04 骸骨達を蹴散らして
さすがに、空を飛んでいくという交通手段は速かった。
本来なら王都から徒歩で半日以上はかかる『マリスト地下墳墓』まで、僕達はほんの小一時間ほどで到着を果たす。
『とーちゃくー♥』
僕達を抱えたジャイアント・サキュバスは、可愛らしくそう言うと、軽やかに地上へと着地した。
「あーっ……なんだか、一生分のおっぱいを見たかもしれねぇ」
「我もである……」
「ワシは足りぬ……」
飛んでいる間、風避けのためにジャイアント・サキュバスの豊満な胸の影に隠されていたディエンさん達は、口々にそんな感想を漏らしていた。
そうして皆を下ろすと、ジャイアント・サキュバスは、最後に僕を胸の谷間からつまみ上げる。
『うふふ、特等席の感想はどうだった?』
「あ、あはは……最高でしたよ、ジャイアント・サキュバスさん……」
『んもー!そんなかしこまった呼び方じゃなくて、気さくに「ジャイアン子」って呼んで♥』
ジャ、ジャイアン子?
いや、そう呼んだ方が良いなら、呼ぶけど……。
それにしても、彼女の胸の谷間は確かに柔らかくて暖かかったけど、正直な所、サイズ差が有りすぎて圧迫感の方が強かったと、言わざるを得ない。
でも、屈託ない笑顔で感想を求める彼女に、馬鹿正直にそんな事を言うのも憚られる。
だから力なく笑って無難に答えると、ジャイアン子さんはニコニコしながら、『それじゃあ、帰りも特等席だね♥』と無邪気に告げた。
……まぁ、それはそれで。
「ほら、デレデレしてると、エリクシアに言いつけるよ」
「そんな……デレデレなんてしてませんよ!」
ジャイアン子さんに言い寄られていた僕を、デューナ先生はエリクシア先生の名前を出して嗜めた。
うう……そうだよ。先生がいない間に、へんな誤解が生じたら大変だ。
僕は気を引き締めるために、自分の頬をピシャリと叩いた!
『それで、私はどうしたらいいのかな?』
「とりあえず、僕らが戻って来るまでこの辺で待っていてください」
ジャイアン子さんに待機してもらうように指示すると、彼女は『はーい』と返事をしてゴロリと寝転がった。
これなら、遠目に見れば自然のシルエットと同化して、巨大なサキュバスがいるとは思わないだろうだろう。
それに、夜の帳が降りたこの時間帯なら、地下墳墓に潜るような冒険者もいないだろうし、大きな騒ぎになる事もないはずだ。
「それじゃあ、皆さんの武器を返しますね」
ジャイアン子さんが僕達を抱きかかえる際、長物の武器が邪魔になりそうだったので、僕がそれらを預かっていた。
デューナ先生の大剣や、ディエンさんの剣、それにラーブラさんの杖などを取り出して、各々に返却する。
ちなみに、素手で戦うジングスさんは、身に付けていても問題ない、手甲や脚甲だけだったので、預かるような物は無かった。
「しっかし、本当に便利だな、その魔道具」
次々とアイテムを引っ張り出す姿を見て、ディエンさんが心底から感心したように、『ポケット』を誉める。
「まったくである。その魔道具は、革命と言っていいだろう」
「ああ。ワシの若い頃に普及してくれれば、もっと冒険ができたかもしれんな」
口々に、エリクシア先生の作った魔道具を誉められて、僕もなんだか嬉しくなった。
「しかし、そんな物を作っちまう、あのダークエルフの姉ちゃんはヤバいな」
「うむ。こんな便利な物を作れるとなったら、彼女に危害を加えようとする者も、出てくるかもしれない」
「その心配はないよ」
不穏な勇者達の言葉を、デューナ先生が一蹴する。
「エリクシアから前に、材料費と技術料をちゃんと払うなら、一般用に作ってやってもいいって聞いていたしな」
「そ、そうなのか!?」
「ちなみに……おいくらなんじゃ?」
「確か……」
興味津々なディエンさん達に、デューナ先生が魔道具のお値段を耳打ちすると、驚きのあまり三人の目が飛び出した!
「た、高っけぇ!」
「そんな金額、上位冒険者数チームが全財産を持ち寄るレベルではないか!」
「しかも、材料はこちら持ちって、完全にぼったくりではないかっ!」
「アタシに言われても、困るな。エリクシアが、そう言ってたんだからさ」
い、いったい、いくらだったんだろう……?
