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06 奪還作戦へ向けて

「ただいま戻りましたわ!開門なさってくださいまし!」

 ワタクシが、ドワーフの城を閉ざす大扉に声をかけると、覗き穴からこちらを確認する気配がしました。


「うおっ!姫さんじゃ!」

 見張りの方の声と共に、城内から歓声があがり、大扉が開いてワタクシ達を迎え入れます。

「さぁ、参りましょう」

 『ディアボロス』の面々や、目を輝かせるアーリーズさんを引き連れ、ワタクシは堂々と城内へと進みました。


「おう、姫さん!お帰り!」

「どうよ、何か収穫はあったかい?」

「つーか、あのダークエルフの姉ちゃんが作った、魔道具について何かわかったか?」

「それよな!あと、あの姉ちゃんの依頼で作った、武器の性能も気になるのぅ!」


 ワタクシ達の姿を見るなり、集まってきたドワーフの職人の皆さんが、一斉に質問を口にします。

 エリ姉様が持ち込んだ、『バレット』や『ポケット』、それに彼女依頼で製作された、奇妙な『がとりんぐほう』とかいう武器。

 それらの構造や、どのような戦果をもたらしたかなどの報告は、職人達にとってはいの一番に知りたい情報だったのでしょう。


 ですが……殺到しすぎですわ!ワタクシを、押し潰すつもりですの!?

 迫る職人達の圧力に押されて、息も苦しくなっていると、急に出現した土の壁が、ワタクシを彼等よりも高い位置へと、押し上げてくれました。


「控えるッス、モブども!ヴェルチェ様の美しいお身体に、傷でもついたらどうするつもりッスか!」

 人混みの中からワタクシを救いだしたアーリーズさんが、群がっていた職人達を一喝します!

 正直、助かりましたわ。

「ヴェルチェ様、ご無事ッスか!?」

 ワタクシの隣に、ふわりと跳び上がってきたアーリーズさんは、心配そうにこちらを覗き込んできました。


「ええ、大丈夫ですわ。助けてくださって、ありがとう」

「いいえ!ヴェルチェ様の従者として、当然の事をしたまでッス!」

 ワタクシが感謝を告げると、アーリーズさんはこれ以上ないほどの笑顔を浮かべました。

 なんとも素直ですわね……。

 屈託ない笑顔の彼女に、ワタクシもつられて笑みがこぼれます。


「ですが、あんなゴツくて、汗くさくて、ヒゲの筋肉だるま達に殺到されて、繊細なヴェルチェ様にお怪我でもあったら、大変ッス……」

 いや、だいたい合ってるとはいえ、そこまで仰らなくても……。

 そんな事を考えていると、心配そうな顔をしたアーリーズさんが、不意にワタクシの体をまさぐってきました!


「ア、アーリーズさん!? 何をなさいますの!?」

「ヴェルチェ様のお身体に、異常はないか調べるための触診ッス!他意はないッス!」

 しょ、触診!?

 そ、その割りには、触り方が妙にいやらしいのですが!?


「こ、こんな触診が……んっ♥」

「大丈夫、大丈夫ッス……ウヘヘヘヘ……」

 その呟きが、すでに大丈夫ではありませんわ!

 身の危険を感じ、なんとか逃れようともがきましたが、意外にアーリーズさんの力は強く、愛撫から逃げられません!


「ちょっと……んっ♥いい加減に……なさって……あん♥」

「ヴェルチェ様が……ヴェルチェ様が悪いんス……こんなにも、魅力的だから……」

 ハァハァと、息を荒げるアーリーズさんの手が、どんどん早くなっていきます!

 誉め言葉として受け取っておきますが、だからといって好きにさせる訳には参りませんわ!

 こんな時こそ、護衛に雇った『ディアボロス』の出番でしょうに!

 慌てて彼等に、助けを求めようとしたのですが……。


「はーい、ドワーフの皆さん。ちゃんと並んでー」

「前列の方は、少し体制低くしてくださいね」

「当人達には、手を触れないようにお願いしまーす」

 って、なぜ場の仕切りをしておりますのっ!


「は、早く助けて……ああっ♥く、くださいまし……んんっ♥」

 なんとか告げた助けを求める声に、彼等はキョトンとした表情になりました。

「え?あれって、ドワーフのスキンシップと違うの?」

「ゴツい連中にも揉みくちゃにされてたから、てっきりそういう物かと……」

「確かに、ちょっといやらしい雰囲気かな~?とは、思いましたけど……」

 他種族の風習には、まだあんまり詳しくないからなぁ……などと、彼等はのんびり語り合っていています。

 と、とんだ誤解ですわっ!


「……だけど、助けたを求めてるから、助けた方がいいんじゃないかな?」

 ルーカさんがナイスな意見を口にします。

「でもまぁ、女の子同士がじゃれ合ってるだけだし、ギリギリでセーフだろう!」

 ですが、緊張感のまったくない男性陣は、気楽にそんな答えを返していました。

 アウトですわよ、お馬鹿さん!


 アーリーズさんが両性具有(フタナリ)だと知らないから、呑気にしてますが、実際にはワタクシの貞操の危機ですというのにっ!

 こ、こうなったら、彼等はあてにせず、自分でなんとかしなくてはなりませんわ!


 とにかく、アーリーズさんの手から逃れるため、ワタクシは詠唱を破棄して、土の精霊に呼び掛けます!

 すると、大地から拳の形で伸びた岩が、アーリーズさんの脇腹を強打しました!

