02 謎の勇者の正体
相も変わらず、頭のてっぺんから爪先までを覆う衣装に身を包み、目深にかぶったフードの奥からこちらを見つめる視線だけが光っている。
先の王都での戦いでは、なぜかヴェルチェに協力を申し出ていたけれど、なぜ私達を尾行するような真似を……?
「勇者達は全員、王都にて待機のはずでしたが、貴方がなぜここに?」
「……~………~」
……なんて?
何かを話したようだけど、声がか細過ぎて、まったく内容が伝わってこない。
もう一度、聞き直してみたが、やはり同じようなやり取りにしかならなかった。
ううむ、困ったな。
「先程から、声が小さくてよ!もっとハッキリ、物事をおっしゃいなさい!」
「はいッス!申し訳ありませんッス!」
「!?」
ヴェルチェに一喝された途端、アーリーズがしっかりとした声で返事を返す!
え、なんで?と思ったけれど、そういえばガンドライル戦の時も、ヴェルチェだけはアーリーズと意志疎通ができていたっけ。
何かこの二人にだけ、通じる物があるんだろうか?
「……初めてお会いした時から思っておりましたが、顔を隠すのに何か理由がございますの?」
「いえ、その……自分は、人の目が苦手な物で……」
「もしや、怪我でもしているんですか?」
「……………」
おい。私の質問には、無言かい!
「エリ姉様の質問にも、お答えなさい!」
「ッス!特に、大怪我などを負っている訳ではないッス!」
ヴェルチェに注意されて、まるで上官に従う部下のように、アーリーズはハキハキと答える。
んん、なんだかスッキリしないなぁ。
それに、彼……だと思うけど、ややハスキーな声色は、男性っぽくもあるし、女性っぽくもある。
それもまた、スッキリしない要因になっているのは、間違いない。
しかし、アーリーズが自分に忠実な態度を見せる事に、ヴェルチェの方はご満悦のようで、恥入る事が無いなら、顔を見せなさいと、一応は勇者に向かって命令した。
「……貴女様の命令とあらば」
少し躊躇しながらも、アーリーズはフードを脱いで見せる。
すると、その下から現れたのは、予想以上に若い、おそらく私達と同年代か、少し下といった風貌の男……女?
とにかく、声だけに止まらず、ルアンタ以上に中性的な顔立ちの人物だった。
「へぇ、なかなかのハンサムじゃないですか」
「っ…………」
私が声をかけると、アーリーズは無言……というより、顔を強ばらせて口を紡ぐ。
あれ、誉めたつもりだったんだけど……。
ただ、この態度は……無視や拒否ではなく、怯えている?
フードを被っていて、表情が見えなかった時にはわからなかったけれど、素顔を晒したアーリーズは、明らかに私を怖がっているようだった。
「……私が何か、してしまいましたかね?」
特に、勇者達に手を出した覚えは無いんだけれど、もしかして先の戦いで、上級モンスターを蹴散らした事で怖がられいたとしたら、ちょっと悲しい。
「い……いえ、エリクシアさんが、怖いという訳ではないッス……。じ、自分は、他人そのものが、苦手なんッス……」
ようやく、それなりにハッキリと答えてくれたアーリーズは、すがるような視線をヴェルチェに送る。
他人が怖いわりに、このヴェルチェへの信頼感のような物は、なんなんだろう?
あ!もしかして……。
「アーリーズさん……貴方はもしや、ドワーフの血を引いているのではありませんか?」
「っ!? な、なぜそれを!?」
やっぱりか!
ドワーフの中でも姫と呼ばれ、富と繁栄の象徴として祭り上げられる、ノーブルドワーフのヴェルチェ。
アーリーズがドワーフの血を引いているなら、そんな存在のヴェルチェに、従順になるというのもわかる気がする。
「じ、自分は、お父さんが人間で、お母さんがドワーフだったッス。それで、よく『金色の髪の姫』について聞かされてたッス」
なるほど、ハーフドワーフといった所か。
「で、ですから、ヴェルチェ様を初めて見た時は、すごく感激したッス」
いかに対人恐怖症のアーリーズでも、半ば信仰対象のノーブルドワーフになら、従わねばならないということか……。
「ウフフ、その心がけは、たいへん宜しいですわ!」
む!ヴェルチェの鼻が、高くなっているな。
尊敬と崇拝の視線を向けてくるアーリーズの顔を、上機嫌になったヴェルチェは、上目使いで覗き込んだ。
「……綺麗な顔をしていますのね。隠すなんて、もったいないと思いますわよ?」
「あ、ありがとうございます……ッス」
ヴェルチェが褒めると、アーリーズは顔を真っ赤にして、お礼の言葉を口にした。
うん、確かにドワーフ的な愛嬌もありつつの、中性的な美形と言っていい。
ヴェルチェの言う通り、隠すのはもったいない気がするわ。
しかし、初めは褒められてニコニコしていたアーリーズだったが、ついでに服装の事に言及が向かうと、その顔がみるみる雲っていった。
「……全身を隠してるのは、自分の体が異常だからッス」
「異常?」
「……ッス」
問い返した私達に、アーリーズは小さく頷いた。
「なら、見せてくださいません?」
「そうですね。病気の類いなら、私がなんとかできるかもしれません」
普通なら、聞きづらいような事を口にしたというのに、平然と見せてみなさいと宣う私達に、変な人を見るような目を向けてくるアーリーズ。
だが、こちらには魔界で様々なモンスターや亜人種を見てきた、前世の記憶という物があるのだ。
多少の変てこな特長くらいで、動揺したりはしない。
「ほらほら、早く見せてみなさい!」
「そうですわ、焦らしても良い事はありませんわよ!」
なぜか急かされる立場になっていて、アーリーズは少し戸惑っていたようだが、やがて意を決したのか、閉じていたローブの前をゆっくり開いた。
「え!?」
「あら!?」
思わず、驚きの声が出る。
なぜなら、ローブの下に、丈の長いワンピースのような服装を身に付けていた彼……いや、彼女の胸には、そこそこ大きな二つの塊があったからだ。
「貴女……女性でしたの!?」
確認するヴェルチェに、私も無言で同意する。
いやー、てっきり中性的な男性だとばかり……。
「い、いえ……その……」
だけど、アーリーズは歯切れ悪く口の中で言葉を転がしながら、そっと服の裾を持ち上げていく。
んんっ?な、何をやっているの!?
