05 弱者の闘法
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「……まったく!いつの間にか姿を消してしまうなんて、エリ姉様は!」
食堂でのてんやわんやの後、代金だけを置いてその姿が見えなくなっていた、エリ姉様に対して愚痴をこぼしつつ、ワタクシ達はドワーフの国へ向けて出発いたしました。
旅のお供は、ワタクシの従者に志願した勇者アーリーズさんに、魔族の三人組で構成されたチーム『ディアボロス』の方々。
少なくとも、ドワーフの国に向かうまでの、戦力としては申し分ないと思えますわ。
ですが、少々、予想外の事がひとつ。
「いや、俺ら魔界の細かい地形とか、知らねぇんスよ!」
能天気とも言える明るい口調で、デアロさんが笑います。
いえ、ワタクシは笑えないのですが。
彼等が所属していた、ボウンズールの軍勢は、魔界の統一を成したと聞いていたので、てっきり詳細な地図などがあると思った事。
そして、魔将軍直属だった彼等なら、それらの地形が頭に入っていると思っていた事。
魔界における、資源の先取りを計画していたワタクシにとって、読み違えたこの二つの案件は、残念極まりない物でした。
ですが、よくよく考えればワタクシも、前世はほとんど地形など気にしていなかったのですから、あまり人の事は言えないかもません。
敵が攻めてくれば迎撃し、敵を攻めては突貫し……今思いますと、行動が単純過ぎて何を考えていたんだろうと、首を捻るばかりですわ。
まぁ、現在デュー姉様の前世を名乗る輩は、それなりに規律の取れた占領を行っているようなので、魔将軍かそれより上の立場の者なら、ワタクシの望む情報を知っているかもしれないのが、救いですわ。
しかし、そんな奴を相手にすると考えると、戦力的な不安がまた頭をもたげて来るのですけれど。
『ディアボロス』の三人は、それなりに強いのですが、魔将軍であったディアーレンやザルサーシュに比べれば、やはり一枚は格が落ちると言わざるを得ません。
基本的に、五人から六人でパーティを組むのが冒険者の常識とされている中で、約半数の三人で組んでいる事も戦力面での不安材料となっておりますわ。
やはり、魔族である彼等と組みたがる方は、少なかったのでしょうか……?
「ああ、いや……ハイ・オーガとかに、声をかけたりもしたんスけどね……」
「『男所帯に女の子が一人って、分裂するフラグじゃん!』とか、『セクハラで訴えられたら怖いし……』とかいう事で断られまして」
「かといって、女性でそれなりに腕の立つソロ冒険者とかは、なかなかいないんですよねぇ……」
なるほど、C級からスタートするというのにも、そういった弊害がありましたのね。
あと、ハイ・オーガの皆さん、繊細すぎですわ。
ここはやはり、いざという時のためにも、エリ姉様やデュー姉様に負けない、ワタクシだけの戦闘スタイルを確立せねばなりませんわ!
「……あの、ヴェルチェ様?どうかなさいましたか?」
思案に耽っていた、ワタクシの様子を案ずるアーリーズさんに声をかけられ、急激に思考が現実に引き戻されました。
ワタクシは、何でもありませんわと事もなく答えつつ、微笑み返します。
そう、本来のワタクシは、こういった優雅で可憐な物腰なのですが、エリ姉様達と掛け合いをすると、つい前世のノリに引っ張られてしまいますわ。
まったく、あの二人ときたら……っと、いけません。思考がまた、脱線しそうでしたわ。
今は、戦い方を考えなくては。
とはいえ、実を言えば以前から考えていた戦闘の手法が、有るには有るのです。
それは、エリ姉様からの助言にあった、『ゴーレムを使った闘法』という物。
前世に比べると、あまりにも脆弱な今のワタクシでも、これなら戦える可能性がありますわ。
ですが、正直な所、ワタクシを含めたドワーフという種族は、鍛冶仕事やそれに準じた魔道具以外の、魔力を使った工作技法には、あまり詳しくはありません。
正確に言えば、あまり興味がなかったために、気にもしていなかったのです。
管轄外の知識に回す時間があれば、鉱石を掘り、鉄を打つという仕事中毒が、ドワーフの特長といっていいでしょう。
なので、この間エリ姉様に教わった話を頼りにすると……。
たしか、莫大な魔力を消費して作る自動型と、術師が目視しながら操る操作型の、二種類があるとの事でしたわ。
どちらにも一長一短があり、簡単にはいかないとの事でしたが……。
「操作型の場合ですと、操者の盾役になってくださる方がいれば、問題はないのですわよね……」
「ヴェルチェ様を守る盾なら、自分が務めるッス!」
ワタクシの漏らした呟きを、耳ざとく聞き付けたアーリーズさんが、ドンと胸を叩いて決意を表明してきます。
「フフ……その気持ちは、ありがたいですわ」
「いいえ!ヴェルチェ様のためなら、肉が爆ぜ、骨がひしゃげて、血の一滴になるまで盾となる所存ッス!」
え……怖っ……。
ヤバいレベルの忠誠心を、熱く語るアーリーズさんの姿に、ワタクシは背筋が冷たくなるのを感じました。
ああ……ですが、彼女のように心酔し、狂信者じみた者を生み出してしてしまうのも、ワタクシの美しさと、カリスマのせいなのですわね。
やはり、そんなワタクシこそが、『真・勇者』となられたルアンタ様に相応しいのだと、改めて確信したしますわ!
目を閉じれば、思い出すあの初めての出会い……。
幽閉されていたワタクシを、『僕の一生をかけ、命がけで君の事を守るよ……』と強く励まし、限りなくプロポーズに近い告白をしてくださったルアンタ様。
女に生まれて、初めて感じた胸のトキメキは、今でも忘れられませんわ。
今は、エリ姉様(の邪悪な胸)によって惑わされておりますが、運命のパートナーとして、必ず目を覚まさせて差し上げねば!
「……なんか、美化した上に盛りまくった、妄想に浸ってるって顔してるッスね」
「あれはきっと、ルアンタ君関係だろうな」
「都合良さそうに、記憶を改竄してそうな雰囲気ですね」
やかましいですわ!
横から、ワタクシの思い出のひとときを、邪魔しないでくださいまし!
甘い記憶に浸っていたワタクシを見て、好き勝手に呟くデアロさん達を睨み付けつけると、彼等はフイッと目を反らしました。
若干、「やべー奴と目を合わせるな!」的なニュアンスを感じたのは、気のせいでしょうか……?
何はともあれ、ワタクシはひとつ咳払いをしてから、思考を『ゴーレムを使った闘法』へと戻していきました。
とにかく、ドワーフの国へと戻るこの道中に、それなりに形にしなければなりません。
そう方針が決まったなら、後は実践あるのみ!ですわ!
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──それからというもの、ワタクシはひたすらに、ゴーレムの生成とコントロールの特訓を、開始いたしました。
土の精霊を介す事で、早々に創成するコツを掴んだワタクシ(さすがですわ)は、道中に襲ってきたモンスターを相手に、ゴーレムでの迎撃を試みたりもしました。
時折、モンスターと交戦中だった、デアロさん達を巻き込んで暴走する事もありましたが、概ね実戦に耐えうる出来といってよろしいでしょう。
そうやって、ゴーレムを使った戦いの経験を重ね、試行錯誤を繰り返しながら、数日が過ぎ……。
ワタクシ達は、ようやく目的地である、ドワーフの国へと凱旋を果たしたのでありました。




