05 エルフと森
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「着きましたよ、お姉ちゃん!」
元気よく告げるアストレイアと共に、『扉』の出口を抜けると、そこはエルフの国だった。
しかし……便利なのはいいけれど、やはり精霊界を通るのには、まだ慣れないものがある。
「もう、お姉ちゃんもエルフなんだから、この感覚には慣れないと!」
少々まいっている私を見て、「ぐったりしてるお姉ちゃんも、かわいい!」などと、アストレイアはクスクス笑う。
いや、しかしだね、私がこうもへたっているのには、訳があるのだよ。
それというのも、『扉』早くを定着させるために、モンスターの肉を供物にした時の印象が強すぎたためだ。
あの時は、ちょっと興奮ぎみだったから気にしなかったけど、よく考えたら精霊王が触手みたいな方法で補食するって、どうなの?
不可視だったからから良かったようなものの、目に見えていたら、かなりエグい光景だったんじゃないだろうか?
そして、そんな触手精霊王の領域を移動すると考えてしまうと……ダメだ!
エルフと触手なんて、いやらしい絵面しか、出てこないわ!
酷いことするつもりなんでしょう!前世に読んだ、異世界の青年向けみたいにっ!
そんな、恐怖と戦いながらの移動だったのを、理解してほしい。
「……いつ、あの透明な触手に襲われるかと、警戒していた気疲れもあるのでしょうね」
「いや、触手って……私達が契約してるのは『植物の精霊王』だから、捧げ物を絡め取ったのは、樹木の根っこや枝みたいな物だよ?」
「それでも、あれだけウネウネ動くなら、触手みたいな物じゃないですかっ!」
「そ、その触手に対する警戒心は、いったい……」
あまりに過剰な私の反応に、アストレイアも若干引いているようだ。
まぁ、適当に「昔、触手系のモンスターで酷い目にあった」と誤魔化しておく。
「ふうん……それにしても、お姉ちゃんは色々とすごい魔法を使うんだから、精霊王みたいな存在とも近くていいはずなんだけどなぁ」
「元々、私の魔法は自衛のためにと、鍛えた物ですよ。それに、私の森ではあれほどの存在と、会った事はないですからね」
「そうなんだ。それにしても、『私の森』なんて言うと、まるで自分の『持ち森』みたいじゃない」
「ええ、私の持ち物ですが?」
そう告げた瞬間、アストレイアはすごい真顔になって私を見つめていた。
「ど、どうしました?」
「お、お姉ちゃん……あの森に住んでただけじゃ、なかったの?」
「うーん……少なくとも、周辺の住民からは、私のテリトリーだと認識されてはいるはずです」
あの森の近くだと、人間が住むのはガクレン周辺の都市ばかりだし、ドワーフの国とも近いけど、領有権を主張された事はない。
まぁ、両者とも私を知っているし、こちらと揉めるくらいなら森の一つくらい譲渡するだろう。
そう話すと、アストレイアはアワアワと狼狽えながら、私の肩をがっしりと掴んだ。
「おおおおお、お姉ちゃん!」
「な、なんですか?」
「あ、あのね……エルフが個人で森の所有権を持つって事は、独立国家を興したに等しい事なんだけどっ!?」
「はぁっ!?」
突然、何を言い出すんだろう、この娘は。
「ははっ、それじゃあ私も、エルフの国の女王ですか?」
「そういう事だよっ!」
そんな馬鹿な……冗談なのだろうと、少しアストレイアの顔を見つめていたが、いっこうに真剣な表情は崩れなかった。
「……え、マジ?」
「マジマジ!超マジ!」
な、なんて事だっ!まさか、エルフにそんな文化があったなんてっ!
「エルフの女王は、いつも一人!え、えらいこっちゃ……このままだと、戦争じゃあ……」
「待ちなさい!今は、魔族との戦いを控えているんですよ!? 身内で争っていて、どうするんですか!」
それに、仮に私が森の女王に認定されたとしても、国が二つになるだけ……新しい国が興るなんて、どこの世界でも、よくある事だ。
そう説明をしたが、アストレイアは小さく首を横に振った。
「ダメなの……エルフは、一人の女王を頂点として、纏まる種族なんだよ。『二匹いれば樹液をすすれるのは一匹だけ』っていう、エルフの諺だってあるもん」
そんな、カブトムシみたいな諺が……。
「わざわざ揉めなくても、話し合いで済ませればいいでしょうに」
「そう……だね。なんにしても、女王陛下との謁見はセッティングしてあるから、その時にでも……」
「ええ。穏便に済ませますよ」
やれやれ……まさか、人間達との連合を組む前に、こんな問題が起こるとは。
だが、長く根付いている種族としての掟というものは、なかなか変革しにくい物なんだろうな。
まぁ、今の女王アーレルハーレは『ダークエルフに対する処遇』を変えた人物だし、この件に関しても柔軟に対応してくれるとは思う。
あんまり心配することもないだろう。
「うん……よしっ!それじゃあ、さっそく女王陛下の所へ行こう!」
「そうですね」
気を取り直した、アストレイアの言葉に頷き、私達はエルフの女王、アーレルハーレの待つ城へと向かった。
◆
「よく来てくれましたね、エリクシア」
城に着いた私達は、さっそく謁見の間へと通され、アーレルハーレと再会を果たす。
相変わらず、外見だけなら凜とした雰囲気の、できる女王って感じだ。
「まずは、私の代わりに人間達への使者の役目を担ってくださり、ありがとうございます」
「いいえ、たいした事はありませんでしたよ。では、これが人間達の国々から預かってきた、返書になります」
