05 突入前
◆
精霊界を抜け、私の森までたどり着いた私達は、アストレイアと別れを告げて、早速ドワーフの国へと向かう事にした。
「移動手段は、ワタクシに任せてくださいまし」
自信有り気に申し出たヴェルチェは、八足歩行の蜘蛛を思わせるような、大きなゴーレムを作り出す。
おお、見事なものだ。人によっては、苦手そうなデザインだけど。
「最近は戦闘だけでなく、こうした移動用も作る練習をしておりますの」
様々な用途に使えるように、技術を研く事は良いことだと思う。
今まで、まったく触れてこなかったのが不思議なくらい、彼女とゴーレム生成の魔法は、相に合っているようだった。
まぁ、元々ドワーフは土の精霊と相性が抜群だし、ヴェルチェは上位種のノーブル・ドワーフ。
切っ掛けさえあれば一気に才能が開化してもおかしくはないか。
だが、だからこそ気になった事があった私は、ヴェルチェに声をかける。
「ヴェルチェ、貴女の『姫を模したる踊り子人形』ですが、アーリーズと二人で乗る事で本領発揮するというのは、本当ですか?」
「そう……ですわね。ワタクシ一人の魔力では、あまり長い時間は使用できませんわ」
制限時間有りの、強力な武装……そこにロマンを感じない訳ではないが、少し解せなくもあった。
「私の見立てでは、ヴェルチェ程の魔力量があれば、もっと活動時間を長くできるはずなんですが……」
「えっ!?」
驚いた顔と声で、ヴェルチェが私に向かって振り返る。
「貴女の魔力は、総量だけで見るなら、私やルアンタに匹敵します」
「そ、そうなんですの?」
自身ではわかりにくいのかもしれないけれど、『エリクシア流魔闘術』で魔力の扱いに慣れている私からすれば、彼女の潜在魔力はかなりのものだ。
前世ではゴリゴリの戦士系だったし、今は職人としてしか修行してなかっただろうから、魔法の修行無しであれだけの精霊魔法が使えただけでも、大したものである。
「私なら、貴女の魔力経路を広げて、もっと効率よくゴーレムを操れるようにしてあげる事ができますが……どうします?」
「……エリ姉様がそんなに協力的だと、少し気持ち悪いですわね」
めちゃくちゃ警戒されてる……まぁ、無理もないか。
ルアンタを巡って対立したり、私の下着を変態に渡したりした前科があるもんな。
だが……。
「それだけ、切羽詰まってるんですよ……オルブルを相手にすることに、ね」
私が奴に敗北し、かなり強い警戒感を抱いている事を、空気で悟った皆は、シン……と静まりかえった。
「なんにせよ、ワタクシ自身も戦力となる事を希望しておりますから、ご厚意は受けようと思いますわ」
「では、向こうに着いてから、魔力経路の拡張を行いましょう」
「よろしくてよ!」
ルアンタにいい所を見せようと、胸を張ってチラチラ彼を見るヴェルチェ。
しかし、そんな彼女とは対称的に、少し心配そうな顔でルアンタは私に耳打ちしてきた。
「先生……もしかして、僕にやったような、アレをやるんですか?」
「ええ、そのつもりですが……」
ははぁん、私の前で醜態を晒してしまったルアンタだから、おそらくヴェルチェも危ないのでは……と心配しているんだな。
優しい子だよ、まったく。
「安心してください、アレは子供には刺激が強かったかもしれませんが、大人なら耐えられるでしょう」
ヴェルチェは見た目はロリだけど、れっきとした成人女性なのだ。だから、心配はいらない。
彼の意を酌んでそう答えたが、「できれば僕だけの……」と、何事か小声で呟いていた。
んんっ……?
よく聞こえなかったけど、一体なんだったんだろう……?
「しかし、アンタがそれほど警戒するんだ、ボウンズールとその一党は、かなり楽しめそうだね」
横からひょっこり、デューナが割って入ってくる。
戦闘種族であるハイ・オーガらしく、まだ見ぬ強敵を想っての事か、子供相手には絶対に見せない狂暴な笑みが、彼女の顔に浮かんでいる。
んもー、軽く言ってるけど、実力は確かなオルブル(偽)に、謎だらけのボウンズール(偽)、さらに三公の面々と、舐めてかかれない奴等ばかりなんだからねっ!
……そういえば、三公の残り一人は誰なんだろう?
ガンドライルや、キャロメンスと並ぶくらいだから、並の者ではないんだろうけど、そんな奴がまだいたかなぁ……?
「……まぁ、退屈しない事だけは、保証しますよ」
「ああ。ま、ワクワクもするが、アタシの可愛いルアンタが死んだりしないように、また鍛えてやらないとね」
「装備もしっかりと、整えなくてはなりませんわね。ワタクシのルアンタ様が、怪我などなされるぬように」
それには、私も同感である。
ただ、ルアンタは私のだが!
