07 あの日の出来事
割れた仮面の下から現れたのは、私達がよく知る人物の顔!
っていうか、あれは……。
『ダーイッジじゃないですか(じゃないかっ)!?』
驚きの声をあげると同時に、私とデューナは思わずヴェルチェに向かって振り返った!
彼女は彼女で唖然とした表情ではあったが、私達の視線に気付くと『本物は自分!』と言いたげに、ブンブンと首を振る。
だが、この状況はまさか……。
「おそらくは、ダーイッジの肉体にオーガンの魂が宿っている……という、事では?」
「な、なるほど……」
「そういう事ですのね……」
先に私の元肉体に、別人の魂が宿ってオルブルを名乗っていると説明しておいたからか、デューナもヴェルチェもすんなりと納得したようだ。
ただ、事情がよくわからないルアンタだけが、キョトンとしたまま小首を傾げていた。
「……ワシの名ばかりでなく、この体の事も知っているとは……貴様ら、本当に何者なんだ!」
さすがのオーガンも、怪しいと思ったのか、色々と知っていそうな私達を睨み付ける。
「そういえば、オルブル殿が『ダークエルフのエリクシアなる女が、自分の事をよく知っているようだ』と、言っていたが……まさか!?」
何かに気づいたのか、オーガンは早口で詠唱すると、魔法を発動させた!
『魂の判別!』
ギラリと怪しく光ったオーガンの瞳が、こちらをなめ回すように見据える!
その異様な雰囲気に、私達は思わず自身の体を庇った。
「お、おお……っ……まさか……本当に、貴方達だとは……」
しかし、そんな私達の態度を気にも止めず、オーガンは感無量といった様子で身を震わせていた。
もしや……私達の正体に、気づいたのか?
彼の様子からした予測は当たったようで、オーガンは両手を上げると、いきなり休戦を申し込んできた。
「そちらのダークエルフ……エリクシア殿と、一対一で交渉したい」
「……いいでしょう」
「なっ!先生!?」
急な態度の変化に、ルアンタは警戒したが、私は大丈夫だと優しく声をかけ、デューナ達にも下がってもらうように頼んだ。
「ルアンタ、ここはエリクシアに任せよう」
「そうですわ。エリ姉様なら、オーガンと話をつけられるかもしれません」
なんともモヤッとした表情ではあったが、デューナとヴェルチェに促されて、ルアンタも渋々ながら私達から距離を取った。
これで、私達の話を聞かれる心配もない。
砕けた兜を脱ぎ去ったオーガンは、神妙な面持ちで私を見つめた。
「まさか、そのような姿になって我々の敵に回っていたとは、思いもよりませんでした……」
「そうですね。ですが、貴方の出方次第では、無駄な戦いは避けられるでしょう」
「もちろんです」
「では……まず、これまでの経緯を説明してください」
「はっ!あれは、あの日の爆発から始まったのです……」
そう切り出して、オーガンは語り始めた。
私達が死んで転生をする事になった、クーデターの日のその後を……。
◆
あの日、様々な魔法がごちゃ混ぜになった、あの爆発に巻き込まれた私達は、確かに死んで別人へと転生した。
だが、そこでいくつかの奇跡的な出来事が起こったのだという。
ひとつは、城内の誰かが発動させたのであろう、回復魔法が発動して、魂の抜け落ちた私達の元の肉体を、完全に再生させた事。
次に、城の地下にあった、『異世界から書物だけを転移させるゲート』から、爆発のせいで一人の人間の魂が召喚されてしまった事。
最後に、その人間の魂が、空っぽだった私の元肉体に宿って、復活した事である。
その人物こそが、現オルブルであり、その真の名を『シンヤ』というそうだ。
シンヤといえば……オルブルがエルフの国に潜入していた時に、人間に化けて使用した名前だったと記憶している。
そうか、奴はあの時に本当の名を名乗っていたんだな……。
だが、その奇跡がオーガン達を救う。
自分達も瀕死のダメージを受けていたのだが、シンヤと同じように、空になった肉体に魂を移して生き延びる事ができたのだ。
ダーイッジの肉体には、オーガンの魂が。
そして、ボウンズールの肉体には……私達の前世の父親、先代魔王のソレスビウイの魂が宿る事となった。
◆
「……ひとつ聞きたいのですが、なぜオーガン以外は、前の私達の名を使っているのです?」
「はっ、シンヤは異世界人である事がばれぬよう、そしてソレスビウイ様は、ボウンズール様がクーデターを成功させた風を装った方が、配下を制御しやすいからだと」
