07 淫魔の暴走
とにかく、穴の底から皆を引き上げなきゃいけない。
「ジャイアン子さん!あの、穴の底で光っている辺りに、皆がいるはずです!ひとっ飛び、お願いします!」
『りょーかーい』
地下墳墓がまるごと崩落したため、そこにぽっかりと空いた穴は、ジャイアント・サキュバスの巨体でも、余裕で入っていける。
彼女はふわりと穴に舞い降りると、しばらくしてデューナ先生達を抱えて戻ってきた。
「はっはぁ!やったねぇ、ルアンタ!」
地上に降り立った瞬間、デューナ先生が僕を抱き締めて、ワシャワシャと頭を撫でてくる。
「デューナ先生も皆さんも、無事で何よりです!」
「アンタのお陰さ、ルアンタ。まさか、崩落する地下墳墓をまるごと吹き飛ばすなんて作戦が、上手くいくなんて、正直思ってなかったからね」
それは……そうだろうなぁ。
僕だって、ここまで綺麗に上手くいくとは、思ってもみなかったし。
「実は、エリクシア先生が考案していた、協力技が元になってたんですけどね」
「エリクシアが?」
「ええ。確か……『ちょーきゅーはおーでん……』なんとかって技らしいんですけど」
なんでも、本来は魔力を纏って高速回転する味方を押し出し、敵陣に放り込む技らしい。
回転して貫通力を増した味方は、敵を巻き込みながら突き進み、相手の陣を貫く事ができるだろうとの事だった。
今回は、その理屈を利用してみたんだけど、見事に成功したんだからね、やっぱりエリクシア先生はすごい!
「ふうん……まぁ、あの娘は異世界知識を持ってるからねぇ」
呆れたような、感心したような……ちょっと微妙な表情を浮かべながら、デューナ先生は呟いた。
「ま、それでもアンタの功績は大きいよ。アタシも師匠として鼻が高い」
再び、デューナ先生は僕を抱き締めながら、頭を撫でてくる。
だけど、その功績は僕だけの力じゃない。皆の協力があってこその、成功なんだ。
僕が素直にその想いを伝えると、作戦の成功と生き延びた興奮でテンションの高い皆は、「違いない!」と爆笑した。
「まったく、大した奴だぜお前さんはよぉ!」
ディエンさんが、僕の背中をバンバンと叩く。
「ああ。今さらではあるが、やはり君こそ『真・勇者』に相応しいと、確信したのである!」
ジングスさんの誉め言葉に、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「ワシの魔法を、あんな風に使いとは、見事な発想力じゃ」
ラーブラさんに、エリクシア先生の教えですと返すと、ワシも教わろうかのぅ!と、大きく笑った。
「やれやれ、まさに奇跡ってやつを、目の当たりにした気分だぜ」
肩をすくめたブルファスが、ハイタッチを求めるように手を翳して……って、おい!
「どさくさ紛れて、味方面してんじゃないよ!」
「はぅん!」
なに食わぬ顔で僕達に紛れようとしていた、毒竜団のブルファスだったが、デューナ先生のビンタを食らって、地面に転がった!
「元はと言えば、アンタがやらかしたせいで、死ぬような思いをしたんだ……覚悟はいいだろうね?」
ボキボキと指を鳴らすデューナ先生に、ブルファスの顔が青ざめていく。
一見、情けなく見えても、奴は毒竜団の暗殺部門の重鎮だ。
僕達は、油断なくブルファスを包囲して、けっして逃がさないように、その動きに注意を払った。
「……ククク」
取り囲まれて、絶対絶命とも言える状況だというのに、ブルファスの口からは、笑い声が漏れてくる。
まさか、僕達を相手に逃げられるつもりなんだろうか。
「この状況……普通なら詰みだろうな。だが!俺にはまだ、これがある!」
そう言って、奴が懐から取り出したのは、手のひらに収まるほどの、七色に光る球体だった!
「うっ!」
「ぬうっ!?」
球体を見た瞬間、僕とラーブラさんの口から、呻き声にも似た物が飛び出す!
