07 彼の名は……
エルフの国に滞在してから、三日程が経った。
その間に、色々と私の周りの環境が変わる話もあったけど、最も印象に残ったのは、アストレイアの親……つまり、今の私の両親と再会した事だろう。
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「エリクシア……本当に貴女なのね……」
「立派に……生き抜いてくれていたんだなぁ……」
当時、私が赤ん坊だった頃に見た記憶のまま、まったく変わっていない両親の姿。
そんな二人は、私を捨てた時とは違う意味で、ボロボロと泣いていた。
「あの時……掟とはいえ、お前を捨てた事を後悔しない日はなかった……」
「だけど、どんな理由があったとしても、貴女には私達を恨む権利があるわ」
「そういう事だ……お前が望むなら、僕達の首を持っていってくれ」
そう言うと、二人は膝をついて首を差し出すように、頭を垂れた。
いや、いらんて!
なんで、そんなストロングスタイルの謝罪になるのかな?
「前に、アストレイアから話は聞いています。わだかまりが無いと言えば嘘になりますが、恨みつらみは抱えていませんよ」
私も(前世の分も含めて)子供ではないし、世の中にはやむにやまれぬ事情があるというのは、十分に承知している。
なればこそ、過去に拘るよりも、未来へ向けての関係性を構築した方が、精神的にもずっと健全という物だろう。
「ああ……なんて優しい娘なのかしら。これはきっと、アナタに似たのね」
「そうだね……そして、この娘の知的な美貌は、キミから受け継がれた物に違いない」
「そんな……照れるわ、アナタ」
「照れる事はないさ、僕は本当の事を言っているだけなんだから!」
見つめ合う二人は、感極まったように言葉を無くして、堅く抱き締め合う!
……なにこれ?
なんでいきなり、イチャつき始めたの、この人達は?
突然始まった、両親の『二人だけの世界』っぷりに呆然としていると、申し訳なさそうにアストレイアがお詫びしてきた、
「ごめんね、お姉ちゃん……うちのお父さん達って、隙あらばイチャイチャしたがるのよ」
ハァ……と、うんざりしたようにため息を吐く、アストレイア。
そんな彼女に対して、両親はキリッ!とした表情になると、抱き締め合ったまま反論してきた!
「何を言っているんだ、アストレイア!僕達は、隙が無くても無理矢理イチャつくぞ!」
「そうよ!なんなら、弟か妹が増えるかもしれないから、楽しみにしてなさい!」
「そういう、生々しい事を言うのはやめてよ!」
アストレイアは、顔を真っ赤にしながら吼えるが、私も「たはは……」といった感じで、苦笑いする事しかできなかった。
夫婦仲が良いのは結構だが、年頃の娘の前ではやめてあげてね……。
◆
そんな感じで、私と両親との和解も成り立ち、いま私はスッキリとした気分で、女王アーレルハーレの元へ向かう。
ただ、この会合が終われば、間もなくエルフの国から旅立つ私に、ひとつだけ心残りのような物があった。
それは、あれからシンヤとは再会する事は出来ず、私とルアンタについて話す機会に恵まれずにいた事である。
まだまだ『私とルアンタの熱血訓練』とか、『私とルアンタの座学風景』とか、話し足りない事は沢山あるというのに……奴め、まさか逃げたのかな?
