06 『腐骨大公』
出発前からちょっと揉めた私達だったが、なんとか話は纏まって、いよいよ魔族の勢力圏に近い場所へ続く、坑道に足を踏み入れる。
「ワタクシが、先導いたしますわ」
網の目のような坑道の中でも、方向感覚を失わない能力を持つドワーフのヴェルチェを先頭に、私達は進んでいった。
出口までは、徒歩で二、三日ほどかかるという。
穴の中では、ぼんやり光る苔のような物を繁殖させているそうで、夜目の効くドワーフ以外でも、ある程度は行動に問題はないらしい。
途中、あちらこちらに休憩ポイントとなるが有るのも、整備されている場所ならではだわ。
若干、グレーな案件ではあるけど。
そんな訳で、坑道の中を進む私達だったが、真っ暗ではないものの、やはり明るい太陽の元が恋しくなってくる。
何より、私達の中で一番身長の高いデューナは、ちょくちょく天井に頭をぶつけていて、かなりのストレスになってるようだった。
「こんな事もあるかも……」と、ルアンタが『ポケット』から取り出したヘルメットが無ければ、狭い坑道で大暴れしていたかもしれない。
さすが、ルアンタ。ナイスな判断である。
──それから、何度かゴブリンやコボルトといった、坑道や洞窟に住み着くモンスター連中と遭遇した。
しかし、ストレス解消になるとから、ほぼデューナが素手で蹴散らていく。
モンスターが現れるたびに、楽しそうな笑顔で突っ込んでいく彼女だったが、スッキリしたようでなにより。
このまま、露払いをお願いしよう。
そんな感じで、ある程度の休憩を挟みながらも、急ぎ進んだ私達は、予定よりもだいぶ早く地上へと出る事ができた。
「うわぁん、地上だぁ♥」
メキ……ミシッ……と、筋肉の軋む音が聞こえるほど、大きく伸びをするデューナ。
その顔は、地下の狭い道を行くストレスから解放された喜びに、満ち溢れていた。
道中は大した障害も無く、ヴェルチェが目算していたよりも早いペースで踏破できたが、時間がちょうど夜だった事もあり、今夜はこのまま夜営する事にする。
そうして、明日の朝にここから一日ほどの距離にあるという、滅ぼされた人間の国へ向かう事にした。
しかし……魔族に滅ぼされた場所、か。
戦場となった場所は荒廃し、悲惨な姿を見せるのが世の常だ。
人間であり、魔族とも和解ができないかと考えているルアンタには、ちょっと複雑だろうな。
うん、彼がショックを受けた時は、師匠的にも個人的にも、私がいっぱい慰めてやろう!
『先生……僕はとても悲しいです』
『そうでしょう、ルアンタ。遠慮はいりません、私の胸に飛び込んで来なさい!』
『先生ぇ!』
そうして、ルアンタと私は堅く抱き合い、それから……ウフフフフ。
そんな妄想を思い浮かべながら、夜営の準備をすべく、『ポケット』へ手を入れている。
すると、不意にトントンと背後から、私の肩を誰かが指で突っつく感触があった。
「ちょっと待ってくださいね」
先に荷物を出してから、ゆっくり話を聞こうと思い、そう声をかけたが、再び荷物を探す私の肩を突っつく音がした。
んもう、いったい誰?
振り返る前にちらりと顔を上げると、私の前には仲間達全員の姿がある。
あれ?
さらに、向こうも私の方を見て、「エリクシア、うしろ~」と小声で呼び掛けていた。
……んんっ?
皆が向こうにいる。じゃあ、私の背後にいるのは……?
ソッと振り返って、後方を確認すると……そこには、虚ろな目をした腐乱死体が、私の顔を覗き込んでいた!
「だっふんだぁ!」
驚きのあまり、訳のわからない単語を口走りながら、私はそこから飛び退いた!
動く死体……所謂、アンデッドモンスター!
なんで、急にこんな場所で……とも思ったが、よく考えれば数年前とはいえ、戦場になった場所から近いのだ。
放置された死体が、アンデッドになってもおかしくはないか。
それに、はぐれの一体だけなら……そう思った時、私を驚かせた奴の後ろからも、さらに複数のアンデッドがゾロゾロと姿を現した!
しかも奇妙な事に、その一団には人間の死体ばかりでなく、魔族やゴブリンといった、モンスターの死体までが含まれている。
つい最近に、戦争でもあったというならともかく、こんなに大量のアンデッドが自然に沸いて来るはずがない!
「気を付けてください!近くに、死霊魔術師がいますよ!」
「ほう……さすが、ダークエルフだ、詳しいではないか」
警戒の声を発した私に答えるように、アンデッドの群れの奥から、何者かが歩み出てきた。
その姿は、まさに異形!
骸骨を思わせるデザインの全身鎧に身を包み、明らかに「自分がアンデッドの主です」と主張しているかのようだ!
