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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第五章 毒竜を退治せよ
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07 淫魔の暴走

 とにかく、穴の底から皆を引き上げなきゃいけない。


「ジャイアン子さん!あの、穴の底で光っている辺りに、皆がいるはずです!ひとっ飛び、お願いします!」

『りょーかーい』

 地下墳墓がまるごと崩落したため、そこにぽっかりと空いた穴は、ジャイアント・サキュバスの巨体でも、余裕で入っていける。

 彼女はふわりと穴に舞い降りると、しばらくしてデューナ先生達を抱えて戻ってきた。


「はっはぁ!やったねぇ、ルアンタ!」

 地上に降り立った瞬間、デューナ先生が僕を抱き締めて、ワシャワシャと頭を撫でてくる。

「デューナ先生も皆さんも、無事で何よりです!」

「アンタのお陰さ、ルアンタ。まさか、崩落する地下墳墓をまるごと吹き飛ばすなんて作戦が、上手くいくなんて、正直思ってなかったからね」

 それは……そうだろうなぁ。

 僕だって、ここまで綺麗に上手くいくとは、思ってもみなかったし。


「実は、エリクシア先生が考案していた、協力技が元になってたんですけどね」

「エリクシアが?」

「ええ。確か……『ちょーきゅーはおーでん……』なんとかって技らしいんですけど」

 なんでも、本来は魔力を纏って高速回転する味方を押し出し、敵陣に放り込む技らしい。

 回転して貫通力を増した味方は、敵を巻き込みながら突き進み、相手の陣を貫く事ができるだろうとの事だった。

 今回は、その理屈を利用してみたんだけど、見事に成功したんだからね、やっぱりエリクシア先生はすごい!


「ふうん……まぁ、あの娘は異世界(へんな)知識を持ってるからねぇ」

 呆れたような、感心したような……ちょっと微妙な表情を浮かべながら、デューナ先生は呟いた。


「ま、それでもアンタの功績は大きいよ。アタシも師匠として鼻が高い」

 再び、デューナ先生は僕を抱き締めながら、頭を撫でてくる。

 だけど、その功績は僕だけの力じゃない。皆の協力があってこその、成功なんだ。


 僕が素直にその想いを伝えると、作戦の成功と生き延びた興奮でテンションの高い皆は、「違いない!」と爆笑した。


「まったく、大した奴だぜお前さんはよぉ!」

 ディエンさんが、僕の背中をバンバンと叩く。


「ああ。今さらではあるが、やはり君こそ『真・勇者』に相応しいと、確信したのである!」

 ジングスさんの誉め言葉に、なんだか気恥ずかしくなってしまう。


「ワシの魔法を、あんな風に使いとは、見事な発想力じゃ」

 ラーブラさんに、エリクシア先生の教えですと返すと、ワシも教わろうかのぅ!と、大きく笑った。


「やれやれ、まさに奇跡ってやつを、目の当たりにした気分だぜ」

 肩をすくめたブルファスが、ハイタッチを求めるように手を翳して……って、おい!


「どさくさ紛れて、味方面してんじゃないよ!」

「はぅん!」

 なに食わぬ顔で僕達に紛れようとしていた、毒竜団のブルファスだったが、デューナ先生のビンタを食らって、地面に転がった!


「元はと言えば、アンタがやらかしたせいで、死ぬような思いをしたんだ……覚悟はいいだろうね?」

 ボキボキと指を鳴らすデューナ先生に、ブルファスの顔が青ざめていく。

 一見、情けなく見えても、奴は毒竜団の暗殺部門の重鎮だ。

 僕達は、油断なくブルファスを包囲して、けっして逃がさないように、その動きに注意を払った。


「……ククク」

 取り囲まれて、絶対絶命とも言える状況だというのに、ブルファスの口からは、笑い声が漏れてくる。

 まさか、僕達を相手に逃げられるつもりなんだろうか。


「この状況……普通なら詰みだろうな。だが!俺にはまだ、これがある!」

 そう言って、奴が懐から取り出したのは、手のひらに収まるほどの、七色に光る球体だった!


「うっ!」

「ぬうっ!?」

 球体(それ)を見た瞬間、僕とラーブラさんの口から、呻き声にも似た物が飛び出す!

