02 湯けむり密談
──カポーン。
浴場に、謎の音が響く。
いや、本当に何の音なんだろうね、これ。
それはさておき、私達はエルフの国の大浴場で、ゆったりと湯船に浸かっていた。
この場所は、女王を始めとした女王近衛兵専用の浴場との事だったが、今は私達の貸しきり状態である。
どうやら、アーレルハーレ達が気を効かせてくれたようだ。ありがたい……。
寝たきりで固まっていた身体に、薬湯のようなエルフの秘湯が、ほどよく沁みて、心の奥から蕩けるような感覚を覚える。
ほぐれていく体のあちらこちらを揉みながら、大きく伸びをした私の口からは、我知らず「んんっ……♥」といった声が漏れていた。
デューナが、「酒が欲しくなるねぇ……」なんて呟いていたが、私もまったく同感である。
「それにしても……案外、平気そうじゃないか」
意識を取り戻したばかりの私に、デューナがそんな風に声をかけてきた。
「ええ。今も、体内で魔力を巡らせて、回復に務めていますから」
「そうかい……まぁ、辛くなったら言いなよ」
むぅ……気遣いの達人か?
強い母性を持つオーガの女性になってから、デューナは弱った身内にも、庇護欲を感じているようである。
本当、前世と比べると、えらい変わりようだ。
「エリ姉様が平気なら、ワタクシ達が一緒に入る必要は、なかったのではありませんの?」
私とデューナのそびえ立つ胸の山脈と、自身の大平原を見比べたヴェルチェが、拗ねたように言う。
「まぁ、そう拗ねるのはやめときな。せっかくの可愛い顔が、それじゃあ台無しだよ?」
デューナにたしなめられつつ、可愛いと誉められたヴェルチェは、湯船に顔の半分まで沈めながら、満更でもない表情だった。
うーん、相変わらずチョロい娘だわ。
「……で、こうやってアタシらだけになったって事は、何か今のボウンズール達について、わかった事でもあるのかい?」
さすがに、デューナは私の意図を見抜いてくれたようで、本題に入れとばかりに、話を進める。
「おそらく私がどのように会敵したとか、大まかな事情は貴女達も聞いていると思います。それについて、少しばかり新しい情報があるのですが……その前に、二人にも確認しておきたい事があります」
「何だい?」
「私達が別行動を取っていた間に、何か事件が起こらなかった、です」
単独で乗り込み、かつ逃げる手段はしっかり確保していた用意周到なオルブルが、他の所に手を打っていないとは思えない。
おそらく、同時進行で工作をしていたはずだ。
「ああ、アタシらの方は、ちょっとしたゴタゴタがあったね」
「ワタクシも、報告する事がございますわ!」
「是非、聞かせてください」
長くなりそうなので、のぼせないよう湯から体を上げて縁に座り、私は二人の話に耳を傾けた。
◆
「──二人とも、結構なイベントをこなしているじゃないですか」
思ったよりも、大事に遭遇していたデューナとヴェルチェは、「どうって事はない」と、得意気に笑う。
ルアンタを始めとした、勇者一行と共に、毒竜団の隠し支部があった地下墳墓を壊滅させたデューナ。
違法に延ばしていた坑道から、ドワーフの国に乗り込んできた、三公の一人を撃退したヴェルチェ。
二人とも、かなりの大戦果だ。
「いや……二人とも、大した物です。それに比べ、私は不甲斐ないですね……」
自嘲ぎみに呟くと、ヴェルチェがズイッと身を乗り出してきた。
「それですわ!エリ姉様が、大敗北したと聞きましたが、いったいどういう事ですの!?」
「確かにね。いくらなんでも、オルブル程度を相手に、アンタがあれだけボロボロにされるっていうのは、ちょっと想像がつかなかったよ」
食いつくヴェルチェと同じように、デューナも頷く。
なんだか過小評価されてるけど……うーん、もしかしたら彼女達の中では、オルブルとなると、前世の貧弱な坊やという、イメージが拭いきれないのかもしれない。
「そうですね……まずは、奴がいかにして、エルフの国に潜り込んでいたかてすが……」
そうして、私は事のあらましを、二人に語った。
人間に擬装していた事、『奈落装束』の脅威、魔将軍を配置しておく周到さ、そして何より、『私の肉体に、別人の魂が宿っている』という事実。
──それらを静かに聞いていたデューナとヴェルチェは、話を聞き終えてから、大きく息を吐き出した。
「……マジか、オルブルの肉体に、別人の魂っていうのは」
