07 闇から現れたのは……
「姫さんよ、偵察に向かわせるなら、いいルートがあるぜ?」
職人長の一人が、そんな風に提案してきました。
何でも、今掘り進めている坑道のひとつが、その滅ぼされた国の近くまで、伸びているそうなのです。
「実を言えば、すでに亡国に向けて坑道を作っていたんじゃ。権利者がおらなんだら、構わんと思ってのう……」
んん……何やら、空き家の物を物色する様な、少し気まずい感じも有りますが……。
まぁ、このご時勢ならその行動も、ギリギリでアリかもしれませんわね。
なにせ、魔族に利用されるよりは、ワタクシ達が役立てた方が、ルアンタ様を始めとした、皆のためになるのですから。
ですが、正式にワタクシ達の物になる目算が立った以上、その独断は内緒にしておきましょう。
痛くもない(ちょっと痛い)腹を探られるのは、面倒ですから。
なんにせよ、これで敵地への潜入が、少し容易になりましたわ。
「それでは……明日の朝、行動を開始いたしますわ!」
決行を告げるワタクシの言葉に、皆から力強い返事が返ってきました。
◆
──翌日。
偵察に向かうアーリーズさんを見送るために、ワタクシ達は件の坑道入り口へと集まっておりました。
ここから、トロッコに乗って、一気に進む算段です。
というか、レールまで引いてあるとは、かなり本格的に採掘するつもりでしたのね……他の種族に、バレてなくて良かったですわ。
「いやぁ、冒険者の一部は知っとるけどね」
そうなんですの!?
た、確かに、この国にはガクレンの町から派遣された、冒険者チームが駐留しておりますが……。
「なぁに、良いブツが出たら、それなりに分け前を渡すっちゅう事で、話はついとるがの」
心配していたワタクシに、職人達はほんのり黒い笑みを浮かべます。
あ、あなた方……グッジョブ!ですわ!
汚いやり方と、言うなかれ。
国を動かし、利益をあげるためには、時にグレーゾーンに手を突っ込む事も必要なのですわ。
何より被害を被るのは、魔族ばかりなのですから、ワタクシ達がほんの少しの罪悪感を抱えれば、それでよしと言った所でしょう。
これが、大人の事情という物ですわ!
「どいた、どいた!アーリーズさんのお通りだ!」
ワタクシ達が話していた所に、威勢のいい掛け声をあげながら、デアロさん達が何かを運んできました。
彼等の運ぶ手押し車に乗せられているのは、何故か拘束具に縛られたままのアーリーズさん!
……え?もしかして、昨夜から、ずっとこのままでしたの?
これから敵地に向かうというのに、大丈夫なんでしょうか?
「あの……まさか、この状態で送り出すつもりでは?」
「もちろんそうよ!」
「ふぇひふぁ!(できらぁ!)」
心配したつもりなのですが、アーリーズさんは何故か勢い良く答えます!
なぜ……なぜそう、変な方向にばかり、思いきりがいいのでしょう!?
「わかってやってくださいよ、ヴェルチェさん。これが、彼女なりの贖罪なんです」
いや、贖罪と言われましても……。
ビルイヤさんは、何かいい事言った風な顔で決めているのですが……正直わかりませんわ。
前世魔族だったワタクシから見ても、文化が違うとしか……。
そんな風に、困惑しているワタクシを横目に、彼等は準備を進めます。
「よっし!アーリーズさん、行くッスよ!」
デアロさんの号令に、魔族の三人組は、拘束されたままのアーリーズさんを担ぎあげました。
そのまま、上半身を起こした彼女を、神輿よろしく「ワッショイ、ワッショイ!」と運んで、トロッコへと乗せます。
……なんですの、これ?どこの奇祭ですの?
やはり、呆然としているワタクシをおいてけぼりにして、皆はトロッコに乗せられた、アーリーズさんに敬礼をしました。
「では、勇者アーリーズ殿!必ずや、任務を果たしてください!」
「うぇうふぇふぁふぁほ、はめひ!(ヴェルチェ様の、ために!)」
勇ましいアーリーズさんの返事と共に、魔族の三人組が魔法でトロッコを射出します!
彼女と彼女を乗せたトロッコは、凄まじく加速されて、あっという間に坑道の奥へと消えていきました……。
え?これで、良かったのでしょうか?
なんだか、口を挟むタイミングを見失い、流されてしまいましたが、あんな状態で敵の支配地に送られて、何ができるというのでしょう?