「な、なんじゃあれは……」

「わ、わかりません……けど、凄まじい魔力を感じます!」

 戦士系のデューナ先生達にはピンと来ていないようだけど、魔法使い系の僕達には、球体に込められた恐ろしいまでの魔力の波動が、ビンビンに感じられた。


「先に発動させた、古代魔法の『無限に涌き出る(インフィニティポップ)()骸骨兵の宴(スケルトンパーティー)』の媒体。そして、地下墳墓を崩落させた、魔力の源……それが、この宝珠オーブだ!」

 あ、あれがっ!?

 確かに、あの無限にスケルトンを生み出す魔法や、巨大施設を破壊するような、魔法的仕掛けの元となる魔力の出所が、気にはなっていたけど……。

 まさか、あんな小さい宝珠が、それだけの魔力を秘めているなんて!?


「これは古代魔法と同様に、かつて亡んだ文明が生んだ、古の魔道具。しかも、あれだけの魔法を使用していながら、この宝珠に込められた魔力の、一割程度しか消費していないのだ!」

「な、なんだってー!」

 あんな、恐るべき古代魔法を発動させておきながら、その程度の消費率だなんて……。

 いったい、あの宝珠には、どれ程の魔力が込められているというんだ!?


「もしかして、またスケルトンを量産する魔法を使うつもりかっ!」

「ククク、大量のスケルトンに踏まれたのがトラウマになって、あれはもう使えんよ!」

 語気を強めながらも、プルプルと小刻みに震えて、弱気な事をブルファスは言う。

 まぁ、気持ちはわかるけど。


「で?それなら、どうするつもりだい?」

 ズイッと前に出たデューナ先生が、ブルファスを睨みながら問いかけた。


「言っておくけど、アンタが魔法の詠唱を終えるよりも早く、アタシとルアンタなら顔面を叩き潰せるからね?」

 それが決してハッタリではないという事を、先生の言葉の端から感じ取り、ブルファスは怯えたような顔で、僕と先生を交互に見回す。


「ククク、あまり怖い事を言うな……少しばかり、ちびってしまったじゃないか」

「そうかい。だったら……」

「だがな!こうしたら、どうするっ!?」

 先生が台詞を言い終える前に、ブルファスが動いた!


 奴は手にしていた宝珠を、退路を塞いでいたジャイアン子さんの口の中目掛けて投げつける!

『んがっ、ぐぐっ!』

 いきなり口中に飛び込んできたそれを、彼女は思わず飲み込んでしまうようで、お菓子が喉に詰まりかけた主婦みたいな声を出した後、ケホケホとむせていた。


『な、何を……うぐっ!』

 文句を言いかけたジャイアン子さんだったけど、急に頭を抱えて苦しみ始める!


「彼女に何をしたっ!」

「見ての通り、魔法生物(・・・・)に近いサキュバスに、高密度の魔力の塊を食わせてやったのさ!その結果、許容量以上の魔力を取り込んだこいつは、理性を失って暴走する!」

『グオォォォォォッ!!』

 ブルファスの説明に呼応するように、ジャイアン子さんが大きく吼えた!


「なんと……貴重な古の魔道具を、そんな事に使うとは……」

「どんな貴重な魔道具だろうと、俺の命には変えられんからなぁ!」

 どこまでも、自分の保身が優先というその態度は、逆に清々しい感じすら覚える。


「フハハハ!暴走したこいつは、サキュバスの本能に従い、男どもを襲いだす!せいぜい、仲間同士でやりあうといい!」

『グルルル……』

 獣のような唸り声を漏らす、ジャイアン子さん。

 こちらの、同士討ちを誘発する流れに持っていったブルファスが、僕達に向かって高笑いして見せた。

 奴め、この混乱に乗じて、逃亡をはかるつもりなんだろう。

 だけど、ブルファスはひとつ忘れている事がある。


『グオウッ!』

「え?」

 暴走しているジャイアン子さんが伸ばした手が、一番近くにいた(・・・・・・・)ブルファスを捕らえた(・・・・・・・・・・)

 そりゃ、すぐ足下にいるんだもん。真っ先に捕まるよね。


「なっ!いやっ!やめてぇ!」

 なんとか逃れようと抵抗するブルファスだったけれど、成す術なくジャイアン子さんの口の中に放り込まれてしまう!

