04 新たなる仲間
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「ルアンタ君が、ガンドライル様をぶっとばしたぁ!?」
「こら、声が大きいですよ!」
「す、すんません……」
そこそこ人の入りがある食堂に、声を響かせたデアロを嗜めて、私はもう一度、王都での戦いについて語りだした。
数千のモンスターを相手に奮闘する、王都の冒険者や勇者達。
そして、一対一で敵将を打ち倒した顛末を聞いた魔族の三人組は、忘れていた呼吸を思い出したかのように、大きく息をついた。
「マジかよ……ルアンタ君、パネェ!」
「ああ……ガンドライル様と言えば、ボウンズール様に迫るほどの強さを持った方だからな」
熱く語り合う魔族の言葉に、私も無言でうんうんと頷く。
フフ、師匠として鼻が高いわ。
「ルアンタ君は、普段は優しくて可愛いのに、戦いとなるとすごく強くて……ちょっと素敵だよねぇ」
ポッと頬を染めたルーカに、ヴェルチェは鋭い視線を向ける!
その眼光に、ルーカは「ひえっ!」っと小さな悲鳴をあげて、俯いてしまった。
やれやれ、大人げない……。
「ヴェルチェ。ルアンタが素敵だと、当然の事を言われたくらいで、そんなに威嚇するものではありませんよ。そんな事だから、胸と心に余裕がないと言われるんです」
「胸は関係ありませんわ!胸は関係ありませんわ!」
「そうッス!ヴェルチェ様のちっぱいは至高ッス!」
「いえいえ、『そのスジの人』でもなければ、やはり胸は大きい方が……」
「何の話をしてんスか、あんたらは……」
つい、脱線していた所を、デアロの呆れたようなツッコミで、私達はハッとした。
「それで、王都での大立回りがあった事はわかりましたが、ルアンタ君とも別れて、貴女方は何故ここに?」
落ち着けと言わんばかりに、静かな口調で語りかけてくるビルイヤに、私も小さく咳払いをひとつしてから答えを返す。
「私達はこれから二手に別れて、エルフとドワーフ、各々の国に向かう予定です」
「へぇ……」
「それで、ヴェルチェ達の護衛を雇うために、冒険者ギルドの支部に行こうと思っているのですが……」
「おおっと!ちょっと待った!」
唐突に、デアロが私の言葉を遮って手を挙げた。
「それなら、俺達を雇ってみないッスか?」
「貴方達を?」
「そッス。俺達、見習い期間が終わってパーティを組んだんスよ!」
「チーム名は『ディアボロス』。よろしくお願いします」
「えへへ、結成当初からC級扱いで、ちょっとすごいんですよ」
三人組は誇らしげに、チームの結成報告と、等級証見せてくる。
へぇ……それは普通に凄いな。
確かに、基本的な強さは人間よりも魔族の方が上だから、等級が上からスタートしてもおかしくはない。
それよりも、人間の生活を守る事が基準の冒険者として、魔族である彼等が認められた事が、素晴らしいじゃないか。
ルアンタが目指そうとしている、魔族との共存……いずれ本当に実現できるかもしれないな。
「まぁ、貴方達のチーム編成については、おめでとうと言わせてもらいます。ですが、雇うのはあくまでヴェルチェの方なので……」
そうなんだよな……私と同じように、元魔族の転生組ではあるけれど、ヴェルチェはドワーフの国を一度、彼等に蹂躙されている。
意識的に、今世の自分の方が強い彼女が、果たして彼等を受け入れるかどうか……。
皆が息を飲んで見守る中、ヴェルチェはゆっくりと口を開く。
「……構いませんわ。あなた方の力、頼らせていただきます」
おおっ!?
意外にも、ヴェルチェはすんなりと、魔族達を雇う事を承諾した。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「これでやっと、まともな稼ぎにありつけたッス!」
「ようやく、暖かいベッドで眠れる宿がとれるようになるんですね!」
三人組は、ヴェルチェに礼を言うと、ガッシリ肩を組んで喜びあった。
うーん、なかなか辛い現状だったようね。
やはり、C級スタートとはいえ、新規のチームじゃ依頼もあまり集まらないのかな?