「ですが、そうなりますと今のボウンズールも、デュー姉様の元の身体に、他の人の魂が宿っているという可能性が、出てきますわね」
「そういう事です。今のボウンズールについては、残念ながら情報は得られませんでしたが、今のオルブル……彼には、少し思うところがありました」
「どういう事だい?」
問い返されて、私は小さく頷き返す。
「私と同じように、『変身』という戦闘スタイルを取った事。そして『重さ』という点に注目した事……これらは、この世界の者では、まず考え付く事は無いと言っていいでしょう」
「それは……そうかもしれませんわね」
「つまり、奴は私のように異世界の知識を持っている者……もしくは、異世界の人間なのかもしれません」
「はぁっ!?」
「何をおっしゃってますの!?」
私の肉体に突拍子も無い言葉に、二人は面食らったようだ。
まぁ、それが普通の反応だよね。
しかし、そう思うに至った理由は他にもある。
例えば、戦略。
奴はエルフやドワーフの国へ、下手に国を空けるとこちらは単独でも取りに行けるぞ?と、暗に示した事で、同盟による大軍の結成を防いだのだ。
実際、地の利は向こうにあるとはいえ、大人数で攻め込まれたら、あちらの被害も大きかっただろうから、見事に先手を打たれてしまった事になる。
そして、統治。
以前、ドワーフの国を支配していたディアーレンや、エルフの国の乗っ取りを画策していたザルサーシュのように、なにやら実験めいたやり方が多い。
そんなまどろっこしく、面倒な真似をする支配者など、おそらくこの世界にはいないだろう。
「……なるほどなぁ」
「確かに……言われてみれば、斬新なやり方とも取れますわね」
再び、私の話を聞き終えた二人には、どうやら納得してもらえたようだ。
少なくとも、相手が常識の外から何かをしてくるかもしれないという、危険性は理解できたろう。
「それで、アタシらはこれから、どうしようってんだい?」
「何か、策はおありですの?」
「軍が出せないなら、やる事はひとつ……少数精鋭で潜入して、敵首脳陣を叩く!……ですかね」
「そう、上手く行きますかしら?」
「まぁ、普通なら不可能でしょう。敵はそれを見越して、防備を堅めているでしょうし」
「それじゃあ、打つ手無しじゃないか」
「ええ。でも、奴等にとって予想外の事もあります。それは、私達が前世の記憶を持っているという事……」
そう、魔界の地形や小国の位置や勢力、そして魔王の城の内部構造など、重要な情報を私達は有している。
まぁ、年月による多少の変化はあるかもしれないが、それでも記憶が役に立たなくなるほど、変わりはしないだろう。
「なので、私達だけで魔界への潜入を提案します」
「アタシらだけって……ルアンタはどうするんだい?」
「もちろん、連れていきますよ。まぁ、魔界の状況に詳しいのは、私の研究の成果とでも言っておけば大丈夫でしょう」
「そうですわね。エリ姉様が妙な事に詳しくても、自然ですもの」
「そうだね、訳のわからん事を言い出しても、エリクシアなら『いつもの事』で、済むだろうしさ」
「……なんですか、人を変人みたいに」
まったくもって、心外だ。
私は、ちゃんと理にかなったら事を話してるだけなのに。
「ですが、アレですわね。少数で潜入するというなら、ワタクシ達の現在の戦力も、確認しておく必要があると思いませんか?」
ん?
基本的に非戦闘員であるヴェルチェから、そんな意見が出るとは。
そういえば、ゴーレムを使った戦闘法で、三公の一人であるキャロメンスを撃退したと言っていたっけ。
魔界でも名高い、あの狼女王を退けたという戦い方には、確かに興味がある。
「では、風呂から上がったら、軽く手合わせといきましょうか?」
「そう来なくては!ですわ!」
嬉々として、私の申し出を受け入れるヴェルチェ。
「ウフフ……いつもワタクシの目の前で、無駄に大きい物をプルンプルンさせている、姉様達をキャインと言わせ差し上げますわ」
私達の胸をギラリとした目で睨みつつ、彼女は言う。
やれやれ……どれだけ、巨乳が憎いのか。
「面白い……やれる物なら、やってみなさい!」
「アタシも、あと少しで新しい境地に踏み込めそうなんでね……悪いが、ガチでやらせてもらうよ!」
楽しそうな口調で、デューナも参戦を表明する。
せっかく風呂に入ったばかりなのに、また汗を流すんかい!と、つっこみ不在の中、私達はバチバチと全裸で、火花を飛ばしあっていた。