「な、なんじゃあれは……」
「わ、わかりません……けど、凄まじい魔力を感じます!」
戦士系のデューナ先生達にはピンと来ていないようだけど、魔法使い系の僕達には、球体に込められた恐ろしいまでの魔力の波動が、ビンビンに感じられた。
「先に発動させた、古代魔法の『無限に涌き出る、骸骨兵の宴』の媒体。そして、地下墳墓を崩落させた、魔力の源……それが、この宝珠だ!」
あ、あれがっ!?
確かに、あの無限にスケルトンを生み出す魔法や、巨大施設を破壊するような、魔法的仕掛けの元となる魔力の出所が、気にはなっていたけど……。
まさか、あんな小さい宝珠が、それだけの魔力を秘めているなんて!?
「これは古代魔法と同様に、かつて亡んだ文明が生んだ、古の魔道具。しかも、あれだけの魔法を使用していながら、この宝珠に込められた魔力の、一割程度しか消費していないのだ!」
「な、なんだってー!」
あんな、恐るべき古代魔法を発動させておきながら、その程度の消費率だなんて……。
いったい、あの宝珠には、どれ程の魔力が込められているというんだ!?
「もしかして、またスケルトンを量産する魔法を使うつもりかっ!」
「ククク、大量のスケルトンに踏まれたのがトラウマになって、あれはもう使えんよ!」
語気を強めながらも、プルプルと小刻みに震えて、弱気な事をブルファスは言う。
まぁ、気持ちはわかるけど。
「で?それなら、どうするつもりだい?」
ズイッと前に出たデューナ先生が、ブルファスを睨みながら問いかけた。
「言っておくけど、アンタが魔法の詠唱を終えるよりも早く、アタシとルアンタなら顔面を叩き潰せるからね?」
それが決してハッタリではないという事を、先生の言葉の端から感じ取り、ブルファスは怯えたような顔で、僕と先生を交互に見回す。
「ククク、あまり怖い事を言うな……少しばかり、ちびってしまったじゃないか」
「そうかい。だったら……」
「だがな!こうしたら、どうするっ!?」
先生が台詞を言い終える前に、ブルファスが動いた!
奴は手にしていた宝珠を、退路を塞いでいたジャイアン子さんの口の中目掛けて投げつける!
『んがっ、ぐぐっ!』
いきなり口中に飛び込んできたそれを、彼女は思わず飲み込んでしまうようで、お菓子が喉に詰まりかけた主婦みたいな声を出した後、ケホケホとむせていた。
『な、何を……うぐっ!』
文句を言いかけたジャイアン子さんだったけど、急に頭を抱えて苦しみ始める!
「彼女に何をしたっ!」
「見ての通り、魔法生物に近いサキュバスに、高密度の魔力の塊を食わせてやったのさ!その結果、許容量以上の魔力を取り込んだこいつは、理性を失って暴走する!」
『グオォォォォォッ!!』
ブルファスの説明に呼応するように、ジャイアン子さんが大きく吼えた!
「なんと……貴重な古の魔道具を、そんな事に使うとは……」
「どんな貴重な魔道具だろうと、俺の命には変えられんからなぁ!」
どこまでも、自分の保身が優先というその態度は、逆に清々しい感じすら覚える。
「フハハハ!暴走したこいつは、サキュバスの本能に従い、男どもを襲いだす!せいぜい、仲間同士でやりあうといい!」
『グルルル……』
獣のような唸り声を漏らす、ジャイアン子さん。
こちらの、同士討ちを誘発する流れに持っていったブルファスが、僕達に向かって高笑いして見せた。
奴め、この混乱に乗じて、逃亡をはかるつもりなんだろう。
だけど、ブルファスはひとつ忘れている事がある。
『グオウッ!』
「え?」
暴走しているジャイアン子さんが伸ばした手が、一番近くにいた、ブルファスを捕らえた!
