04 精霊王への供物
「お、お姉ちゃん……『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』って、なんなの……?」
「魔族の戯言です!気にしてはいけません!」
とんでもない渾名をつけられた私に、動揺するアストレイアを落ち着かせるべく、私はあえて強く冷静に言い切った。
「いや、勇者ルアンタの仲間は『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』のダークエルフと、『大剣炎姫』のハイ・オーガって触れ込みで、すでに魔界中に広まっている!誤魔化す事など、できませんぞ!」
なんで私はそんなんで、デューナの渾名は格好いいんだっ!
というか、いくらヴェルチェが口走ったからって、律儀にそんな渾名は使わないでほしいっ!
「それにしても、こんな所で上級モンスターを蹴散らすような、ヤバい相手に会うとは、思ってもみませんでしたよ……」
フォルジクスは緊張したように呟くが、それはこちらも同じような物だ。
先程倒した『ナインテール・コカトリス』や、『トリプルヘッド・バジリスク』……奴が余裕を見せていたから、不意打ちで一撃だったけど、もしも初手から暴れだしていたら、かなり苦戦させられただろう。
それくらい、毒と石化は厄介な物だ。
さすがに、あんなモンスターはもう連れていないと思うけど、ちょっと周辺の気配を探ってみよう……。
ヨシ!近くに、強そうなモンスターの気配はないな!
奴が連れていたゴブリン達も逃げているので、今はフォルジクス一人のはず!
今まで魔将軍と戦った経験上、奴等の素での戦闘力は、あまり高いものではない。
私とアストレイアの二人でかかれば、遅れを取る事はないだろう。
「本来なら、貴女方を見過ごしたりはしないのですがねぇ……我にも任務が残っているので、ここは引かせてもらいましょうか」
やはり、フォルジクスはジリジリと間合いを取って、逃げる気配を醸し出している。
しかし、見過ごせないというのは、こちらの台詞だ。
奴の能力は面倒だし、またオルブルが何か暗躍しようとしているなら、それを潰しておけばルアンタに降りかかる火の粉が減るという物よ!
「逃がしはしませんよ。魔導宰相が何を企んでいるのか、洗いざらい吐いてもらいます!」
「フフフ……そう言われて、我が何か話すとでも?」
「ええ。どうしても話したくなるようにするのは、得意ですから……」
少しばかり殺気のこもった笑みを向けてやると、たちまちフォルジクスの足がガクガクと震え、口の端から泡を吹き出し、涙目になって過呼吸ぎみにゼェゼェいいだした。
そんなに体調崩されると、「ち、違……私、そんなつもりじゃ……」って気分になってくる……。
うーん……どうやら、前に戦った魔将軍達よりも、奴は直接戦闘は苦手みたいだなぁ。
まぁ、後方でモンスターを操るのが本職なのだろうから、それも当然かもしれないけど。
そう判断した私達は、一気にフォルジクス取り押さえようと身構える。
だが、次の瞬間!
突然、森の中から飛んできた鉤爪のついたロープが魔将軍の体を捉え、一本釣りよろしく、奴を空中へと引っ張りあげた!
「なっ!?」
驚く私達を尻目に、上空で回転して体勢を整えたフォルジクスが、颯爽と着地する!
そして、奴の降り立った地点には、逃げたはずのゴブリンどもが隊列を組んで待ち構えていた!
そうして、フォルジクスを神輿のように担ぎ上げられると、一目散に森の中へ向けて走り出す!
「フハハハ!ゴブリン達は、逃げたのではない!こんな事もあろうかと、後方に待機させただけなのだよ!」
くっ!
完全にビビったような、あまりにも自然な散り方だったのに、意外にも芸の細かい事をっ!
「さらばだ、『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』……いや、『乳首レディ』達よ!」
「なんですか、その略し方ぁぁっ!」
そんなの、まるで痴女みたいじゃんっ!
ただでさえ不名誉な渾名を、さらにひどい物にするとは、許すまじ!
私は魔将軍に向けて、無詠唱の魔力弾を連射して、追撃を行う!
「うわっ!? 乳首以外からも、魔力弾を撃つじゃん!」
やかましい!
慌てて喚くフォルジクスに向けて、私はさらに激しく攻撃を放つ!
しかし、気持ち悪いくらい滑らかに動く、ゴブリンの群れを少し削っただけで、まんまと逃げられてしまった。
……って言うか、なにあの動き!?
普通ならてんでバラバラに動くゴブリンの集団が、統率の取れたゴキブリの群れみたいで、すごく気持ち悪かった。
だが、あれが自称『魔獣を統べる者』の能力か……。
あんな風に、上級モンスターを指揮されたら、かなり厄介な能力には違いない。
できれば、この場で仕止めておきたかった……だが、オルブルからの命令があるらしい、あの口ぶりからして、また奴とはどこかでぶつかるだろう。
その時は、全力で叩き潰す!
