06 街角インタビュー
城を出て、エルフの町の様子を眺めながら、私はブラブラと散歩していた。
前にこの国に来た時は、アーレルハーレが洗脳されていた事もあってか、なんとなくギスギスした空気を感じたものだが、今は落ち着いた雰囲気で町行くエルフ達の顔も明るい。
あれで結構、ムードメーカーな女王なんだな……。
しかし、何より変わったと思えたのは、私が平然と町中を歩いていても、エルフ達から嫌悪の感情は向けられる事もない事。
そして、あちらこちらでダークエルフの子供達の姿を、見かけるという事だった。
ほんの少しの間に、随分と雰囲気が変わったものだ……。
何か理由でもあるのかと、道行くエルフにちらりと話を聞いてみる。
すると、以前に魔族の将軍を討ち取った、ダークエルフ(つまり私の事だ)のお陰で忌避感が薄れ、いずれ英雄になるかもしれないと、親元へ帰る事が受け入れられたそうだ。
掌返しが早すぎる気もするが、子供達の笑顔を見ていると、それでもいいかと思えてくる。
なんだか、デューナの過剰な母性本能が少し移ったのかもしれない。
「……さん、ダー……のお姉さん!」
「ん?」
一時の平和を享受する中、何やら私に呼び掛けている声がしたような……?
そんな気がして、辺りを見回すと、人込みを掻き分けながら、一人の男性が私の前にやって来た。
「ああ、気がついてもらえて良かった!」
息を切らしたその男は、三十代と思われる年の頃の人間。
そして、その装備一式から冒険者であると推測された。
しかし、なぜ人間がこの国に?
それに、私は見覚えがないのだが、向こうは私の事を知っているような雰囲気だ。
「初めまして、俺はシンヤって者です。見ての通りの冒険者で、情報収集のためにこの国に来てるんですよ」
最近は、このエルフの国でも、来訪する人間やドワーフを受け入れる事が多くなったらしい。
人懐っこい笑顔で、そう捲し立てたシンヤは、よろしくと握手を求めてきた。
だけど……。
「……申し訳ありませんが、エルフには初対面の人と握手するという、習慣がありませんので」
「ええっ?そうなんですか?受けてくれるエルフも、居たんだけどなぁ……」
「きっと、貴方に合わせてくれたんでしょう」
私は、素っ気なく返事を返したが……実を言えば別に初対面の相手でも、握手をしない事もない。
ただ、このシンヤと名乗る冒険者……確かに初めて会ったはずなのだが、なぜか何処かで会っている気がする。
身近にいたはずなのに、誰なのか思い出せない……そんな不確かで曖昧な感覚に、警戒心が頭をもたげ、私は彼と触れる事を避けていた。
しかし、表面的にはそんな素振りはまったく見せず、私は彼を観察しながら、それなりに友好的な態度で対応する。
何か、目的があって私に近付いて来たなら、会話の内にボロが出るかもしれないからな……。
「それで?私に、何か用なのですか?」
「ええ、実はつい先程、この国に到着したんですが、右も左もわからない始末でして……」
「この国に情報を集めに来たんでしょう?」
なのに、そんな体たらくでは、ロクな情報は集められないんじゃなかろうか。
そんな気持ちが、表に出てしまったのだろう、シンヤは「だからあなたに話を聞きたい」と頭を下げてきた。
「わかりませんね……この国の事を知りたいなら、周りに国民とも言えるエルフが、沢山いるでしょう。なぜ私のような、部外者で少数派のダークエルフに、聞いてくるんです?」
「いやぁ、ダークエルフは情報通で、色々と物を知っていると聞いていまして。それに、お姉さんって眼鏡かけてるし、なんか頭良さそうじゃないですか!」
なんですか、その頭の悪そうな理由は……。
「あ!俺、今すごく頭の悪そうな事を、言った気がする……」
自分で気づいてくれて、良かった。
「まぁ、それは冗談として……本音を言えば、有名なエリクシアさんと、お近づきになりたかったんですよ」
「……初対面なのに、私を知っているんですね」
「そりゃあ、もう!勇者ルアンタと共に魔族と戦う、無敵の虎エリクシアと、最強の竜デューナといえば、冒険者の間では語り草ですからね!」
なぜワタクシが、ナチュラルにハブられておりますのっ!?といった、ヴェルチェの声が聞こえた気がしたけれど、それはさておき。
初めて聞いた二つ名(魔族が付けたのとは、えらい違いだ)と、自分達がいかに注目の的であるかを、シンヤは熱く語る!
