10 敗北と撤退
「うあぁぁぁぁっ!」
雄叫びをあげながら、私は怒濤の連撃を、オルブルに打ち込んでいく!
おそらく、上級モンスターでさえ、深くダメージを受けるであろう、その猛攻に対して、攻撃を受けている当のオルブルは、まったく余裕の態度を崩していなかった。
「フハハハ!どうした、どうした?まるで、赤ちゃんパンチだな!」
く、屈辱!
だが、『エリクシア流魔闘術』を編み出してから、ずっと鍛え続けていた物が通用しない状況に、私は内心焦りを覚えていた。
「そぉら!」
時々、思い出したようにオルブルから放たれる、反撃の一手!
完全に舐めきった、雑な攻撃だというのに、迂闊にガードすれば肉が軋み、骨まで響くようなダメージを負うはめになる。
私はその反撃を避けながら、奴に蹴りを入れると同時に、反動を利用して距離を取った。
おのれ、こうなったら……。
「近距離では、分が悪い……だが、これならどうですっ!」
『ポケット』から新しい『バレット』を取りだし、すかさず起動させる!
『重武装』
響く音声と共に装填した瞬間、私の『戦乙女装束』に重なって、重火器を模した武装が姿を現した!
雄々しくそそり立つ、回転砲筒が金属質な黒い輝きを放ち、オルブルに向かって、その砲頭の照準を合わせる!
「な、なんじゃそりゃあ!?」
驚愕しながら、叫ぶオルブル!そして……。
「めっちゃ、かっけぇぇっ!!!!」
心からの、称賛の声を彼はあげた!
だよね!
仮面の下だから確認はできないが、おそらく奴は少年のように、目を輝かせているのだろう。
この良さがわかる者を、標的にしなければならない悲しさはあるが……私は無慈悲に、トリガーを引いた!
砲身が回転を始め、次いで雷のような轟音を撒き散らしながら、数百発の魔力弾がオルブルに向かって撃ち放たれる!
大気を引き裂く魔力弾の嵐を受け、奴の姿はたちまち爆煙の中に沈んでいった!
身体に伝わる振動と興奮に、我知らず叫びそうになっていた私の耳に、オルブルの苦痛の声が届いてくる!
「……痛って!マジ痛って!」
……なにその、軽いリアクション。
一応、上級モンスターを一瞬でミンチにするくらいの威力は、あるはずなんですけど……。
まさか、その程度にしか効いていないというのか!?……いや、そんなはずはない!
自身の魔力に加え、マガジン代わりの『バレット』も追加して、さらにガトリング砲は猛威を振るう!
だが、硝煙立ち込める中を、こちらに向かってくる影がひとつ、私の視界を掠めた!
「結構、効いたぜ……」
先程の意趣返しか、あの弾幕の中を正面から切り抜けてきたオルブルが、煙を払ってその姿を現した!
「くっ!」
とっさにガトリング砲を捨て、右手の炎熱鉤爪でカウンターを狙ったが、それよりも速く、奴の拳が私の腹部目掛けて突き刺さる!
「おごっ……」
カウンターをかい潜ったオルブルの攻撃は、『重武装』の装甲を易々と砕き、深々と腹に打ち込まれた打撃は、内蔵を掻き乱して呼吸を阻害した!
体内の酸素を失いかけ、声にならない苦痛の呻き声が私の口から溢れ落ちる。
「ボディブローは、地獄の苦しみってな……だが、終わりじゃねぇぞ!」
腹部に一撃を入れたオルブルは、そのまま私を空中へと打ち上げ、自身も飛び上がると、浮いた私の体をキャッチした!
「奈落墜とし固め!」
猛スピードで落下する中、ガッチリと固めて下敷きにされた私の体は、凄まじい勢いで床へ叩きつけられたっ!
「ぐはあっ!」
その衝撃と威力に、大量の血と吐瀉物が吐き出されて、仮面の内側に溢れていく!