止める間もなく、彼女の下着が顕になり……え?
再び、私とヴェルチェは目を見張った!
彼女の下着姿……そこには、女性にあるはずのない、膨らみがあったからだ!
「自分……両性具有なんス……」
複雑な想いを噛み締めるように、消え入りそうな小声で、アーリーズは呟いた。
両性具有!
それは、まれに産まれ落ちる男と女、両方の特長を備えた者達である!
種族の平均を遥かに越える魔力を宿し、中性的な外見になるというのが特長だが、魔族にもたまにいたなぁ。
「自分は、お母さんから『大人になるまで、人前で股間を見せてはいけない』と言われて育てられたッス」
いや、それは大人でも、みだりに見せちゃいけないだろう。
それにしても、アーリーズの姿を隠して育てたのは、慧眼だったと言っていい。
両性具有の者は、珍しい上に見た目が良いこともあってか、好事家の奴隷保持者に好まれたりするから、大抵はろくな目に合わない。
それに、まっとうに育っても、持ち前の高い魔力のせいもあり、好戦的になりやすく、なまじっか強いために、ろくに鍛える事もせず戦場にて早死にするなんて事が多かった。
魔界にいた頃は、そんな奴等をよく相手にしてたっけ……ボウンズールとかが。
「ハァ……ハァ……」
ん?
気づけば、俯いていたアーリーズの息が荒くなっていた。
対人恐怖症にも関わらず、自分の恥部を見せなくてはならない、過度の緊張からくる、過呼吸にでも陥ったか!?
「大丈夫ですか、アーリーズ!?」
「だ……大丈夫……ッス」
「ですが、そんなに呼吸を荒げて……」
「だって……だって……貴き御方である、ヴェルチェ様に見られてると思うと……ああっ♥」
私とヴェルチェに視線を向けられていた、彼女の下着が徐々に膨らんでいって……って、こらぁ!
大変な変態か、お前はっ!
「な、何を大きくしているんですかっ!」
「ひゃん♥」
私は、アーリーズが捲り上げていた服の裾を、無理矢理に引きずり下ろす!
その際、ちょっとだけ先っぽに、私の手が触れてしまったために、彼女は奇妙な悲鳴をあげた!
「全年齢対象で、良い子が見てるかもしれないんですよ!下品な真似はやめなさい!」
「な、なんの話ッスか!?」
「こっちの話です!」
ふう、危ない危ない。
勢いで言いくるめた私は、下ネタには気を付けなさいと、厳重に注意しておく。
これでよしっと!
「……ところで、ワタクシ達はアーリーズさんを、男性と女性、どちらとして扱えばよろしいのかしら?」
そうか、風呂やトイレの問題もあるし、確かに中途半端はよくないな。
すると、ヴェルチェの問いかけに、アーリーズはモジモジしながら答えた。
「その……女性として扱ってもらえると、ありがたいッス」
「わかりましたわ。では、今後はそのように」
「はい!あと、できればヴェルチェ様にお仕えして、あわよくば愛人枠に収まりたいッス!」
何を言ってるんだ、君は。
姿を隠さなくなったら、欲望も隠さなくなったな……。
呆れる私とは対象的に、ヴェルチェはふんぞり返って、アーリーズの申し出をを受け止める事にしたようだ。
「愛人枠はありませんが、ワタクシに仕える事は許してあげましょう!」
「あ、ありがとうございますッス!」
「ですが、その格好は、ワタクシの従者として相応しくありません。ガクレンの町に到着したら、ワタクシ自らコーディネートして差し上げますわ!」
「はいッス!」
あーあ、安請け合いしちゃって……。
なんとも、面倒な人物を拾ってしまった気がするし、これから大丈夫だろうか。
そんな私の心配を余所に、新たに生まれた主と従者は、互いを誉めあって高笑いを続けていた。