それにしても、ヴェルチェの方もよくぞ蟠りを捨てたものだ。
思った以上に器の大きさを見せた彼女を、私は内心で少しだけ見直す。
そんな風に感心しながら、ヴェルチェの顔を覗き込むと、なんだか予想以上に悪そうな笑みを浮かべていた。
な、なんですか、その笑顔は……。
「ホホホ、エリ姉様も甘いですわね。彼等にはこの道中で、魔界のありとあらゆる地形や鉱脈について、洗いざらい話していただきますわ!」
「なっ!?」
「この戦の後、ワタクシ達ドワーフ族が、稀少金属の鉱脈を掌握させていただくためなら、多少の蟠りなど丸めてポイ!ですわ!オーっホッホッホッ!」
「さすがはヴェルチェ様ッス!計略もスゴいッス!」
高笑いするヴェルチェを、アーリーズが褒め称え、さらに絶頂となった依頼主を、魔族の三人組はキョトンとした顔で見つめていた。
まったく……ヴェルチェ、恐ろしい娘……。
「……さて、そろそろお開きにして、ここいらでお別れとしましょうか」
ヴェルチェの護衛も見つかった事だし、私は一人で行動する予定だったから、丁度いい区切りだろう。
「んじゃ、俺達もギルドに戻って、ヴェルさんから正式に依頼状を……」
仕事の話をしているヴェルチェ達の代わりに、食事の勘定をしてもらうためウェイトレスを呼ぶ。
「このテーブルの全員分、まとめて会計をお願いします」
バラバラに会計をすると面倒なので、私がそう申し出ると、いきなり魔族の三人組が、すごい形相で私に顔を向けた!
「エ、エリっさん!いま、俺達の分も……か、会計を済ませてくれたんスか!?」
エリっさんて……まぁ、いいけど。
「ええ。この食事代は、私が出させてもらいますよ」
ヴェルチェ達とも暫しのお別れだし、ちょっとした餞別みたいな物だ。
そんな軽い気持ちで、代金を出したのだが、それを聞いた三人組は、ポロポロと涙を流しはじめた!
ど、どうしたんですか、いったい!?
「ありがてぇ……マジありがてぇ!」
「我々は独立したばかりで、装備を整えるのに金がかかって、ほぼ文無しみたいな物だったんです……」
「今日も、久しぶりにまともな食事を食べられると喜んでいたのに、まさかの奢りだなんて……最良の日です!」
う、うーん……まさか、ここまで喜ばれるとは。駆け出しの冒険者というもの、色々大変だなぁ。
「皆さん、それほど困っていらっしゃるのなら、依頼料に少し色をつけさせていただきますわ」
そんな彼等の現状を鑑みてか、ヴェルチェが提案すると、三人組は勢いがつきすぎたのか、梟のように首だけをグルリと回して彼女に向き直る!
「マジですか、ヴェルさん!」
「いよっ!太っ腹……もとい、イカ腹!幼児体型!」
「胸の平坦さと心の広さは、並みじゃないですぅ!」
「……ケンカを売ってますの?」
笑顔のまま、ビキビキと額に血管を浮かべて怒りを顕にするヴェルチェの姿に、三人組はアレ?といった顔付きになった。
いや、あれは誉めてないだろうと、私でも思うよ?
「……っかしいな、さっきあの勇者の人が、ちっぱいを誉めてたよな?」
「てっきり、そっち方面で誉めれば良いかと、思ったんだが……」
「アーリーズさん!貴女のお陰で、おかしな誤解が生じておりますわっ!」
「申し訳ないッス、ヴェルチェ様!浅はかな擁護をした、自分のせいッス!こうなっては、自分に罰を与えてほしいッス!」
お仕置きというより、ご褒美を欲するような顔付きで、ヴェルチェに尻を突き出すアーリーズ!
こんな所で、公開プレイを要求するのはやめてほしい。
「お客さん、店内でそういうプレイは禁止です!っていうか、どこか他人に迷惑のかからない場所で、やってください!」
うちは食堂なんですよ!と、止めに入った店員なんかも巻き込んで、どんどんカオスな状況になっていく!
こんな事態に陥った以上、私にできることは、ただひとつ……。
(店員さん、申し訳ない。そして、グッバイ!)
私は少し多目の代金をテーブルに置くと、ヴェルチェ達を置き去りにして、他人の振りをしながら店から出ていくのだった。