そりゃ、すぐ足下にいるんだもん。真っ先に捕まるよね。
「なっ!いやっ!やめてぇ!」
なんとか逃れようと抵抗するブルファスだったけれど、成す術なくジャイアン子さんの口の中に放り込まれてしまう!
え?食べられちゃうの!?
『や、やめろぉ!そんな舌の使い方されたら……あっ♥』
モゴモゴと、口内でブルファスを弄んでいたジャイアン子さんは、器用に舌で剥ぎ取った奴の衣服を「ペッ!」と吐き出す。
そして、そこからが本番だった!
『んっ♥んんっ♥んひっんひっ♥おっほ♥んほぉっ♥♥♥』
彼女の口中から、くもぐったブルファスの矯声が響く!
何をされているかは、ちょっとわからなかったので、大人に聞いてみると、子供にはまだ早いとか、あれは上級者向けだからとか言われて、やんわりとはぐらかされた。
い、いったい、何をされているんだろう……?
そうして、しばらくの間、ブルファスは咀嚼されていたけれど、やがて精気を吸い尽くされたのか、ジャイアン子さんの口から解放されて、地面に吐き出される。
ピクピクと痙攣している様子から、死んではいないみたいだったけど、唾液まみれた干物みたいな状態で、見た目はかなり酷い。
ただ、急激に痩せ細った肉体とは裏腹に、その表情は恍惚としている。
なんだか、それが逆に恐ろしく感じた。
『ウゥゥゥ……』
「こりゃ、いかん……こうなったら、ワシらであやつを仕止めねばならんぞ」
「な、何を言うんですか、ラーブラさん!」
抗議しようとした僕を、ラーブラさんは手で制す!
「暴走したジャイアン子めを放っておけば、罪の無い者達を襲うかもしれんぞ。仮にも勇者に選ばれた以上、それを放っておくわけにはいくまい」
「それは……そうですが……」
確かに、ラーブラさんの言い分は正しい。
「……タ……ろ……」
だけど、無理矢理に暴走させられたような、ジャイアン子さんを倒す事は正しいんだろうか。
「……ンタ……しろ!」
甘いと言われるかもしれないけど、僕が目指していたのは、そんな悲しい犠牲が出ない世界のはずだ!
「ルアンタ、後ろぉ!」
……後ろ?
いったい、さっきから何だって言うんだろう?
横から指摘されて振り返ると、そこにはいつの間にか至近距離まで近付き、僕達を見据えるジャイアン子さんの巨大な顔があった。
「ひやぁぁぁぁっ!」
「うおぉぉぉぉっ!」
全く気付いてなかった僕とラーブラさんは、思わず叫び声をあげる!
そんな僕達を前に、ぐぱぁ……と彼女が大きく口を開き、中から大蛇のような艶かしい舌が伸びてきて、こちらに狙いを定めた!
「こりゃ、いけねぇ!」
「今行くのである!」
絡め取ろうとする、舌の攻撃を避けた僕達の元に、ディエンさんとジングスさんが駆けつける!
こうなったら、とりあえず、気絶でもなんでもさせて……なんて考えていると、不意にジャイアン子さんが立ち上がった。
そして、次の瞬間!
彼女の瞳孔がハート型に怪しく輝くと、そこから放出された桃色の光が僕達を照らした!
「うっ!」
「なっ!」
「ぎっ!」
「があっ!」
その光を浴びた途端、僕達は立っている事ができずに、その場に踞ってしまう!
な、なんだ……これは!?
どうなっちゃったんだ、僕の体は!?
胸の鼓動が早まり、下半身から力が抜ける……いや、一部には強引に力が入る感じだ。
「こ、こいつぁマズいな……」
「さては、サキュバスとしての能力も、強化されているのであるか……」
サキュバスの能力……そうか、確かに今のこの感覚は、エリクシア先生に密着した時に感じる、胸のドキドキに似てる……。
「ジングスの旦那ぁ……立てるか?」
「か、下半身に力が……何より、立っているから、立てんのである!」
「こんなに元気になったのは、何年ぶりじゃろうか!」
ディエンさんの問いに、なぞなぞみたいな答えを返すジングスさんの隣で、なぜか嬉しそうにラーブラさんは呟いた。
かく言う僕も、恥ずかしながら似たような状況で、このままでは全員、ジャイアン子さんの餌食になってしまう!