ま、まずい……このままでは、窒息する……。
切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、残る力を振り絞って、私は変身を解除した。
バシャ!っと水音をたてて広がる、血溜まりに横たわる全身から、どんどん力が抜けていく。
今食らった、奴の必殺技の威力で、アバラや手足の骨が数本砕け、内蔵にもかなりのダメージを受けているようだ。
ただ、重い物の下敷きにして落とすという、シンプル極まりない技だというのに……その威力は絶大だった。
あ……うぐっ……。
このままでは、死ぬ……。
私は、身体強化に使っていた『エリクシア魔闘術』を回復に全振りし、なんとかダメージ修復に努める。
だが、そんな私を奴が見逃すはずもなかった。
「モガッモガッ!どうだった、俺の必殺技の威力は?」
なんだ、その笑い方はとツッコむ余力も無く、か細い呼吸をしながら、上から覗き込む奴に視線を向ける。
「普通なら今の一撃で、踏み潰された蛙みたいになってるはずなんだが……さすがに、あの攻撃の後じゃ、こちらも十全とはいかなかったか」
ポツリと呟くオルブルの言う通り、奴の『奈落装束』にはあちらこちらの装甲が、割れて欠けていた。
どうやら、『重武装』による猛攻は、オルブルの本体にまでは届かなかったものの、『奈落装束』自体にはかなりのダメージを与えていたようだ。
そのお陰で奴の必殺技も、完全な威力を発揮できなかったのだろう。
しかし、それでもヤバいくらいのダメージは、受けているのだけど。
「むん!」
オルブルが謎のポージングを取ると、再び奴のベルトから魔力が噴き出して、『奈落装束』が修復されていく。
これは、完全な魔力由来のスーツだからこそ、成せる業か。
「安心しろ、美人を苦しませる趣味はない」
なに……まさか、助ける気か!?
「いますぐ、トドメを刺してしてやろう」
だよね!そう来ると思った!
だけど……こんな所で死んでなどいられない!
私には、帰りを待つ人達(主にルアンタ)がいるんだ!
気合いを入れ、回復のために全身に巡らせる魔力を、さらに絞り出す!
「何かまだ、小細工をしているようだが……あばよ、エリクシア」
いまだ動けぬ、私の頭を踏み砕かんと、オルブルが足を上げた、その時!
ギシリ!と、ガラスの軋むような音を立てて、私達のいる空間にヒビが入った!
「なにっ!?」
突然の事に驚くオルブルを尻目に、そのヒビは勢いよく広がって行き、最後は派手な音と共に砕け散る!
さらに、元のエルフの城に戻った私達を、不思議な魔力の波動が包み、それと同時にオルブルの『奈落装束』が、細かく散りながら分解されていった!
な、何が起こったんだ!?
「ば、馬鹿な!なんだ、これは!?」
変身が強制的に解除され、全裸になったオルブルが……全裸?
なんで、全裸!?
「どうやら戻って……キャアッ!」
全裸のオルブルの姿に、エルフ達の悲鳴が響く!
顔を背けたり、後ろを向いたりするエルフ達の中で、両手で顔を隠しつつ、しっかり指の間からオルブルの股間をガン見していた女王アーレルハーレを、奴は睨み付けた。
「これをやったのは、お前らか……いったい、何をした!」
吼えるオルブル(と、その股間)から視線を逸らさず、アーレルハーレは口角をあげる。
「これこそ、エルフの国最大にして、最終防衛機構!『絶対魔法・無効空間』です!」
魔法の……無効空間?
それはつまり……前世で私が死んだあの日のように、という事か?
「これで、このエルフの都では、暫く魔法は使えません!」
「……なるほどな、俺の変身も、ある意味で魔法みたいな物だから、強制解除させられたって事か」
そんな理由が……しかし、それはそれとして、なぜ全裸なんかに?
「というか、なんですか、その格好は!」
私の考えを代弁してくれたかのように、アーレルハーレは奴の格好を責める!
「俺は普段から、魔法で服を作って身に付けているからな。汚れも付かず、自動で修復するので便利だったんだが……」
そういう事か、横着者め……。今度、私もやってみようかな……。
「ククク……しかし、自ら魔法を使えぬ環境にするとは、愚かな連中だな」
「減らず口を……我々、女王近衛兵のメンバーを相手に、一人で勝てるつもりかっ!」
余裕の態度を崩さないオルブルに、エルフの一人が吼える!