その熱の入り様は、周辺のエルフが「なんだ、なんだ?」とざわつく程であった。
「わ、わかりましたから、もう少し声のトーンを抑えてください!」
「おっと、これは失礼」
我に返ったシンヤは、ふぅ……と額の汗を拭いながら、ぺこりと一礼する。
「ですが、それくらい俺はあなた達のファンだって事です!」
そう言われると、悪い気はしないな。
だけど、そうなると彼が集めたい情報というのは、この国の事ではないんじゃないかだろうか?
私がそこを指摘すると、シンヤはニヤリと口角をあげて、まさにその通り!と頷いた。
「もちろん、この国の情報を集めに来たのも本当ですが、偶然にもエリクシアさんにお会いできたんですから、是非ともご本人からその武勇伝を聞きたいじゃないですか!」
「そういう物ですかね……」
「そういう物です!」
強く断言したシンヤは、何処か座って話せる所で、ゆっくりと聞きたいと、飲食店へ入る事を提案してきた。
「もちろん、俺が奢らせてもらいますよ。噂ばかりでなく、英雄本人の口から、今後の歴史に残すべき偉大な資料が聞ける、チャンスですからね!」
むぅ……そんなに持ち上げられると、くすぐったいな。
だけど、一介の冒険者がここまで私達の事に食いついてくるのも、なんだか怪しいような……。
「少年勇者と美しきダークエルフの恋愛譚……これは皆が聞きたがるでしょうねぇ」
「んもう、仕方がないですねぇ!」
そうかぁ、私とルアンタの事が、そんなに聞きたいかぁ!
それじゃあ、仕方がないなぁ!
「まぁ、恋愛譚というよりは、師弟の美しき日々といった内容ですが……」
そこから始まった私の話は、その後、日が暮れるまで続いた。
◆
「──という訳でして、ルアンタは私に……」
「あ、あの、すいません、エリクシアさん……今日はこの辺で……」
ん?
なんだか少しげっそりとしたシンヤが、私の言葉を止めた。
気がつけば、すっかり日も落ちかけ、夜の帳が地上を覆い隠そうとしている。
「この国には、宿が無いもので、町の近くでキャンプをしなければならないんです。準備もありますので、今日はお開きという事で……」
「そう……ですか。まだ、やっと半分といった所なんですがね」
「は、ははは……」
何故か、引きつった笑いを浮かべるシンヤだったが、確かに完全な夜になってからでは寝床の準備もできまい。
さすがに、私とルアンタの事を聞きたがる見込みある人間とはいえ、勝手に城へ泊まらせる訳にもいかないだろうしね。
「わかりました。続きが聞きたい時は、いつでも声をかけてください」
「ええ。また、近い内にお会いしましょう」
そう言って、私達は袂を分かった。
城へと戻る帰路、シンヤに話した内容の場面を頭の中で思い出しながら、私は歩く。
その一つ一つが、キラキラした思い出だ。
前世では、決して味わえなかったこんな想いを、まさか女に生まれ変わってから感じるとは……。
そして、そんな気持ちを抱かせた愛弟子の顔を、思い浮かべる。
「ルアンタに会いたいですね……」
ポツリと呟いたその言葉は、雑踏の賑わいの中に紛れて、消えていった。




