10 姫と女王の決着
『せあっ!』
「ぬん!」
『はあっ!』
「ふっ!」
ワタクシを模した巨神と、流星のように跳ねるキャロメンスが、踊るように何度も交差し、火花を散らします!
「大違いだ、先程の木偶とは!なかなか、楽しませてくれる!」
『ええ、これからもっと激しくいきますわよ!』
「言うじゃないか……だが、盛りすぎだろう、その胸は?」
『むっ!』
ワタクシが操る『姫を模した踊り子人形』の、揺れる胸部を見たキャロメンスが、呆れたように呟きます。
『ぐ、偶像の類いは、多少は盛られる物ですわ!』
それに、将来的には巨乳なる可能性もなきにしもあらずですもの!
……あら、何かしら?言ってて、涙が止まりませんわ。
そんな感じで、軽口を叩くワタクシに、キャロメンスも口角を上げて応え、攻防は激しさを増していきます!
……ですが、ワタクシには実際、それほど余裕がある訳では、ありませんでした。
現状を見るに、魔力の供給で再生可能な『姫を模した踊り子人形』は、耐久性と防御力においては、おそらくキャロメンスに勝っています。
しかし、圧倒的にスピードで上回る彼女を相手に、大きなダメージを与える事ができずにいました。
削られては回復し、削られては回復し……そんな膠着状態が続きます。
ここのまま、キャロメンスを捉えられなければ、やがてワタクシの魔力が尽きた時に、やられてしまいますわ……。
ここは、広範囲に影響を及ぼす技か魔法で、彼女の動きを止めなければなりません!
動きを止めてぶん殴れば、重量の分だけ大ダメージを与えられるという物ですわ!
ワタクシは、ゴーレムの体内で密かに詠唱を始め、その瞬間を待ちます。
……案外、詠唱している姿が外から見えないというのも、利点ですわね。覚えておきましょう。
そうやって、チャンスの到来を待ち構えていますと、わずかに大振りになったワタクシの脇をすり抜けて、キャロメンスが背後に回り込みました!
今ですわっ!
『地震波!』
ワタクシは、自身を中心として、広範囲に地面を揺らす土魔法を発動させます!
「うっ!」
突然、うねった地面に一瞬バランスを崩し、キャロメンスの動きが止まりました!
『もらいましたわ!』
ワタクシはそのまま、背後にいる彼女へ向かって、振り返り様に攻撃を加えようとしました!
ですが!
「はぁぁぁ……」
振り返ったワタクシの目に映ったのは、揺れた大地を大股で踏みつけるように体勢を保持し、狼の顎の如く両手を揃えて構える、キャロメンスの姿!
しまっ!? 誘いこまれたのは、ワタクシ……。
「牙冥覇滅刃ぁ!」
おそらくは、超圧縮された闘気を、一直線に放ったのであろう、破壊の衝撃波!
狼の遠吠えのような余韻を残しつつ、その一撃が収まった時には、ボロボロに崩れかけた『姫を模した踊り子人形』がガクリと膝をついていました。
ぐっ……辛うじて、形だけは保っておりますが……これ以上は戦闘に、耐えきれそうもありませんわね。
「ほう……耐えたのか、アレに。大したものだ、その耐久力は」
本当に驚いたといった風に、キャロメンスは称賛の言葉を口にします。
さすがに、あれだけの大技を放った彼女もだいぶ体力を使ったようで、かなり息が乱れていました。
ですが、受けたダメージで言えば、こちらの方が甚大。
機体の回復のために魔力を送りますが、これから来るであろう、キャロメンスの攻撃に対して、防御は間に合いそうもありません。
万事休す……そんな言葉が、頭に浮かびます。
「……って、嫌ですわ!ルアンタ様と結ばれてもいないのに、こんな所で死んでいられませんわぁ!」
ここで死んでは、エリ姉様の一人勝ちではありませんの!
想像の中で、ルアンタ様と抱き合って勝ち誇る、エリ姉様の顔が浮かびます。
んんっ!小憎たらしいっ!ですわ!
『うおぉぉぉっ!』
声をふり絞り、無理矢理にゴーレムの腕を振り回します!
「むぅ……底力か、恋する乙女とやらの!」
その気迫を警戒したのか、キャロメンスは後方に跳んで、距離を取りました。
「っ!?」
すると突然、着地したキャロメンスを、四方からせり上がった岩の壁が囲んで、閉じ込めます!
これは……土の精霊魔法!?
「大丈夫ッスか、ヴェルチェ様!」
キャロメンスを閉じ込めた、石壁を作ったアーリーズさんが、ワタクシの元へ駆け寄ってきました。
『……助かりましたわ。ですが、危険ですので、下がっていてくださいまし!』
「そ、それなんスけど……どうか、自分もそのゴーレムに乗せてほしいッス!」
『はぁ!?』
いきなり、何をおっしゃいますの、この娘は!?