そう、奴の能力以上に、ふざけた渾名を、広げさせないためにも!
「お姉ちゃん、大丈夫?」
全力で追撃していたため、少し呼吸を乱していた私に、アストレイアが問いかけてきた。
「……ええ、少し取り乱しました。みっともない所を、見られてしまいましたね」
「ううん、そんな事ないよ。それにしても、『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』なんて、ひどい呼び方だよね!なんなのよ、『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』って!」
妹はプリプリと怒っているようだが、その名前を連呼するのはやめてほしい。
というか、もう『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』って言いたいだけじゃないの?
しかし、うんざりしていた私をよそに、アストレイアはハッ!と何かに気付いたように、ぎこちなくこちらへ顔を向けてきた。
「お姉ちゃん……もしかしたら、ルアンタ君とそういう事をして、母乳が出るようになったとかじゃないよね……?」
「そんな訳がないでしょう!」
おかしな邪推をする妹の頭部に、思わず放った手刀が叩き込まれ、そのまま彼女の意識を奪った!
し、しまった、つい強めにツッコミを入れすぎてしまったわ……目が覚めたら、ここ一時間ばかりの記憶を失っていますように。
◆
ひとまず、生家の落書きを消す前に、先程倒したモンスター達の亡骸から、使えそうな素材を採取する。
『トリプルヘッド・バジリスク』の、頭部を吹っ飛ばしたのは、少しもったいなかったなぁ……等と思いつつ、『ナインテール・コカトリス』の大蛇部位が、きれいに無傷で採取できたのはラッキーだったとほくそ笑んだりしていた。
さて、解体後に残った肉なんかはどうしようか。
いつもなら、大食らいのデューナや、成長期のルアンタがいるから、ある程度消費した後に、保存食とかにしておくんだけど、さすがにこの量を一人で捌くのはなぁ……。
一応、狼達に分け与えたりもしたけれど、それでもまだまだ大量に余っている。
そびえ立つそれらを前に、腕組みをして悩んでいると、アストレイアが目を覚ました。
「あれ……ここはどこ?私はいったい、なんでこんな所に……」
むっ?うまい具合に、記憶を失っている?
そんなアストレイアに声をかけると、私の姿にひどく驚いた様子だったが、同時に何か納得したかのように、大きく頷いた。
「そうか、お姉ちゃんに会いたいあまり、不完全な精霊会への扉に入ってしまったから……」
ふむ……どうやら、強引な転移のせいで失神したと思っている様子。
これは、好都合なのでそういう事にしておこう。
ただ、私の胸を凝視しながら、「……乳首?」と小首を傾げるのが、なんだか怖いけど……。
「ああ、そうだ!アストレイア、良かったらこのモンスターの肉など、エルフ達で食べたりしませんか?」
「わぁ、すごい量だね!お姉ちゃんが倒したモンスターなの?」
「そんな所です」
「さすがお姉ちゃん……でも、どうせなら精霊王への捧げ物にしちゃったらどうかな?」
「捧げ物……ですか?」
「うん。そうすれば、『扉』が完成する時間を、短縮できると思うよ?」
そんな裏技が……でも、確かにちょうどいい。
「そうですね……ではお願いします、アストレイア」
「任せて、お姉ちゃん!」
頼られたのが嬉しかったのか、元気いっぱいに答えた彼女は、さっそく精霊王への呼び掛けを始める。
そうして少しすると、『扉』となる空間から、不可視の触手のような物が伸びてきて、モンスター達の肉に絡み付き始めた。
空気が揺らいでいるから、それを感知できるけれど、なんだか透明なタコの補食シーンみたいで、ちょっと気味が悪い。
やがて、その透明な触手はモンスターの肉を『扉』へ引きずりこむと、空間に「ゴチ!」という文字が浮かび上がった。
「精霊王も、どうやら捧げ物に満足したみたいだね」
お口に合ったのなら、何よりである。
すると、不安定に揺れていた『扉』の空間が、しっかりと固定したような雰囲気になった。
どうやら、精霊世界へとお誘いいただけたようである。
「これで、もう大丈夫。エルフの国まで、あっという間だよ!」
ビッ!と親指を立てたアストレイアは、さっそくエルフの国へ向かおうと誘いながら、私の腕に抱きついてきた。
だけど、今すぐに行くわけにはいかない……家の掃除が、残っているのだから!
「後にしようよ!」
「そうはいきません!」
しばしの押し問答の結果、結局アストレイアにも手伝ってもらって、家の掃除を優先させた。
そんな私達が、『扉』に浮かんだ「早く通れよ……」といった精霊王の言葉に気付いたのは、それから二時間ほど過ぎてからだった。




