03 ガクレンの町での再会
「ヴェルチェ様、お食事の用意ができましたッス!」
「ヴェルチェ様、おやすみ中は、自分が夜警に当たらせていただきますッス!」
「ヴェルチェ様、朝のお仕度のお手伝いをさせていただきますッス!」
姿を隠すのを止め、従者に認められたアーリーズは、主たるヴェルチェに対して、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
っていうか、これじゃあまるで、小間使いだなぁ。
「オーホッホッホッ!よろしくてよ!」
そんな風に、ちやほやされるヴェルチェの方も、完全に調子に乗っていて、アーリーズをこき使っていた。
けれど、彼女の本業が、勇者の一人だという事を、忘れてるんじゃないだろうか?
「あー……アーリーズさん?そんなにヴェルチェを甘やかすのは、ちょっと……」
「何を言ってるんスか、自分は甘やかしてなどいないッス!なんせ、ヴェルチェ様ほどのお方……これくらいは、当然の接し方ッス!」
「そうですわね、ワタクシの従者を名乗るなら、これくらいの奉仕は当然ですわ!」
……いかん。
卑屈に育った故に、鬱積していた承認欲求が、『ヴェルチェの従者』という形で暴走してるっぽいし、ヴェルチェの方も、ルアンタがいない寂しさを、『アーリーズ献身』で埋めようとしているようだ。
まさに負の共依存!
……でも、いっそこの二人でくっついてしまえば、ルアンタにちょっかいを出さなくなりそうで、ちょうどいいかもなぁ。
「……いま、何か不埒な事を、考えておりませんでしたか?」
「いえ、何も?」
私の顔をジッと見ながら、訝しげに問いかけてきたヴェルチェに、平然とした態度で惚けてみせた。
むぅ……こういう時は、なかなか鋭い……。
「ところで、ガクレンの町に着いたら、私とヴェルチェ達は別行動になりますからね」
「そうなんですの!?」
私の言葉に、ヴェルチェは驚きの声をあげた。
「ええ、本来ならドワーフの国を経由し、てエルフの国へ向かう所なんですが、妹からある魔道具をもらっていまして」
「妹……アストレイアさんから?」
「そうです」
アストレイア……妹の存在を少し意識して、私は感慨深げに頷いた。
以前、エルフの国で初めて会った、今世の血縁……。
前世の人生では、ろくでもない兄弟しかいなかった私にとって、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と慕ってくる彼女は、とても可愛らしい。
そんな彼女から預かったのが、『聖霊王の誘い』という魔道具だ。
前に、エルフの国に向かう際、森の中で聖霊の世界を通り抜けて、一気に移動距離を縮めた事があった。
この魔道具は、その聖霊世界への入り口を、作るための物なのである。
「へぇ……そんな物があるんスね」
ドワーフの血を引き、土の聖霊魔法を使うアーリーズは、ちょっと興味をそそられたようだ。
「ええ。ただ、これを使用するには、ある程度育った森が必要なので、私は自分が育った森へ、一旦向かおうと思っています」
かつて『黒狼の森』と呼ばれ、今は私の名をとって『エリクシアの森』と呼ばれている場所。
過去のやんちゃを思い出させる場所ではあるけど、ルアンタを弟子にとってから、共に過ごしたなつかしい我が家だ。
はぁ……あの頃のルアンタも可愛かったなぁ……。
「なんだか、とても顔が緩んでおりますわよ?」
「そ、そんな事はありませんよ!?」
つい、魔力経路の開発の際に、私の腕の中で喘いでいたルアンタを思い出して、顔がニヤけていたようだ。
いけない、いけない。
人前で、あの時のルアンタを思い出す時は、気を付けないと……ウフフフ。
「それにしても、困りましたわね……エリ姉様がいないと、ドワーフの国にたどり着くまでの戦力に、不安が生じますわ」
眉を潜めて、ヴェルチェが呟く。
私は、貴女のボディーガードとかじゃないんですが?
「自分が、命に変えてもヴェルチェ様をお守りします!ッス!」
「貴女の気持ちは嬉しいのですが、デュー姉様やエリ姉様のような、野蛮な攻撃力という面において、ワタクシ達は貧弱と言わざるをえませんわ……」
なんですか、人をゴリラウーマン(ゴリウー)のように……。
しかし、彼女の言う通り、ヴェルチェにしてもアーリーズにしても、防御に関しては一流だが、攻撃に関しては並の冒険者程度と言っていい。
ガクレンの町からドワーフの国まで、そこそこの距離がある以上、備えは大事だろうな。
「護衛のための、冒険者でも雇ったらどうですか?なんなら、私がギルドの支部長に口を利いてあげますが……」
それなりに顔馴染みになった私にならば、少しくらいは優遇してくれると思う。
だけど、私の申し出に、アーリーズが真っ向から反対してきた。
「だ、だめッス!どこの馬の骨ともわからない連中を護衛なんかにつけたら、ヴェルチェ様の美貌に魅せられて、獣のように襲ってくるに違いないッス!」
「ヴェルチェの美貌って……確かに愛らしい顔はしているけれど、内心は結構腹黒ですし、こんな凹凸のない平たい身体に欲情するのは、それこそ『その道の人』くらいでは?」
「それ以上、酷い事を言うと、泣きますわよ?」
つい、漏らしてしまった私の本音に、すでに涙を溜めていたヴェルチェが、震える声で警告してきた。
だが、そんな傷心のヴェルチェをどさくさ紛れで抱き締めて、アーリーズは私に反意のこもった視線を向ける。
「ヴェルチェ様の無駄の無いボディラインは、完成された工具のような機能美に溢れているッス!」
ああ、ドワーフの血を引いてると、そんな風に見えるのか。
その視点は、ちょっと目から鱗だわ。
「何より、保護欲を誘う愛らしいお顔、宝石にも劣らぬ金の御髪、ほんのりと漂う甘い香り……」
「ちょ、ちょっと!アーリーズさん!? 何か、堅いモノが当たってましてよ!?」
ハァハァと息を荒げるアーリーズに、抱き締められたヴェルチェが、焦りの混じった声をあげる!