だが、そんな彼女達を前にして、奴は見せつけるように肉体を誇示した。
「この、鍛えぬかれた筋肉は、伊達ではないっつーの!強く抱き締められたい奴から、かかって来るがいい!」
ムキムキの肉体だけでなく、全裸ゆえにブラブラさせながら構えるオルブルに、さすがのエルフ達も戸惑っているようだった。
まぁ、無理もないけど。
しかし、その時!
どこからともなく伸びてきた、触手めいた樹木が、突然オルブルに絡み付く!
「な、なにぃ!」
驚愕と共に、絡め取られるムキムキ全裸の魔族!……なんだろう、この汚い絵面は。
「かかりましたね、魔導宰相!」
勝ち誇ったアーレルハーレが、女王近衛兵達をかき分けて、前に出てくる。
「この魔法無効空間……使えなくなるのは、本人の魔力を使う『魔法』だけで、精霊の力を借りる『精霊魔法』ならば、使用が可能なのです!」
「な、なんだと!」
アーレルハーレの言葉に、オルブルだけでなく、私も驚いていた。
そんな裏技が、あったなんて……エルフも侮れないわ。
「ズ、ズルいぞ、貴様らぁ!」
「フフフ、なんとでも言いなさい。もはや貴方は、触手に捕まった哀れなヒロインも同然……このまま、市中引き回しにして、尊厳と体面を破壊してあげましょうか?」
結構、エグい提案をするな、エルフの女王!
しかし、オルブルは一瞬、全身の筋肉を膨張させると、絡み付く樹木を引きちぎって素早く脱出した!
「くっ!」
「やってくれたな、エルフの女王!ならば、こちらも奥の手を使わせてもらう!」
再び迫り来る、樹木の手を避けながら、オルブルは何やら尻の辺りを?モゾモゾとまさぐった。……なにやってんだ、おい。
「フッ……」
小さく笑って、頭上へ掲げた彼の手には、何やら小さな魔道具らしき物が握られている。
「って……どこから……出したんです……か……!」
苦しいのに、思わずツッコんでしまった私に、オルブルは「尻からだが?」と平然と答えた。
「発見されて困る物を、体内に隠すのは、ある意味常識!そして、体内に隠すからには、口から飲み込むか、下の穴から飲み込むかするしかあるまい!」
いや、確かにそういう手段はあるけれど!
それは、密輸とかやる運び屋の手法で、貴方みたいな立場の奴がやる事じゃないでしょうが!
完全に意表は突かれたけど、もう少し考えなさい!
そんな私達を嘲笑いながら、オルブルは手にした魔道具を発動させる!
すると、耳鳴りのような甲高い音が鳴り始め、都の外を含む広範囲に響き渡っていった!
それは一分ほどで鳴りやんだが……いったい、何だったんだろう?
不快感はあったけど、他に異常は無いような……?
「いったい……何をしたんです!?」
アーレルハーレの問いに、オルブルはニヤリと笑う。
「今のは、この都の外で待機している、部下の魔将軍への合図だ」
「魔将軍……!?」
「そうだ!間もなく、ここに千に近い数のモンスターが襲いかかって来る!」
「な、なんだってー!」
オルブルの言葉に、ざわつくエルフ達。
しかし、奴の言動を裏付けるようにして、森のあちこちからここに迫ってくるモンスターの群れが有ると、見張りからの報告を受けたエルフ達が、この場に駆け込んできた!
「くっ……貴様っ!」
「フフフ、そろそろ潮時だ。俺は、この辺で失礼する」
「逃がすと思うか!」
「俺にかまってる暇は、ないだろう?急がないと、非戦闘員が大勢死ぬぞ?」
「よくも……ぬけぬけと……」
エルフ達はギリギリと歯噛みするが、今はモンスターの大群への対応が優先だと判断したようだ。
その、わずかなどさくさの時間に紛れ、オルブルは窓の方へと駆け出す!
そうして、いまだ起き上がれぬ私をチラリと見ると、「また会おう」と小さく呟いて、窓から身を踊らせた!
「へ、陛下!オルブルが……」
「わかっています!ですが、今はモンスターへの対応が先です!」
慌ただしく動き出す、エルフ達を横目で見つつ、私はオルブルが最後に投げ掛けてきた言葉を、思い出す。
また会おう、か……。
せめて、服を着てから逃げなさいと、内心でツッコみながら、私の意識は暗闇に沈んでいった。