そんな金額の物を、普通にもらっちゃったけど……。
「ルアンタは特別だから、気にすることはないよ」
そう言って、デューナ先生が僕の頭を撫でる。
特別……か。エリクシア先生にそう思ってもらえていたなら、すごく嬉しいな。
さて、あまりに現実離れした金額を聞いて、気が削がれたのか、ディエンさん達は自分の武具のチェックに入る。
あ、武具といえば……。
「そういえば、ディエンさんは新しい剣を持って来てましたね」
彼から預かったのは、いつもの愛剣と見慣れない剣の、二本だった。
『酩酊一刀流』というからには、二刀を使う訳では無いんだろうけど……。
「ああ、こっちは『対アンデッド用』さぁ」
「『対アンデッド用』?」
「おおよ。アンデッドは、普通に斬りつけても、ダメージになりゃしねぇ。だから、ナマクラだが、重さと頑丈さを備えた、こいつの出番って訳だ」
ゾンビやスケルトンが相手なら、斬るより砕く方が倒しやすいからなと、ディエンさんは笑った。
なるほどなぁ……状況に合わせて武器を選ぶ、か。
この人の動きは独特だし、色々と学ぶ事が多い。
いや、僕以外の勇者達から教わる事なんて、山ほどあるんだ。
柄じゃないかもしれないけど、『真・勇者』なんて物に奉り上げられたからには、もっと学んで、その肩書きに恥ずかしくないようにしなくちゃ。
それに、僕が情けないと、師匠である先生達にも迷惑だしね!
そんな訳で、いつもより入念に武具や道具のチェックを終え、僕達はいざ、『マリスト地下墳墓』の内部へと、歩を進めていった。
◆
──『マリスト地下墳墓』に入って、十歩も歩かないうちに、僕達は一寸先も見えない、闇に包まれてしまう。
「んん……暗いな」
「じいさん、早いとこ明かりを頼むぜ」
「ええい、ちょっと待っとれ」
急かされたラーブラさんが、モゴモゴと口の中で詠唱した。
「光あれ!」
ラーブラさんの魔法が発動すると、僕達の目の前にパアッと、青白い魔法の光が広がる。
そして、その光に照らされた、通路にみっしりと詰まるスケルトンの群れも、僕達のすぐ目の前に姿を現した!
「おわあぁぁぁっ!」
「ぬうぅぅぅぅん!」
驚きながらも振るわれた、デューナ先生の拳と、ジングスさんの蹴りが、動けないほど密集していたスケルトンの集団を吹き飛ばす!
一撃で粉々になったスケルトン達を見下ろして、先生達は高鳴る胸を押さえている。
「び、びっくりしたぁ!急に出てきやがって!」
「なんか、『大きな石を持ち上げたら、びっしり虫がついてた』感じである……」
ああ、その不意打ちみたいな、ゾワゾワする感覚はよくわかる!
確かに、今の光景はそんな感じだった!
「入り口に近いこんな所に、あれだけのスケルトンが集まってるたぁ、キャッサの嬢ちゃんが言ってた事は、間違いないらしいな……」
すっかり粉々になっているため、何体いたのか正確にはわからないけれど、確実に十体以上はいたと思う。
それだけの数が、溢れて階下から上がって来ていると考えると、さらに奥にはどれだけのスケルトンが沸いているのか、想像もできない。
「これが、毒竜団の仕業かは確定できないけど、異常事態なのは間違いないね」
「そうですね……早く原因をなんとかしないと、ここからスケルトンが溢れ出ちゃいますよ」
デューナ先生の言葉に僕が頷いていると、通路の奥……ラーブラさんの光が届かない闇の向こうから、カチャカチャとこちらへ集まってくる、骸骨達の足音が聞こえてきた。
「ふん、騒ぎを聞き付けて来やがったか」
「先程は不意を突かれて驚いたが、今度はそうはいかぬぞ!」
武器を構えたディエンさんとジングスさんが、闇の中から現れた、新手のスケルトン数体を瞬殺する!
「行くよ!強行突破だ!」
デューナ先生の指示を皮切りに、僕達は集まってくるスケルトン達を蹴散らしながら、目的地である毒竜団の隠し部屋へと向かって走り出した!




