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01 ダークエルフ帰還

           ◆◆◆


 ヴェルチェ達と別れ、私は生家のある森へと向かっていた。


 元は、入り込んだ冒険者を襲う、恐ろしいモンスターに因んで『黒狼の森』と呼ばれ、今はそれを倒した私の名を取って、『エリクシアの森』と呼ばれる場所である。

 まぁ、『黒狼』は追い剥ぎじみた事をやっていた頃の私に、知らない間に付けられていた、あだ名みたいな物だったが。

 自作自演のようだが、それで面倒なく収まるなら、嘘も方便である。


 それにしても……しばらくぶりの単独行動は、なにか感傷めいた物を感じるなぁ。


 今の私に生まれ変わって……ううん、前世からして単独行動ばかりでぼっち気質だった私が、ほんの少しでも「一人が寂しい」なんて、思う日が来るとは……。

 これというのも、可愛い我が愛弟子のせいだろう。

 あの子が私の前に現れてからというもの、平穏だった暮らしは、あっという間に楽しくも騒がしい物となった。

 それに、復讐すべき相手としていた、ボウンズールやダーイッジとこんな形で和解し、共闘する日が来るなんて、想像もしていなかったもんな。

 まったく、人生というやつは何があるかわからない。


 そんな風に私は、久々に一人で行く旅路を、かつての思い出を反芻しながら、歩みを早めていった。


            ◆


 少々、急足ぎだった事もあり、私は予定よりも早いペースで『エリクシアの森』へと到着した。

「おや?」

 足を止めた私の視線の先には、森の入り口あたりで、何やら開拓をしている連中がいる。

 たぶん、ガクレンの町から派遣された、開拓者の一行だろう。


 初めは、山賊をしていたデューナ達を回避するための、道を作っていたはずだけど、なんだか普通に開墾してるな……。

 まぁ、ガクレンのギルド支部長に、許可した範囲内ならいいか。


 あの町は、これから前線基地やら、エルフやドワーフとの交流地点的な役割も担うだろうし、色々な意味で発展する可能性があるからね。

 とはいえ、私も今はエルフの端くれだし、色々と見られて困る物が生家にあったりするから、約束のラインを越えて森を切り開こうとしたら、許さないけど。

 忘れちゃいないだろうけど、一応、釘を刺しておこうかな?


 そう思い、開拓者達の近付いていくと、護衛の冒険者達が私の姿に気付いたようだ。

 そういえば、この辺でも野良モンスターはけっこう出てくるから、護衛が必要みたいな話をしていたなぁ。


「あれ?ダークエルフの姐さんじゃないですか」

「ん?」

 声をかけてきたのは、デューナ配下の見知ったハイ・オーガだった。


「どうしたんですか、こんな所で一人なんて?もしかして、ルアンタ君にフラれ……」

「…………」

 縁起でもない事を言おうとしたハイ・オーガを、軽く睨みつける。

 すると、彼は心底恐ろしい物でも見たような顔で、泣きながら謝ってきた。

 なんですか、人を化け物みたいに……。


 ああ、そうだ。

 ついでと言ってはなんだけど、私がいない間に、この辺りに何か変化があったか、最近の様子なんかを聞いておきたい。


「例の、王都での決戦以降、流れのモンスターによる襲撃なんかが、多くなりましたね」

 ハイ・オーガ達を含め、護衛に着いている冒険者達は、皆一様にそんな感想を口にした。

 ほとんどは、さほど強くない下級のモンスターなのらしいが、なにしろ数が多くてやっかいだとの事。


「ゴブリン程度でも、百単位の群れになると、洒落にならないですからね」

 確かに、小さな村なら壊滅するレベルだ。

 今の所は、そこまで統率が取れてはいないらしいが、今後、そいつらを率いる上位種でも現れたら、厄介な事になるだろう。


「そんな訳で、ダークエルフの姐さんも、見つけたら小マメに狩ってください」

 私は冒険者じゃないんだし、そういう事を頼んで来るのは、よくないと思うなぁ。

 まぁ、振りかかる火の粉なら払うし、害虫駆除みたいな物だから、手伝うのはやぶさかではないけれど。


 そんな風に、ある程度、近隣の状況を把握した私は、彼等に軽く挨拶してから別れ、再び森の奥にある我が家を目指して進んでいった。


 そうして、森に入ってすぐ、私はゴブリンの群れと鉢合わせになる。

 言ったそばからかい!


