01 ヴェルチェの悩み
──時は少し遡る。
◆◆◆
ルアンタ達と別れ、ガクレンの街を目指して、私とヴェルチェの二人は、テクテクと街道を進んでいた。
「はぁぁぁぁぁっ……」
もう、何度目になるだろうか。
深い沼の底から浮かび上がって来たような、粘っこいため息がヴェルチェの口から吐き出される。
「……いい加減に、その気の滅入るため息を止めてくれませんか?」
「何をおっしゃいますの……ルアンタ様と別れて、悲しみの日々を送らざるをえない不幸を、嘆くことすら許してくださらないなんて……」
エリ姉様は、鬼ですわ!等と、ヴェルチェは私を悪し様に批判する。
何年も別れる訳ではないのに、大袈裟な……とは言わない。
私だって、可愛い愛弟子と離れるのは、寂しいと思っているからだ。
とはいえ、そこまで罵られる謂れはないので、ギリギリとこめかみに拳を当てて、少々痛くしておこう。
小生意気な妹分の悲鳴が空に響き、少しだけ私の心も晴れた気がした。
「……ところで、エリ姉様にひとつ、ご相談があるのですが」
「うん?」
不意に、何気ない口調でヴェルチェが、そんな事を切り出してきた。
ふむう……相談とは言うものの、彼女の事だから、何かを要求してきているんだろうが……。
「いったい、なんです?言っておきますが、ルアンタに不利益になる事なら、お断り……いえ、場合によっては妨害させてもらいますよ?」
「……いつもワタクシが求愛行動しているのを、エリ姉様は妨害しておりますが、その物言いですとまるで、ルアンタ様に不利益をもたらしているようなのですが?」
「当たり前じゃないですか!」
いつも、夜這いまがいの行動やら、私とルアンタの二人だけの時間を邪魔しておいて、それを不利益と言わずなんと言おう。
ヴェルチェは憤慨して反論してきたが、ここは譲らんとばかりにさらなる反論を返してやった。
「……話が逸れ過ぎましたわ」
しばらく口論した後、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、ヴェルチェはサッと取り出したハンカチで、額の汗を拭う。
「確かに。それで、真面目な話、なんの相談事があると言うんですか?」
もしかしたら、前に彼女用に作ってあげると約束した、『ポケット』についてだろうか?
実を言えば、あれを作る事自体は、さほど難しい訳ではない。
ただ、非常に大量の魔力が必要だし、持ち主以外が使えないよう、個別に魔力を同調させる作業も必要だ。
何より、軽々しく作れば、我も我もと有象無象が寄ってくるのが目に見える。
そのため、わざと厳しい条件(材料とか報酬)があるという事にしているのだ。
とはいえ、ヴェルチェには作ってあげると約束した以上、せがまれれば作ってあげなくてはならない……か。
「実は……ワタクシにも、エリ姉様の『戦乙女装束』のような、戦闘服を作っていただけないでしょうか?」
「はい?」
予想外な彼女の言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
すると、ヴェルチェはもう一度、『戦乙女装束』のような物を作ってほしいと口にする。
「いったい、どういう風の吹き回しです?」
「少し前から、考えてはいたのですが……今のワタクシは、敵との戦闘において、ほとんどお役に立つ事ができておりませんわ」
それはまぁ……確かに。
しかし、異世界の知識や技術で鍛えぬいた私や、ハイ・オーガに生まれ変わり、修羅の日々を送ってきたデューナとは違って、ドワーフの姫という立場で、職人としての研鑽しか積んでいないヴェルチェが、戦闘面で劣るのは仕方のない事だろう。
前世では、ボウンズールの右腕として、最前線に出ていた彼女だから、歯がゆい気持ちでいるというのも、理解はできる。
ただ……。
「仮に、貴女が『戦乙女装束』を纏ったとしても、一端の戦力になるとは思えません」
「な、なぜですの!?」
「あれは、あくまで防具であって、素の肉体が強く無ければ、戦闘力を上げる事はできないからです」
事実を冷静に突きつけると、ヴェルチェは悲しげに眉を下げて俯いてしまった。
可哀想な気もするけれど、こればかりは仕方ない。
そもそも、『戦乙女装束』は味方の回復魔法や、能力アップの魔法も弾いてしまう。
だから、私やルアンタのように、『エリクシア流格闘術』で身体能力を上げたり、ダメージ回復を図れてこそ、スーツは役に立つのだ。
その強化手段の無い、今のヴェルチェでは、残念ながら宝の持ち腐れになる可能性しかないだろう。
「……ワタクシ、このままでは、ルアンタ様のお役に立てないのですわね」
「ヴェルチェ……」
ある意味、ライバルではあるものの、いつも強気な彼女のこんな姿を見ると、少し励ましたくなってくる。
「くっ……なんとかルアンタ様に良い所を見せて、惚れ直していただこうと思いましたのに……いいえ、いっそのこと、守られポジションに着いてしまえば、ワタクシに釘付けでは……?」