そう返答した私は、人間の王達から預かった手紙を、取りに来た書記官らしきエルフに手渡す。
「では、そちらの内容に目を通し、皆と談義した後に返答いたしましょう」
そこで言葉を区切ったアーレルハーレは、「さて……」と話す相手を切り替えた。
「アストレイア、何か私に報告があるそうですね?」
「はっ!実は、お姉ちゃ……エリクシア様が、個人で森を所有している事が判明しました」
その一言に、謁見の間がざわりと揺らぐ。
うーん、さっき彼女が言っていた通り、エルフにとっては本当に由々しき問題っぽいなぁ。
「そ、それはつまり……陛下とあの方が、王権をかけて戦う?」
「で、ですが、エリクシア殿の強さは凄まじいですわ……」
「勝てねぇ……」
ざわざわと話す、エルフ達の声が聞こえる。
以前、この国を乗っ取ろうとした魔将軍、ザルサーシュとの戦いの際に、『戦乙女装束』を纏って戦う姿を見られていた事もあってか、九対一で私が有利と見られているようだ。
当のアーレルハーレ本人すら、「死にたくない……」と呟いて、プルプル震えている。
敗けをみとめるのが、早いな……。
「あー……エルフの掟については、アストレイアから聞きましたが……私は陛下と争うつもりはありませんよ」
私が、ややこしい話はごめんだ!と、言わんばかりの態度で口を開くと、アーレルハーレの顔に喜悦の色が浮かぶ。
「私が、森の所有権を得たのもたまたまですし、女王の座を狙うつもりもありません」
「貴女に、そのつもりは無いかもしれませんが、やはり両雄は並び立たないものです。せめて、皆が納得する理由を……」
呟いたアーレルハーレは、何か思案するように、顎に手を宛てて無言になる。
暫しの沈黙の後、妙案でも浮かんだのか、彼女はパッと顔をあげた。
「……エリクシア」
「なんでしょう?」
「貴女、私と姉妹の契りを結びませんか?」
「はっ!?」
あまりに突然なその申し出に、私は思わず変な声を漏らしてしまう!
「な、なんでそんな話になるんですかっ!?」
「……要は、王族と関わりない者が森を所有するから、問題なのです。ですから、仮にでも貴女が王族と関係者になれば、新国家を興すつもりはないという、証明にもなります」
「ああ、なるほど……」
「それに、ダークエルフである貴女が王族に近い場所へ所属すれば、ダークエルフへの謂われない差別も減るでしょうしね」
ふむ、一石二鳥という訳か。
だが、あのアーレルハーレの表情からするに、まだ何かありそうだ。
「他にも、メリットがあるんですか?」
「そうですね……貴女という存在と、この国との繋がりがより強化されれば、それだけでメリットが有ると言えるでしょう」
……その言葉の意味する所を考えれば、私という戦力に加え、その仲間も取り込める可能性まで考えている?
だとすれば、この女王……割りとポンコツっぽく見えて、しっかりと最高の結果を得ようとしているわ。
さすが、その肩書きは伊達じゃないって事か……。
「……いいでしょう。不毛な時間を過ごしても仕方ありませんし、姉妹の契りでもなんでも結ぼうじゃありませんか」
「承諾してもらえて、幸いです。では、そちらの準備も平行して進める事にしましょう!」
まぁ、色々と同時に、進めておく必要があるのはわかる。
しかし、ひとつだけ確認しておかねば。
「私と陛下が義姉妹となった後、私の森はどういう位置付けになるのでしょう?」
「そうですね……エルフの国の飛び地として、貴女が管理する森……そんな流れになるでしょう。精霊王の力で転移もできるようですし、他種族との交流や、この国に万が一の事があった時の、一時的に避難できる場所という事になると思います」
ふむう、まぁ強引に接収される事も無さそうなので、そのくらいなら良しとしましょう。
その後、ひとまずは目の前の問題である魔族との戦いに向け、人間とドワーフとの連合を組む事。
そして、それと同時に女王と姉妹の契りの儀式を行う事だけは、決定した。
そうして、儀式の詳細は後ほど伝えるとだけ告げられて、アーレルハーレとの謁見は終了し、私とアストレイアは退出する事となった。
「ふう……」
謁見の間から出た私は、小さくため息をつく。
まったく、思わぬ方向に話が転がっていったものだ。
それでも、内部分裂の可能性を潰せたのだから、それなりに有意義だったと言えるだろう。
「お姉ちゃん……」
「ん?どうしました、アストレイア」
「お姉ちゃんが、陛下と姉妹の契りを交わしても、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだよね?」
不安そうな妹の言葉に、私は苦笑しながら彼女の頭を軽く撫でる。
「大丈夫、何も変わりませんよ」
そう言うと、アストレイアはホッとしたように、笑顔を見せた。
フッ……ルアンタといい、アストレイアといい、純粋に慕ってくれるのは、嬉しいものだ。つい、甘やかしたくなってしまう。
それから、仕事に戻るというアストレイアと別れ、私は城の来客室へ通された。
だけど、何となく手持ち無沙汰になってしまったな。
うーん……色々とやる事が決まるまでは、かなり暇だ。
そういえば、以前この国に来た時、ダークエルフは別の居住区に纏められていたけれど、今はどうなんだろうか?
「……少し、町中を散策してみましょうかね」
そう思い立った私は、世話役のエルフにその旨を伝えて、町中へと繰り出していった。




