09 『奈落装束』の脅威
「『奈落……装束』……」
その名を呟く私に、奴は大きく頷いた。
「そうだ。まぁ、お前のとは大きく作りが違うようだが……性能はどちらが上かな?」
挑発的な物言いをする、偽オルブル。
確かに奴の言う通り、互いのスーツの構造はだいぶ違う。
元々作ってあったスーツを、『収納魔法』を利用して一瞬で身に付けるのが、私の『戦乙女装束』。
対して、偽オルブルの『奈落装束』は、魔力そのものを変換し、構築して作ったスーツを纏う感じだった。
……どちらが優れているのか、正直言って私も気にはなる。
けれど、それより先に確認しておきたい事があった。
「……二つほど、聞いてもいいですか?」
「うん?まぁ、答えられる事ならな」
妙な余裕があるためか、奴の口調はけっこう軽い。
この調子で、ペラペラと答えてくれるとありがたいのだけど……。
「この結界の中での会話は、外界の人達に届いていますか?」
「残念ながら、それはない。俺が任意でこの空間を解除するか、一定時間が経つまでは、完全に隔絶させた場所だ。つまり、外から助けは来ないぞ」
よし!それなら、逆に好都合だ!
今なら、他人に聞かれたら困る質問も、できるというものよ!
「ふぅ……では、もうひとつの質問です。……オルブル、貴方はいったい何者ですか?」
「?」
私の問いかけに、首を傾げ、怪訝そうな態度を見せる、偽オルブル。
「質問の意味が、よくわからんな。俺は魔導宰相の……」
「オルブルはっ!」
「っ!?」
大きく言い放った私に、一瞬だけオルブルは驚いたようだった。
「オルブルは……そんな、大層な地位に着くような男じゃありませんよ……」
「なん……だと……?」
「魔王の息子とはいえ、オルブルは異世界の知識に触れる喜びを知った、引きこもり気味なだけ男です。兄や弟から疎まられ、何度か献策しても却下されるほど、うだつの上がらない奴でしたよ……」
徐々に声のトーンを落としながら、私は前世の自分が置かれていた状況を語る。
うう……我ながら、以前の自身を客観的に見て批評するのは、結構つらい。
しかし、それだけ前世の私と、目の前の魔導宰相では、イメージがかけ離れ過ぎているのだ。
そう、その差だけで別人だと、わかる者にはわかるくらいに。
「……なるほどな。どうやら、お前はコイツについて、詳しいようだ」
コイツ?
いま、奴は確かに自分を指して、他人のように言い放った。
やはり……。
「……お前が察した通り、俺は本物のオルブルじゃない。いや……正確には、『中身は、オルブルじゃない』と言うべきか?」
「『中身』?それは……」
「かつて、死にかけていたこの肉体に、俺という別人の魂が宿った……それが、今のオルブルだ」
そういう……事か!
転生というか、憑依というか……とにかく、私という魂がエリクシアに転生を果たし、空っぽになった肉体に、何らかの理由で宿ったのが、彼か!
なるほど、体だけは本物なんだから、それに付随する魔力の波動や、身体的特徴が一致のも納得だ。
「もっとも……もう二十年以上もオルブルをやっていれば、その名で呼ばれる事にも馴染んだがな」
それは……そうだろう。
私だってオルブル時代の記憶はあれど、今はエリクシアとしての人生の方が比重は大きい。
ならば、目の前の奴も、私とは別のオルブルとして認識するべきか。
「……それで、その肉体に宿っている魂は、どこの誰なんです?」
「おっと、三つ目の質問は無しだ。これ以上は、敵であるお前に教えてやる理由はないからな」
ちいっ!さすがに警戒してきたのか、口が固くなってきた。
「案外……私からも、驚きの情報が聞き出せるかもしれませんよ?」
「その真偽を、確かめる術がない。特にお前は、虚偽の情報を平気で流すくらいはしそうだ」
「それを言ったら、貴方もそうでしょう」
「フッ……そうだな。それを踏まえて言えば、今の話もフェイクかもしれないぞ?」
「……そうかもしれませんね」
口ではそう言ってみたものの、転生した私自身が、奴が別人の魂だという話を裏付ける証人なのだから、そこは安心できる。
「できれば、魔王ことボウンズールについても、話を聞きたかった所ですが……それについても、語ってはくれないのでしょうね」
「まあな。だが、もしも俺に勝てたら、洗いざらい話してやってもいいぞ!」
「その話、乗りました!」
言うが早いか、『エリクシア流魔闘術』で身体能力を上昇させた私は、一足跳びでオルブルに迫る!