 え?食べられちゃうの!?


『や、やめろぉ!そんな舌の使い方されたら……あっ♥』

 モゴモゴと、口内でブルファスを弄んでいたジャイアン子さんは、器用に舌で剥ぎ取った奴の衣服を「ペッ!」と吐き出す。

 そして、そこからが本番だった!


『んっ♥んんっ♥んひっんひっ♥おっほ♥んほぉっ♥♥♥』

 彼女の口中から、くもぐったブルファスの矯声が響く!

 何をされているかは、ちょっとわからなかったので、大人に聞いてみると、子供にはまだ早いとか、あれは上級者向けだからとか言われて、やんわりとはぐらかされた。

 い、いったい、何をされているんだろう……?


 そうして、しばらくの間、ブルファスは咀嚼されていたけれど、やがて精気を吸い尽くされたのか、ジャイアン子さんの口から解放されて、地面に吐き出される。

 ピクピクと痙攣している様子から、死んではいないみたいだったけど、唾液まみれた干物みたいな状態で、見た目はかなり酷い。

 ただ、急激に痩せ細った肉体とは裏腹に、その表情は恍惚としている。

 なんだか、それが逆に恐ろしく感じた。


『ウゥゥゥ……』

「こりゃ、いかん……こうなったら、ワシらであやつを仕止めねばならんぞ」

「な、何を言うんですか、ラーブラさん!」

 抗議しようとした僕を、ラーブラさんは手で制す!

「暴走したジャイアン子めを放っておけば、罪の無い者達を襲うかもしれんぞ。仮にも勇者に選ばれた以上、それを放っておくわけにはいくまい」

「それは……そうですが……」

 確かに、ラーブラさんの言い分は正しい。


「……タ……ろ……」

 だけど、無理矢理に暴走させられたような、ジャイアン子さんを倒す事は正しいんだろうか。


「……ンタ……しろ!」

 甘いと言われるかもしれないけど、僕が目指していたのは、そんな悲しい犠牲が出ない世界のはずだ!


「ルアンタ、後ろぉ!」

 ……後ろ?

 いったい、さっきから何だって言うんだろう?


 横から指摘されて振り返ると、そこにはいつの間にか至近距離まで近付き、僕達を見据えるジャイアン子さんの巨大な顔があった。


「ひやぁぁぁぁっ!」

「うおぉぉぉぉっ!」

 全く気付いてなかった僕とラーブラさんは、思わず叫び声をあげる!

 そんな僕達を前に、ぐぱぁ……と彼女が大きく口を開き、中から大蛇のような艶かしい舌が伸びてきて、こちらに狙いを定めた!


「こりゃ、いけねぇ!」

「今行くのである!」

 絡め取ろうとする、舌の攻撃を避けた僕達の元に、ディエンさんとジングスさんが駆けつける!

 こうなったら、とりあえず、気絶でもなんでもさせて……なんて考えていると、不意にジャイアン子さんが立ち上がった。

 そして、次の瞬間!

 彼女の瞳孔がハート型に怪しく輝くと、そこから放出された桃色の光が僕達を照らした!


「うっ!」

「なっ!」

「ぎっ!」

「があっ!」

 その光を浴びた途端、僕達は立っている事ができずに、その場に踞ってしまう!

 な、なんだ……これは!?

 どうなっちゃったんだ、僕の体は!?

 胸の鼓動が早まり、下半身から力が抜ける……いや、一部には強引に(・・・・・・)力が入る感じだ(・・・・・・・)


「こ、こいつぁマズいな……」

「さては、サキュバスとしての能力も、強化されているのであるか……」

 サキュバスの能力……そうか、確かに今のこの感覚は、エリクシア先生に密着した時に感じる、胸のドキドキに似てる……。


「ジングスの旦那ぁ……立てるか?」

「か、下半身に力が……何より、立っているから(・・・・・・・)、立てんのである!」

「こんなに元気になったのは、何年ぶりじゃろうか!」

 ディエンさんの問いに、なぞなぞみたいな答えを返すジングスさんの隣で、なぜか嬉しそうにラーブラさんは呟いた。

 かく言う僕も、恥ずかしながら似たような状況で、このままでは全員、ジャイアン子さんの餌食になってしまう!