三者三様、一人の勇者を取り合いながら牽制しつつ、張り詰めた空気に居心地の悪そうなルアンタと私達を乗せた多脚ゴーレムは、ドワーフの国を目指して突き進んでいった。
◆
──不眠不休で走り続けるゴーレムのおかげか、数日はかかる道のりを二日ほどで終え、ちょっとした旅はあっけなさ過ぎるほど、静かに幕を閉じる。
わずかな日程でも、今までの経験から、何かあるんだろうなー……などと思っていたので、何もトラブルが無くて逆にびっくりしたくらいだ。
この凪ぎのような平穏は、果たして幸先が良いのか、嵐の前の静けさか……。
「時間が惜しいですわ!早速、始めましょう!」
到着して早々に、出迎えのドワーフ達へ事情を説明をし終えたヴェルチェが、私に魔力経路の拡張を申し込んできた。
やる気満々といった彼女に頷きつつ、私はルアンタ達に予定を尋ねる。
「僕は、デューナ先生に剣の稽古をつけてもらうつもりです」
「最近のルアンタは、腕をあげてきたからね。もう少し、厳しくいくよ?」
「はいっ!」
やる気に満ちたルアンタの返事に、デューナも満足そうに頷く。
……なんだろう、私の方が先にルアンタの師匠になったのに。
ちょっと、二人の師弟っぽい雰囲気がうらやましい。
私も久々に、ルアンタに師匠風吹かしたい!
「ほら、エリ姉様!お早く!」
「あー、はいはい……」
思いとは裏腹に、急かすヴェルチェに連れられて、私達は城内へと入る。
別れ際、なぜかルアンタが頬を染めながら、気まずそうに見送っていたのが、印象的だった。
それから、しばらくして……。
ドワーフの城はおろか、外で剣撃の稽古をしていたルアンタ達の耳に届くほどの、『あぁぁぁん♥こ、こんなの始めて、ですわぁぁぁっ♥ら、らめぇぇぇぇぇっ♥』といった、ヴェルチェのあられもない悶え声が、響き渡った。
この時ルアンタは、ただ一言「やっぱり……」と、呟いていたらしい……。
◆
それから、一月という準備期間は、あっという間に過ぎていいった。
時折、ドワーフの国を訪れる、ガクレンの町の冒険者達に話を聞くと、どうやら人間の国でも、勇者達が毒竜団を追い詰めているらしい。
これで、様々な情報が魔界に伝わり難くなっているだろうし、仕掛けは順調である。
──そんな中で、私達も技を鍛え、装備を整え、いよいよ魔界へと潜入する第一歩となる日を迎えた!
剣の稽古や、基礎になる体術に励んだルアンタ、蒼い闘気を纏う、『超戦士化ブルー』のコントロールを仕上げたデューナ。
ドワーフ達の職人の手を借りて、私の『戦乙女装束』の強化プランも、滞りなく進んだ。
そして、魔力経路の拡張が順調に進んだヴェルチェも、今は単独でも『姫を模したる踊り子人形』を、十分に運用できるようになっていた。
ただ……ちょっと魔力経路をいじるのがクセになりつつあるのか、時折艶っぽい目で私を見るようになったのが、困りものではあるが。
まぁ、それはさておき、さらに私は切り札として、皆にあるアイテムを配っておいた。
これを、魔界の強敵と戦う時に使えば、遅れを取ることはないだろう。
むしろ、私達を相手をしなければならない、向こうが気の毒になってくるくらいだ。
──さて、次はいかにして魔界へ潜入するかだが……。
「以前に掘っていた、魔界へと潜り込むような形の坑道は、キャロメンス襲撃の際に破棄しており、現在は使用できませんわ。ですので、ワタクシ達は別の坑道を使って、魔族に滅ぼされた人間の国を目指そうと思います」
そう前置きして、潜入ルートを説明するヴェルチェ。
わかりやすいのは良いのだけど、なんだか説明の手際が良すぎる気がする。
もしかすると、勝手に鉱山の採掘とかやってるのかもしれないな……。
人間と揉めそうな真似は控えてほしいが、滅ぼされた国の近くなら、不法採掘をしても大丈夫だろうか……いや、大事の前の小事だ。
ここは、知らぬ振りをしておこう。
「では、まもなく出発します。必要な道具は私とルアンタの『ポケット』にしまっておきますので、預けたい物を出してください」
食料を始め、様々な旅の道具が収納できて、ほぼ手ぶらで出発できるのは素晴らしい。
それを作った私も、それなりに大した物である。
なんて、内心で自画自賛していると……。
「おー。それじゃあ、またアタシの大剣も、しまっといてもらおうかな」
いや、隠して持ち込む訳じゃないのに、武器を預けちゃダメでしょう?
今回は、狭い坑道内だから許すが……。
「あの……もしも道中でも魔力経路拡張をなさるのでしたら、できればテントなどで隠していただけると……」
めっちゃ、ハマってる!?
というか、もうだいたい終わってるから、やらなくてもいいんだけど……。
「せ、先生!僕も、久しぶりに魔力経路を……」
ルアンタまで!?
何に、対抗意識を燃やしてるんですか……まぁ、個人的にはしてあげてもいいんだけれどね……。
「ルアンタ様まで、そんな……。すでに調教済みだなんて、エリ姉様はとんだドスケベエルフですわっ!」
「人聞きに悪いことを、言うんじゃありません!」
言うに事欠いて、ドスケベエルフとは!っていうか、調教ってなんだ、調教って!
「なんつーか、これから敵陣に突っ込むっていうのに、この人らは……」
この期に及んで、ギャアギャアとどうでもいい事で揉める私達を見て、ドワーフ達が感心したような、呆れたような呟きを漏らしていた。




