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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第八章 魔界潜入作戦
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01 目覚めたダークエルフ

            ◆


 ……………う。

 ……………うう、ん。


 まるで、底無し沼から這い上がるような、酷い倦怠感を伴いながら、私の意識はゆっくりと覚醒してきた。

 ここは……あれから私はいったい、どうなったんだろう?


「お姉ちゃん!目が覚めたのね!」

 不意に、近くで私を呼ぶアストレイアの声が聞こえた。

 そちらへ顔を向けると、妹は添い寝するほどの距離で(というか、添い寝しながら)、私を見つめて目を潤ませている。

 あまりの近さに、思わず驚きの声をあげて上体を起こすと、軋むような痛みが全身を駆け巡った!

 こ、このダメージは……。


「無理しちゃダメだよ、お姉ちゃん!全身がボロボロで、死ぬほどのダメージを受けてたし、一週間も寝たきりだったんだから!」

 そんなに!?

 なんという事だ……アストレイアの手を借りて、なるべく無理のない体勢に落ち着いた私は、これまでの経緯を尋ねた。

 確か、撤退したオルブルの代わりに、モンスターの大軍がこの都を襲ったはずだが……。


「──うん、魔導宰相が逃げた後、魔将軍のフォルジクスが、モンスターを率いてここを襲撃してきたの」

 魔将軍フォルジクス……ああ、私とアストレイアが森で遭遇した、モンスター使いのあいつか。

 そうか……まだやる事があるとか言っていたけど、今回の襲撃の準備だったんだな。


「それでね、とにかく戦える者は前線に出て、非戦闘員は城に集めて抵抗していたんだけど……」

 おそらく、かなりの劣勢だったのだろう。

 さすがに、ガンドライル戦の時のような()は揃わなくても、()だけは大量に集められるだろうし。

 そうなれば、たとえ相手のほとんどが雑魚モンスターだとしても、数の暴力で押しきられる事もある。


「死傷者は、どれくらいに……?」

「あ、それは大丈夫。陛下が、精霊王の召喚をしてくれたお陰で、軽傷者のみだったよ」

「精霊王……」

 そうか、エルフの魔法無効空間でも、精霊魔法は使えたんだっけ。


「すごかったよ~。地面や木々から、触手のように伸びる樹木!絡め取られ、恥ずかしいポーズで捕まるモンスター!そのまま、精霊界に引きずり込まれる魔将軍!」

 ……地獄絵図かな?

 というか、聞いてる話から想像すると、邪神の宴みたいな感じしかしないんですけど……。


「ウフフフフ……精霊王、バンザイ……」

 あと、精霊王を賛美するアストレイアの瞳にも、変な光が宿っていて、ちょっと怖かった。

 エルフと精霊の結び付きはわかるんだけど、若干、信仰心がキマッてる気がするわ……。


「なんにしても、犠牲者が無かったのは良かった……すいませんね、アストレイア。私が不甲斐ないばかりに」

 枕元にあった眼鏡をかけ、すこし自嘲ぎみにそう言うと、妹はブンブンと首を振った!


「そんなことない!前に、お姉ちゃんにはこの国の危機を救ってもらったんだし、お互い様だよ!」

「そう言ってもらえると、ありがたいですね」

 一生懸命に力説する、彼女に微笑みかけながら、私はオルブルへのリベンジと、今回得た情報を共有するべく、仲間の事を思い浮かべた。


「あ、そういえば、ルアンタ君達も昨日の夜に、ここに着いたよ」

「ルアンタ達が、来てるんですか!?」

「うん。お姉ちゃんが昏睡状態になってから、急いで呼び寄せたの。来たばっかりの時は、すごく取り乱していたけど、今は別の所で休んでもらってるわ」

「そう……ですか」


 ううん……早く話をしなきゃとは思っていたけれど、今すぐに会えるとなると、心の準備がいるなぁ……。

 なんせ、ほぼ完全敗北という、醜態を晒してしまったのだ。

 これをきっかけに、私の弟子を辞めて、ヴェルチェと付き合うとか言い出したらどうしよう……。


 い、いや!

