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02 再会姉妹

 不届きなホブゴブリン達を森の肥料へ変えた後、私は落書きを消すべく、大掃除モードに着替えていた。

 動きやすいよう装備を外し、シャツと短パンだけの服装になると、邪魔にならないように髪をポニーテールに結んで、「ふん!」と気合いを入れる。


 ……うーん、今の格好は愛弟子(ルアンタ)には見せられないなぁ。

 何て言うか、『ミステリアスで格好いい師匠』から『近所のお姉さん』みたいに、彼の見る目が変わりそうだし。

 やはり師匠たるもの、いつでも格好よく決めておかなきゃいけないよな。うん。


 そんな事を考えながら、さて掃除を始めようかと思った時、不意にエルフの魔道具の事を思い出した。

 精霊界への扉を開いて、中を通り抜ける事で、あっという間にエルフの国へと到着できる魔法……それを封じ込めたという代物なのだが、発動まで時間が少しかかるらしい。

 今のうちに発動させておけば、掃除が終わった頃には移動できるようになっているかもしれないな。

 魔族が暗躍してる中、時間の無駄を無くすのはよい事だ。

 私は、収納魔法のかけてあるバッグから魔道具を取り出し、説明書を見ながら、それを設置する事にした。


「ええっと……同程度の木が、ある程度の感覚を開けて育っているポイント……」

 なんだか、フワッとした説明だなぁ。

 それでも、条件に合いそうな木々を見つけると、同梱されていた呪符を貼り付け、説明書にあった呪文を唱える。


「……合ってるんですよね、これで?」

 いまいち、変化が感じられない。

 おかしいなぁ……と、しばらく魔道具を眺めていると、呪符に記された文字がぼんやりと光り始めた。

 それと同時に、木々の間の空間が歪みだして、この世界とは違う世界を映し出していく。

 おお……確か、アストレイアに初めて案内してもらった時も、こんな感じだったと思う。


 だけど、やはり初めての場所から精霊界に繋がるのには、時間がかかりそうだ。

 ならば当初の予定通り、先に家の掃除を済ませるべく、私がそちらに向かおうとした。

 すると突然、木々の間の空間が、グニャリと歪んだ。

 な、なんだ!?

 何か、不具合でもあったのだろうか?

 未知の魔道具だけに、下手に触ったら不味いかも……そんな風に考えていると、その歪んだ空間から、一人の少女が飛び出してきた!


「なっ!?」

「あれ……ここは……っ!」

 キョロキョロと周囲を見回した少女は、私と目が合うとパアッと顔を輝かせる。

「お姉ちゃん!」

「アストレイア!?」

 そう、扉の向こうから現れたのは、私の今世の妹。

 エルフであり、年若くして女王近衛兵(ロイヤルガード)を務める俊才、アストレイアだった!


「なぜ、貴女がここに?」

「それはもう、お姉ちゃんとまた会えるのが、待ちきれなくて……」

 聞けば、私に渡した魔道具が使われた反応があったら、即座に自分に教えてくれるよう、精霊達に頼んでいたらしい。

 近衛の仕事はどうしたんだ?と、問いたい所だけど、こうも慕ってもらえると悪い気はしなくて、小言も言えなくなってしまう。


「扉が完成するまで、それほど長い時間がかかる訳でも無いでしょうに……」

「まぁ……確かに、不安定な扉を潜るのは、ほんの少し危なかったけど……」

「そうなんですか?」

「うん。とは言っても、下手したら魂が抜けて落ちて、精霊界に捕らわれたりして、自我の無い精霊になって、さ迷うくらいだけどね」

「めちゃくちゃ危ないじゃ無いですかっ!」

 何を軽く言っているんだ、この娘は!?


「エルフの魂は、死後に精霊界へ行くから、そんなに怖がる物じゃないよ」

 あっけらかんとアストレイアは話すが、エルフの死生観とはそんな物なのだろうか?

