03 また出た魔将軍
「こんな森の奥に、結界の張られた掘っ立て小屋があるから、なにかと思えば……」
ぬ……失礼な!
自分で掘っ立て小屋と言うのは構わないけれど、他人に言われるとなんだか腹立たしい。
そんな失礼な事を口にした、ゴブリンの群れを率いる魔族の男は、私達を値踏みするように眺め、次いで狼達を一瞥した。
「ふむ……そこの狼達は、すでに君達の支配下にあったのか。どおりで、我の『支配の紋様』が通じない訳だ」
『支配の紋様』?
ひょっとして、この情けない感じに書かれた、眉毛の落書きの事だろうか?
それにしても、引き連れているゴブリン達といい、『支配の紋様』とやらといい、もしやこの魔族の男は、魔物使いかなにかなんだろうか?
「あまり、真っ当な人物とは思えませんが、何者ですか?」
「おお、これは失礼。まだ、名乗っておりませんでしたな」
魔族の男はゴブリンどもを下がらせると、私とアストレイアに向けて芝居がかった感じで名乗りをあげる。
「我こそは、誉れも高き魔導宰相オルブル様の直属、魔将軍の一人!人呼んで、『魔物を統べる者』、フォルジクスと申します!」
仰々しく頭を垂れるフォルジクスに、後方のゴブリン達が盛大な拍手を送っていた。
そんな魔族達に対して、私達の反応といえば……。
「ま、魔将軍!?」
「……ふーん」
アストレイアは驚いていたものの、私は薄いリアクションを返しただけだった。
そんな私に、フォルジクスもアストレイアも「ええ……」と、なにその反応と言いたげな顔になるけれど、それも仕方がない。
魔将軍なんてもう三人目だし、つい最近に格上の『三公』の軍勢と一戦交えたばかりだもの。
油断をするつもりは無いけれど、いいリアクションがとれるほど、驚きもしなくて当然だと思うのよね、うん。
「ふふん、魔将軍と聞いても壮大過ぎて、ピンと来ないようだ……。ならば、この近隣で大規模なモンスターの軍団が、人間の王都を襲った事件……それくらいは、知っているだろう?」
「ああ、あの……」
一応、当事者だけど、あえて口を挟まないようにする。
「そう!何を隠そう、あのモンスター大軍団を集めたのは、我の力なのだ!」
「へー……」
またも、大したリアクションを見せない私に、フォルジクスはガクンと肩を落として膝から崩れ落ちる。
そんな魔将軍を、周りのゴブリン達は元気付けようと声をかけていた。
仲いいな、アイツら。
しかし、準魔王とはいえ、ガンドライルにあれだけのモンスターを従える力は無かったはずだから、どうやって集めてたのかは気にはなってた。
それには、魔将軍の介入があったからなのかと、謎が解けてスッキリしたわ。
「やれやれ……そちらのエルフの騎士はともかく、森に引きこもった世間知らずのダークエルフが、無知なのは仕方がない事か」
ゴブリンどもから、どういう励まされたのかわからないけど、回復したらしいフォルジクスは、一人で納得したように呟いた。
あー、そういう風に解釈したんだなぁ。
でも、これは好都合かもしれない。
こちらを格下に見ているなら、色々と口を滑らせてくれる可能性があるからね。
「お姉ちゃんは、世間知らずなんかじゃ……モガッ!」
私をバカにされて、憤慨するアストレイアの口を押さえ、少しの間、静かに……と耳打ちした。
耳元にかかる、私の吐息で蕩けた顔になった妹は、頬を染めながらコクンと頷く。
なんでそんな、発情したような表情になるの?
その反応は、ちょっとどうなんだろうと、お姉ちゃんは思うな……と、ぴったりと私に寄り添う妹に、複雑な気持ちが沸き上がる。
でもまぁ、とりあえずアストレイアは静かになってくれたから、これで奴から情報を引き出しやすくなるだろう。
「それで、そのお偉い魔将軍様とやらが、人の家に落書きしまくるなんて悪戯をしていた、理由はなんですか?」
「悪戯などではないよ。それは結界を破るための、魔術式だ」
いわゆる、詠唱しなくても魔法を発動できる、『魔術の巻物』のように、魔力を込めた文字を書き込む事で、私の結界を破ろうとしたらしい。
「……どう見ても、誹謗中傷の罵詈雑言じゃないですか」
家に書き込まれている文言は、いい子が見ても理解できなさそうな、下品なスラングなども書かれている。
私も、少しは魔道具などの開発に携わる身だし、その観点からしても、こんな物が術式になるとは思えない。
「フフフ……それは、術者の心を折ることで結界を破る、呪いの術式でもあるのだ!」
いや、心が折れるどころか、腹立たしさしか感じないんですが?
「聞いたことがありませんね、そんな術式は」
「当然だ、なにせオルブル様が開発なされたのだからな!」
また、オルブルか!