「シッ!」
一瞬で間合いを詰め、強打を打ち込むための布石として、牽制の打撃を数発放つ!
それらを、片手で軽くいなしたオルブルは、即座に反撃を放ってきた!
向かってくる反撃の蹴りをガードした私は、その勢いを利用して、一旦、奴から距離を取る!
挨拶程度の、ファーストコンタクト……。
しかし、そのわずかな接触から、私はなんとも言い様の無い、妙な違和感を感じていた。
「……エルフがいきなり格闘戦とか、びっくりするわ!」
少しは意表を突けたようで、オルブルは構えたまま、素早く魔法の詠唱する!
むっ!これは好機!
牽制のつもりなんだろうけど、全身これミスリルな、私の『戦乙女装束』には、魔法はほとんど通じないのだから!
「氷結霧氷!」
オルブルが発動させた魔法で、広範囲に極寒の霧が発生する!
本来、この霧に触れれば、たちまち冷気で熱を奪われ、行動不能や最悪凍死という、厄介な魔法だ。
しかし、魔法を弾く私のスーツには通用しない!
むしろ、この霧を煙幕代わりに利用して、奴に一撃を打ち込んでやる!
「なにっ!?」
なんの躊躇も無しに、魔法の範囲内に飛び込んで来た私に、オルブルは驚きの声をあげる!
そこに、一瞬の隙ができたっ!
「もらった!」
がら空きの顔面へ、渾身の一撃が突き刺さる!
だが……。
「……お前の『戦乙女装束』とやらには、魔法が効かないのかよ……驚いたな」
岩をも砕く、私の突きをまともに受けながら、オルブルは微動だにしていなかった。
「ぐっ……」
なにより、平然としているオルブルの態度と、奴を殴った時に私に伝わって来たイメージが、言葉を失わせる。
言うなれば、樹齢千年を越える巨木に、太い鋼鉄の芯を通らせたような、あり得ないイメージ。
それは、一個人の拳では倒せない、絶対的な質量の差を感じるほどの頑強さだった。
「ボーッとしてると、危ないぞ?」
人間を殴った物とは思えない、その感触に戸惑っていた私に、オルブルは羽虫でも払うような仕草で、軽く手を振ってきた。
やや反応に遅れた私は、思わずその手をガードで受けるが……。
「がっ……!」
思いもよらぬ衝撃に、ガードした私は体ごと弾き飛ばされてしまう!
な、なんだ、これは……!?
速いとか、強いとかじゃなくて……お、重い!?
「おいおい、大丈夫か?」
体勢を立て直し、かろうじて着地する私に、オルブルはからかうような口調で両手を広げて見せる。
そんな奴に向かって、私は今の攻防で導きだした、可能性のひとつを口にした。
「……『重さ』を操っているんですか?」
「へぇ……もう見抜くとは、さすがだな」
感じたイメージから連想した私の言葉は、どうやら当たっていたらしい。
あっさりと認めたオルブルは、バレたなら逆に自慢してやると言わんばかりに、奴のスーツの特性について語りはじめた。
「お察しの通り、俺の『奈落装束』は『装着者に負荷をかけることなく、その重さを一万倍まで変える』事ができるというのが特性だ!」
い、一万倍!?
それはつまり、奴の体重が七十キロだとすると、七十万キロ……七百トンの重さにまで、変化させられるという事なのっ!?
そ、そんな、子供が考えて盛りすぎたような能力なんて、あり得ないだろう……!?
第一、そんな重さを実現したら、地面にめり込んで動けなくなってしまうじゃないか。
「ああ、俺が接地する場所にも、負荷はかからないように調整してあるから、安心してほしい」
うっ……私の内に浮かぶ疑問を読んでいたのか、オルブルはそんな事を口にした。
だが、そこまで自由自在だなんて、なんにしてもふざけた能力過ぎる。
「フフフ……自然界においても、『重さ=強さ』だ。お前は格闘戦が得意のようだが、今の俺は例えるなら『全身鎧を身に纏い、軽量級の動きができる七百トンのファットマン』といった所か。さて……勝てるかな?」
き、聞いてるだけで、倒せる気がしない……。
オルブルの言葉を受けた私の背中を、冷たい嫌な汗が流れていた。




