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05 エルフと森

            ◆


「着きましたよ、お姉ちゃん!」

 元気よく告げるアストレイアと共に、『扉』の出口を抜けると、そこはエルフの国だった。

 しかし……便利なのはいいけれど、やはり精霊界を通るのには、まだ慣れないものがある。


「もう、お姉ちゃんもエルフなんだから、この感覚には慣れないと!」

 少々まいっている私を見て、「ぐったりしてるお姉ちゃんも、かわいい!」などと、アストレイアはクスクス笑う。

 いや、しかしだね、私がこうもへたっているのには、訳があるのだよ。

 それというのも、『扉』早くを定着させるために、モンスターの肉を供物にした時の印象が強すぎたためだ。


 あの時は、ちょっと興奮ぎみだったから気にしなかったけど、よく考えたら精霊王が触手みたいな方法で補食するって、どうなの?

 不可視だったからから良かったようなものの、目に見えていたら、かなりエグい光景だったんじゃないだろうか?

 そして、そんな触手精霊王の領域を移動すると考えてしまうと……ダメだ!


 エルフと触手なんて、いやらしい絵面しか、出てこないわ!

 酷いことするつもりなんでしょう!前世(まえ)に読んだ、異世界の青年向け(エロマンガ)みたいにっ!

 そんな、恐怖と戦いながらの移動だったのを、理解してほしい。


「……いつ、あの透明な触手に襲われるかと、警戒していた気疲れもあるのでしょうね」

「いや、触手って……私達が契約してるのは『植物の精霊王』だから、捧げ物を絡め取ったのは、樹木の根っこや枝みたいな物だよ?」

「それでも、あれだけウネウネ動くなら、触手みたいな物じゃないですかっ!」

「そ、その触手に対する警戒心は、いったい……」

 あまりに過剰な私の反応に、アストレイアも若干引いているようだ。

 まぁ、適当に「昔、触手系のモンスターで酷い目にあった」と誤魔化しておく。


「ふうん……それにしても、お姉ちゃんは色々とすごい魔法を使うんだから、精霊王みたいな存在とも近くていいはずなんだけどなぁ」

「元々、私の魔法は自衛のためにと、鍛えた物ですよ。それに、私の森ではあれほどの存在と、会った事はないですからね」

「そうなんだ。それにしても、『私の森』なんて言うと、まるで自分の『持ち森』みたいじゃない」

「ええ、私の持ち物ですが?」

 そう告げた瞬間、アストレイアはすごい真顔になって私を見つめていた。


「ど、どうしました?」

「お、お姉ちゃん……あの森に住んでただけじゃ、なかったの?」

「うーん……少なくとも、周辺の住民からは、私のテリトリーだと認識されてはいるはずです」

 あの森の近くだと、人間が住むのはガクレン周辺の都市ばかりだし、ドワーフの国とも近いけど、領有権を主張された事はない。

 まぁ、両者とも私を知っているし、こちらと揉めるくらいなら森の一つくらい譲渡するだろう。

 そう話すと、アストレイアはアワアワと狼狽えながら、私の肩をがっしりと掴んだ。


「おおおおお、お姉ちゃん!」

「な、なんですか?」

「あ、あのね……エルフが個人で森の所有権を持つって事は、独立国家を興したに等しい事なんだけどっ!?」

「はぁっ!?」

 突然、何を言い出すんだろう、この娘は。


「ははっ、それじゃあ私も、エルフの国の女王ですか?」

「そういう事だよっ!」

 そんな馬鹿な……冗談なのだろうと、少しアストレイアの顔を見つめていたが、いっこうに真剣な表情は崩れなかった。

「……え、マジ?」

「マジマジ!超マジ!」

 な、なんて事だっ!まさか、エルフにそんな文化があったなんてっ!