魔族と私達に関わる何かにつけて、『前世の私』の名を騙る何者かの影が見え隠れする。
なんなら、現魔王の座にいる、偽のボウンズールよりも厄介なんじゃないだろうか?
その正体は、いったい誰なんだ……?
「しかし……そこの狼達や、小屋の結界が破られていない辺り、術者である貴女達が、ただ者ではないという事がわかります。ゴブリンや、ホブゴブリンごときでは、対抗できないでしょうねぇ……」
こちらを、手強そうな相手と認識したフォルジクスは、油断ならない目付きで、私達の挙動を見つめる。
さすが魔将軍だけの事はあって、もう気持ちを切り替えてきたか。
「そんな貴女達の相手は、コイツらにしてもらいましょう!」
高らかに宣言すると共に、パチン!とフォルジクスが指を鳴らす!
すると、彼等のさらに後方から、木々を押し退けて巨大な二つの影が姿を現した!
「な、なに……あのモンスター……」
驚くアストレイアが、思わず言葉を漏らす。
出現した二体の内、一体はパッと見で巨大な鶏に見える。
しかし、その尾の辺りは九匹の大蛇になっていて、毒牙を剥き出しにして、私達を威嚇していた!
そしてもう一体は、三つの頭を持つ巨大なトカゲ。
だが、その視線には魔力が感じられ、鋭い牙が並ぶそれぞれの口からは、紫色の毒気が溢れている!
この界隈……いや、エルフやドワーフの国にすらいないであろう、不気味なシルエットの怪物達に、私達は驚き、二の句が繋げないでいた。
これが、奴の切り札か。
「魔界に棲息するモンスター、『ナインテール・コカトリス』に『トリプルヘッド・バジリスク』です!人間の世界では、滅多にお目にかかれぬ、素晴らしくも恐ろしい怪物達ですよ!」
誇らしげに紹介する、魔将軍に応えるように、二体の巨大モンスターは天に向かって咆哮した!
……ちなみに、その雄叫びで、ゴブリン達は逃げ去ってしまったが、いいのだろうか?
さっき、あんなに慰めてもらってたのに……。
「さぁ!猛毒で苦しんで死ぬか、石化してオブジェとして飾られるか、選ぶがいい!個人的には、後者をおすすめするがね!」
コカトリスにしてもバジリスクにしても、毒と石化で有名なモンスターだ。
ましてや、魔界の上位種、フォルジクスが勝ち誇るのも無理はないし、普通なら奴の言う通りの惨劇になっていただろう!
……相手が、私でなければね。
『爆発魔法!!』×2
高速詠唱と共に、同時に放った二つの爆発魔法が、二体の怪物の上半身をあっさりと吹き飛ばす!
雨のように降り注ぐ、怪物達の肉片の中で、フォルジクスは何が起こったのか理解できずに、キョトンとした顔で残されたモンスターの下半身を見ていた。
「…………え?」
ようやく絞り出したその声には、現実が見えてきた戸惑いと、恐怖の色が混じっている。
「ええぇ?なんで!? 二体同時、ナンデ!?」
「人間の勇者の一人、ラブーラ翁に習った、二重詠唱魔法ですよ」
「に、二重詠唱魔法!?」
フォルジクスどころか、アストレイアも私の言葉に驚きの声をあげた。
まぁ、無理もない。
私だって、初めてラブーラのそれを見た時には、びっくりしたものだ。
なので、王都を出る前にやり方を教えてもらい、ちょくちょく練習していてのだが、最近になってようやくコツを掴んできた所なのだからね。
フフッ……これで、ますますルアンタの尊敬を、集めてしまいそうだわ。
「ば、馬鹿な……ほとんど上級モンスターの領域にいた、あの二体を一瞬で倒すなんて……はっ!」
怪物達の死骸を前に、ブツブツと呟いていたフォルジクスだったが、何かに気付いたのか、震えながら私の方に顔を向ける。
「……ガンドライル殿を撃退した勇者の仲間には、ハイ・オーガとダークエルフの女戦士が居たと聞いた……そして、そいつらは上級モンスターを、苦もなく蹂躙していたとも……」
おっ?どうやら、気付かれてしまったようだ。
ならば、こちらから自己紹介でもしてあげましょうか。
「貴方の言う通り。私は『 真・勇者』ことルアンタの師匠、ダークエルフのエリクシアです」
「や、やっぱりっ!」
ダラダラと冷や汗を流しながら、疑惑が確信に変わった事で、魔将軍は拳を握る手に力を入れる。!
「で、ではお前があの……」
『あの……』、か。それに続く言葉は、鬼か悪魔か……。
はたして、私は魔族達の間で、どのように噂されているのやら。
「『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』なんだなっ!」
「誰が『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』ですかっ!」
フォルジクスの声を、打ち消すように発せられた、私の怒声が森の中にこだましていった!
おのれ、ヴェルチェ!
貴女の狙い通り、不名誉なあだ名が、魔族に浸透しているみたいですよっ!
合流したら、泣かす!そう心に誓って、私は握る拳に力を込めていた!




