の新フォームに怯んだのか、巨大アンデッドは警戒するようなうなり声をあげる。
だが、所詮はアンデッド、深く考えることなどできない怪物は、目標を叩き潰すために、拳を振り下ろしてきた!
「いきます!」
土砂崩れで転がってきた巨石のような、アンデッドの拳に向かって、私はカウンターとなる拳を振るう!
と、同時に爆発魔法の衝撃と炎が、アンデッドの拳を破壊した!
「アレって、エリクシアの必殺技の……!?」
『バレット』の発動を感じさせず、必殺技を放った私に、デューナが驚きの声をあげる。
しかし、本当に驚くのはこれからだっ!
「はあぁっ!」
初撃で体勢を崩したアンデッドに、私は続けて攻撃を叩き込む!
打撃や蹴り、それらのすべてに、爆発魔法の威力が乗り、みるみるアンデッドの肉体は消し炭となるか、あるいは抉り取られていった!
「おいおい、めちゃくちゃだな!」
「あんなに必殺技を連打できるなんて、『女神装束』っていったい……」
「ここで、共同開発者であるワタクシが、解説させていただきますわ!」
どこからともなく取り出した眼鏡を装着し、戸惑うルアンタ達に対して、ヴェルチェが解説役を買って出る!
「あの『女神装束』とは、簡単に言いいますと、全身ミスリル製の『戦乙女装束』の上に、オリハルコンの装甲を纏った戦闘スタイルですの」
「オリハルコン!?」
「はい。ご存じの通り、オリハルコンは魔力伝導率が高い金属ですので、手甲や脚甲に前もって仕込まれた『バレット』の魔法を、余すことなく打撃に乗せられるという事ですわ!」
「だけど、『バレット』は一度使ったら、魔力を充填する必要が……」
「それも対策は完璧ですわ!ルアンタ様から提供された『魔力の宝珠』が胸部装甲へ組み込まれておりまして、そこから常に魔力が『バレット』へと流し込まれておりますのよ!」
「おお……」
感心するデューナとルアンタに、まるで自分が開発者であるかのように薄い胸を張るヴェルチェ。
ぐぬぬ、本当に全部言ってしまうとは!
後で私の口から、ルアンタに説明してあげたかったのに……。
それに、確かに協力はしてもらったけど、コンセプトと開発をしたのは、私なんだが!?
そんな風に、内心ちょっぴり面白く無いものを感じながらも、私は攻撃の手を止めはしない!
打ち込まれる連打は、万雷のごとき轟音と衝撃で、巨大アンデッドの輪郭が、まるで枯れ木のように細くなるまで削っていった!
さて……そろそろ決めようかっ!
「はあぁ……」
流れるように構えを取りながら、体内の魔力を練り込み、同時に私は『ギア』を操作して、背面に仕込まれた『バレット』を発動させた!
「はあっ!」
気合いの声と共に空中へ舞い上がり、蹴りの体勢をとって、照準をあわせる!
私の必殺技、『爆発する一撃』と『旋嵐射出脚』組み合わせた、究極奥義!
『天から落ちる女神の一撃!』
ゴオッ!っと噴き出した嵐のような風魔法に押され、超加速した私の体は容易く音の壁を越えると、大気との摩擦で放電しながら巨大アンデッドを両断する!
さらに、その背後で硬質化の能力を使い、防御していたしたビィルトンの両腕を砕いて、深々と胴体を刺し貫いた!
そして……。
ビィルトンの体に圧縮された、『天から落ちる女神の一撃』の衝撃が一気に爆ぜた!
「オ、オルブルさまァァ!!!!」
ビィルトンの、断末魔の叫びをも掻き消す大爆発が起こり、奴を跡形もなく消滅させると、ドクロっぽいキノコ雲が沸き上がる!
「せ、先生!」
あまりの爆発の大きさに、私を心配するルアンタが叫んだ!
だが、ご安心あれ。
爆発に巻き込まれる前に、その反動を利用して離脱していた私は、迎えてくれたルアンタの前に、降臨する女神のごとく、華麗に着地し、飛び込んできた彼の体を抱き止めた。
「先生、その……スゴいです!」
興奮し、何度も「スゴい!」を連発するルアンタ。
そんな彼を見ていると、えもいえぬ充実感が、私の胸中を満たしていくのだった。