『ハアァァ……』

 僕達を見下ろして、ジャイアン子さんはペロリと唇を舐める。

 そうして、極上の獲物をつまみ上げようと、その手が伸びてきて……。


「おっと、そこまでだ」


 制止する声と共に、踞る僕達を跳び越えた人影が、ジャイアン子さんの手をはたき落とす!


『グゥオッ!?』

「どうやら、アンタのエロエロ光線も、女のアタシには効果が薄かったようだね」

「デューナ先生!」

 頼もしいその背中に呼び掛けると、先生は顔だけこちらに振り向いて小さく頷いた。

 ……だけど、なんだかその視線が、僕の股間に集中してませんか?


「グフフ、ルアンタがこんなに興奮状態とはねぇ……アタシが相手をしてあげようか?」

「な、何を言ってるんですか!……って、先生!」

 僕に目を向けていたデューナ先生の隙をついて、ジャイアン子さんの拳が迫って来ていた!


「……フン」

 激しい激突音が響き、彼女の拳がまともに先生を捉える!

 しかし……。

「図体はでかいけど、軽いねぇ。そんなんじゃ、ヴェルチェだって倒せないよ?」

 平然と、ジャイアン子さんの攻撃に耐えたデューナ先生は、口角をあげて不敵な笑みを浮かべた。


『ウゥゥ……』

「今度は、こっちの番だね」

 体格に左右されない、戦闘力の差に怯んだジャイアン子さんに、デューナ先生が歩を進める。


「せ、先生!できれば彼女は……」

「わかってるさ。帰りの足も、必要だしね」

 冗談めかしてそう返してきたデューナ先生は、がむしゃらに攻めてくるジャイアン子さんの攻撃を、ろくに避けもせずにズンズンと近付いていった。


            ◆


『お騒がせして、すいませんでした』

 あの後、デューナ先生に腹部を強打され、吐瀉物と一緒に宝珠を吐き出したジャイアン子さんは、見事に正気に戻って、今も頭を下げていた。


「悪いのはブルファスなんですから、そんなに気にしないでください」

「そういう事だね」

 僕達が全員、そうだねと頷くと、ようやく彼女も安堵の笑みを浮かべた。


「さて……ほら、ルアンタ。これは、アンタが持っておきな」

 そう言って、デューナ先生が放り投げてきたのは、ジャイアン子さんが吐き出した宝珠だった。

「え?ぼ、僕が預かっていいんですか?」

「アタシは、そんなに興味も無いしね。エリクシア辺りに渡してやれば、喜ぶんじゃないのかい?」

 それはきっと、喜んでくれるだろう。

 だけど、最後の最後でデューナ先生に助けられた僕が、これを貰ってしまっていいんだろうか……?


「アンタの作戦が無ければ、アタシ達は今ごろ土の中だったさ。間違いなく、功労一等はアンタだよ」

 それに、子供が遠慮なんかするんじゃないよ!と、僕の頭を撫でながら、豪快に笑った。

 一応、他の皆にも確認してみたけれど、デューナ先生と僕が言うなら、構わないと言ってくれた。

 皆の同意を、得られた僕は、ありがたく頂戴した宝珠を、『ポケット』にしまい込む。

 まさか、こんなに形で、エリクシア先生へのプレゼントが手に入るとは、思わなかったなぁ。


 ……そういえばこれは、エリクシア先生が出した課題を、クリアした事になるんだろうか?

 最後の詰めが甘かったから、もしかしたら不可かもしれないけど、結果的には毒竜団のアジトをひとつ潰してるし。

 そうなると……ご、ご褒美が貰えるかも。


 別れる前に、エリクシア先生から貰った、柔らかい唇の感触を思い出して、僕は皆に指摘されるまで、ニヤニヤしっぱなしだった。

 ああ……エリクシア先生。早く逢いたいなぁ……。

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