「ブルァッ!」

 不意の一撃に、彼女は何やら独特の巻き舌で呻き声を漏らし、ワタクシから離れるとキラキラした胃の中の物を、吐き出しました。

 ……はて?こんな光景を、つい最近も見たような気がいたしますが?

 まぁ、良いですわ。


「ハァハァ……見世物ではありませんわよ!解散!解散ですわ!」

 無事に逃れる事ができたワタクシは、何事かと集まりかけていた皆に、パンパンと手を叩いて、散るように促す。

 すると、面白そうな見世物を期待していた方々は、拍子抜けしたような表情で、各々の持ち場へと戻っていきました。

 ふぅ……恥態が広まる前に脱出できて、ひと安心ですわ。


「おー、見事な脱出だったッスね」

「ドワーフのコミュニケーションは、変わっているな……」

 そんな意見を口にする魔族の男性陣に、ワタクシは極上の笑みを向けながら、土の精霊へ呼び掛けます。

 そして次の瞬間、大地から伸びた拳に顎を打ち抜かれた二人は、きれいな弧を描いた後、大地に沈みました。

 ふぅ……ざまぁみろ!ですわ!


            ◆


「──という訳で、ドワーフと人間とエルフの連合を組んで、魔族の勢力に対抗する事となりましたわ」

 城に集まっていた、各部署の主だった方々に、ワタクシは人間の王達と話し合った内容を説明いたしました。

 ワタクシ達、ドワーフが担当するのは、来る決戦の日までに、武器や防具の数を揃える事が主な役割となっています。

 直接的な戦力というよりは、後方支援的な事を期待されておりますわね。


「なるほどのぅ……じゃが、それほどの数の武具を生産するための、資材や予算はどうする?」

「予算に関しては、人間の国からかなりの額が、提示されておりますわ。そして、資材についてですが……」

 しっかりと注目を集めるために、ワタクシは少しタメを作ります。

 皆が、完全にこちらに集中したのを見計らって、ワタクシは口を開きました。


「ここより北の方角。魔族によって滅ぼされた、人間の国が所有していた鉱山の権利を、ワタクシ達に譲渡する事で話がついております!」

 その言葉に、「おおっ!」とどよめいて、皆は腰を浮かせました。

 ですが、それも無理はありませんわね。


 かつて、その小国があった場所には、良質な鉱石の取れる鉱山がいくつか有り、魔族に侵攻されるまで、ワタクシ達は取引などをしていたのです。

 今は亡きその国に、哀悼の気持ちも有りますが、それ以上に得られる物の大きさに、皆は浮き足だっていました。


「ただ、それにともなって、魔族からの領地奪還作戦も行う必要がありますわ」

 そんなワタクシの一言に、浮かれそうになっていた空気が、一気に冷え込みました。

 人間の王達からの作戦には、現在、魔族に占領されているかつての小国の地を取り戻し、その地を前線基地として、人間とエルフとドワーフの連合軍の駐屯地とする案が記されていたのです。

 自国の地に兵を集めて、下手に戦場になる可能性を高めるよりは、新たな場所に集結させた方がいいという考えは、国を預かる者として賛成ですわ。


「ワタクシ達が鉱山の利益を得るためには、まずかの地を取り戻す必要があります。そのためにも、奪還作戦のために連合の兵が集まる前に、敵地の兵力と陣形を調べておく必要がありますわ!」

 締め括ったワタクシの言葉に、皆が神妙に頷きました。

 犠牲を減らし、速やかな奪還を成功させるには、それが必要だと理解したのでしょう。

 そして、その難易度も。


「では、偵察に向かう人選についてですが……」

「はのっ!ほれはひふんはっ!」

 話を進めようとした時、くもぐった声が、ワタクシの言葉を遮りました。

 その声の出所……ぐるぐる巻きに拘束され、目隠しと猿ぐつわを噛まされたアーリーズさんが、激しく身を揺らします。

 それを見たこの場の者達が、「あれ、なんかのオブジェじゃなかったのか!?」といった感じでざわつきました。


 なんとも酷い彼女の有り様ですが、まさかワタクシも自身の従者をこんな姿にする日が来るとは、思ってもみませんでしたわ……。

 ですが、このくらいの拘束をしておかないと、怖いので……。


「ひふんひ、ほへいへんひょうひょちゃんふをあふぁえへぇほひひっふ!」

 おそらく、汚名返上のチャンスを……と、言っているのでしょう。

 確かに、勇者の肩書きを持っていながら、やっている事はろくでもないので、従者を辞めさせられるかもしれないと思えば、そう望むのも無理はありません。

 ですが、『斥候の勇者』と呼ばれたキャッサさんならともかく、彼女にその役目が務まるでしょうか……?


「ほははへふひひ!へっはいひ、ははひへひへはふっ!」

 目隠しもしてあるのに、ワタクシの表情を読み取ったかのように、アーリーズさんは任せてほしいと訴えます。


「……わかりましたわ」

 この一言に、アーリーズさんがビクンと震えました。

 確かに素行に問題があるとはいえ、彼女も勇者と呼ばれるだけの実力者。

 下手な冒険者を雇って損害を出すよりも、生還の確率が高そうな彼女に任せるのが、吉かもしれません。


「お願い致しますわ、アーリーズさん」

「ほろほんでぇ!」

 拘束具を引きちぎりそうな勢いで、彼女はやる気をみなぎらせていました!

 その様子はまるで、飢えた猛獣が餌を目の前にした様な雰囲気です……。


「……あれを解き放つのは、ヤバいんじゃないッスかねぇ」

 ポツリと漏らしたデアロさんの言葉に、ワタクシもほんのちょっと、そんな気がしていました……。

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