08 『月牙大公』
──『三公』の一人、『月牙大公』キャロメンス。
『月牙大公』という役職はともかく、その名前は前世に聞いた事が有りますわ。
ダーイッジは直接戦った事はありませんが、魔界でもかなり有名な戦士でした。
その力は、一国の王であったガンドライル同様に、獣人達の国を統べる王……すなわち、魔王クラスと言えるほどの実力者です。
狼女王とも称された、恐るべき戦士……まさか、こんなに小柄で、モフッとしていて、邪悪な乳の持ち主とは、思いもよりませんでしたわ!
「ふぃふぃふぁひ、ふぁひぃほぉふふんへふふぁ!」
突然の被害にあったアーリーズさんが、キャロメンスに向けて抗議らしき物を発します。
というか、いい加減に、拘束具を外しなさい!
「……ふん」
しかし、キャロメンスはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、軽く腕を振りました。
すると、いきなりアーリーズさんを縛っていた拘束具が、鋭い刃で斬られたかのように、引き裂かれます!
「なっ!」
「い、いやーん!」
ワタクシ達の驚く声と、肌が露になったアーリーズさんの、恥じらいの声が重なりました!
慌てて、ワタクシがアーリーズさんを庇いながら、早く隠すよう促します!
ふぅ……上半身はともかく、下半身がボロン!しなくて良かったですわ。
ですが、あんな離れた場所から、軽く腕を振っただけでこの威力だなんて……。
恐るべき、力の一端を見せたキャロメンスを前に、緊張するワタクシ達。
ですが、彼女はそんなこちらを一瞥して、小さくため息を吐きました。
な、なんですの!?
「雑魚ばかりだな……ガンドライルを撃退した、勇者でもいるのかと思ったが」
し、失礼な!誰が雑魚ですの!……と、言い返してやりたい所ですが、残念ながらそう評されても仕方がありませんわね。
なにせ、人数は多くとも、まともに戦えるのは、ワタクシとアーリーズさん、そして『ディアボロス』の三人だけですもの。
地力でいえば分が悪い上に、ほぼ非戦闘員のドワーフ達は、勘定に入れられませんし、この場で言えば足手まといとなりかねませんわ。
「……あの方のためにも、反抗の芽は摘んでおかなければならない、か。乗り気にはならないがな」
あの方……?
そういえば、先程もそんな事を言っていましたわね。
「ボウンズールの命令で、ワタクシ達を叩きにきましたの?」
「はぁ?」
確認しようと、話しかけたワタクシの言葉に、キャロメンスは眉を潜めました。
あら?『あの方』なんていうから、上役である魔王の命令で動いていると思ってましたのに……。
しかし、彼女は小馬鹿にするように肩をすくめます。
「あんな奴の命令に、従う訳がないだろう?この私が」
ええ……?
一応、魔王直属の役職なら、従うのが役目なのでは?
ガンドライルもそうでしたが、やはり渋々とボウンズールに従っているだけなのでしょうか?
ですが、『あの方』なんて言い方をする以上、彼女を従わせている人物が、いるはずなのですが……。
「もしや……貴女の言う『あの方』とは、オルブルですの?」
『あの方』が、ボウンズールでないのなら、後はオルブルくらいしか考えられませんものね!
しかし、ワタクシがオルブルの名を出してみても、キャロメンスの表情は変わりませんでした。
違いましたかしら……?
そう、ワタクシが思っていた時、ふとキャロメンスの変化が目に入ります。
何やら、彼女の尻尾が動いているような……?
「オルブル」
試しに、もう一度その名を口にすると、またキャロメンスの尻尾がピクン!と反応しました。
こ、これは間違いありませんわ!
「貴女、オルブルに想いを寄せておりますわね!」
ワタクシの指摘に、キャロメンス自身ではなく、その尻尾が激しく反応しました。
「え?そうなんスか?」
「『三公』でありながら、魔導宰相様を?」
「やだ……ちょっと素敵……」
三人組が、意外そうに言葉を交わしているのを聞き、キャロメンスの表情が、照れて上気しているような雰囲気になっていきます。
さらに、尻尾はわかりやすいほどパタパタと、動いていて、これは……可愛い。
確かに、魔王直属の部下と、宰相の地位にある者が懇意にしていては、立場上ややこしい事極まりないでしょう。
ですが、そんな事で止められない恋心には、共感できますわ!
ねぇ、ルアンタ様っ!
残念ながら、この場にいらっしゃらない想い人に、ワタクシは内心で語りかけます。
「しかし、意外っちゃあ意外ッスね」
「そうだな……まさか、派閥の違うあの二人が……」
「きっとアレよ!障害が大きいほど、燃えるっていうやつよ!」
なんでしょう、何やら気になる事を言いますわね。
「派閥って、ボウンズールとオルブルの仲は、上手くいっていませんの?」
「いや、表だってバチバチしてる訳じゃ、ないッスけどね」
「ただ、仲が良さそうな雰囲気ではなかったな」
「そんな二人が……だから、秘めたる関係っぽくて、素敵ですよね!」
ふむ……かつて、魔将軍の配下だった彼等の言葉なら、信憑性がありますわね。
もしも、偽ボウンズールと偽オルブルの仲がうまくいってないなら、そこに付け入る隙があるかもしれませんわ。
そんな事を考えていると、突然キャロメンスはズドン!と、地面を踏み鳴らしました!