「自分、魔力の量だけなら結構、自信があるッス!ですから、自分を魔力タンクとして、ヴェルチェ様のお役に立ててほしいんス!」
た、確かに、両性具有であるアーリーズさんの魔力量は、常人よりも遥かに大きいですわ。
それだけの魔力があれば、壊れかけた『姫を模した踊り子人形』も修復が可能かもしれません。
ですが……。
『この『姫を模した踊り子人形』は、まだまだ試作段階と言ってよろしい物です。どれだけ貴女の魔力を吸い取るか……予想がつきませんわよ?』
「構わないッス!自分の魔力の一滴までも、ヴェルチェ様に捧げる覚悟ッス!」
な、なんたる忠心!
ごめんなさい、アーリーズさん。
ワタクシ、貴女を単なる「隙あらばいやらしい事をしてくる、フタナリ娘」とか思っていましたわ……まぁ、それで合ってもいますが。
『……背中から、乗ってくださいまし!』
そう指示を出し、ワタクシはゴーレムの縦ロールをコントールして、背中を露にします。
そこに搭乗用の穴を開けると、彼女を内へと招き入れました。
「ここが……ヴェルチェ様の体内……」
正確にはゴーレムの体内ですが、アーリーズさんは感極まったように、潤んだ瞳でワタクシの後ろに座しました。
「では、周囲のどこでもよろしいので、両手を突き刺してくださいな」
「は、はいッス!」
なぜか、ひどく緊張した声で、彼女は答えます。
「ヴェルチェ様の体内に、自分の腕を挿入する……ドキドキするッス……」
何やら、ハァハァと息を荒げながて、アーリーズさんは自分の腕を、ズブズブと差し込んでいきます。
……なんでしょう、邪な雰囲気を感じますわね。
まぁ、そんな気配はひとまず置いといて、早速ワタクシはアーリーズさんとゴーレムを同調させ、魔力の供給を受ける事にしました。
「……えっ!?」
思わず、驚きの声が出ます。
アーリーズさんから流れて来る魔力の量は、予想以上に膨大で、満身創痍だった『姫を模した踊り子人形』が、一瞬で回復していきました!
さらに、ゴーレムは、より強靭で、よりしなやかな機体へと進化していきます!
これが両性具有の魔力……そして、『二人乗り』の力ですの……。
まさかのパワーアップに喜んでいると、閉じ込めていた石壁を破壊して、キャロメンスが姿を現します!
「やってくれたな、小細工を……。終わりだ、遊びは!」
闘気を高め、力を込めたキャロメンスは、放たれた矢の如く、一直線に突っ込んで来ました!
これまでとは、比べ物にならないスピード!
しかし……見えるっ!
突き出された彼女の拳を、ワタクシのゴーレムは易々と受け止めます!
「なにっ!?」
先程まで、ろくに反応もできなかったこちらが、急に鋭い動きを見せたためか、キャロメンスは一瞬動揺して、硬直しました!
ワタクシは、そんな彼女の腕を掴み、思いきり振り上げると、地面に叩きつけます!
「カハッ!」
ドスン!という、重音が響くほどの勢いで叩きつけられ、初めて苦痛の声を吐き出すキャロメンス!
もう一回!と、再び彼女の体を振り上げますが、惜しくも振りほどかれて、逃げられてしまいました。
「バカな……何が……」
たった一撃とはいえ、大きなダメージを負ったキャロメンスは、苦しげに呼吸を乱しています。
これは……思った以上に、ゴーレムがパワーアップしていますわ!
下手をすれば、前世のワタクシを越えるほどに!
なんという、嬉しい誤算!
……これなら、できるかもしれませんわね。
前世で、ワタクシが得意としていた、あの必殺技が!
『一気に決めますわよっ!』
ワタクシが、素早く土の精霊魔法を発動させると、地面に浮かび上がった輝く魔法円から、ゴーレムの巨体に見合った二振りよ剣が出現しました。
土の精霊の魔力で精製した、双剣を手に取り、重さを確かめるべく、軽く振り回してみせます。
ヨシッ!適度な重さが、馴染みますわ!
「一気に決める……か。こちらの台詞だな」
ダメージを負っているキャロメンスも、下手な小細工は無しとばかりに、全力を一撃に乗せるめ力を集中させます!
まったく……どこまでも潔いその姿は、敵ながら好感が持てますわね。
「はぁぁぁっ!」
雄叫びの尾を引きながら、今までで最高、最速の一撃を放つべく、キャロメンスが跳びます!