 あの子に限って、そんな不義理な事はすまい。

 とにかく、心配をかけてしまったようだから、早く無事な姿を見せてあげなくては!


「すいません、アストレイア。ルアンタ達を呼ぶ前に、水を一杯、いただけますか」

「あ、うん」

 気持ちを落ち着けるために水を頼むと、快く返事をしたアストレイアは、ポットから水をコップに注ぎ、グイッと自分の口に含んだ。


 ……ん?なんで、貴女が飲むの?

 頭の横に『?マーク』を浮かべていると、水を口に含んだまま、目を閉じたアストレイアの顔が近付いてきて……って、ちょっと待てぃ!


「な、何をする気ですか、貴女はっ!」

「あっ!ごめん……。お姉ちゃんが意識不明の間、飲食物は口移しで、お世話してたから、つい……」

 く、口移しって……いや、私が自力で摂取できなかったのだから、そこは仕方ないか。

 人工呼吸のような物だと、自分を納得させていると、ふと私を見つめるアストレイアと目が合った。


「フフ……お姉ちゃんの唇、柔らかかったナリ……」

 ポツリと呟き、自身の唇を指でなぞりながら、アストレイアは妖艶に微笑む。

 その笑顔に、ゾワリと悪寒が背中を駆け抜けた。

 ううっ!前にもどこかで、こんな事があったような……!?


 そ、それにしても……少しシスコン気味だとは思っていたけど、まさか私の介護を通して、もうひとつ上のステージに行ってしまったのでは?

 そんな事を思い、ちょっと引いている私に、アストレイアは冗談だよと笑いかけてきた。


「弱ってたお姉ちゃんに、口移しで飲食物を与えていた時は、何となく鳥の親子みたいだなって、母性本能を刺激されたから……」

「そ、そういう事ですか」

「うん。今も思い出すと、何て言うか、こう……下腹部が熱くなって、潤んできちゃうんだ……」

 それは本当に、母性本能なんだろうか?

 下腹を撫でながら、うっとりと呟くアストレイアが、さっきとは違う意味で、ちょっと怖いんですけど……。

 しかし、下手にツッコむと取り返しがつかなくなりそうなので、これ以上は詮索しない事にしよう……。


「あ、そうだ!ルアンタ君達にも、お姉ちゃんが目を覚ました事を伝えてくるね」

 パッと表情を明るく変えて、アストレイアが部屋を出ていく。

 ふぅ……と、ひとつため息を吐いた瞬間、再び勢いよくドアが開かれた!


 な、なにか忘れ物!?

「あ……」

 思わず、声が漏れた。

 てっきり、アストレイアが戻って来たのかと思いきや、開け放ったドアの所にいたのは、息を切らせたルアンタだったからだ。


「せ、先生……」

「ルアンタ……」

 彼の呼び掛けに答えると、その瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 えええっ?ど、どうしたの!?


「せぇんせぇ……」

 泣き顔のまま駆け寄ってきたルアンタは、すがり付くように私にしがみついた!

「よかったぁ……先生が目を覚ましてくれてぇ……」

 嗚咽を漏らしながら、ただ私が無事な事に安堵して、ギュッと抱きつくルアンタ。

 そんな初めて見る彼の姿に、私は戸惑いながらも、ソッと抱き寄せてその頭を撫であげる。


 ──静かな室内、私の胸の中で、ルアンタのすすり泣く音だけが響く。

 なんだろうか、この感覚は。

 幼子のように、弱々しくすべてをさらけ出したルアンタを感じていると、下腹部が熱くなり、潤んでいるような気がする……これが……母性本能?

 なんだか不思議な熱に浮かされ、もっと彼を近くに感じたくなり、私はその背中に腕を回して……。


「はうぁぁ……ル、ルアンタが泣いてる……切ねぇ……」

「ああ……ルアンタ様が泣いてらっしゃると、ワタクシも泣けてきますわ……」

「!?」

 いつの間にか集まって来ていた、デューナとヴェルチェが、私達の姿を見てもらい泣きしていた事に驚き、私は思わずルアンタを引き剥がしてしまった!