「その点は、ご心配なく。トロッコが終点に到着したら、拘束具を外せるように、短剣を一緒に乗せてありますから!」
ワタクシが心配を口にすると、抜かりなしといった風に、魔族の皆さんはドヤっとした顔を見せます。
ですが……。
「……拘束されておりますのに、どうやって短剣を?」
どうにも気になっていた点について尋ねると、三人組は「あっ……」といったような表情になりました。
「さらに、拘束具が外せなかった場合、ブレーキは……?」
その質問を、ワタクシが口にした次の瞬間、彼等から大量の汗が流れ出しています。
オイオイオイ、ですわ……。
「だだだだだだ、大丈夫!なんてったって、ゆゆゆゆ、勇者ッスから!」
「そそそそそ、その通り!」
動揺しまくる二人の言葉に、ルーカさんも何かの玩具みたいに首を振ります。
ふ、不安しかありません……。
せめて、終点まで無事に着いてほしいと、祈るような気持ちでいた所、坑道のずうっと奥の方から、「ドカァン!」という、何かの衝撃音が響いてきました。
こ、これはもしかして……。
「……脱線でもしたんじゃねぇかな」
かもしれないと思っていた事を、ポツリと誰かが呟きます。
その言葉に、皆がシン……と静まり返った時。
何やら、坑道の奥から、こちらに向かってくる音が聞こえました。
なにかしら?と、ワタクシ達が注目していると……。
「ふぉぉぉぉぉっ!」
隠った悲鳴の尾を引きながら、アーリーズさんを乗せたトロッコが、すさまじい勢いで逆走してきました!
って、危ないですわ!
慌てて、坑道の入り口から皆が散るのと同時に、戻ってきたトロッコがレーンの切れ目にぶつかって脱線、宙に投げ出されます!
あ!このままでは、身動きの不自由なアーリーズさんが、酷い事に!
「ふぉぉぉっ!」
しかし、投げ出された空中で身をよじった彼女は、何度か回転しながら、華麗に着地を果たします!
お、お見事ですわ!
その身のこなしに、皆からも拍手が巻き起こりました。
ですが、それはともかくとして、無事に着地したアーリーズさんに、坑道の奥で何があったのか、聞いてみなくては!
「アーリーズさん!いったい、何がありましたの!?」
猿ぐつわを外して、彼女に問いかけると、弱々しい声で返事が返ってきました。
「そ、それが……何も……見えませんでした……」
まぁ、目隠しをされておりましたものね!
何も見ていないのも、納得ですわね、こんちくしょう!ですわ!
結局、なぜ逆走してきたのか、謎はわからずじまい……そう、思っていた時、坑道の奥からこちらに向かって歩いてくる、足音が聞こえてきました!
誰が……?
「…………調子づいた連中が、いずれ占領地を取り戻しに来る、か。あの方の、言った通りだったな」
警戒していたワタクシ達など眼中に無く、独り言のように静かに呟きながら、闇の中より現れた人物……。
それはまるで、直立歩行する獣を思わせるような姿でした!
「あれは、獣人……ですの?」
獣人……魔界の一部に勢力を持つ、獣の特性を持った者達。
たとえば、耳や尻尾を持ち、鋭い爪や牙で戦うといった、そんな特徴を持つ者が多い種族です。
ですが、ワタクシ達の眼前に現れた方は、それらとは一線を画す、かなり獣に近い外見の方でした。
前世の記憶でも、ここまで獣寄りな方には、お目にかかった事がありません。
狼を思わせる顔つきと、しなやかな物腰。
服の間から見え隠れする、艶々とした銀色の体毛に覆われた肉体は、野生の強さと美しさを備えて、圧倒的な存在感を醸し出しています。
一瞬、吹いた風にたなびいた、長い髪や尻尾はモフッとしていて、触れてみたくなるような、そんな魅力に満ち溢れていました。
ワタクシより、少しだけ高いくらいの身長も、一見すれば小柄な者同士で好感が持てます。
ですが……ただひとつ、気に入らないポイントが!
……なんですの、あの豊満な胸は!
ワタクシとたいして変わらない背丈で、エリ姉様クラスの大きな胸を搭載しているなんて、反則ではありませんか!
獣人の彼女が、ちょっと体勢を変える度に揺れる胸が、まるでワタクシを挑発しているようですわ!
おのれ、邪悪な巨乳……と、憎悪の念を送っておりますと、隣にいた魔族の三人組が、カタカタと小刻みに震えだしておりました。
「ば、ばかな……」
「嘘だろう……」
「な、なんであの方が、こんな所に…?」
彼等の物言い……もしかして、あの獣人が何者か知っておりますの?
「し、知ってるなんてもんじゃ、ねぇッスよ」
「あ、ああ……」
「あの人は、『三公』の一人……」
「『三公』!? あの、魔王直属のですの!?」
「そ、そうッス……」
「全ての獣人の頂点……」
「狼女王こと、『月牙大公』キャロメンス様です!」
三人組から、恐怖に震える声で名指しされた獣人の女王は、獲物を前にする狼の如く、ニヤリと微笑みを浮かべました……。