『ハアァァ……』
僕達を見下ろして、ジャイアン子さんはペロリと唇を舐める。
そうして、極上の獲物をつまみ上げようと、その手が伸びてきて……。
「おっと、そこまでだ」
制止する声と共に、踞る僕達を跳び越えた人影が、ジャイアン子さんの手をはたき落とす!
『グゥオッ!?』
「どうやら、アンタのエロエロ光線も、女のアタシには効果が薄かったようだね」
「デューナ先生!」
頼もしいその背中に呼び掛けると、先生は顔だけこちらに振り向いて小さく頷いた。
……だけど、なんだかその視線が、僕の股間に集中してませんか?
「グフフ、ルアンタがこんなに興奮状態とはねぇ……アタシが相手をしてあげようか?」
「な、何を言ってるんですか!……って、先生!」
僕に目を向けていたデューナ先生の隙をついて、ジャイアン子さんの拳が迫って来ていた!
「……フン」
激しい激突音が響き、彼女の拳がまともに先生を捉える!
しかし……。
「図体はでかいけど、軽いねぇ。そんなんじゃ、ヴェルチェだって倒せないよ?」
平然と、ジャイアン子さんの攻撃に耐えたデューナ先生は、口角をあげて不敵な笑みを浮かべた。
『ウゥゥ……』
「今度は、こっちの番だね」
体格に左右されない、戦闘力の差に怯んだジャイアン子さんに、デューナ先生が歩を進める。
「せ、先生!できれば彼女は……」
「わかってるさ。帰りの足も、必要だしね」
冗談めかしてそう返してきたデューナ先生は、がむしゃらに攻めてくるジャイアン子さんの攻撃を、ろくに避けもせずにズンズンと近付いていった。
◆
『お騒がせして、すいませんでした』
あの後、デューナ先生に腹部を強打され、吐瀉物と一緒に宝珠を吐き出したジャイアン子さんは、見事に正気に戻って、今も頭を下げていた。
「悪いのはブルファスなんですから、そんなに気にしないでください」
「そういう事だね」
僕達が全員、そうだねと頷くと、ようやく彼女も安堵の笑みを浮かべた。
「さて……ほら、ルアンタ。これは、アンタが持っておきな」
そう言って、デューナ先生が放り投げてきたのは、ジャイアン子さんが吐き出した宝珠だった。
「え?ぼ、僕が預かっていいんですか?」
「アタシは、そんなに興味も無いしね。エリクシア辺りに渡してやれば、喜ぶんじゃないのかい?」
それはきっと、喜んでくれるだろう。
だけど、最後の最後でデューナ先生に助けられた僕が、これを貰ってしまっていいんだろうか……?
「アンタの作戦が無ければ、アタシ達は今ごろ土の中だったさ。間違いなく、功労一等はアンタだよ」
それに、子供が遠慮なんかするんじゃないよ!と、僕の頭を撫でながら、豪快に笑った。
一応、他の皆にも確認してみたけれど、デューナ先生と僕が言うなら、構わないと言ってくれた。
皆の同意を、得られた僕は、ありがたく頂戴した宝珠を、『ポケット』にしまい込む。
まさか、こんなに形で、エリクシア先生へのプレゼントが手に入るとは、思わなかったなぁ。
……そういえばこれは、エリクシア先生が出した課題を、クリアした事になるんだろうか?
最後の詰めが甘かったから、もしかしたら不可かもしれないけど、結果的には毒竜団のアジトをひとつ潰してるし。
そうなると……ご、ご褒美が貰えるかも。
別れる前に、エリクシア先生から貰った、柔らかい唇の感触を思い出して、僕は皆に指摘されるまで、ニヤニヤしっぱなしだった。
ああ……エリクシア先生。早く逢いたいなぁ……。