「エルフの女王は、いつも一人!え、えらいこっちゃ……このままだと、戦争じゃあ……」

「待ちなさい!今は、魔族との戦いを控えているんですよ!? 身内で争っていて、どうするんですか!」

 それに、仮に私が森の女王に認定されたとしても、国が二つになるだけ……新しい国が興るなんて、どこの世界でも、よくある事だ。

 そう説明をしたが、アストレイアは小さく首を横に振った。


「ダメなの……エルフは、一人の女王を頂点として、纏まる種族なんだよ。『二匹いれば樹液をすすれるのは一匹だけ』っていう、エルフの諺だってあるもん」

 そんな、カブトムシみたいな諺が……。


「わざわざ揉めなくても、話し合いで済ませればいいでしょうに」

「そう……だね。なんにしても、女王陛下との謁見はセッティングしてあるから、その時にでも……」

「ええ。穏便に済ませますよ」

 やれやれ……まさか、人間達との連合を組む前に、こんな問題が起こるとは。


 だが、長く根付いている種族としての掟というものは、なかなか変革しにくい物なんだろうな。

 まぁ、今の女王アーレルハーレは『ダークエルフに対する処遇』を変えた人物だし、この件に関しても柔軟に対応してくれるとは思う。

 あんまり心配することもないだろう。


「うん……よしっ!それじゃあ、さっそく女王陛下の所へ行こう!」

「そうですね」

 気を取り直した、アストレイアの言葉に頷き、私達はエルフの女王、アーレルハーレの待つ城へと向かった。


            ◆


「よく来てくれましたね、エリクシア」

 城に着いた私達は、さっそく謁見の間へと通され、アーレルハーレと再会を果たす。

 相変わらず、外見だけなら凜とした雰囲気の、できる女王って感じだ。


「まずは、私の代わりに人間達への使者の役目を担ってくださり、ありがとうございます」

「いいえ、たいした事はありませんでしたよ。では、これが人間達の国々から預かってきた、返書になります」

 そう返答した私は、人間の王達から預かった手紙を、取りに来た書記官らしきエルフに手渡す。


「では、そちらの内容に目を通し、皆と談義した後に返答いたしましょう」

 そこで言葉を区切ったアーレルハーレは、「さて……」と話す相手を切り替えた。


「アストレイア、何か私に報告があるそうですね?」

「はっ!実は、お姉ちゃ……エリクシア様が、個人で森を所有(・・・・・・・)している事(・・・・・)が判明しました」

 その一言に、謁見の間がざわりと揺らぐ。

 うーん、さっき彼女が言っていた通り、エルフにとっては本当に由々しき問題っぽいなぁ。


「そ、それはつまり……陛下とあの方が、王権をかけて戦う?」

「で、ですが、エリクシア殿の強さは凄まじいですわ……」

「勝てねぇ……」


 ざわざわと話す、エルフ達の声が聞こえる。

 以前、この国を乗っ取ろうとした魔将軍、ザルサーシュとの戦いの際に、『戦乙女(ヴァルキュリア)装束(・フォーム)』を纏って戦う姿を見られていた事もあってか、九対一で私が有利と見られているようだ。

 当のアーレルハーレ本人すら、「死にたくない……」と呟いて、プルプル震えている。

 敗けをみとめるのが、早いな……。


「あー……エルフの掟については、アストレイアから聞きましたが……私は陛下と争うつもりはありませんよ」

 私が、ややこしい話はごめんだ!と、言わんばかりの態度で口を開くと、アーレルハーレの顔に喜悦の色が浮かぶ。


「私が、森の所有権を得たのもたまたまですし、女王の座を狙うつもりもありません」

「貴女に、そのつもりは無いかもしれませんが、やはり両雄は並び立たないものです。せめて、皆が納得する理由を……」

 呟いたアーレルハーレは、何か思案するように、顎に手を宛てて無言になる。

 暫しの沈黙の後、妙案でも浮かんだのか、彼女はパッと顔をあげた。


「……エリクシア」

「なんでしょう?」

「貴女、私と姉妹の契りを結びませんか?」

「はっ!?」

 あまりに突然なその申し出に、私は思わず変な声を漏らしてしまう!


「な、なんでそんな話になるんですかっ!?」

「……要は、王族と関わりない者が森を所有するから、問題なのです。ですから、仮にでも貴女が王族と関係者になれば、新国家を興すつもりはないという、証明にもなります」

「ああ、なるほど……」

「それに、ダークエルフである貴女が王族に近い場所へ所属すれば、ダークエルフへの謂われない差別も減るでしょうしね」

 ふむ、一石二鳥という訳か。

 だが、あのアーレルハーレの表情からするに、まだ何かありそうだ。


「他にも、メリットがあるんですか?」

「そうですね……貴女という存在(・・・・・・・)と、この国との繋がりがより強化されれば、それだけでメリットが有ると言えるでしょう」

 ……その言葉の意味する所を考えれば、私という戦力に加え、その仲間も取り込める可能性まで考えている?

 だとすれば、この女王……割りとポンコツっぽく見えて、しっかりと最高の結果を得ようとしているわ。

 さすが、その肩書きは伊達じゃないって事か……。


「……いいでしょう。不毛な時間を過ごしても仕方ありませんし、姉妹の契りでもなんでも結ぼうじゃありませんか」

「承諾してもらえて、幸いです。では、そちらの準備も平行して進める事にしましょう!」

 まぁ、色々と同時に、進めておく必要があるのはわかる。

 しかし、ひとつだけ確認しておかねば。


「私と陛下が義姉妹となった後、私の森はどういう位置付けになるのでしょう?」

「そうですね……エルフの国の飛び地として、貴女が管理する森……そんな流れになるでしょう。精霊王の力で転移もできるようですし、他種族との交流や、この国に万が一の事があった時の、一時的に避難できる場所という事になると思います」

 ふむう、まぁ強引に接収される事も無さそうなので、そのくらいなら良しとしましょう。


 その後、ひとまずは目の前の問題である魔族との戦いに向け、人間とドワーフとの連合を組む事。

 そして、それと同時に女王と姉妹の契りの儀式を行う事だけは、決定した。

 そうして、儀式の詳細は後ほど伝えるとだけ告げられて、アーレルハーレとの謁見は終了し、私とアストレイアは退出する事となった。


「ふう……」

 謁見の間から出た私は、小さくため息をつく。

 まったく、思わぬ方向に話が転がっていったものだ。

 それでも、内部分裂の可能性を潰せたのだから、それなりに有意義だったと言えるだろう。


「お姉ちゃん……」

「ん?どうしました、アストレイア」

「お姉ちゃんが、陛下と姉妹の契りを交わしても、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだよね?」

 不安そうな妹の言葉に、私は苦笑しながら彼女の頭を軽く撫でる。

「大丈夫、何も変わりませんよ」

 そう言うと、アストレイアはホッとしたように、笑顔を見せた。

 フッ……ルアンタといい、アストレイアといい、純粋に慕ってくれるのは、嬉しいものだ。つい、甘やかしたくなってしまう。


 それから、仕事に戻るというアストレイアと別れ、私は城の来客室へ通された。

 だけど、何となく手持ち無沙汰になってしまったな。

 うーん……色々とやる事が決まるまでは、かなり暇だ。

 そういえば、以前この国に来た時、ダークエルフは別の居住区に纏められていたけれど、今はどうなんだろうか?


「……少し、町中を散策してみましょうかね」

 そう思い立った私は、世話役のエルフにその旨を伝えて、町中へと繰り出していった。

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