「お前らには、関係ない話だ……私が、誰を想おうとな!」
あ、あら?怒ってらっしゃる?
「だが、必ず殺さねばならなくなったよ、お前らは。知られた以上はな、あの方への想いを!」
え?
指摘されてからは、あんなにバレバレでしたのに、隠しているつもりでしたの……?
でも、なぜ隠す必要が……あ!
「もしかして貴女、オルブルに片思いをなさっているのでは?」
「っ!?」
図星だったのでしょう……キャロメンスは、端から見てもあからさまに、動揺していました。
ワナワナと震えた彼女は、キッ!とワタクシ達を睨み、「殺す」とだけで口にします。
「待ってくださいまし、同じ恋する乙女(?)として、貴女の想いを、みだりに喧伝するような真似は……」
「……問答無用。なにより、最初からお前らを排除しに来たんだ、私は」
……ハッ!
そういえば、そうでしたわ!
つい、恋バナに発展しそうな雰囲気に、うっかり忘れていました。
「……終わらせてやる、すぐにな」
ジャキン!と爪を立て、臨戦態勢になるキャロメンス。
こうなった以上、やるしかありませんわね。
彼女の言葉からは、絶対の自信が感じ取れますが、ワタクシには奥の手がありますわ。
それを見ても、その余裕が続きますかしら?
「そう簡単には、やられませんわ!お見せいたしましょう、ワタクシによる、新たなる戦いのやり方という物を!」
高らかに宣言したワタクシは、詠唱と共に土の精霊に呼びかけ、大地から体長五メートルほどの、巨大な土と岩の人形を精製します!
ここ数日の試行錯誤の末に(一応)完成した、ゴーレムを使った闘法……その名も、『ゴーレム・アーツ』!
土の精霊に魔法を得意とする、ワタクシならではの、この闘法。
元はエリ姉様の考案ですが、完成させたのはワタクシなので、ワタクシが開祖といっていいでしょう!
これで、エリ姉様やデュー姉様にも、戦いでひけをとらなくなりましたわ!
大地に立つ、雄々しきゴーレムの姿に、後方に下がっていたドワーフ達から、感嘆の声が聞こえてきます。
「なんじゃ、ありゃ!?」
「かっこええのぅ!」
「さすが姫さんじゃあ!」
ウフフフ、もっと誉めてくださっても、よろしくてよ?
「ほぅ……」
珍しい物を見たといった感じのキャロメンスを、ワタクシはビッ!と指差します!
「残念ながら、すぐに終わらせるのは、こちらの台詞でしたわね!さあ、お行きなさい!」
ワタクシが命令を下すと、忠実なるゴーレムは、キャロメンスに向かって動き出しました!
ズシン、ズシンと、重い足音を響かせ進むゴーレムは、鈍重ではありましたが、その巨体故の歩幅の大きさで、あっという間に間合いを詰めます!
そうして、拳を振りかぶり、標的に向けて、必殺の一撃を……。
「遅い」
拳が届く前に、ポツリと呟いたキャロメンスは、するりと交差するようにゴーレムの横を抜けて、攻撃をかわします!
華麗!かつ、見事な体さばき!
ですが、これで終りではありませんわよ!
「まだまだですわ!どんどん畳み掛けなさい!」
ワタクシは追撃の命令を、ゴーレムに下します!
ですが……。
「あ、あれ……?」
突如、命令に反応すること無く、立ち尽くしたゴーレムの後ろ姿に、ワタクシは変な呟きの声を漏らしてしまいました。
お、おかしいですわね……何か、不具合が出てしまったのでしょうか?
「無駄だ……。終わっているからな、すでに」
戸惑うワタクシへ向かって、呟いたキャロメンスが、パチン!と指を鳴らします。
すると、その音が合図だったかのように、いきなりゴーレムの体に無数の線が走り、そのままバラバラに砕け落ちて行きました!
う、嘘でしょう!?
おそらく彼女の仕業でしょうが、どうやって切り裂いたのか、まったく見えませんでしたわ!
「面白いとは思うがな、見世物としては」
足元に転がってきた、ゴーレムの破片を踏みつけて、キャロメンスはパッパッと埃を払います。
「そんなに甘くはないぞ……『月牙大公』の二つ名を持つ、私はな」
ゴーレムを引き裂いた爪を弄びながら、キャロメンスはワタクシ達に向かって話しかけてきました。
「さぁ、どうするつもりだ、次は?」