「なるほど……それで、貴方の場合は?」
「ワシとダーイッジ様では、戦闘スタイルや特技まで、違いすぎますからな。別人を装うには無理があるので、鎧で姿を隠す事にしたのです」
そういう事か……確かに、納得できる話ではある。
しかし……。
「……まさか、父上が今のボウンズールだとは」
さすがに、二の句が繋げない。
だが、目の前のダーイッジの肉体を得たオーガンを見れば、納得せざるを得ないか……。
「偶然とはいえ、若い肉体と異世界人の知識を持つ腹心を得たソレスビウイ様は、その野心に火がつきました」
それが、魔界の各勢力を下し、さらに人間界にまで侵攻してきた理由なのだそうだ。
「正直な所、ワシは愛しい王子の肉体で好き勝手する、『シンヤ』を好いてはおりませんが……ここで、本物のオルブル様とお会いできたのはまことに幸運!」
感激を噛み締めるように、感極まった顔でオーガンは私に手を伸ばす。
「共に、魔界へ参りましょう!そして、貴方の本物の肉体を取り戻し、真のオルブル様として復活なさってください!」
「え?嫌ですけど……」
即答した私の答えに、オーガンはキョトンとした顔になった。
「……共に魔界へ」
「だから、嫌だと言っています」
聞き間違いじゃ、ないっつーの。
「な、なぜです!? そんな無駄な肉をぶら下げている、だらしない女の肉体より、ワシの王子様な元の肉体の方が、全然都合良いではありませんか!」
「ダーイッジの顔で、気持ち悪い事を言わないでください」
というか、だらしないとはなんだ、だらしないとは!
ちゃんと鍛えて引き締まった、ナイスバディだというのに!
「私は、『エリクシアという』今の人生が気に入っていましてね。今さら、面倒な魔族のお偉いさんに戻るつもりはありませんよ」
これは本音だ。
それに、仮にオルブルに戻ったとしても、父上との確執は避けられないだろうし、寝首を掻いて来そうな奴が何人もいそうな虎口に、わざわざ飛び込んでいられない。
「そ、そんな……今の貴方様なら、次期魔王の座は確実だというのに……」
「次期魔王の座に興味はありませんよ。それに、私には勇者の師匠という、大切なポジションもありますからね」
そう答えながら、背中越しにチラリとルアンタの様子を伺った。
私を心配するような、彼の真剣な眼差しに、思わず笑みがこぼれてしまう。
「……はり、あいつが……」
ん?
気づけば、オーガンがルアンタの事をすさまじい目付きで睨み付け、ブルブルと体を強ばらせていた。
「あの人間の勇者が、ワシのオルブル様を、たぶらかしているのねっ!ゆ、ゆるせないっ!」
なんで急にオカマ口調!?
あと、貴方の物だった事は、ほんの一秒たりともなかったのですが!?
「オルブル様の目を覚まさせるためにも、あの小僧、ぶっ殺してやるんだからっ!」
「な、何をする気で… こらっ!」
私の制止の声も届かず、オーガンは突然、ルアンタ目掛けて突進していった!
◆◆◆
「ふう……」
僕の口から、小さなため息が漏れる。
エリクシア先生が、オーガンと名乗った三公の一人と話しているのに、同席させてもらえなかったのが、地味に悔しい。
そもそも、なんで一対一の話し合いなんてするんだろう。
デューナ先生達は、あの二人が旧知の仲だからって言っていたけど、いったいどんな関係なんだ……。
も、もしかして、昔の恋人同士……とか?
エリクシア先生は、あまり過去の事を話してくれないし、その可能性が無いわけじゃない。
だとしたら……二人で話し合わせたのは、失敗だったんじゃ……万が一、よりが戻ってまたお付き合いするなんて事になったら、僕は……。
エリクシア先生が、オーガンと仲睦まじくしている姿を、チラリと想像しただけで胸が苦しくて涙がにじんでくる。
ひどく女々しいとは思うけれど、情けない事に乱れる感情を制御できそうもなかった。
ああ……僕はこんなに先生の事が……。
改めて、自分の気持ちを再確認した僕は、祈るように話している二人に目線を向けた。
そんな時、先生がこちらをチラリと見た気がした。
どうしたんだろうと心配していると、唐突にオーガンが僕の方へ突進してくる。
話し合いが終わったのかな……?と、一瞬思ったのだけれど、腰だめに短刀を構えて、殺気のこもった目付きで僕を睨むあの姿は、ただ事じゃない!
