表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/159

07 闇から現れたのは……

「姫さんよ、偵察に向かわせるなら、いいルートがあるぜ?」

 職人長の一人が、そんな風に提案してきました。

 何でも、今掘り進めている坑道のひとつが、その滅ぼされた国の近くまで、伸びているそうなのです。


「実を言えば、すでに亡国に向けて坑道(みち)を作っていたんじゃ。権利者がおらなんだら、構わんと思ってのう……」

 んん……何やら、空き家の物を物色する様な、少し気まずい感じも有りますが……。

 まぁ、このご時勢ならその行動も、ギリギリでアリかもしれませんわね。

 なにせ、魔族に利用されるよりは、ワタクシ達が役立てた方が、ルアンタ様を始めとした、皆のためになるのですから。


 ですが、正式にワタクシ達の物になる目算が立った以上、その独断は内緒にしておきましょう。

 痛くもない(ちょっと痛い)腹を探られるのは、面倒ですから。

 なんにせよ、これで敵地への潜入が、少し容易になりましたわ。


「それでは……明日の朝、行動を開始いたしますわ!」

 決行を告げるワタクシの言葉に、皆から力強い返事が返ってきました。


            ◆


 ──翌日。

 偵察に向かうアーリーズさんを見送るために、ワタクシ達は(くだん)の坑道入り口へと集まっておりました。

 ここから、トロッコに乗って、一気に進む算段です。

 というか、レールまで引いてあるとは、かなり本格的に採掘するつもりでしたのね……他の種族(かたがた)に、バレてなくて良かったですわ。


「いやぁ、冒険者の一部は知っとるけどね」

 そうなんですの!?

 た、確かに、この国にはガクレンの町から派遣された、冒険者チームが駐留しておりますが……。

「なぁに、良いブツが出たら、それなりに分け前を渡すっちゅう事で、話はついとるがの」

 心配していたワタクシに、職人達はほんのり黒い笑みを浮かべます。

 あ、あなた方……グッジョブ!ですわ!


 汚いやり方と、言うなかれ。

 国を動かし、利益をあげるためには、時にグレーゾーンに手を突っ込む事も必要なのですわ。

 何より被害を(こうむ)るのは、魔族(てき)ばかりなのですから、ワタクシ達がほんの少しの罪悪感を抱えれば、それでよしと言った所でしょう。

 これが、大人の事情という物ですわ!


「どいた、どいた!アーリーズさんのお通りだ!」

 ワタクシ達が話していた所に、威勢のいい掛け声をあげながら、デアロさん達が何かを運んできました。

 彼等の運ぶ手押し車に乗せられているのは、何故か拘束具に縛られたままのアーリーズさん!

 ……え?もしかして、昨夜から、ずっとこのままでしたの?

 これから敵地に向かうというのに、大丈夫なんでしょうか?


「あの……まさか、この状態で送り出すつもりでは?」

「もちろんそうよ!」

「ふぇひふぁ!(できらぁ!)」

 心配したつもりなのですが、アーリーズさんは何故か勢い良く答えます!

 なぜ……なぜそう、変な方向にばかり、思いきりがいいのでしょう!?


「わかってやってくださいよ、ヴェルチェさん。これが、彼女なりの贖罪なんです」

 いや、贖罪と言われましても……。

 ビルイヤさんは、何かいい事言った風な顔で決めているのですが……正直わかりませんわ。

 前世(かつて)魔族だったワタクシから見ても、文化が違うとしか……。

 そんな風に、困惑しているワタクシを横目に、彼等は準備を進めます。


「よっし!アーリーズさん、行くッスよ!」

 デアロさんの号令に、魔族の三人組は、拘束されたままのアーリーズさんを担ぎあげました。

 そのまま、上半身を起こした彼女を、神輿よろしく「ワッショイ、ワッショイ!」と運んで、トロッコへと乗せます。

 ……なんですの、これ?どこの奇祭ですの?

 やはり、呆然としているワタクシをおいてけぼりにして、皆はトロッコに乗せられた、アーリーズさんに敬礼をしました。


「では、勇者アーリーズ殿!必ずや、任務を果たしてください!」

「うぇうふぇふぁふぁほ、はめひ!(ヴェルチェ様の、ために!)」

 勇ましいアーリーズさんの返事と共に、魔族の三人組が魔法でトロッコを射出します!

 彼女と彼女を乗せたトロッコは、凄まじく加速されて、あっという間に坑道の奥へと消えていきました……。


 え?これで、良かったのでしょうか?

 なんだか、口を挟むタイミングを見失い、流されてしまいましたが、あんな状態で敵の支配地に送られて、何ができるというのでしょう?