「あ……」

 それでルアンタも正気に戻ったのか、照れたような泣き笑いの顔で、私を見つめる。

 そんな彼に、私も照れたような笑みを返し、もう一度、抱き締めようとした。


「なんにせよ、目が覚めた事、お喜び申し上げますわ!エリ姉様!」

 ルアンタを胸の内に抱く寸前で、横から入ってきたヴェルチェが間に入ってきた!

 お陰で、私とルアンタでヴェルチェをサンドするような形になってしまったが、これが世に言う『間に挟まりてぇ』というやつか?


「挟まりたくなどありませんわ!挟まりたくなどありませんわっ!」

 自分には無い、胸の脹らみに怒りの炎を燃やしながら、ヴェルチェは顔をあげる!


「目覚めて早々、邪悪な塊でルアンタ様を誘惑しようなどと、ワタクシの目の黒い内は許しませんことよ!」

「やれやれ、麗しき師弟愛をそんな目で見るとは、胸が貧しければ心も貧しいようですね」

「ウフフフ……最初の抱擁で、エリ姉様がルアンタ様に抱いていた感情……ワタクシを誤魔化せるとは、思わないでくださいまし!」

「母性本能!母性本能なので、セーフです!」

「下半身をモジモジさせるような、母性本能があってたま……」

「いい加減にしなっ!」

 エキサイトしてきたヴェルチェに、鈍く重い音を立てて、デューナの拳骨が落ちる!


「エリクシアは病み上がりだし、ルアンタもびっくりしてるじゃないか……まぁ、いつもの口喧嘩ができるようなら、心配も無さそうだけどね」

 肩を竦めつつ、デューナは頭を押さえるヴェルチェの襟首を掴んで、ひょいと持ち上げる。


「ちょ、ちょっと、デュー姉様!ワタクシ、猫ではありませんわよ!」

「いいから、ちょっと離れてな。ほれ、ルアンタも」

「は、はい」

 デューナに言われて、ルアンタも少し冷静になったようだ。

 私の体調を鑑みる事もせず、騒がしくしてしまった事に頭を下げてきた。

「いえ、そんな事は気にしなくていいのですが……」

 久しぶりのルアンタを、もっと愛でたいと思ったのだが、デューナはそんな私に向けてため息を吐いた。


「ルアンタは気にしなくて、アンタは気にした方がいいよ。しばらく寝たきりで、体も洗ってないんだから」

 ……はうあっ!

 言われてみれば、そうだった!

 たぶん、アストレイア辺りが、体を拭いてくれたりはしていたんだろうけど、一週間も寝たきりだったんだから、結構、体臭は危険な事になっているかも……いや、自分ではよくわからないんだけど。


 くっ!男だった時は気にならなかったのに、女の今だとこんなに恥ずかしくなるなんて!

 ……いや、これもルアンタが相手だから……なのだろうか?

 チラリと、彼の方を見ると、何かフォローしなきゃ……といった感じだが、なんと言えばいいかわからないという、顔をしている。

 そんなルアンタを見ていると、さらに恥ずかしさが込み上げてきた。


「大丈夫そうなら、ひとっ風呂、浴びてくるといいさ。なんなら、手伝うよ?」

「あ、いや……それは……」

 その時、私の脳裏に閃きが走る!

 そうだ、オルブルの事!

 そして、そんな私達の前世に関わる事を話すなら、隔絶された風呂という空間は、好都合だ。


「……そうですね。確かに、お風呂で汗を流したい所です」

「お、そうかい?」

「お言葉に甘えて、デューナとヴェルチェ……手伝ってもらえますか?」

「なぜ、ワタクシが!?」

「やかましいですね。貴女に拒否権はありません」

 ヴェルチェの否定的な言葉を一蹴し、私はルアンタに少しの間、アストレイア達と共に待機してもらうよう、言い含めた。


「わかりました。でも、無理はしないでくださいね」

 うんうん、素直でよろしい。

 私は、そんなルアンタの頭を撫でる。

 くすぐったそうな、子犬みたいな彼の方を反応が、また可愛いいなぁ。


 そんなルアンタを堪能し、私はデューナに運んでもらいながら、不満を口にするヴェルチェを引きずって、エルフの浴場、その女湯へと向かう。

 さて、彼女達はどんな反応を示すだろうか……。

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