「フン……オルブル殿の依頼で、魔界に侵入できそうな各所に、アンデッドどもを配置して二週間……見回りに来たところで、貴様らと遭遇するとは運がいい」
むっ。さすが、オルブル(偽)……私の撹乱させる情報をうけて、網を張っていた訳か。
しかも、命令通りの事しかできないが、疲れを知らないアンデッドにその役をやらせる辺り、目の付け所も悪くない。
だが、そのアンデッド達の元締めである、死霊魔術師を全面に出していたのは、失敗だったわね。
今、ここで奴を叩けば、その支配下であるアンデッド達も瓦解するし、まだ本格的な魔族の勢力圏に入っていないこの地点なら、少し派手にやらかしても、敵が集まって来る前に身を隠せるだろう。
「ダークエルフは、配下にしたいとオルブル殿は言っていたが……ここで殺して、我がアンデッドの一員にすれば、さぞや悔しがるだろうな」
ククク……と肩を震わせて、骸骨鎧の死霊魔術師が笑う。
なんだろう……こいつはガンドライルのように、オルブル(偽)、上手くいっていないのかな?
現在の魔王軍内部に、派閥や権力闘争などがあるなら、それを引っ掻き回すのも面白そうだ。
その辺も踏まえて、今は目の前のアンデッドをなんとかするか!
「ルアンタ、同時にいきますよ!」
「はいっ、先生!」
掛け声と共に、私とルアンタは同じ魔法の詠唱を始めた!
まさに以心伝心!
隣り合った私達はどちらからともなく密着すると、狙いを定めるために片手を敵に向け、空いたもう片方の手を自然に繋いだ!
『極大級炎魔法!』×2
完成した二つの極大級魔法は、巨大な炎の渦を生み出す!
さらに絡み合う相乗効果も相まって、アンデッドの群れを丸ごと飲み込み、地表を薙ぎ払っていった!
ドラゴンのブレスを超えるであろう、その炎に巻かれたアンデッド達は、消し炭どころか一瞬で蒸発し、まるで最初から存在していなかったように、跡形も無く姿を消していく。
「ふぅ……」
高熱のあまり、一部が熔けた硝子のように変化した地面と、残り火の陽炎で揺らぐ景色を見ながら、私は小さく息を吐く。
これだけの威力だ……あの死霊魔術師も、アンデッド達と一緒に消滅したかもしれないな。
そう思った時、飛び込んでくる何かの影が、私の視界を一瞬掠めた!
反射的にガードを固めた腕に、打撃特有の衝撃が響く!
「ふっ!」
呼気と共に、すかさず十数発の反撃を打ち込むが、その攻撃は相手にガードされたり受け流されたりしてしまい、互いに手強いと見た私達はいったん距離を取った!
「……私の打撃を受けただけでなく、反撃までしてくるとはな。魔法が主体の、エルフらしからぬ、珍妙な奴だ」
死霊魔術師のくせに全身鎧を身に付けて、尚且つ打撃主体っぽいスタイルのこいつに、「珍妙」とは言われたくない。
「あの炎に、耐えたっていうのか……」
極大級の炎魔法、二発分の火力をもってしても、大したダメージを受けていなさそうな骸骨鎧に、ルアンタが信じられないと信じられないと呟いた。
おそらくは、対魔法防御があの鎧に施されているのと、直撃を食らう前に回避した俊敏性の成せる技だろう。
なんにせよ、只者ではない事は確かだ。
だが、それだけの技量を持つこの男は、いったい何者なのか。
「……ぜひ、名前を聞かせていただきたいですね」
「おお、そういえば、まだ名乗っていなかったな。ワシは、魔王ボウンズール様直属の三公の一人……」
ボウンズールの名を聞いた、デューナの眉がピクリと動く。
まぁ、前世の自分の名を騙られてるんだから、気にするなという方が無理か。
それにしても、三公の最後の一人とは……やはりこの骸骨鎧の死霊魔術師は、只者ではなかったな。
「……我こそは、『腐骨大公』の二つ名をいただいた、その名もオーガンという者だっ!」
『腐骨大公』オーガンか……って、オーガン?
『オーガン(だとぉ)(ですって)!?』
奴の名乗りを聞いた、デューナとヴェルチェも驚愕の声をあげる!
それがあまりにも急だったからか、オーガンを名乗った骸骨鎧も、驚いたのかビクリと震えた!
こ、こいつは本当に、オーガンなのだろうか?
確かに、死霊魔術師でありながら、格闘を主体にして戦う変則モンクだなんて、私の知る限りではあいつくらいしか思い付かない。
けれど、私の記憶にあるオーガン程度では、ガンドライルやキャロメンスといった、準魔王と同等に立てるとは思えないのだが……。
しかし、その真偽はともかく、オーガンの名を聞いた(私も含め)二人が驚くのも当然だろう。
そもそも私達が転生できたのは、そのオーガンのおかげ(?)なのだから。
「……な、なんだか知らんが、勇者とその仲間にワシの名が知れ渡っているとは、光栄じゃ……む!」
言葉を紡いでいたオーガンが、不意に違和感を感じて兜を押さえた時、パキィン!と甲高い音が響き、それと共に顔を覆っていたフェイスガードの部分が砕け落ちた!
どうやら先程の攻防の際に、私の放った打撃のいくつかが当たっていたらしい。
「くっ……おのれ!」
露出した部分を押さえながら、オーガンはゆっくり顔を上げる。
だが、その割れた仮面の下から見えたオーガンの素顔に……私達は再び、驚愕の声をあげた!