「ヴェルチェ様……ヴェルチェ様ぁ……自分は、自分はもうっ……!」
「お、落ち着きなさい!ワタクシの初めては、ルアンタ様と決めて……!」
あ、こりゃいかん。
取り返しがつかなくなる前に、私の拳がアーリーズの横っ腹を打ち抜いた!
「おぶっ!」
残ったわずかな理性がそうさせたのか、アーリーズはヴェルチェから離れて踞ると、キラキラとした胃の内容物を吐き出す。
主と仰ぐヴェルチェに、ぶっかけなかった事は、評価してあげよう。
「ふぅ……ワタクシ、冒険者の方を雇う事にいたしますわ……」
「それが懸命でしょうね……」
二人きりになるリスクを、身をもって感じたヴェルチェの言葉に、私も静かに同意するのだった。
◆
この一件から程なく、ヴェルチェ達は適切な距離を保つようになり、特に問題も起こらず私達はガクレンの町に到着した。
「うわっ……噂には聞いてましたけど、本当にオーガがうろついているんスね」
デューナ配下のハイ・オーガ達が町中に溶け込んでいる様子に、アーリーズは目を丸くする。
まぁ、無理もない。オーガといえば、通常なら危険な敵性種族だ。
それが普通に服や鎧を着て、冒険者チームに混ざったりしてるんだから、初見では驚くだろう。
とはいえ、オーガとハイ・オーガでは、『狂暴なチンパンジー』と『話の通じるゴリラ』くらい、似て非なる種族と言っていい。
知性の高いハイ・オーガとなら、このように友好関係を結べるというものだ。
まぁ、知性の高い連中だからこそ、後者を敵に回すと厄介なんだけどね。
「あれ?あんた、ルアンタ君とこの、ダークエルフの姉ちゃんじゃね?」
ふと、町の入り口付近でたむろっていた私達に、声をかけてくる一団があった。
額から伸びる角に、青い肌。
そう、彼等はルアンタに感化されて、こちら側に寝返った魔族の三人組だった。
その三人組が、私達に向かって挨拶してくると、ギョッとした顔でアーリーズが身構える!
「っ!? 魔族っ!」
「っと!落ち着きなさい、アーリーズさん!」
ヴェルチェが制止の声をあげると、アーリーズは発動させようとしていた、魔法の詠唱をピタリと止めた。
「ヴェ、ヴェルチェ様!だって魔族ですよ!?」
「ですから、落ち着きなさい。彼等は、敵ではありませんわ」
「ええ!?」
困惑するアーリーズに、私達はこれまでの経緯を、かいつまんで話していった。
「…………そ、そんな事が」
「ええ。そして、彼等はルアンタに魅せられて、魔族を出奔したのです」
「……すごいですね、ルアンタ君は。伊達に『真・勇者』になった訳じゃないと、確信したッス!」
そうでしょう、そうでしょう。私も師匠として、鼻が高い。
そんな風に満足げな顔をしていると、魔族達が私の服の裾をクイクイと引っ張った。
「あの……新顔さんの事とか、ウチらの事を紹介してほしいんスけど……」
「ああ、そうですね。こちらは、人間の七勇者の一人、アーリーズさんです」
「ゆ、勇者っ!?」
さすがに、『勇者』という肩書きには驚いたようだ。
彼等は、アーリーズを観察するように、目線を向ける。おそらく、ルアンタと見比べたりしているんだろう。
「そしてこちらの三人が……『キテ』と『レツ』と『ヒャッカ』でしたっけ?」
「違う!」(×三)
「嫌ですわ、エリ姉様。『ウメ』と『ボシ』と『デンカ』でしたわよね?」
「ちーがーうー!」(×三)
軽い冗談だったのだけど、涙目で反論する三人組がおかしくて、ちょっと噴き出してしまった。
「冗談ですよ。デアロ、ビルイヤ、ルーカ」
私がしっかり彼等の名を呼ぶと、少しホッとしたような顔で、三人組は息をついた。
「あのぉ、ところでお三方はお急ぎの用事とかは?」
立ち話もなんだなと思っていた所に、ルーカにそんな事を問われて、取り立て急ぎではないと答える。
する彼女は、ポン!と手を叩いて、丁度良かったと呟いた。
「私達、これから食事にいくんですけど、皆さんもご一緒にどうですか?」
ふむ、それも悪くはない。
ヴェルチェ達の方を振り返ってみても、異論は無いようだ。
「いいですね。お付き合いしましょう」
「良かった~!」
ニッコリと笑ったルーカは、私達を先導するように、先に立って歩き出す。
「最近、美味しい食事処を見つけたんですよ。ささ、行きましょう!」
ウキウキした顔で、前に立って歩くルーカ達の姿に、随分と馴染んでいるなぁ……と、何か感慨深い物を感じてしまう。
彼等の可能性を信じた、ルアンタにも見せてあげたい世界だわ。
だけど、彼等と食事をするというなら、ついでに最近の情報や『三公』辺りの事を、もっと詳しく聞いてみるとしようか……って、なんか仕事の事ばかりだな!
最近、ふと頭に浮かぶの事柄が、魔族対策についてに片寄っている気がする。
これが異世界の書物にあった『仕事依存症』というやつだろうか。
内心、ため息を吐きつつも、私は先を行くルーカ達の背中を追って、足を進めていった。