 前世の魂を引き継ぎ、一人で生きてきた私には、ちょっとわからない……文化が違う。

 とはいえ、それでもわざわざ危険をおかす事はないだろうに。

 だいたい、彼女は『女王近衛兵(ロイヤルガード)』なんて、重要な地位にあるのだから、なおさらである。


「不急不要の、危険な真似はよしなさい。皆が心配しますよ」

「お姉ちゃんも、心配してくれる……?」

「……当たり前です」

「っ!!」

 私がそう答えると、アストレイアは再び顔を輝かせて、抱きついてきた。


「心配させてごめんね、お姉ちゃん!」

 反省する言葉とは裏腹に、ニコニコしながらアストレイアは、私の胸元へスリスリと頬擦りしてくる。

 甘える猫みたいで可愛いとは思うが、あまりのゆるゆるな姿に、別の意味で心配になってくるわ。


 どうもこの娘は、前々からダークエルフに憧れがあった上に、エルフの国で私達の活躍を見てから、シスコンに火が点いたように思える。

 まぁ、なついてくれるのは嬉しいけれど、こうして仕事に支障が出そうなのは、彼女のためにもよろしくないだろう。

 ……って、なんだか普通に『姉』として心配してるな。

 今は『デューナやヴェルチェ』とも上手くやっているけど、前世では『ボウンズールやダーイッジ』と殺伐としたやり取りばかりだったから、こんな感覚は我ながら新鮮だわ。


 とにかく、仕事を放棄しちゃダメだよ!と強めに苦言を呈すると、「ふふん!」といった感じで、アストレイアは微笑んだ。

「大丈夫!あわよくば、お姉ちゃんを『女王近衛兵』に誘うように、女王陛下から言われてるからね!これも、仕事の内だよ!」

 なるほど……ちゃんと断ったのに、あのエルフの女王は、まだワンチャン狙っているのか。

 頼りなさそうに見えて、そこは意外にも抜け目無いんだなぁ。


「……ところで、お姉ちゃん?」

「なんですか?」

「なんで、そんな格好を?」

 む……?

 ああ、言われてみれば、軽装が過ぎるか。


「これから、家の掃除をするところだったんですよ。だから、動きやすい格好をしていたんです」

「お姉ちゃんの家!?」

 それを聞いたアストレイアは、興味津々といった感じで、バッ!っと私の家の方へ顔を向ける!

 そして、そのまま固まってしまった。


「……何て言うか、その……前衛的?なデザイン、だね……」

 落書きをだらけの我が家を見て、アストレイアはなんとか言葉を絞り出す。

 いや、違うからね?

 その落書きを、消すための掃除だからね?


 変な誤解をされても嫌なので、事の経緯を説明すると、妹は気の抜けた声を漏らしながら納得してくれたようだ。

「それで、この子達も変な眉毛が書かれてたんだね……」

 先程から、少し離れて控えていた狼達は、アストレイアの言葉を受けて、「クゥン……」と悲しげに小さく鳴いた。


「でもさ、ホブゴブリンって、ゴブリンの上位種でしょ?そんな連中が、なんで落書きなんかに勤しんでたんだろう……」

 そこは確かに、私も少し気にはなっていた。

 なにしろ、『セックス&バイオレンス』の権化みたいな、ゴブリン種にしては行動がおとなしすぎる。

 結界が破れなければ、火を点ければいいじゃない!とばかりに、ただの腹いせで放火しても、おかしくない連中だもんなぁ。


「狼は、騎乗用として服従させようとしたのかもしれないけど、やっぱりこれは異常だよね……」

 いつの間にか、アストレイアの顔つきが、戦士のそれになっている。

 森の秩序を守るエルフとして、欲望のままに秩序を乱すゴブリン達の異常行動は、見過ごせないのだろう。


「まっとうに考えれば、ホブゴブリン達を配下に置き、組織的に運用している何者かがいる……といった所ですかね」

 私の意見に、アストレイアも頷く。

 欲望こそが行動原理なゴブリン種だが、相手が自分よりも強く、好きにやらせてくれるとなれば、従う場合もある。

 だが、ゴブリンどもが従うような輩が、まともな者であるはずもなく、大概が……いや、全てが邪悪な思考の持ち主であると考えていいだろう。

 そして、今の時勢でこんな事をしそうな奴等といえば……魔族に関わりを持つ連中の可能性が、大である。


 森に入る前、下級モンスターの統率された動きはないという情報を得ていたが、ひょっとしたら森の奥に潜伏しているために、把握できなかっただけかもしれないな……。

 いつも魔族の動きには、後手に回っていたし、これはエルフの国に行く前に、少し調べておく必要があるかもしれない。

 幸い、アストレイアの手も借りられそうだし、一丁やっておきますか!


「アストレイ……」

 妹に声をかけ、協力を頼もうとした、その時!

 森の奥から、こちらに向かって来る、複数の気配を感じた!


「……おやぁ?エルフの女が二人?」

 姿を現したのは、ホブゴブリンを含む、二十体ほどのゴブリンどもと、それを引き連れた男。

 そいつは、目深にかぶったフードの奥から、私達を値踏みするような視線を向けてくる。

「はて、そこの家の結界を破りに来たんだけど……もしかして、どっちがか持ち主なのかな?」

 そんな事を言いながら、外したフードの下から現れたのは、ニヤついた笑顔の魔族だった。

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