「その点は、ご心配なく。トロッコが終点に到着したら、拘束具を外せるように、短剣を一緒に乗せてありますから!」

 ワタクシが心配を口にすると、抜かりなしといった風に、魔族の皆さんはドヤっとした顔を見せます。

 ですが……。


「……拘束されておりますのに、どうやって短剣を?」

 どうにも気になっていた点について尋ねると、三人組は「あっ……」といったような表情になりました。

「さらに、拘束具が外せなかった場合、ブレーキは……?」

 その質問を、ワタクシが口にした次の瞬間、彼等から大量の汗が流れ出しています。

 オイオイオイ、ですわ……。


「だだだだだだ、大丈夫!なんてったって、ゆゆゆゆ、勇者ッスから!」

「そそそそそ、その通り!」

 動揺しまくる二人の言葉に、ルーカさんも何かの玩具みたいに首を振ります。

 ふ、不安しかありません……。


 せめて、終点まで無事に着いてほしいと、祈るような気持ちでいた所、坑道のずうっと奥の方から、「ドカァン!」という、何かの衝撃音が響いてきました。

 こ、これはもしかして……。


「……脱線でもしたんじゃねぇかな」

 かもしれないと思っていた事を、ポツリと誰かが呟きます。

 その言葉に、皆がシン……と静まり返った時。

 何やら、坑道の奥から、こちらに向かってくる音が聞こえました。

 なにかしら?と、ワタクシ達が注目していると……。


「ふぉぉぉぉぉっ!」


 (こも)った悲鳴の尾を引きながら、アーリーズさんを乗せたトロッコが、すさまじい勢いで逆走してきました!

 って、危ないですわ!


 慌てて、坑道の入り口から皆が散るのと同時に、戻ってきたトロッコがレーンの切れ目にぶつかって脱線、宙に投げ出されます!

 あ!このままでは、身動きの不自由なアーリーズさんが、酷い事に!


「ふぉぉぉっ!」

 しかし、投げ出された空中で身をよじった彼女は、何度か回転しながら、華麗に着地を果たします!

 お、お見事ですわ!

 その身のこなしに、皆からも拍手が巻き起こりました。

 ですが、それはともかくとして、無事に着地したアーリーズさんに、坑道の奥で何があったのか、聞いてみなくては!


「アーリーズさん!いったい、何がありましたの!?」

 猿ぐつわを外して、彼女に問いかけると、弱々しい声で返事が返ってきました。

「そ、それが……何も……見えませんでした……」

 まぁ、目隠しをされておりましたものね!

 何も見ていないのも、納得ですわね、こんちくしょう!ですわ!


 結局、なぜ逆走してきたのか、謎はわからずじまい……そう、思っていた時、坑道の奥からこちらに向かって歩いてくる、足音が聞こえてきました!

 誰が……?


「…………調子づいた連中が、いずれ占領地を取り戻しに来る、か。あの方の、言った通りだったな」


 警戒していたワタクシ達など眼中に無く、独り言のように静かに呟きながら、闇の中より現れた人物……。

 それはまるで、直立歩行する獣を思わせるような姿でした!


「あれは、獣人……ですの?」

 獣人……魔界の一部に勢力を持つ、獣の特性を持った者達。

 たとえば、耳や尻尾を持ち、鋭い爪や牙で戦うといった、そんな特徴を持つ者が多い種族です。

 ですが、ワタクシ達の眼前に現れた方は、それらとは一線を画す、かなり獣に近い外見の方でした。

 前世(むかし)の記憶でも、ここまで獣寄りな方には、お目にかかった事がありません。


 狼を思わせる顔つきと、しなやかな物腰。

 服の間から見え隠れする、艶々とした銀色の体毛に覆われた肉体は、野生の強さと美しさを備えて、圧倒的な存在感を醸し出しています。

 一瞬、吹いた風にたなびいた、長い髪や尻尾はモフッとしていて、触れてみたくなるような、そんな魅力に満ち溢れていました。

 ワタクシより、少しだけ高いくらいの身長も、一見すれば小柄な者同士で好感が持てます。

 ですが……ただひとつ、気に入らないポイントが!


 ……なんですの、あの豊満な胸は!


 ワタクシとたいして変わらない背丈で、エリ姉様クラスの大きな胸を搭載しているなんて、反則ではありませんか!

 獣人の彼女が、ちょっと体勢を変える度に揺れる胸が、まるでワタクシを挑発しているようですわ!

 おのれ、邪悪な巨乳……と、憎悪の念を送っておりますと、隣にいた魔族の三人組が、カタカタと小刻みに震えだしておりました。


「ば、ばかな……」

「嘘だろう……」

「な、なんであの方(・・・)が、こんな所に…?」

 彼等の物言い……もしかして、あの獣人が何者か知っておりますの?


「し、知ってるなんてもんじゃ、ねぇッスよ」

「あ、ああ……」

「あの人は、『三公』の一人……」

「『三公』!? あの、魔王(ボウンズール)直属のですの!?」

「そ、そうッス……」

「全ての獣人の頂点……」

「狼女王こと、『月牙大公』キャロメンス様です!」


 三人組から、恐怖に震える声で名指しされた獣人の女王は、獲物を前にする狼の如く、ニヤリと微笑みを浮かべました……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