 どうやら開拓者達を襲おうとして進んでいた所に、一人で森に入ってきた私がいたから、景気づけに狙ってきたようだ。

 ふむう、この森の主(わたし)を知らない辺り、こいつらは流れのゴブリンだな?

 仕方ない、出会った以上は駆除しておこうか……。

 襲いかかってくるゴブリン達を丁寧にしばき倒し、森の養分になってもらうべく魔法で埋めてから、私は先を急いだ。


            ◆


「……下級モンスターが増えた、か。まったく、魔族は問題ばかり増やしますね」

 森を進んでいた私は、思わずそんなため息混じりの愚痴をこぼす。

 最初のゴブリンの群れに遭遇してから、その後さらに三度も私はモンスターの襲撃に会っていた。


 それも、ゴブリンだけではなく、この森にいなかったはずのコボルトやら人面犬、ポイズンチンパンジーなど、明らかにガンドライルが引き連れていた、モンスター軍団の影響が出ている。

 まぁ、ちょっと珍しいモンスターが見れたのは、楽しかったけど。

 だけど、そういった外部や魔界から来たモンスターに、森の生態系が壊されては困るな……。

 場合によっては、エルフ達に協力してもらって、駆除した方がいいかもしれない。

 そういった、森の秩序を守るのも、エルフの仕事だと聞いたしね。


 しかし、こんなに流れのモンスターが徘徊しているようだと、私の家も少し心配になってくる。

 ルアンタと共に旅立つ際に、魔法による防御結界を張ってきたし、使い魔的に扱っていた狼達に留守も任せた。

 だから、下級モンスターごときになら、どうこう出来るとは思わないけれど、もしもそれなりに強いモンスターがいたら……。

 少しばかり不安になり、焦る気持ちを抱えながら、徐々に私の足は早くなっていった。


 そうして、たどり着いた森の最奥。

 懐かしの我が家に到着した私は、愕然となった。


「なんですか、これは……」

 そんな呟きが、思わず漏れる。

 それというものも、私の家は屋根から壁に至るまで、びっしりと隙間なく、罵倒にまみれた落書きがなされ、汚物などによって汚されていたからだ!

 いったい、どこのグラップラーの家だよ!


 おそらく、室内の物を狙ったのだろうが、結界が破れなかったために、こんな真似をしていったのだろう。

 おまけに、私の帰って来た事に気づいて姿を現した配下の狼達には、八の字眉毛の落書きまでされていた。

 おのれ、細かい嫌がらせを……。


 ちょっと情けない、狼達の姿に吹き出しそうになるのを堪えていると、ギャアギャアと騒ぎながら、本日で何度目かになる、ゴブリンの群れが森の方からやって来た。

 おや?こいつらは、ゴブリンの上位種、いわゆるホブゴブリンというやつじゃないか。

 しかも、奴等が持っているのは、食用とは違うカラフルな粘りけのある、木の実の汁……ここの落書きに使われている物と、同じ物だ!

 間違いない、こいつらが私の家を汚し、狼達に眉毛を書いた犯人だな!

 ゴブリンよりも知能が高いだけに、こういった嫌がらせみたいな事もするとは、迷惑な奴等だわ!


 のこのこ現れたホブゴブリンの一団は、私の姿に気が付くと、悪びれるどころか、下卑た笑みを浮かべてよだれを垂らす。

 普通のゴブリンより、性欲や残虐性の高いホブゴブリンにすれば、私は極上の獲物に見えただろうからな。

 だけど、実力差を考慮できないあたり、所詮ゴブリンか。


 とはいえ、こいつらが下位のゴブリン達と合流して、徒党を組み始めたら、少し困る。

 今のうちに、始末しておくか……個人的な復讐も込めて。

 殺気と歓喜で、再び騒ぎ出す連中を前に、私は軽くごみ掃除(・・・・)をすべく、詠唱を開始した。

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