まぁ、情報収集に来ていたと言っていたし、他にも聴き込み等の仕事があるんだろうから、仕方あるまい。
だが、今度彼を見つけた時には、数日かけてみっちりと話してあげようと思う。
さて……それよりも、これからのアーレルハーレとの話し合いや、その後に行われる大切な催しについて、集中しないとなぁ。
話の内容は言わずもがな、私とアーレルハーレによる、義姉妹の契りについてだ。
これをやっておく事で、森を所有するエリクシアも王族(仮)だから、エルフの国は一枚板よ!と喧伝したのと同じになるらしい。
まぁ、実質の管理権は私にあるし、この国が壊滅的な被害にでも会わない限りは、手も口も出さないという事で、話をまとめる予定だ。
アーレルハーレを始め、この国のエルフ達は私の実力を知っているし、変に揉める事はないと思う。
なので、そちらに関しては、問題はないのだが……。
「ふぅ……」
思わず、ため息が漏れる。
このところ、シンヤに話してやろうと、ルアンタとの思い出を回想している内に、私の中の『ルアンタに会いたいゲージ』は上昇し続け、もはや限界に近づいていた。
面倒な話し合いなんか、ちゃっちゃと終わらせて、早く可愛い愛弟子に会いたいなぁ……。
「……話、聞いてる?」
「んあっ!?」
ルアンタの事を考えてぼんやりしていた所を、アーレルハーレに声をかけられて、思わず変な声が出る。
いけない、いけない。うっかりしてたわ。
「大丈夫、聞いてますよ」
「そう?ならよいのだけど……」
平静を装いつつ、取り繕った私に若干の疑いの目を向けつつ、アーレルハーレはコホンとひとつ咳払いをした。
「これで私と貴女は、晴れて義姉妹となりました!」
え!もう話は終わってたの?
しまった……途中から全然聞いてなかった。
「ダークエルフの貴女が王族に入った事で、ますますこの国から差別は無くなるでしょう」
うん、それは良いことだ。
「それに、今後は私の身に万が一の事があった時は、代わりにこの国を率いてくださいね」
うっ……それは勘弁してもらいたいなぁ。
言葉には出さなかったが、前世でゴタゴタを味わっている身の上としては、「実務を伴う王族なんて、もうコリゴリだよぅ!」という気持ちでいっぱいなのだ。
アーレルハーレには、為政者としていつまでも頑張って、無事にすごしてほしい。
私の、平穏な生活のためにもね!
「では、この後は国民の皆に、義姉妹の紹介を……」
「あー、ちょっとお忙しいとこ、ごめんください……よっと!」
アーレルハーレの言葉を遮るように、突然、入り口の方から、男の声が割って入った!
その聞き覚えのある声に、振り替えれば……奴がいた!
「シンヤ!?」
「よう、エリクシアさん。奇遇だねぇ」
町でたまたま出会った顔見知りのように、シンヤは軽い調子で手をあげて挨拶してくる。
何故、彼がこんな所に……ハッ!
「もしや、私とルアンタの話が聞きたくて、ここまで入り込んだのですかっ!?」
「んなわけあるかいっ!」
違うのっ!?
では、何をしにこんな所へ……?
そう問い返そうとした時、ふと、彼の足元に女王近衛兵の一人が、横たわっている事に、皆が気づいた!
「倒れている彼女に、何をしたんです!?」
ただならぬ気配に、女王を守るように囲む、アストレイア達と、シンヤの間に入るようにして、私は前に進み出る。
「いやぁ……どうやら、エルフは魔法をかけると寝ちゃうみたい」
惚けた事を言いながらも、彼がエルフを昏倒させるほどの魔法を使える事に、私は内心、驚いていた。
だって、どう見ても魔法を使うような雰囲気に見えなかったし、内包する魔力も大した事はなかったから……。
「貴方は……何者です!?」
「ふむ……確かにこの姿は、世を忍ぶ仮の姿だもんな。しかし、その実体は……」
芝居がかった口調で見栄を切りながら、シンヤは自身にかけていた偽装の魔法を解き、真の姿を解放する!
その瞬間、人間の姿だった時とは桁違いの魔力が、彼から噴き出してきた!
「これが俺の正体さ……騙してて、悪かったね」
穏やかな物言いで、詫びの言葉を口にする彼の姿は、額の角に青い肌といった、魔族の特徴がありありと出ている。
もちろん、その正体にも驚いだが、何よりも私に衝撃を与えたのは、それが前世でよく見た顔だったからだ!
……ああ、くそっ!
どおりで初対面の時に、見覚えのある気がしたはずだ!
「貴方は……貴方は、何者なんですかっ!」
私は叫ぶように、同じ言葉をもう一度、口にした!
「……あえて、この場の皆さんには、もう一度『初めまして』と言わせてもらおう」
そう、前置きしてから、彼は優雅に一礼する。
「我が名は、オルブル。魔王ボウンズールの配下にして、魔導宰相の地位を預かる者である」
前世の私と、同じ姿をした男の名乗りに、室内を静かな衝撃が走った!