そして、それを正面から迎え撃つべく、ワタクシも必殺の技を放ちましたっ!
『魔界双剣究極奥義!瞬閃二十四連斬!』
光が、煌めきました!
次の瞬間、突進してきたキャロメンスに、ワタクシの必殺技がカウンター気味に決まり、彼女の全身を斬り裂いて、吹き飛ばします!
──ただ、必殺の剣撃を二十四回、同時に放つだけという、単純にして不可避の攻撃。
それが、ワタクシがダーイッジだった頃に得意としていた、「瞬閃二十四連斬」です!
今のワタクシでは、再現不可能だったこの技が放てたのも、『姫を模した踊り子人形』と、魔力を供給してくれたアーリーズさんのお陰ですわね。
なんにせよ、アレを食らえば準魔王といえるキャロメンスでも、もはや行動は不可能でしょう。
息があれば、捕虜にでもしましょうか……と、吹き飛ばされた彼女の方へ顔を向けました。
すると、なんという事でしょう!?
ヨロヨロと立ち上がったキャロメンスの体が、噴き出す闘気と共に、再生しているではありませんかっ!
深そうな傷もふさがり、千切れかけた手足も、元通りになっていきます!
た、確かに獣人は、再生能力は高いと聞きますが……そんなの有りですの!? そんなの有りですの!?
「見事だ……私の敗けだな、ここは」
また襲いかかって来るのではないかと、警戒していたワタクシ達に、彼女が向けてきたのは、まさかの敗北を認める言葉でした。
「残念だが……戦う力は残っていない、再生するのが精一杯でな」
確かにその言葉通り、少しフラつきながらキャロメンスは、クルリと踵を返して、魔属の領域に繋がっている坑道へと、歩き出します。
『どちらへ行くつもりですかっ!?』
「帰る。無理をするなと言われているからな、オルブル様から」
むう……戦闘狂が多い獣人であり、『三公』と呼ばれる彼女でも、好きな相手から言われた事には、従うようですわね。
さすがの乙女心ですわ!
ですが、ここで逃がす訳には……。
そう思い、追撃しようとしたのですが、『姫を模した踊り子人形』は、ガクンと動きを止めてしまいました。
「アーリーズさん、なにか不具合でもありまし……げえっ!」
魔力を供給してくれていた、アーリーズさんへと振り返った、ワタクシの目に映ったのは、ミイラのように搾り尽くされた彼女の姿でした!
「ま、まだまだ、いけるッスぅ……」
む、無茶ですわ!無茶ですわ!
蚊の羽音のような、か細い声しか出せないほど、限界を迎えてあえるアーリーズさんに、ワタクシも戦闘の継続は無理だと判断いたしました。
仕方ない、ここは痛み分けですわね。
ワタクシの代わりに追撃しようとする、ドワーフ達を制し(たぶん、今の彼女にでも返り討ちにされそうですので)、退却するキャロメンスの背中を見送っていると、不意に彼女がワタクシに顔を向けました。
「手合わせして思ったが……嫌いじゃない、お前は。だから教えてやる、ひとつだけ」
何を……?と思っていますと、ニヤリと笑ったキャロメンスは、自慢するように言いました。
「オルブル様だ。私達『三公』に、人間とドワーフを攻めるよう、要請してきたのは」
『なっ!?』
「エルフどもの攻略が失敗した時から、動いていたのさ、あの方はな」
『で、では、先のガンドライルの襲撃も、今回の貴女の動きも……』
「読み通りだ、全てあの方の……」
なんという事でしょう……。
今の魔王軍は、昔ではあり得ないほど、効率的に動いているとは思いましたが、その中心にいるのはオルブル……エリ姉様の、前世の名を語る偽者。
本当に、何者なんでしょう……そう思っていた時、ふとある考えが頭を過りました。
「『人間とドワーフに、『三公』を差し向けた……という事は、まさかのエルフの国にも!?』
「さあな……教えるつもりはない、これ以上は」
そう言い残すと、キャロメンスは坑道の奥へと姿を消しました。
『……急いで、この坑道を塞いでくださいませ』
「合点承知!」
ドワーフ達に指示を出し、ゴーレムから降りてアーリーズさんの介抱を任せると、ワタクシは空を仰ぎました。
……おそらく、エルフの国にも『三公』か、それに匹敵する刺客が放たれている事でしょう。
あちらに向かったエリ姉様は、大丈夫でしょうか……。
もしも、彼女に万が一の事があったら……。
「きっとワタクシが、ルアンタ様と幸せな家庭を、築いてみせますわ!」
そう誓った空に、ふざけんな!といった感じの、エリ姉様の声が聞こえた気がしました。