「死ねや、小曽ぉぉ!」
身構えていた僕は、短刀を突き立てようとするオーガンを回避する!
本当は反撃もしようとしたのだけれど、オーガンを制止させようと、声をかけて追ってくるエリクシア先生の姿があったために、避けて防御に徹する事にした。
「何をするんですかっ!」
「うるさいわね、小曽!あんたがいなくなれば、全部うまくいくのよっ!」
なんでオカマ口調!?
それに、僕がいなければって……やっぱり、エリクシア先生と、よりを戻すつもりだったのか!?
でも、こうも激昂して僕を襲うのだから、きっと先生はそれを拒否したに違いない!
つまり、オーガンより僕を選んでくれた可能性が、高い訳で……。
「なにニヤけてんのよ!」
オーガンの言葉に、ハッとする。
どうやら、嬉しいって思ったのが、顔に出てたみたいだ。
「おい、オーガン!アンタ、どういうつもりなんだい!」
「そうですわ!エリ姉様との話し合いは、どうなりましたの!」
僕とオーガンの間に入るようにして、デューナ先生とヴェルチェさんが一歩前に出る。
しかし、オーガンはそんな二人を見て、鼻で笑った。
「あの方と争っていた貴方達が、仲間面してそんな姿を晒すとは、滑稽ですな……」
少し落ち着いたのか、オーガンの口調からオカマっぽさが消える。
ただ、その物言いからするに、奴とデューナ先生達も顔見知りであるようだった。
僕が知らない過去で、いったい何があったんだろう。
「なんにしても、その勇者の小僧の味方をするなら、ワシら魔王軍を完全に敵に回すということ!一緒に潰されたくなければ、小曽を引き渡して……」
「オーガン!」
いつの間にか追い付いて来たエリクシア先生が、オーガンの言葉を遮る!
さらに、先生はすでに『戦乙女装束』を纏っていて、すでに臨戦体勢だ。
「下がりなさい、オーガン!ルアンタは殺らせません!」
「ぐっ……まだ、そのような事を……」
エリクシア先生の決意を目の当たりにして、ギリッと歯噛みすらオーガン。
「ですが、ここは貴方の命令でも下がれませんな!その小曽を殺して、再び貴方との蜜溢るる時間を取り戻してみせる!」
「誤解を招くような物言いは、やめなさい!」
「誤解ですと?あんなに一緒だったではありませんか!」
そ、その言い方……やっぱり、二人は昔付き合ったいたんじゃ……。
そんな事を考え、愕然とした表情の僕に気づいたオーガンは、ニヤリと口角をあげた。
「ククク、わかったか小曽。ワシとその方は、ただならぬ関係であったのだ」
「た、ただならぬ……関係……!?」
「子供に、何を吹き込もうとしてるんですか!」
エリクシア先生は止めようとするけれど、オーガンは話すのをやめない。
「この方はな、昔はもうワシによくなついておって、いつでも『オーガン、オーガン』と離れようとしなかった」
「い、いつの時代の話をしてるんですかっ!」
「照れる事はありませぞ?ワシも、嬉しかったですしな」
ニヤニヤするオーガンに、恥ずかしそうなエリクシア先生。
そ、そんなに二人は深い仲だったなんて……。
「どうした、小曽?ワシらの絆の深さに、ショックを受けておるのか?」
「ル、ルアンタ……」
「ククク、ワシらのエピソードは、まだまだあるぞ。例えば、ワシの側で眠ってしまったこの方に、たくさんキスをしたとか……」
「あ?」
僕を追い詰めるように、自慢げに話していたオーガンのとある言葉に、突然エリクシア先生が反応した。
その声の響きには、静かで深い怒りのような物が感じられる。
「……それは、どういう事ですか?」
「あ、いや、その……こ、言葉の通りですが……舌は入れてないので、セーフですよね?」
「そんな訳があるかあぁぁっ!」
てへっ!っと、誤魔化そうとしたオーガンに、先生の必殺技『爆発する我が拳』が叩き込まれた!