前言撤回。
でかい独り言をブツブツ呟き、強かにルアンタの寵愛を得ようとするヴェルチェに、しおらしさなど欠片も存在しなかった。
「……それにしても、ルアンタ様にドワーフの国に常駐していただけない以上、防衛面での不安は残りますわね」
ふぅ……と小さくため息を吐くヴェルチェ。
ふうん、一応は色ボケばかりじゃなくて、国防の事も考えているのね。
「という訳で、なにか妙案はありませんか?」
「いきなり、丸投げですか!」
感心してると、これである。まったく、末っ子気質は直っていないな。
「有事には、冒険者チームやエルフの国から、救援が来るようになっているでしょう?」
「それはもちろん、頼りにしておりますわ。ですが、先の『覇軍大公』……ガンドライルとの戦いのように、圧倒的戦力で一気に取り囲まれた場合、救援が間に合うとは限りませんもの」
なるほど……実際、前にドワーフの国が落ちた時も、今のボウンズールとオルブルのせいだったらしいし、強者による電撃戦への備えを、彼女が渇望するのも道理か。
「ここはエリ姉様の知識で、低コストかつ優良な最善策を考えてくださいませ!」
「そんな都合のいい話が、ポンポン出てくる訳がないでしょう!」
「可愛い妹分が、お願いしておりますのよ?」
いや、こんな時ばかり頼られても、まったく可愛いげがないのだけど。
しかし、諦めずに何かないかと捲し立てるヴェルチェに根負けした私は、とりあえず適当に打開策を出す事にした。
「あー、そうですね……ゴーレムでも作って、配置したらどうです?」
「ゴーレム……?」
さっきまでうるさかったヴェルチェは、ゴーレムという単語を聞いて、ピタリと静かになる。
何か、ピンと来るものがあったのだろうか?
「その名前は聞いた事がありますが、ワタクシ実物は拝見した事がございませんの。エリ姉様は、本物を見た事が?」
「ええ。ただ、私が見たのは操作型ですが」
「操作型?」
聞きなれない言葉に、ヴェルチェは小首を傾げた。
ゴーレムには大別して、自動型と操作型という、二つの種類がある。
前者は様々な魔道具や術を使って作られ、製作者の命令に従って自動的に行動するタイプ。
後者は、術師がその場で作った人形を、自分で操るという物である。
自動型のメリットは、製作者が近くにいなくても命令をこなす上に、使う素材によってはとんでもなく強いゴーレムを作る事ができる。
しかし、コストが高くつく上、あまり複雑な命令は受け付ける事ができないのが難点だ。
対して、操作型のメリットは、製作の行程が簡単で、術師の魔力で強さが決まるために、コストも低く押さえる事ができる。
ただ、術師が現場の状況を把握していなければ、動かすことが難しいのと、操作にかなりの集中がいるので、術師は無防備になりやすいというのがデメリットだろう。
なんにせよ、国防が目的で生産コストに目を瞑れるならば、自動型が用途に合っているとは思う。
私の説明を聞いたヴェルチェも、同じ結論に行き着いたようで、今はすでに頭の中で様々な予算の計算をしているようだ。
一気に口数が減ったのが、その証拠だろう。
なんにしても、これで道中をもう少し静かに過ごせるはずだ。
私は、おとなしくなった彼女の隣を歩きながら、新しい武具や魔道具の構想に、何か使える物はないだろうかと、記憶の中の異世界技術に、思いを馳せていた。
◆
考え事に思考を奪われ、私達はかなりぼんやりしながら歩いてようで、気がつけば日も傾むきかけていた。
ガクレンの町までは、まだ遠い。
なので、私達はこの辺りで夜営すべく、街道を少し離れて平らな場所を探した。
すると、すぐにちょうどいい場所が見つかり、『ポケット』から夜営の道具を取り出した私は、素早くテントを張って火を起こす。
ふぅ、これで一段落ついたわ。
後は、夕食の準備なんかをするだけなんだけど……はぁ。
それより、先に片付けなきゃいけない事案があるか。
私はひとつため息を吐いて立ち上がると、今歩いてきた道の方に向かって、声を張り上げる!
「王都から、私達をつけている何者か!すでに、その存在はわかっていますよ!」
そう、姿は見えないのだけれど、私達がルアンタ達と別行動を取ってから、ずっと今まで後をついてくる気配があった。
敵意や殺気というものを感じなかったから、とりあえず放置しておいたが、さすがに追跡者の前で呑気に夜営する訳にもいかない。
なので、せめてその正体は知っておきたいのだ。
「もしも、私の訴えに応じないのであれば、敵意があると見なし、実力を持って排除します!」
(待ってほしい……)
実力行使に出ると告げた所で、何やら蚊の羽音のような、か細い制止の声が耳に届いた。
すると、ゆらりと景色の一部がぐにゃりと歪んで、そこからひとりの人が姿を現す。
「貴方は……」
「アーリーズさん……」
保護色のような物を解除して、私達の目の前に現れたのは、全てが謎に包まれた怪しさ全開の勇者、アーリーズその人であった。




